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最高のピンチ
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「バーン!」
突然相手ベンチで大きい音がした。攻守交代の準備をしていた僕たちは驚き、一斉に向こうを見る。
「もうちょっとマシなリードできないのかよ。
練習試合だからってなめてかかってんじゃねえ!」
それは激高した山尻勝実の声だった。しかし大声はその一度きりで、勝実がベンチへ叩きつけたグラブを拾い上げその場に座った。
「おーおー、立派に抑えてる割にイライラしちゃって。
冷静さを欠いた姿ってはたから見るとホントみっともね。
まあいくらなんでもここまで打てないとも思っていなかったんだろうな」
「うん、僕は女房役の差だと思ってるよ。
配球はまあそれなりだけど甘さがあるし、何よりピッチャーとの意思疎通ができてない。
そんなんじゃ勝てる試合も落としてしまうさ」
「まあな、俺をそんなに褒めてもラーメンは奢らないぜ?
せめてたい焼きくらいにしてくれ」
木戸はこうやって場を和ませるのがうまい。勝実の行動で萎縮したであろう相手チームだが、それは同時にウチのチームへの影響もある。特に一年生は緊張して固くなってしまっているようだった。
そこへ木戸が緩い雰囲気で声をかけたのは大正解だろう。ただそれを本人が意識してやっているのか、ただ単に緊張感がないだけなのかは不明だが。
その時、由布が唐突に僕と木戸へ話しかけてきた。
「せんぱあい? もしかしてせんぱいとカズ先輩ってそういう関係なんですか?
なんだか怪しいと思ってたんですよね……
だからカズ先輩が私を見てくれないのかも……」
ちょ、いきなり何を言い出してるんだ! しかも試合中で最終回だというのに!
「おっとマネちゃん、それ以上言っちゃいけねえよ。
今は試合中だ、そんな話を今するのはこのカタブツが許してくれないぜ?」
そう言いながら僕を指差すのだった。いや、まあ、試合中に話す内容じゃないのは当然として、試合外部活外でも勘弁願いたいもんだ。
そう言いかけた僕を遮るように木戸が言葉を続けた。
「一つだけ言っておこう。
俺のケツもカズのケ」
「パーン!!」
木戸がバカなことを言い始めたところで相手ベンチに負けず劣らずいい音が鳴り、ベンチ前には白煙が立ち込めた。
「こら! バカなこと言ってないでさっさと最後の守りにつきなさい!
最後までしっかりね」
真弓先生からロジンバッグをぶつけられて真っ白な顔をした木戸が、うんうんと頷いてからベンチ前で檄を飛ばした。
「おし! 最終回一点もやらねえぞ。
この回は外野に飛ぶ可能性が高いから油断すんなよ!
行くぜナナコー! 勝つぜナナコー!」
「行くぜナナコー! 勝つぜナナコー!」
「っしゃあああ!!!」
僕たちは掛け声とともにそれぞれのポジションへ散っていった。一人だけは顔を盛んにはたいているが、最後はあきらめてマスクをかぶり、マウンドへ向かって手を挙げた。
木戸がさっき言ったようにここは一発狙ってくるかもしれない。油断していると出合い頭にいいのを貰って得点されてしまう可能性だってある。
僕は気を引き締めなおすように自分の頬を両手でパンパンと叩き、おでこに願いを込めながら帽子をかぶりなおした。
矢島学園の先頭打者は、先ほどまでの一番ではなく代打が送られてきた。大柄だが木戸や丸山ほどではない。僕と大差ないくらいだろうか。
木戸が外野に指示を出したが、左バッターなのに全体を左へ寄せている。流し打ちを警戒したのだろうか。それとも振り遅れるとの判断なのか。
なんにせよ僕は木戸を信じて、自分の力を信じて投げこむだけだ。しかも僕には咲もついている。不安に感じることなんて何もないんだ。
初球はアウトサイドへ例の球を投げて空振り、二球目は同じ所へストレートで見送り、追い込んでからの三球目も同じコース、と見せかけてドロップカーブをアウトローに投げて見送り三振で切って取った。
二人目も代打の左バッターだ。今度はそれほど大きくないが筋肉がしっかりついてそうな体格をしている。案の定バットを長く持っていて見るからにスラッガータイプである。
木戸の要求は全力のストレート、コースはインハイ。僕は一発でうなずき振りかぶる。指の上に縫い目の跡が残るかのような投球の後、ボールはバッターの胸元めがけて真っ直ぐに進んでいく。
空振りのあとの二球目は同じインコースへのスライダーをきっちりと詰まらせた。ふらふらと力なく打ち上がったボールはサードのやや後方に向かう。
その時だった。前進しながら捕球動作に入った倉片だったが、深追いしすぎたオノケンが「あぶねっ」と声を出してしまい、それに気を取られた倉片は声のする方向を確認するためにボールから目を離してしまった。
