僕が一目惚れした美少女転校生はもしかしてサキュバスじゃないのか!?

釈 余白(しやく)

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最終回の攻防

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 数球の投球練習をしながら次のバッターを待っていると、ひときわ大きな体格の選手が現れた。ナナコーベンチでは由布がしきりにゼスチャーで何かを伝えようとしている。

 まあ誰が来ようが打ち取ればいい話だし、練習試合くらいであれこれ気にしても仕方ない。僕はプレートを踏んでから視線を戻し、木戸のサインに目をやった。

 初球は相変わらずストレートの要求、打ち頃のアウトサイドへ投げ込むと、バッターは一ミリも動かずに見送った。真っ直ぐは捨てているような雰囲気を感じる。

 次のサインはインコースへのチェンジアップだが、これを引っ掛けさせてサードゴロに打ち取った。ここで矢実の監督から代打のコールだ。

 さっきのデカいのがのしのしとバッターボックスへ向かってきて、帽子を取りながらぺこりと挨拶をする。にこやかな表情をしているが、こういうのが一番油断できないと僕の勘が告げている。

 こいつは三年生なのだろうか。去年の練習試合では見なかったように思えるけど、レギュラーだったなら知らなくても仕方ない。なんといっても前回の公式戦では強豪と当たる前に敗退してしまったのだから。

 丸山よりもわずかに大きいその体だが、バッティングフォームはこじんまりとしていた。膝を大きく曲げてかがみこみ、ストライクゾーンを覗き込むように左バッターボックスで構えている。

 初球、木戸の要求はカーブだった。大外から入ってストライクゾーンをかすめてから低めへ落ちていきボール球になる、僕の得意な江夏式ドロップカーブだ。

 デカブツは一瞬ピクリと動いたがスイングはせず。しかし審判のコールはストライクだった。一年生審判の目では判断が難しいのだろう。

 バッターと、そしてキャッチャーまでもが肩を竦めにやついている。木戸からの返球を受けてから、僕も思わず肩をすくめながら苦笑いだ。

 次はインハイの真っ直ぐを投げた。そのボールを大げさにのけぞりながら見送り、これでツーストライクだ。打ち気があるのかないのかよくわからないが、木戸の配球から考えるとインコースの低めからアウトコース高めが危険ゾーンと考えているようだ。

 確認するように三球目、アウトコース低めの真っ直ぐは振り遅れてファールとなった。四球目はそれよりもやや内側に同じ球を投げ、これまたファール。しかしさっきよりタイミングはあっている。

 ここで木戸の要求は例のボールだが、インローへ投げろと言ってきた。僕はここで初めて首を振る。このボールは高めに投げてこそ威力が増すのだと考えているからだ。

 木戸がもう一度同じサインをだした。僕ももう一度首を振る。しかし木戸はどうしてもそこへ投げさせたいらしくしつこく同じサインを出してくる。

 さっきからうまく打ち取れているし、事前にサイン通り投げろと言われていること、それにみんなを信頼するということについて考えていたことを思い出した僕は、ようやく首を縦に振った。

 例のボール、それは別に魔球でもなんでもない。江夏さんがドロップカーブの後に教えてくれたのはジャイロボールであった。

 科学的な分析が過去から現在まで色々となされている不思議な球種らしいが、僕にとってはそんなことどうでも良い。教えてくれた江夏さんも難しいことはよくわからん、と言っていた。

 わかっていることは、ストレートよりも速度差が少ないことと、球速は早いのに変化するということ。それにコントロールが付き辛いということ、そして、使い方を間違えなければ絶大な威力を持つということだ。

 僕はグラブの中の右手を動かして、ストレートの握りをボールを四分の一回転ずらしてからしっかりと握りなおした。いわゆるツーシームの握りだ。

 縫い目の感触を確かめてからいつものようにゆったりと振りかぶった。そしてその手を下ろしながら足を上げる。踏み込みが大きくなりすぎないよう左足をマウンドの斜面へ向かわせ、右足でプレートをかみしめる。

