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追加された約束ごと
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帰り道を走ってきた僕は勢いよく玄関を開けて靴を脱ぎ捨てた。鼓動が周囲に聞こえるんじゃないかってくらいにドキドキしている。
木戸からの思いがけない言葉が僕の胸を打ったせいなのか、それともただ走ってきたからなのか。いや、理由はそのどちらも、だろう。
階段を駆け上がりバッグからユニフォームやアンダーシャツを取り出す。制服は脱ぎ捨ててベッドの上に放り投げた。
洗濯物を抱えて僕が降りて行くと母さんが台所から声をかけてきた。
「ちょっとカズ、どうしたのそんなに慌てて。
うるさいわよ?」
僕は返事をしようと風呂場へ向かう足を止め台所の方を向いた。
「まあ! まったく男の子ってこういうものなのかしら?」
パンツ一枚のままで洗濯物を抱えた僕の前に突然顔を出し、驚いたような、それでいて冷静な声を上げたのは咲だった。
「うわっ! さ、蓮根さん、来てたんだね。
わかってたらこんな格好で降りてこなかったのに……」
そう言ったか言わないかの瞬間、咲はすばやく近寄り軽いキスをした。柔らかな唇が僕の口から離れた後、そのまま耳元でささやいた。
「キミは今誰かに心奪われかけているわね。
でも私との約束は守ってちょうだいよ?」
「そんなこと…… ないはずだけど?」
そうさ、そんなことあるわけがない。別に隠し事しているわけじゃなく、今日は思い当たること何一つない平和な一日だったはずだ。
「そう? それならいいのだけど。
それともう一つ約束を追加するわ。
「随分勝手なことを言い出すなあ。
まあ今更いくつ増えようが問題はないけどね」
「うふふ、随分自信があるようなもの言いね。
その割に今日は不安になったみたいだけど、そのことはもう忘れたのかしら?」
「いや、あれはさ、なんというか……
…… ちょっとまって? なんで今日僕が不安を感じたとか言いだしてるのさ。
そんな出来事なかったよ。 マジで今日は平和な一日だったんだ!」
「何事もなかったならそれでいいのよ。
緊張しすぎたり力が思うように発揮できなかったり、そんなことは無い方がいいわ。
だから約束してね」
「う、うん。 どんな約束?」
薄々感づきながらも僕は咲へ訊ねる。すると咲は答えを口に出す代わりに別の行動に出た。
ただでさえひそひそ話で済むくらい近くにあった咲の顔は、僕の目をわずかな時間見つめた後目線を下ろした。そのままほんの少しだけ近寄ってきて、なんと僕の胸板に噛みつくように口をつけたのだ。
「イタッ、なにしたのさ」
「ふふ、キミの心へくさびを打ち込んだのよ。
何か迷いが生じた時、困った時、いつでもいいわ。
私がいつもついているということを思い出して、自分の力と私の存在を信じてちょうだい」
くさび…… よく意味は分からないけど、もう咲を疑うことはしないと誓った身だ。いやでもそれは僕が心の中だか夢の中だかで誓っただけの事だ。そんなことを目の前の咲が知っているはずがない。
それなのに咲はもう一つの約束と言ったきり、結局その内容は教えてくれなかった。でも咲が提示するもう一つの約束、それはもうすでに交わしたように思えてそれ以上聞く必要はないと感じていた。
「咲ちゃん、ちゃんとできているか確認お願いできるかなー?
カズは早くお風呂入って洗濯回してよ」
「はーいカオリ、今行くわ」
咲はそう言ってから僕にウインクをして台所へ消えていった。
◇◇◇
昨日に引き続き夕飯は肉じゃがだった。大好きなおかずも二日続くと何とも言えない気持ちになる。それに加えて今日は味噌汁じゃなく緑色のスープなのだ。
これはこないだ咲が作ってくれたグリーンピースのスープだろう。しかしなんで肉じゃがに合わせたのかは疑問だ。でもそれは簡単な理由だった。
「すごいおいしい!
こんなにおいしくできたのは咲ちゃんのレシピ通りに作ったからね」
「それはカオリが上手なのよ。
手を抜くと舌触りがざらっとしてしまうのに、このスープは初めてなのにすごく滑らかに出来てるわ。
こんな面倒なもの教えてしまってごめんなさいね」
「肉じゃがもあっという間に上手に出来ちゃって。
咲ちゃんは料理上手だわ。
ちょっとカズ、聞いてる?」
二人の褒めあいについていけない僕は黙々と肉じゃがをほおばっていた。そこへ会話へ引きずりこもうとする魔の手が伸びてきたのだ。
「聞いてるよ、肉じゃがとクリームスープの組み合わせが意外すぎだけどおいしいね」
「ホントあんたは気の利いたこと言えないのねえ。
マサルみたいに口ばかり達者でも困るけど」
「マサルというのはカズ君のお兄様よね?