「すんません! 自分、ちゃんと見てなくて倉片の足を引っ張っちゃいました……」
「まあそう言うこともあるさ、不慣れなサードだし仕方ないよ。
悔やむよりそれを次につなげることを考えてくれな」
「カズ先輩…… ホントすんませんでした!」
マウンド上に内野陣が集まったが、たかがランナーが一塁に出ただけの話である。後二人押さえればいいだけのことだ。
「バントしてくれたら楽になっちゃうな。
ヤマはった強振で事故るのが一番怖えわ。
んじゃまサクッと押さえてたい焼きでも食いに行こうぜ」
木戸はそう言って倉片の尻をグラブではたいた。
クリーンアップに入って三番だが、矢島はここでも左の代打を出してきた。選手層が厚いのは少し羨ましいが、こっちは責められてる側なのでそんなことは言ってられない。
初球のインローに対してはバットをピクリとさせただけであっさりと見送った。この雰囲気からするとやはりバントだろうか。
木戸はバントを誘い出すために真ん中よりを要求してきた。ややインコースよりでバントしやすそうなほぼど真ん中だが、もし振りに来られても打ち取れるようしっかりと力を籠めたボールだ。
そしてここは木戸の読みが当たり、矢島の取った策はやはり送りバントだった。それはサード前のイージーなゴロだったがなんだか嫌な予感がする。
強めに転がったボールはオノケンのグラブへあっさりと吸い込まれ、僕は木戸がファーストを指差すのをしゃがみながら確認していた。
その直後、木戸が大きな声で指示を出す。
「ファースト! オノケン! ファーストだ!」
まさか!? オノケンは打球が強めだったことからセカンドでさせると考えたのかもしれない。左を向いてしまったオノケンが一塁方向へ向き直り慌てた様子で送球する。
う、これは高いか!? 木尾がほんの少し飛び上がってボールをキャッチしてからベースを踏む。しかしそれよりも早くバッターランナーはベースを踏んで走り抜けていた。
「サード! サードだ!」
しかし木尾からサードへの送球は僕が真ん中でカットした。それていたわけじゃなかったが明らかに間に合わずサードまで奪われてしまった。
ノーヒットでワンアウト一、三塁になるなんて、これだから野球は面白い。僕はいつの間にか顔に笑みが浮かんでいたらしい。
「おいおい、笑ってんのかよ。
ここでまたまた落ち込んでるオノケンに何か言ってやれ」
「えっ僕笑ってるか?
オノケンごめんな、別になにか特別理由があるわけじゃないんだ」
「いえ…… またエラーしてしまって……
すいません…… すいません……」
オノケンはうつむいて今にも泣きだしそうな雰囲気である。
「気にすんなよ、こんなの公式戦入ったらいくらでもありえるんだからな。
いちいち落ち込んでたら前へ進めないぜ?
それにカズの野郎はさ、どうせあれよ、これだから野球は面白い、とか思っちゃってんだぞ」
「マジっすか!? カズ先輩パねえ……」
「おい木戸、勝手に人の心を読むのはやめろよ。
さっくりと押さえてサヨナラにしてくれるんだろ?」
「おうよ、任せとけ。
いいかみんな、スクイズはさせねえから前進守備はしねえ。
近けりゃゲッツー狙ってもいいんだけど、まずは確実にアウト取ってくぞ」
「おう!!」
内野がマウンドを中心に散っていく。この雰囲気、ピンチなのになんだか安心するのはなぜだろう。もしかすると、ピンチだということよりチームメイトが団結できている嬉しさが勝るのかもしれない。
ロジンバッグを手のひらと甲で交互にはたき足元へ落とす。そしてボールを揉みながら木戸のサインを確認した。
次は四番、県内屈指のスラッガーだと聞いているが、ここまできっちりと押さえているから不安は感じない。それに、いい投手の条件の一つとして、ランナーを背負ったときでもいつもと同じピッチングができることというのもある。
僕にとっては、一見ピンチに見えるこの状況こそ、最高に楽しくて最高にワクワクするのだった。
突然相手ベンチで大きい音がした。攻守交代の準備をしていた僕たちは驚き、一斉に向こうを見る。
「もうちょっとマシなリードできないのかよ。
練習試合だからってなめてかかってんじゃねえ!」
それは激高した山尻勝実の声だった。しかし大声はその一度きりで、勝実がベンチへ叩きつけたグラブを拾い上げその場に座った。
「おーおー、立派に抑えてる割にイライラしちゃって。
冷静さを欠いた姿ってはたから見るとホントみっともね。
まあいくらなんでもここまで打てないとも思っていなかったんだろうな」
「うん、僕は女房役の差だと思ってるよ。
配球はまあそれなりだけど甘さがあるし、何よりピッチャーとの意思疎通ができてない。
そんなんじゃ勝てる試合も落としてしまうさ」
「まあな、俺をそんなに褒めてもラーメンは奢らないぜ?
