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第三章 戦乙女四重奏(ワルキューレ・カルテット)始動編

50.黒と白

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 ミーヤとイライザがナイトメアを引き連れて馬車まで戻ると、当然のように全員が驚いた。チカマははるか上空まで一気に飛び立ってしまう。

「ちょっとミーヤ? イライザ? それってまさか?
 えっ、えっ? レベル1なのに!?」

「おう、そのまさかだよ、さすがだよなあ。
 でも格闘術も立派だったんだぜ?」

「もう必死で向かって行っただけだよ。
 でもまさか調教できるなんて、というか、するなんて考えてなかったもの」

「まあ確率は五分くらいだったと思うよ。
 大分ダメージを与えていたのが功を奏したな。
 魔獣は弱ければ弱いほど調教が簡単になるのさ。
 でもああいうのって最後は熱意だと思うよ」

「ダメージ与えると強い魔獣でも調教できる確率があがるってこと?
 じゃあ大分痛い思いをさせてしまってかわいそうなことしたわね。
 どれどれ」

 ミーヤはもう一度生体研究でステータスを確認した。すると確かにHPが減少しているし最初に見た時よりも最大値が減っているような気もする。それはともかくダメージを回復してあげようと思い、ステータス画面から回復を選択した。すると、ミーヤのマナがすごい勢いで減っていくのを感じる。なるほど、こういう行為全てにマナが関わってくるのか。

 まもなくミーヤのマナは空っぽになってしまったが、ナイトメアのHPはまだ全快していなかった。と言うことは、本格的に使役するには飼い主のマナも相当量無いと厳しいと言うことになる。何となく仕組みはわかってきたのはいいが、この子を連れていたら次はもう調教できないと言うことになる。その機会があるかはわからないけど、このまま連れていていいのだろうか。

「ねえイライザ、この子はこのまま連れ歩いていればいいの?
 一頭連れていたら他は調教できなくなるんでしょ?」

「まあそれはその通りだけどさ、ナイトメアがいれば他はいらないだろ。
 ローメンデル山なら三合目くらいまでは小型の魔獣くらいしか出ないからな。
 自分を守るように命令しておけば、後は勝手に倒してくれるさ」

「そういうものなのかしらねえ。
 まだ馬二頭とこの子しか捕まえたことないからわからないわ」

 その会話を聞いていた冒険者たちが驚きの声を上げた。

「おいおい…… まだ初心者ってことか?
 ウソだろ……!?」

 そこでイライザが大きい声を出して叱り飛ばした。

「何言ってんだお前ら! まずは助けてもらった礼を言うのが筋ってもんだろ?
 今回は冒険者組合からの依頼だったんだから、規定料はきちんともらうよ?
 だいたいあんなところまでナイトメアを引っ張ってきやがって、何してやがったんだよ」

「あそこまで連れてきたのはこいつらなの?
 それは許せないわ!
 まったくどうしてくれようかしらね!」

 レナージュも大・大・大立腹だ。と言うことは今回の行為は冒険者たちのマナー違反なのだろう。それともルール違反なのかもしれない。

「本当にすまなかった…… わざとじゃなかったんだよ!
 六合目から追われてて逃げているうちに麓まで来ちまっただけなんだよ!
 助けてくれたことには感謝している、たすかった! ありがとう!」

「そう言われてもなあ、アンタらの誰かはテイマーなんだろ?
 麓でテイムしようとして連れてきたんじゃないのかい?」

「なんでテイマーだなんて思うんだよ!
 ち、ちがうぞ? 俺たちは違うんだ!」

「じゃあスキル一覧見せられるか?
 証拠ってやつさ、誰にも調教が無かったら信じてやるし報酬もいらねえ。
 どちらにせよ組合に申し出れば調査してくれるだろうからどっちでもいいがな」