でもカズというのはアインス、えっとファーストって意味でしょ?
なんだか不思議だわ」
「そうね、次男なのにカズって変わっているかもしれないわね。
でもそう名づけたのは大した理由じゃないのよ」
またこの話か…… そんなことどうでもいいのに今まで何度も聞かれてきたことだ。その理由もホントにくだらないことで、知られて恥ずかしいわけじゃないけど嬉しいわけじゃない。
咲はそんな僕の心を知ってか知らずか、一瞬だけこっちを横目で見た。そして母さんへ向き直してから口を開いた。
「理由がどうであれ素敵な名前だと思うわ。
名前って自分でつけることができないからこそ、つけてくれた人の想いが詰まっているのだと思うの」
「そうね、ありがとう。
咲ちゃんもいい名前よ」
二人は向かい合ったまま笑っている。僕はどうすればいいかわからずに、肉じゃがとグリーンピーススープの不思議なハーモニーを味わっていた。
◇◇◇
夕飯の肉じゃがが今日で四日続いている。不満なわけじゃないがよくもまあ毎日作るものだと感心してしまう。
「今日は今までで最高、完璧な出来ね。
さすがに四日続けたから完全に免許皆伝と言ったところよ」
「それは褒めてもらえてるのかしら?
肉じゃがにライセンスが必要だとは思ってもみなかったわ」
「別に必要なわけじゃなくてそういう表現なだけだよ。
日本語ではよく使うけど、もう教えなくても十分習得したって意味だね」
わざわざ説明するのもどうかと思ったが、わからないことはその場で覚えておいた方がいい。咲に英語を教わりながらそう言われていることを思い出していた。
僕は今まで野球ばかりやってきて、他のこと、特に勉強に関しては全くと言うほど手を付けてこなかった。そんな僕も、この一週間少々で幼児向けの絵本くらいはなんとなく理解できるようになっていた。
これはきっと咲の教え方がうまいからだと思うが、それに加えてやる気の問題も大きいだろう。咲の期待に応えたい、せっかくの好意を無駄にしたくないという気持ちが、僕を学習に向かわせるのだ。
しかしそれはそれとして、一番力を注ぎたいのが野球であることに変わりはない。明日は二年生になって初めての練習試合だ。ふがいない結果とならないよう全力を尽くすつもりだ。
「明日は練習試合でしょ?
どこまで行くんだっけ?」
「相手は矢島実業、駅は西矢島だよ。
あの学校駅から遠いんだよね」
「頑張れなんて言うまでもないけど、くれぐれも無理の無いように怪我の無いようにね。
お弁当は要るのかしら?」
「また木戸の親父さんがおかずを用意してくれるからおにぎりだけでいいよ。
一試合だけだし、六個くらいで足りると思うよ」
それを聞いていた咲が母さんと僕の前にお茶を置きながら呆れたような声で話しかけてきた。
「カズ君は本当に良く食べるわよね。
野球やってる人ってみんなこんなに食べるのかしら?」
「そうね、うちのひとも相当食べてたわよ。
だからデート行くときもおしゃれなレストランとかじゃなく、ボリューム満点なところばかりだったわね」
咲はそれを聞いて笑った。けっしてバカにしたような笑い方じゃなく、楽しそう、嬉しそうな笑顔に僕まで笑みがこぼれてくる。
「おっと、あんまりのんびりしてると遅くなっちゃう。
明日は朝練習できないからちょっとだけ走ってくるよ。
蓮根さん、送って行くから着替えるまで待ってて」
「ええ、ありがとう。
でもお茶が冷めてしまうわよ?」
「そっか、じゃあこれを飲んでからにしようかな。
まだ熱そうだけど……」
僕はお礼を言ってから湯のみに口をつける。やはり思っていた通り、淹れたてのほうじ茶は熱かった。でも咲も母さんも平気な顔で飲んでいる。
ここはお子ちゃまだと思われないよう余裕をもって飲んでやろう。そんなことを考えながら再び湯呑を口に運んだが、あまりの熱さに声が出てしまい、さらに口から少し垂らしてしまった。。
「アチチッ、こんな熱いの飲めないや」
「うふふ、小さい子供みたいね。
お茶がこぼれてるわよ」
咲は自分のハンカチを出して僕の口周りを拭いた。その表情は柔らかくてかわいらしい。
「今はじめて感じたわ。
私ったらちょっと咲ちゃんへ嫉妬してるかもしれない」
母さんが突然おかしなことを言い出した。
「カオリ、それはどういう意味?」
「日本には古くからの伝統で嫁姑問題と言うのがあるのよ。
簡単に言えばお嫁さんと旦那の母親の仲が良くないということね」
「それはドイツにもあるわ。
ママが結婚したばかりのころ、毎週末にパパの実家へ行くことが苦痛だったって聞かされたことあるもの」
「毎週は大変ね。
仲が悪くなることを折り合いが悪い、なんて言ったりするけれど、そうなるには理由があると思うのよ。
その一つが自分の息子がお嫁さんにとられてしまったって感覚になるからなのかもってたった今思ったわ」
母さんはいたって真面目な顔で話しているがどこまで本気かわからない。と言うより、そもそも僕と咲を息子夫婦のように見ているということなのか!?