 地面をがっちりとつかんだ両足が腰の回転をしっかりと受け止めると、身体全体が釣竿のようにしなりながら全ての力をボールへと伝えていく。

 僕が投げたボールは木戸のミットめがけて飛び出していったはずなのに、投げ終わった指先には、ボールがまだここにあるような余韻を残している。

 その直後、ミットからしっかりと受け止めたことを証明するきれいな音が鳴り、バットは空を切り裂いていた。

 木戸はにんまりといていて満足した様子だったが、なぜか首をかしげながら僕にボールを返す。きっと三振で打ち取るつもりじゃなかったからだろう。

 次のバッターへはストレート、カーブと二球投げてセカンドゴロに打ち取り、この回も七球の省エネピッチングで守備を終えることができた。

「なあ木戸、さっきの三球目だけどさ、引っ掛けさせるつもりだったのか?」

「だなあ、雰囲気あったから打つかもと思ったんだけどよ?
 めちゃくちゃ振り遅れて空振りしてたわ。
 まあ真っ直ぐより速い変化球なんて簡単には打てないのかもな」

 やはり、全打者内野ゴロを狙っていた思惑が外れてしまったから首をかしげていたようだ。そして木戸は話を続けた。

「実際にどんな球かもっと知りてえけどなー
 打者として構えた時に味わってみねえと、詳しくわからねえからリードもしづらいぜ」

「今ここでそのこと蒸し返すのか?
 マジですげえすっぽ抜けることあるんだよ」

「じゃあメットにマスクしてプロテクターでがっちり固めてからぶつけてもらうことにするわ。
 それなら構わねえだろ」

 まったくこいつは…… 自分の代わりがいないとことをわかっているのだろうか。万一、練習中にケガをしてしまうようなことがあったら、勝ち上がるなんて不可能になってしまう。

「まあ考えておくよ。
 人にぶつけるのはいい気分じゃないからさ。
 さて、最終回の攻撃だ、サヨナラ勝ちといこう」

 矢実のマウンドにはさっきのデカブツが上がった。最終回、勝ちの無い場面で投げるくらいだから、もしかしたらレギュラーなのかもしれない。

「カズ先輩、あのピッチャーですけど……
 去年のレギュラーで…… あの…… 去年も三年生でした……」

「えっ!? それって留年したってこと?
 だったら選手登録できないんじゃないのかな……」

 どうりで貫録十分なはずだ。公式戦には出られないだろうから、せめて練習試合では出してやろうと言う監督の温情なのだろう。

「まあ練習試合ですし、特別なのかもしれません。
 でもあの選手、去年の予選で三ホーマー、六打点の強打者で、投げては準決の矢島学園、決勝の松白以外は完封したみたいです」

「そりゃすごいな。
 じゃあ俺が一本かましてやるか」

 ここで木戸が割って入って来た。そしてさらに後ろから丸山が覆いかぶさってくる。

「木戸はヒット、俺が一発かましてサヨナラだな。
 ナナコーは去年までの弱小じゃないってことを知らしめてやるぜ」

「おう、そうだな。
 んじゃまずは嶋谷、行って来い」

「はい!
 思い切りよく行ってきます!」

 ヘルメットをかぶって準備万端と言った様子の嶋谷は、元気よくバッターボックスへ走っていった。

 今日はここまでノーヒットという嶋谷だったが、ボールをよく見てファアボールを選んだ。というよりは、ピッチャーのコントロールが定まらず、全部ボール球だったように見えた。

 続くまこっちゃんへもストレートのファアボール、無死一二塁でバッターは当たっている池田先輩、と思いきや表からオノケンに変わっていたのだった。

 さすがに三人目まで来ると落ち着いてきた様子で、オノケンには球威のあるストレートをズバズバと投げ込んで追い込むと、緩いカーブを打たされてピッチャーゴロだ。三塁へ向かった嶋谷がアウトになったが、一塁はなんとか間に合いランナー入れ替わって一二塁。

 ここで頼れる四番、木戸の出番だ。また敬遠する可能性もあるが、全打席ホームランを打っている丸山を満塁で迎えるのは現実的じゃないだろう。おそらくここは勝負に来るはず。

 案の定、敬遠の申告はなくバッター勝負を選んだ矢実、緊迫する場面だがそれがまた楽しくもある。

「木戸! 頼むぞ!」

 丸山がネクストサークルから声をかけた。一見応援しているようだが、きっとサヨナラ打になるような長打を打つなと言っているに違いない。

 そんな木戸へ投げられた初球はアウトサイドへのスライダー、これはやや振り遅れてファールとなった。次のインコース真っ直ぐは見送ってボール。三球目も同じところだが少しだけ内側に来たのかストライクのコールだ。

 追い込まれた木戸は軽く伸びをしてからバットを顔の前に掲げ、リラックスした体勢でバットを揺らしている。マウンド上のデカブツピッチャーがセットポジションから威力のある球を投げ込んだ。