せめてたい焼きくらいにしてくれ」
木戸はこうやって場を和ませるのがうまい。勝実の行動で萎縮したであろう相手チームだが、それは同時にウチのチームへの影響もある。特に一年生は緊張して固くなってしまっているようだった。
そこへ木戸が緩い雰囲気で声をかけたのは大正解だろう。ただそれを本人が意識してやっているのか、ただ単に緊張感がないだけなのかは不明だが。
その時、由布が唐突に僕と木戸へ話しかけてきた。
「せんぱあい? もしかしてせんぱいとカズ先輩ってそういう関係なんですか?
なんだか怪しいと思ってたんですよね……
だからカズ先輩が私を見てくれないのかも……」
ちょ、いきなり何を言い出してるんだ! しかも試合中で最終回だというのに!
「おっとマネちゃん、それ以上言っちゃいけねえよ。
今は試合中だ、そんな話を今するのはこのカタブツが許してくれないぜ?」
そう言いながら僕を指差すのだった。いや、まあ、試合中に話す内容じゃないのは当然として、試合外部活外でも勘弁願いたいもんだ。
そう言いかけた僕を遮るように木戸が言葉を続けた。
「一つだけ言っておこう。
俺のケツもカズのケ」
「パーン!!」
木戸がバカなことを言い始めたところで相手ベンチに負けず劣らずいい音が鳴り、ベンチ前には白煙が立ち込めた。
「こら! バカなこと言ってないでさっさと最後の守りにつきなさい!
最後までしっかりね」
真弓先生からロジンバッグをぶつけられて真っ白な顔をした木戸が、うんうんと頷いてからベンチ前で檄を飛ばした。
「おし! 最終回一点もやらねえぞ。
この回は外野に飛ぶ可能性が高いから油断すんなよ!
行くぜナナコー! 勝つぜナナコー!」
「行くぜナナコー! 勝つぜナナコー!」
「っしゃあああ!!!」
僕たちは掛け声とともにそれぞれのポジションへ散っていった。一人だけは顔を盛んにはたいているが、最後はあきらめてマスクをかぶり、マウンドへ向かって手を挙げた。
木戸がさっき言ったようにここは一発狙ってくるかもしれない。油断していると出合い頭にいいのを貰って得点されてしまう可能性だってある。
僕は気を引き締めなおすように自分の頬を両手でパンパンと叩き、おでこに願いを込めながら帽子をかぶりなおした。
矢島学園の先頭打者は、先ほどまでの一番ではなく代打が送られてきた。大柄だが木戸や丸山ほどではない。僕と大差ないくらいだろうか。
木戸が外野に指示を出したが、左バッターなのに全体を左へ寄せている。流し打ちを警戒したのだろうか。それとも振り遅れるとの判断なのか。
なんにせよ僕は木戸を信じて、自分の力を信じて投げこむだけだ。しかも僕には咲もついている。不安に感じることなんて何もないんだ。
初球はアウトサイドへ例の球を投げて空振り、二球目は同じ所へストレートで見送り、追い込んでからの三球目も同じコース、と見せかけてドロップカーブをアウトローに投げて見送り三振で切って取った。
二人目も代打の左バッターだ。今度はそれほど大きくないが筋肉がしっかりついてそうな体格をしている。案の定バットを長く持っていて見るからにスラッガータイプである。
木戸の要求は全力のストレート、コースはインハイ。僕は一発でうなずき振りかぶる。指の上に縫い目の跡が残るかのような投球の後、ボールはバッターの胸元めがけて真っ直ぐに進んでいく。
空振りのあとの二球目は同じインコースへのスライダーをきっちりと詰まらせた。ふらふらと力なく打ち上がったボールはサードのやや後方に向かう。
その時だった。前進しながら捕球動作に入った倉片だったが、深追いしすぎたオノケンが「あぶねっ」と声を出してしまい、それに気を取られた倉片は声のする方向を確認するためにボールから目を離してしまった。
「すんません! 自分、ちゃんと見てなくて倉片の足を引っ張っちゃいました……」