「私がカズ君のお世話してることに嫉妬してるってことなのかしら?
うふふ、それは面白い感覚ね」
「そうね、面白いわ。
小さいころから甘えん坊で、ついこの間まで世話のかかる子供だったはずなのに、今はお嫁さんに面倒見てもらって私の方を見向きもしないなんて、そんな感覚よ」
「ちょっと待ってくれよ。
勝手にそんなこと言ってさ…… 僕はまだ結婚してるとかそんなこと考える歳でもないのに」
「まだ、と言うことはいづれ、と言うことなのかな?
カズも隅に置けないわね」
それを聞いて咲は機嫌よく笑っている。もしかしてまんざらでもないのだろうか。でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「もう、何言ってんだよ。
蓮根さんも真に受けて笑ってないでくれよ」
僕はもう冷めたお茶を一気に飲み干してからごちそうさまと言って湯呑を置いた。
「じゃあ着替えてくるからさ。
まったくもう!」
顔が火照って熱くなっているのがわかる。もしかしたら赤くなってるかもしれない。それを知られないよう素早く立ち上がって振り返り、僕は自分の部屋へ駆け上がっていった。
木戸からの思いがけない言葉が僕の胸を打ったせいなのか、それともただ走ってきたからなのか。いや、理由はそのどちらも、だろう。
階段を駆け上がりバッグからユニフォームやアンダーシャツを取り出す。制服は脱ぎ捨ててベッドの上に放り投げた。
洗濯物を抱えて僕が降りて行くと母さんが台所から声をかけてきた。
「ちょっとカズ、どうしたのそんなに慌てて。
うるさいわよ?」
僕は返事をしようと風呂場へ向かう足を止め台所の方を向いた。
「まあ! まったく男の子ってこういうものなのかしら?」
パンツ一枚のままで洗濯物を抱えた僕の前に突然顔を出し、驚いたような、それでいて冷静な声を上げたのは咲だった。
「うわっ! さ、蓮根さん、来てたんだね。
わかってたらこんな格好で降りてこなかったのに……」
そう言ったか言わないかの瞬間、咲はすばやく近寄り軽いキスをした。柔らかな唇が僕の口から離れた後、そのまま耳元でささやいた。
「キミは今誰かに心奪われかけているわね。
でも私との約束は守ってちょうだいよ?」
「そんなこと…… ないはずだけど?」
そうさ、そんなことあるわけがない。別に隠し事しているわけじゃなく、今日は思い当たること何一つない平和な一日だったはずだ。
「そう? それならいいのだけど。
それともう一つ約束を追加するわ。
「随分勝手なことを言い出すなあ。
まあ今更いくつ増えようが問題はないけどね」
「うふふ、随分自信があるようなもの言いね。
その割に今日は不安になったみたいだけど、そのことはもう忘れたのかしら?」
「いや、あれはさ、なんというか……
…… ちょっとまって? なんで今日僕が不安を感じたとか言いだしてるのさ。
そんな出来事なかったよ。 マジで今日は平和な一日だったんだ!」
「何事もなかったならそれでいいのよ。
緊張しすぎたり力が思うように発揮できなかったり、そんなことは無い方がいいわ。
だから約束してね」
「う、うん。 どんな約束?」
薄々感づきながらも僕は咲へ訊ねる。すると咲は答えを口に出す代わりに別の行動に出た。
ただでさえひそひそ話で済むくらい近くにあった咲の顔は、僕の目をわずかな時間見つめた後目線を下ろした。そのままほんの少しだけ近寄ってきて、なんと僕の胸板に噛みつくように口をつけたのだ。
「イタッ、なにしたのさ」
「ふふ、キミの心へくさびを打ち込んだのよ。
何か迷いが生じた時、困った時、いつでもいいわ。
私がいつもついているということを思い出して、自分の力と私の存在を信じてちょうだい」
くさび…… よく意味は分からないけど、もう咲を疑うことはしないと誓った身だ。いやでもそれは僕が心の中だか夢の中だかで誓っただけの事だ。そんなことを目の前の咲が知っているはずがない。
それなのに咲はもう一つの約束と言ったきり、結局その内容は教えてくれなかった。でも咲が提示するもう一つの約束、それはもうすでに交わしたように思えてそれ以上聞く必要はないと感じていた。
「咲ちゃん、ちゃんとできているか確認お願いできるかなー?