 外角低めへのストレートを木戸がうまくとらえ、右中間へクリーンヒットだ。セカンドランナーの俊足まこっちゃんが三塁を蹴ってホームへ向かう。

 しかし、あっという間に追いついたライトが捕球してすぐに返球モーションに入り、ものすごい勢いでボールが返ってきた。それはノーバウンドでキャッチャーミットへ収まって、まこっちゃんはスライディンクをすることなくゆうゆうとタッチアウトとなった。

 とぼとぼとベンチへ戻ってきたまこっちゃんを同級生たちがなぐさめている。

「今のは仕方ないよ。
 すごい返球だったからな」
「飯塚、そんなに落ち込むなよ。
 お前が悪いんじゃないって」

 そこでハカセが一言。

「今のはサードコーチャーのチビベンが悪い。
 ワンアウト満塁にしておけば外野フライでも良かったからな」

「そりゃそうだけど、まあそれは結果論だよ。
 あの当たりだと右中間割ったと思ったし、チビベンは間に合うと踏んだんだろう」

「うむ、確かにそうかもしれない。
 しかしな、全国行ったらあのクラスの守備は当たり前になってくると思うぞ?」

 ハカセの言うことはもっともだ。しかしチビベンを攻めることはできないし意味がない。凡プレーやミスを今後に生かしていくことが大切なのだ。

 ツーアウトにはなったがランナーは一三塁となって打順は五番の丸山だ。今日はここまでホームランと敬遠のみとバツグンに当っている。

 ネクストサークルからバッターボックスへ向かう時に、六番の柏原先輩に何か言っているようだ。すると柏原先輩がベンチへ戻ってきた。

「あれ? どうしたんですか?
 丸山がなにか伝令でも頼んだんですか?」

「いやな、丸山のやつ、自分が最後のバッターだから俺には戻るようにってさ」

「そりゃそうかもしれないけど、敬遠かもしれないのに何考えてるんだあいつ。
 それに、公式戦でそんなことやったら高校生らしからぬ、とかいって注意されちゃいそうだ」

 しかしここは勝負してくれるようだ。相手のピッチャーは高校四年目のダブりだし、敬遠で勝利をもぎ取ったとしても意味がないのだろう。

 その初球はいきなり真ん中高めのストレートだった。バックネットへ上がったボールはネットに沿って落ちてくる。タイミングはあっているようだけど、思いのほか伸びているみたいだ。

 二球目はど真ん中、と思いきやそこから沈んでいく落ちる球だった。丸山はフルスイングしたもののボールの上っ面を叩いてキャッチャーへの足元へのファールとなる。

 たった二球で追い込まれた丸山がボックスを外し深呼吸をする。ベンチにいる僕も思わずつられて深呼吸をしてしまった。

「カズ先輩何してるんですか?
 丸山先輩につられるなんてかわいいですね」

「な、男にかわいいとか言わないでくれよ。
 今はそんなこと言ってる場面じゃないし……」

『うふふ、本当は嬉しいんじゃないの?』

 いやいやそんなことないさ。変なこと言って冷かさないでくれよ。僕は心の中で呟きながら帽子をかぶりなおした。

「なにか言いました?
 丸山先輩が構えましたよ!」

 まったく、気がそがれるようなことを言った本人の心は、すでに試合へ戻っているようだ。しかし試合の行方に夢中になるのも無理はない。練習試合とは言え勝ちたいのはどちらも同じだし、今日みたいな乱打戦だとどっちへどう転ぶか全くわからない。

 やはり試合と言うのはいいものだとつくづく感じる。そう言えばすっかり忘れてたけど、山尻兄妹が来てるみたいだったのに確認するの忘れてたな。試合が終わったら挨拶しにいくとしよう。

 そんなことを考えてるうちにピッチャーは投球モーションに入った。重そうな体をどっしりと地につけたセットポジションは安定感がありそうに見える。

 そして緊迫した場面での三球目、初球と同じように高めに来た真っ直ぐは目線近くの吊り球だ。しかし丸山はその球をなんなく見送る。さすがの選球眼である。

 四球目のカーブをカットした丸山は肩をほぐすように回してから構えなおした。ピッチャーも大きく深呼吸をしている。

 ここが勝負どころだ。振り下ろされた左腕から、差し込んでくるような鋭いストレートがインハイへ投げ込まれる。

 踏み込んで打ちに行った丸山は窮屈そうにバットを振りに行く。普通ならここで詰まらされるものだが、丸山はこのインコースを得意としている。

 腕をコンパクト折りたたんで鋭くスイングすると、金属バットの高い音と共に打球はレフト方向へ大きな弧を作った。

 打った丸山は一塁へ走ろうとしない。三塁ランナーのオノケンはゆっくりとホームを踏んでから振り返った。その時、打球を追いかけていたレフトの先でボールがバウンドするのが見えた。

