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プライド対プライド

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 何はともあれ次は僕が投げる番だ。どうやら引き続き木戸が打つつもりでそのまま待っている。本来であれば一年三年二年の順にしているのに主将が無視するとは何事だ。

「おい木戸、そのまま打つ気かよ、順番くらい守れって」

「今日も調子よさそうだから最初に見せてくれよ、その後いつもの順番にするさ」
「こないだはマルマンだけだったからよ、俺とも勝負しようぜ」

「まったく仕方ないなあ、ってなんでハカセまで後ろに並んでるのさ」
「他の二年は一年生と守備交代して来いよ」

「ちぇっ、木戸だけかよ、主将権限乱用だなあ」

 ハカセが文句を言いながらも一年生のところへ向かった。

「じゃあてっとり早く済ませよう、十球でいいか?」
「俺が一発打てたらそこで終了な」

「オッケー、軽くひねってやるさ」
「全部真っ直ぐで、コースはチビベンのサイン通りに投げるよ」

「よっしゃこーい」

 木戸はやる気満々でバットを構え腰を少し落とした。その眼光が一気に鋭くなる。

 僕は肩を軽く回してからグローブの中にボールを持ち、チビベンのサインを確認する。その要求は木戸の得意なアウトサイドだった。

 まあ一発で打たれて終了も一興と言ったところか。僕はボールの縫い目を確認してからしっかりと握りゆっくりと振りかぶった。

 足を高く上げてから大きく前に踏み出す。軸足への負荷もいい感じでボールの縫い目には指先がしっかりとかかっているのが良くわかる。

 僕の指先から離れチビベンのミットへと真っ直ぐと進んでいったボールは、木戸の構えている前を素通りし、いい音を立てて吸い込まれていった。

「くぅ、捕るのと打つのは違うな、思ったより早いわ」

「せめて振ったらどうだ? 木戸よお」

 チビベンが木戸を煽っているが今のは様子見で見送ったように感じた。次は振ってくるはずだ。油断せずに戻ってきたボールを手で揉んでからグラブへ放り込んだ。

 サインを確認してから次は低めへ投げ込むと木戸は鋭くスイングした。しかしバットは空を切る。タイミングは合っていたように感じたがコースを見誤ったのかもしれない。

 チビベンのリードで内外角へコースを散らし現在七球目。木戸はすべて振ってきたが今のところかすりもしていない。

 さすがに木戸も焦って来たのかバッターボックスを外して大きく深呼吸をしている。何度か素振りをしてからまたバットを構えた。

「随分手こずってるな、後三球だぞ、いけそうか?」

「正直球が見えてねえわ、マルマンが見送るのもわかるよ」
「今んとこ決め打ちで振ってみたけど当たる気がしねえ」

「おいおい、珍しく随分弱気だな」
「さすがに全球空振りはないと思ってたんだけど、カズのやつ随分調子いいもんなあ」

「まあ何とかしてみるさ、俺にもプライドがあるからな」

 木戸とチビベンが何やら話しているが僕のところまでは声が届かない。話している内容が気にならないわけじゃないが、僕にできることは思い切り投げることだけだ。

「よっしゃこーい!」

 木戸が改めて気合を入れてから構えなおした。その姿に僕もチビベンも、そして見えている二年生、三年生は驚いた。

 まさか、まさか木戸がバットを短く持つなんて、そんなことがあるとは驚きだった。

 どんなことをしても塁に出るんだと言う、チームを背負って立っている選手としての意思の表れだろうし、当然公式戦でも緊迫しプレッシャーのかかる場面はあるだろう。

 僕は身が引き締まる思いでボールを強く握った。木戸のプライドとはスタイルを曲げないことではなく期待されている仕事に結果を出すことなのだろう。

 その想いをしっかりと受け止めつつも、だからこそ抑えて見せる。僕にも木戸と同様にエースとしてののプライドがあるのだ。

 どんな時でも勝負であれば手は抜かない。より気合が入った僕は大きく振りかぶりゆっくりと足を上げた。

 振り下ろされた腕から離れていったボールは僕の指先に最高の感触を残し、空気を切り裂くようにチビベンのミットへ向かう。

 そのボールへ向かって木戸が全力でスイングした。バットはボールをかすめたが前には飛ばずにバックネットに強く当たって落ちた。

 見ている部員たちがおおっと感嘆の声を上げた。さすが木戸のやつは当ててきた。しかし次は空を切らせて見せる。

 僕の投げる球には、僕自身の力とそれを引き出してくれる咲の力の二人分が乗っている。だからこそ簡単に打たれるわけにはいかないのだ。

 後二球、ラス前のサインはインローの要求だ。僕は頷きまた大きく振りかぶる。投げたボールは思ったところに数ミリの狂いもなく投げ込めるように感じる。

 スピードも回転も申し分なく、木戸の膝元を襲ったボールは今季最高のボールだった。

 しかしそのボールを木戸はそのバットで捉えた、かに見えたが一塁側のネクストサークル付近へ飛んでいき、強烈にスピンしながら後ろへ転がって行った。

「ふぅ、っくしょう……」

 木戸は本気で悔しがっているようだ。もちろん真剣勝負ならこうでなくてはいけない。僕だって打たれたくないのだ。

 いつの間にか頬まで垂れてきた汗をぬぐい、チビベンから返ってきたボールを丁寧に拭いグラブへしまう。

 天を仰ぐようにして大きく深呼吸をした僕は、再びバッターボックスの木戸ととキャッチャーのチビベンに目をやった。

 最後の一球、サインは最初に戻ってアウトサイドだった。これは木戸の得意なコースだが、チビベンはあえて得意なここで勝負しようと言うことなのかもしれない。

 頷いてからゆっくりと振りかぶり、フォームの手順一つ一つを確認しながら丁寧になぞっていく。迷いなく振り切った腕の力が指先まできっちりと伝わり、最後にボールの縫い目へ伝わってボールが回転を始める。

 回転を伴って僕の指先から離れていくときに、指先には縫い目一本一本の跡が残るような感覚を覚えた。コースはもちろん要求通りのアウトサイドだ。

 木戸の得意なコースであろうとなかろうと、打たれようが抑えようが、今の僕にとっては最高のボールを投げることができたことに意味がある。

「ぐあああ! ちっくしょー!!」

 フルスイングした木戸が大きな声で叫んだ。しかしチビベンのミットにはボールが入っていない。

 僕の投げた渾身のストレートは木戸のバットには当たっていたが、ボールの当たった音とともにほぼ真上に上がっていた。そしてチビベンがゆっくりと手を頭上に掲げてミットを構えた。

 ミットへボールが収まった瞬間、グラウンド脇で見ていた由布が突然大声を出す。

「すごいです! 吉田先輩も! 木戸先輩も! リードしていた山下先輩も!」
「本当に…… 本当にすごかったです! もう私なんと言っていいのか…… うわああああ!!!」

 ただの練習だったのに随分大げさだとは思ったが、なにか感情を揺さぶることができたのならそれはいい事なのかもしれない。

 しかし、由布はその叫びの勢いのまま大声で泣き出し、僕達はそれを収めるのに苦労したのだった。
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