カズは早くお風呂入って洗濯回してよ」
「はーいカオリ、今行くわ」
咲はそう言ってから僕にウインクをして台所へ消えていった。
◇◇◇
昨日に引き続き夕飯は肉じゃがだった。大好きなおかずも二日続くと何とも言えない気持ちになる。それに加えて今日は味噌汁じゃなく緑色のスープなのだ。
これはこないだ咲が作ってくれたグリーンピースのスープだろう。しかしなんで肉じゃがに合わせたのかは疑問だ。でもそれは簡単な理由だった。
「すごいおいしい!
こんなにおいしくできたのは咲ちゃんのレシピ通りに作ったからね」
「それはカオリが上手なのよ。
手を抜くと舌触りがざらっとしてしまうのに、このスープは初めてなのにすごく滑らかに出来てるわ。
こんな面倒なもの教えてしまってごめんなさいね」
「肉じゃがもあっという間に上手に出来ちゃって。
咲ちゃんは料理上手だわ。
ちょっとカズ、聞いてる?」
二人の褒めあいについていけない僕は黙々と肉じゃがをほおばっていた。そこへ会話へ引きずりこもうとする魔の手が伸びてきたのだ。
「聞いてるよ、肉じゃがとクリームスープの組み合わせが意外すぎだけどおいしいね」
「ホントあんたは気の利いたこと言えないのねえ。
マサルみたいに口ばかり達者でも困るけど」
「マサルというのはカズ君のお兄様よね?
でもカズというのはアインス、えっとファーストって意味でしょ?
なんだか不思議だわ」
「そうね、次男なのにカズって変わっているかもしれないわね。
でもそう名づけたのは大した理由じゃないのよ」
またこの話か…… そんなことどうでもいいのに今まで何度も聞かれてきたことだ。その理由もホントにくだらないことで、知られて恥ずかしいわけじゃないけど嬉しいわけじゃない。
咲はそんな僕の心を知ってか知らずか、一瞬だけこっちを横目で見た。そして母さんへ向き直してから口を開いた。
「理由がどうであれ素敵な名前だと思うわ。
名前って自分でつけることができないからこそ、つけてくれた人の想いが詰まっているのだと思うの」
「そうね、ありがとう。
咲ちゃんもいい名前よ」
二人は向かい合ったまま笑っている。僕はどうすればいいかわからずに、肉じゃがとグリーンピーススープの不思議なハーモニーを味わっていた。
◇◇◇
夕飯の肉じゃがが今日で四日続いている。不満なわけじゃないがよくもまあ毎日作るものだと感心してしまう。
「今日は今までで最高、完璧な出来ね。
さすがに四日続けたから完全に免許皆伝と言ったところよ」
「それは褒めてもらえてるのかしら?
肉じゃがにライセンスが必要だとは思ってもみなかったわ」
「別に必要なわけじゃなくてそういう表現なだけだよ。
日本語ではよく使うけど、もう教えなくても十分習得したって意味だね」
わざわざ説明するのもどうかと思ったが、わからないことはその場で覚えておいた方がいい。咲に英語を教わりながらそう言われていることを思い出していた。
僕は今まで野球ばかりやってきて、他のこと、特に勉強に関しては全くと言うほど手を付けてこなかった。そんな僕も、この一週間少々で幼児向けの絵本くらいはなんとなく理解できるようになっていた。
これはきっと咲の教え方がうまいからだと思うが、それに加えてやる気の問題も大きいだろう。咲の期待に応えたい、せっかくの好意を無駄にしたくないという気持ちが、僕を学習に向かわせるのだ。
しかしそれはそれとして、一番力を注ぎたいのが野球であることに変わりはない。明日は二年生になって初めての練習試合だ。ふがいない結果とならないよう全力を尽くすつもりだ。
「明日は練習試合でしょ?