「やった! サヨナラだ!
 やりましたね、先輩!」

 嶋谷が手を叩いて喜んでいる。もちろん僕たちも大喜びで手を叩きあった。

「よくやったわね、あんたたち。
 帰りに甘いものでもご馳走してあげるわ」

 真弓先生がそんなことを言うのは珍しくないが、そう言わせる場面を作るのは簡単ではない。今日は今までそれほど多くなかったナイスゲームだった。

 そこへ殊勲者の丸山が戻ってきたがなんだか不満そうだ。

「丸山、ナイスバッティングだったな。
 しかし不満そうなのはなぜだ?」

 そんなハカセの問いに丸山が答えた。

「今のホームランだったと思うか?
 多分入ってないだろうなあ」

「いやいや十分な当たりだったよ。
 全打席ホームランじゃないと不満なのは欲かきすぎだろ」

「全国狙うクラス相手にはなかなか通用しないもんだな。
 もっと練習しないといけねえわ。
 俺の場合は特に守備だな」

 意外な台詞だったけど、確かに矢実のライトは凄かった。丸山が自分なりの課題を見つけたのはいいことだ。みんなそれぞれ何かしらの目標意識をもって取り組んでいけば、このチームはもっと良くなるに違いない。

「オシ、全員整列だ、いくぞ」

 木戸が主将らしくみんなに声をかけた。

 整列して挨拶が終わったところで僕が三塁側の外野席に目を凝らすと、外野席で手を振っている女子と、そこに並んでいる背の高い男子が見えた。

 遠いのではっきりは見えないけどどうやら山尻康子で間違いなさそうだ。僕が手を振りかえすとその二人は観客席から出口へ向かい歩きだし、すぐに姿が見えなくなった。

「カズ先輩? 今の女の人誰ですか?
 もしかしてモトカノとかじゃないでしょうね?」

「な、な、何言ってんの!?
 僕に彼女がいたことなんてないよ。
 ていうかそんなのマネージャーに関係ないだろ!」

「そりゃ関係ないですけど……
 関係なかったら興味持っちゃいけませんか?」

「うん、ダメ、絶対にダメ!」

「ますます怪しいですね。
 神戸先輩とも話し合ってきます!」

 なぜそこで神戸園子の名前が出てくるんだ? いつの間に仲良くなったのか知らないけど、僕はどちらとも、もちろん若菜亜美とも付き合ったりする気はないんだから、いい加減諦めてもらいたいもんだ。

「おいカズ、また痴話喧嘩か?
 部活中はそういうの禁止じゃなかったっけ?」

 木戸のやつ痛いところをついてくる。やはり女子マネなんて入れない方が良かった。しかし由布はすでに野球部の情報担当として重要になっているので辞めさせるわけにもいかない。

 まったく、試合には勝ったが最後の最後で複雑な気分になってしまった。こういうところ、何とかしないといけないなあ。

『誘惑が多い方が、約束を守ることの価値が上がると言うものよ』

「そうかな、そんなもんなのかね?」

「カズ君、なに? 独り言?
 みんなに置いていかれちゃうわよ、早く行きましょう」

 いつの間にか遅れていた僕の後ろから神戸園子が声をかけてきた。一緒に来ていたチビベンの彼女とその友達も学校まで一緒に行くようで、すでに前を歩いている。

「今日もカッコよかったね。
 カズ君だけじゃなくて木戸君も、全員カッコよかったよ。
 いいね、野球とかチームスポーツってさ」

「うん、みんなで共有する時間とか苦労とかそういうのがいいのさ。
 勝てばなお嬉しいしね」

「私もいつかその気持ち、共有できるといいなあ」

 その子はそう言って微笑み、僕はほんの少しだけ心奪われるような気持ちを覚えた。そしてその気持ちを悟られないよう心の奥へ押し込みながら園子へ言った。

「のんびりしてたら置いてかれちゃうよ。
 早く追いつこう」

 二人は歩みを速め、先に行っているみんなを追った。


 勝利に浮かれた集団がワイワイと騒ぎながら歩いている。その後ろ姿をじっと見つめている視線があることには誰も気づいていなかった。
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