僕が一目惚れした美少女転校生はもしかしてサキュバスじゃないのか!?

釈 余白(しやく)

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祭りの後

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 ベンチの前にはバットが一本転がっている。それを手に取って地面を軽くたたいてからグリップの辺りを凝視しているユニフォーム姿の老人がいた。

 その老人とは、球界一偏屈だと自称する野林監督である。

「おい、あれ誰かの関係者か?
 宮崎のバカヤロー本気で打ち取られたみてえじゃねえか」

「いや監督、あの子は抽選会で当たっただけで一般の高校生らしいですよ
 宮崎も本気で打ち取られたわけじゃないと思いますけど……」

 スーツ姿の男性が野林監督へ答えた。それを聞いて監督が先ほどのバットを手渡す。

「このバット、さっき宮崎が使って交換していったバット…… え!? まさかこれは!?」

「うむ、ちょっとあの子のところへ行って連絡先聞いておけ。
 念のためスカウトへ伝えて調べてもらうわ
 それとスコアラーにスピードガンで測っていたかも確認してくれよ」

「わかりました!」

 そう言って、広報の植村は折れたバットを置いてベンチから出ていった。


◇◇◇


「すいませーん、宮崎選手、大鳥居選手、インタビューと写真いいでしょうか?
 そちらの少年も一緒にぜひ。
 いい記事になると思うんですよね」

「おいおい、これ以上俺に恥かかせるのかよ。
 カズ選手はどうなんだ?
 この人はベースボーラーマガジンの記者さんなんだけどさ」

「いや、まずいです。
 今日ここへ来ているのは秘密なので……
 絶対やめてください」

 僕一人で来ているならいざ知らず、咲と一緒に来ていることが知られてしまうのは絶対に避けなければならないのだ。しかし他の記者やカメラマンがどんどん集まってきて僕はどうしたらいいかわからなくなってしまった。

 これじゃこの後ゆっくり試合を見ることもできないかもしれないと思ってうつむいていると、先ほどサードの守備に出ていた墨谷選手が近づいてきた。

「記者さんたちさ、少年が困ってるじゃん?
 なんか事情があるみたいだしその辺で解放してあげなよ」

「でもこれは大スクープですよ!
 天才高校生、宮崎選手とガチンコ勝負!とかいい記事になりそうですし」

「でも嫌がってるやつを記事にしてアンタらはそれで満足なわけ?
 雑誌でもスポーツ紙でも胸張って売れんの?
 もしこの件記事にして本人が迷惑こうむったら俺は今後一切取材受けねえよ?
 それでもいいかい?」

 墨谷選手がそう言うと記者たちは黙ってしまった。さすがにベテランの主力選手が言うことには説得力があるのだろう。こうして僕はようやく記者たちの囲みから解放された。

「しかしいい勝負だったな。
 次は俺を指名してくれよ」

「そんな! たまたま調子が良かっただけです。
 色々とお気遣いありがとうございました」

「たまたま調子がいいだけで宮崎のやつを打ち取るなんてただものじゃねえなあ。
 いったいどこの誰なのかくらい教えてくれないか?」

「えっと、県立七つ星高校二年生、吉田一と言います。
 強い学校じゃないんで…… 知ってますか?」

「すまん、地元じゃねえから知らなかったわ。
 七つ星高校な、覚えておくからよ。
 今度の夏の大会が楽しみだな」

 墨谷選手はそう言いながら、まだ遠巻きにうろうろしている記者達へ向かってにらみつけるようなそぶりを見せた。さすがにここで話していることは聞こえていないだろう。

「この後試合見ていくんだろ?
 客席に戻ってゆっくり見てられっかね?」

「そうっすね、まさか完全に抑えられるなんて思っても見ませんでしたよ。
 まだちょっとした騒ぎになってるみたいです」

 宮崎選手が他人事のように墨谷選手へ話しかけた。それを聞いた僕は気が重くなりながらため息をついてしまう。

「はあ…… そうですね……」

 そこへスーツ姿の男性が走ってきて名刺を差し出した。

「どうも初めまして、チーターズ広報の植村と申します。
 監督がぜひ話がしたと申しておりまして、良かったら監督室まで来ませんか?」

「植村さんよ、それより客席に戻り辛くなっちまってるから何とかならんかね?
 でもまさか監督室の小さいモニターで見ても仕方ないしなあ」

「それならベンチ横の特別席が開いています。
 今日は利用客がいないとのことでうちのスコアラーが使っていますが、一緒でも構いませんか?」

「そ、そんなすごい席! いいんですか!?」

「はい、スコアラーには説明しておきます。
 念のためですが、ブレイカーズファンじゃないですよね?
 それだと気まずくて応援できないと思うので」

「チーターズファンなので大丈夫です!
 何から何までありがとうございます」

「では間もなく試合開始ですので行きましょう。
 試合後に時間があれば監督とお話してもらえると助かります」

「えっと、時間があったらでいいですか?
 今日は一人で来ているわけではないので……」

 僕は咲の方を横目で見ながら、目の前にいる広報の植村さんと言う方へ答えた。

「植村さんさあ、少年はデートで来てるんだからあんまり野暮なこと言うなよ。
 監督には俺が説明しておくから、また後日ってことでさ」

「は、はあ、ではよろしくお願いします。
 ええと、それではご案内しますのでお連れ様も一緒にこちらへどうぞ」

 またもや墨谷選手に助けられた僕はようやくグラウンドから引き上げることができたのであった。


◇◇◇


 特別席へ招待された僕達は誰の邪魔もなくゆっくりと、そして選手を間近で見ることができた。ここは普段使われていない小部屋で、どうやら車いすの観客がいるときに使用されるらしい。