どこまで行くんだっけ?」
「相手は矢島実業、駅は西矢島だよ。
あの学校駅から遠いんだよね」
「頑張れなんて言うまでもないけど、くれぐれも無理の無いように怪我の無いようにね。
お弁当は要るのかしら?」
「また木戸の親父さんがおかずを用意してくれるからおにぎりだけでいいよ。
一試合だけだし、六個くらいで足りると思うよ」
それを聞いていた咲が母さんと僕の前にお茶を置きながら呆れたような声で話しかけてきた。
「カズ君は本当に良く食べるわよね。
野球やってる人ってみんなこんなに食べるのかしら?」
「そうね、うちのひとも相当食べてたわよ。
だからデート行くときもおしゃれなレストランとかじゃなく、ボリューム満点なところばかりだったわね」
咲はそれを聞いて笑った。けっしてバカにしたような笑い方じゃなく、楽しそう、嬉しそうな笑顔に僕まで笑みがこぼれてくる。
「おっと、あんまりのんびりしてると遅くなっちゃう。
明日は朝練習できないからちょっとだけ走ってくるよ。
蓮根さん、送って行くから着替えるまで待ってて」
「ええ、ありがとう。
でもお茶が冷めてしまうわよ?」
「そっか、じゃあこれを飲んでからにしようかな。
まだ熱そうだけど……」
僕はお礼を言ってから湯のみに口をつける。やはり思っていた通り、淹れたてのほうじ茶は熱かった。でも咲も母さんも平気な顔で飲んでいる。
ここはお子ちゃまだと思われないよう余裕をもって飲んでやろう。そんなことを考えながら再び湯呑を口に運んだが、あまりの熱さに声が出てしまい、さらに口から少し垂らしてしまった。。
「アチチッ、こんな熱いの飲めないや」
「うふふ、小さい子供みたいね。
お茶がこぼれてるわよ」
咲は自分のハンカチを出して僕の口周りを拭いた。その表情は柔らかくてかわいらしい。
「今はじめて感じたわ。
私ったらちょっと咲ちゃんへ嫉妬してるかもしれない」
母さんが突然おかしなことを言い出した。
「カオリ、それはどういう意味?」
「日本には古くからの伝統で嫁姑問題と言うのがあるのよ。
簡単に言えばお嫁さんと旦那の母親の仲が良くないということね」
「それはドイツにもあるわ。
ママが結婚したばかりのころ、毎週末にパパの実家へ行くことが苦痛だったって聞かされたことあるもの」
「毎週は大変ね。
仲が悪くなることを折り合いが悪い、なんて言ったりするけれど、そうなるには理由があると思うのよ。
その一つが自分の息子がお嫁さんにとられてしまったって感覚になるからなのかもってたった今思ったわ」
母さんはいたって真面目な顔で話しているがどこまで本気かわからない。と言うより、そもそも僕と咲を息子夫婦のように見ているということなのか!?
「私がカズ君のお世話してることに嫉妬してるってことなのかしら?
うふふ、それは面白い感覚ね」
「そうね、面白いわ。
小さいころから甘えん坊で、ついこの間まで世話のかかる子供だったはずなのに、今はお嫁さんに面倒見てもらって私の方を見向きもしないなんて、そんな感覚よ」
「ちょっと待ってくれよ。
勝手にそんなこと言ってさ…… 僕はまだ結婚してるとかそんなこと考える歳でもないのに」
「まだ、と言うことはいづれ、と言うことなのかな?
カズも隅に置けないわね」
それを聞いて咲は機嫌よく笑っている。もしかしてまんざらでもないのだろうか。でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「もう、何言ってんだよ。
蓮根さんも真に受けて笑ってないでくれよ」
僕はもう冷めたお茶を一気に飲み干してからごちそうさまと言って湯呑を置いた。
「じゃあ着替えてくるからさ。
まったくもう!」
顔が火照って熱くなっているのがわかる。もしかしたら赤くなってるかもしれない。それを知られないよう素早く立ち上がって振り返り、僕は自分の部屋へ駆け上がっていった。
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