「まあそう言うこともあるさ、不慣れなサードだし仕方ないよ。
悔やむよりそれを次につなげることを考えてくれな」
「カズ先輩…… ホントすんませんでした!」
マウンド上に内野陣が集まったが、たかがランナーが一塁に出ただけの話である。後二人押さえればいいだけのことだ。
「バントしてくれたら楽になっちゃうな。
ヤマはった強振で事故るのが一番怖えわ。
んじゃまサクッと押さえてたい焼きでも食いに行こうぜ」
木戸はそう言って倉片の尻をグラブではたいた。
クリーンアップに入って三番だが、矢島はここでも左の代打を出してきた。選手層が厚いのは少し羨ましいが、こっちは責められてる側なのでそんなことは言ってられない。
初球のインローに対してはバットをピクリとさせただけであっさりと見送った。この雰囲気からするとやはりバントだろうか。
木戸はバントを誘い出すために真ん中よりを要求してきた。ややインコースよりでバントしやすそうなほぼど真ん中だが、もし振りに来られても打ち取れるようしっかりと力を籠めたボールだ。
そしてここは木戸の読みが当たり、矢島の取った策はやはり送りバントだった。それはサード前のイージーなゴロだったがなんだか嫌な予感がする。
強めに転がったボールはオノケンのグラブへあっさりと吸い込まれ、僕は木戸がファーストを指差すのをしゃがみながら確認していた。
その直後、木戸が大きな声で指示を出す。
「ファースト! オノケン! ファーストだ!」
まさか!? オノケンは打球が強めだったことからセカンドでさせると考えたのかもしれない。左を向いてしまったオノケンが一塁方向へ向き直り慌てた様子で送球する。
う、これは高いか!? 木尾がほんの少し飛び上がってボールをキャッチしてからベースを踏む。しかしそれよりも早くバッターランナーはベースを踏んで走り抜けていた。
「サード! サードだ!」
しかし木尾からサードへの送球は僕が真ん中でカットした。それていたわけじゃなかったが明らかに間に合わずサードまで奪われてしまった。
ノーヒットでワンアウト一、三塁になるなんて、これだから野球は面白い。僕はいつの間にか顔に笑みが浮かんでいたらしい。
「おいおい、笑ってんのかよ。
ここでまたまた落ち込んでるオノケンに何か言ってやれ」
「えっ僕笑ってるか?
オノケンごめんな、別になにか特別理由があるわけじゃないんだ」
「いえ…… またエラーしてしまって……
すいません…… すいません……」
オノケンはうつむいて今にも泣きだしそうな雰囲気である。
「気にすんなよ、こんなの公式戦入ったらいくらでもありえるんだからな。
いちいち落ち込んでたら前へ進めないぜ?
それにカズの野郎はさ、どうせあれよ、これだから野球は面白い、とか思っちゃってんだぞ」
「マジっすか!? カズ先輩パねえ……」
「おい木戸、勝手に人の心を読むのはやめろよ。
さっくりと押さえてサヨナラにしてくれるんだろ?」
「おうよ、任せとけ。
いいかみんな、スクイズはさせねえから前進守備はしねえ。
近けりゃゲッツー狙ってもいいんだけど、まずは確実にアウト取ってくぞ」
「おう!!」
内野がマウンドを中心に散っていく。この雰囲気、ピンチなのになんだか安心するのはなぜだろう。もしかすると、ピンチだということよりチームメイトが団結できている嬉しさが勝るのかもしれない。
ロジンバッグを手のひらと甲で交互にはたき足元へ落とす。そしてボールを揉みながら木戸のサインを確認した。
次は四番、県内屈指のスラッガーだと聞いているが、ここまできっちりと押さえているから不安は感じない。それに、いい投手の条件の一つとして、ランナーを背負ったときでもいつもと同じピッチングができることというのもある。
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