 チーターズのスコアラーたちは真剣な面持ちでブレイカーズ選手の一挙一動を記録している。しかしチーターズが打ったり押さえたりしたときにはベンチの選手と変わらず喜んでいた。

 これなら遠慮もいらないのかと思えて、僕は精いっぱい声を出して応援していた。咲は大声を出すことは無かったけど、宮崎選手がチャンスに長打を打った時には椅子から立ち上がっていたし、最終回最後のバッターがキャッチャーフライで倒れ勝負が決まった時には、ベンチ前までボールを追いかけてきた大鳥居選手へ手を振っていた。

 一度も見たことのない野球の試合に連れてきて楽しんでもらえるか心配だったけど、どうやら咲なりに楽しんでくれたみたいでホッとした。

 試合が終わって選手たちがベンチ前で記者のインタビューを受け始める中、僕達は広報の植村さんに案内さて裏口から出ていくことになった。

 その際途中の部屋から通路に出てきた一人の老人、いや老人は失礼なんだけど、それは真っ白な頭の野林監督だった。

「少年、吉田君と言ったな。
 今度改めて挨拶に行くから、それまでに他の球団から誰か来ても会わないでおいてくれよ」

 野林監督はテレビで見るのと同じように、ちょっと怖い雰囲気の混ざった笑い方をしている。普段は優しいロマンスグレーだが、ひとたび火が付くとホワイトライオンに変貌するって言うのは本当だろう。

 僕は思わず背筋をぴんと伸ばしながら答えた。

「は、はい。
 それってどういう意味なんでしょうか。
 まさかドラフト関係って時期でもなさそうですし…」

「あはは、ドラフトにかかるってか?
 随分大きく出たじゃねえか。
 もしかして指名されるんじゃないかって?」

「あ、生意気言ってしまってすいません!
 思い上がってるつもりはありませんが、他に何も思い浮かばなかったのでつい……」

「いやいや、でも遠からずってとこさ。
 君の投球をもうちょっと見ておきたくてね。
 それに高校は七つ星だそうじゃないか。
 あそこ出身の良く知ってるやつがいるんだよ」

「そうなんですか!?
 でもうちからプロ入りした選手はいないはずなんですけど」

「事情があってプロには入らなかったがいい選手だったよ。
 知ってるだろ? 江夏高志さ」

 こんなところでまさか江夏さんの名前が出てくるとは驚いた。どうやら野林監督と知り合いだったようだ。僕は隠す理由もないので監督の問いにイエスと答えた。

「まあそうだと思ったよ。
 あのドロップはいまどき投げるやつがいないくらい古い球だからな。
 最近の若い奴らはフォークだとかカットだとかの小難しい球が好みらしい」

「僕の変化球は全部江夏さんから教えてもらったものなんです。
 だからそのボールを投げて甲子園へ行くのが目標です!」

「いい心がけだ。
 あいつには借りがあって返していないままだから気になってるんだ。
 元気にしているのか?」

「仕事が忙しいといっている割には毎日のように飲みに行ってますね。
 今日は出張だからここへ来られなくて、それでチケットを譲ってくれたんです」

「色々な偶然が重なったってわけか。
 面白いもんだな」

 そこへ植村さんが割って入る。

「監督、記者たちが待ってます。
 選手のインタビューはあらかた終わって、後は監督だけなんで……」

「そんなもん待たしときゃいい。
 と言うわけにもいかんか。
 じゃあまた今度ゆっくり話そうや、吉田一君」

「はい、ありがとうございます!」

 監督がベンチへ向かって通路を歩き出すのを見てから、僕達は振り返って外へ向かって歩き出す。とその時、咲が野林監督へ声をかけた。まさか予想もしていなかった事なので、またなにか変なこと言ってしまうんじゃないかとドキドキする。

「ねえ、おじさま。
 今日はお気遣いありがとう。
 おかげで初めての野球観戦を楽しめたわ」
 
「お、そうか、お嬢ちゃんは野球の試合を初めて見たのか。
 まあこの先いくらでも見るようになるだろうよ。
 そのためにも彼氏を大切にしてやってくれ」

 咲はうふふ、とかわいらしく笑い、四倍くらい歳の離れている野林監督へ友達のように手を振ってから僕の腕を取る。その表情はいつになく朗らかでやけに嬉しそうだ。

 僕はその咲の顔を見て、今まで生きてきて一番幸せな瞬間だと感じたのだった。
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