「そうよね、組合へお願いするのが一番よ。
 組合謹慎になれば魔鉱は買い取ってもらえないし、依頼も請けられなくなるしね。
 本当に潔白なら調査されても平気なんだから堂々としていればいいわ」

「―― わかったよ、見せはしないがテイマーなのは認める。
 実は魔獣が地表へ出ると弱くなると聞いたんで試してみただけなんだ。
 別にナイトメアである必要は無かったんだが、たまたま遭遇したんでな」

「随分おかしな事するねえ。
 それにしたって普通に戦えば勝てる相手だったのか?
 どうもそんな感じには見えねえが」

「そりゃ捕まえる気が無けりゃ倒せるさ。
 俺たちだってそれなりの冒険者だからな」

 男たちはそう弁解してるけどイライザの言うことはもっともだ。誘導がうまくいかずに自分たちが危なくなったなら、倒してしまうのが安全面からも望ましいはず。でも実際は救援を頼むくらいには追い詰められていた。

 レナージュは誰かとメッセージのやり取りをしているようだが、おそらくモーチアだろう。組合への報告を駆け引きの材料にしながらも、結局冒険者組合へは報告しているのかもしれない。

 そう言えば大気中マナ濃度というのも初めて聞いた用語だ。ローメンデル山は登るにしたがって魔獣が強くなると言うし、各地の迷宮も同様らしい。その謎はマナ濃度にあると言うこと? 地表までおびき出せば弱い魔獣や獣程度になる? でもあのナイトメアは全然弱くなかったけど?

「その地表へ連れ出せば弱くなるのは本当だと思うけど、弱くなるまで何日かかるんだ?
 大体その状態で捕まえたって弱くなっちまってんだから使役する価値ないだろ。
 そんなおかしなことをする理由がわからねえな」

「それは俺たちの自由だろ。
 理由まで話す必要はねえ」

「まあそこまでして弱くした魔獣を、わざわざ捕まえたい理由を知る必要はないな。
 それよりもまさか他の魔獣も連れまわしたりしてないだろうな?
 アタシたちはこれから二合目あたりを中心に狩りをするんだからさ」

「ああ、それは大丈夫だ。
 降りてきながら大分倒したから七合目くらいまでは数も少なくなっているだろう。
 狩る対象が少なくても勘弁してくれよ?」

「MPK(モンスターパーソンキル)は厳罰対象なんだから何かあったら絶対に報告出すぜ?
 少しでも気になることがあったら今の内に吐いておけよ」

「ないない、本当にもうなにも隠してない!
 ただ、八、九合目あたりに籠ってるやつらがいるらしいからトラブルにならんようにな」

「そんなとこまで行ってるやつらがいるのか。
 ずいぶんの手練れだな」

 六合目でナイトメアが出るということは、それより上にはもっと強い魔獣がいると言うことのはず。そこへ陣取って狩りをしているなんて、きっとすごい人たちなのだろう。

「イライザ? モーチアとの交渉が終わったわ。
 今そいつらにも連絡が行くはずよ」

「よし、貰うもん貰ったら帰ってもらうとするか。
 すっかり遅くなっちまったなあ。
 もうベッドを展開しちまってるし、このままここを拠点にすればいいだろ」

 すでに疲れているためイライザの意見には賛成である。レナージュも異論ないようだし、今は救出代金を貰うほうが大切らしい。チカマは…… まだ空高く飛んだままだ!

「チカマ! もう降りてきていいのよー!
 大丈夫、安全だからいらっしゃい!」

 その後も疑い深く空中を旋回していたチカマだが、夕飯の支度を始めると叫んだらすぐに降りてきた。だが今日は狩りをしていないので新鮮な肉類は手に入っていない。

 ミーヤは置いたままになっていた鍋を一度洗い、水を張りなおしてからベーコンに芋、人参をカットして加え火にかけた。火から少し離して弱火にしながらスキレットでバター溶かす。ここへ麦の粉を入れて炒めてからヤギの乳を注ぎ込んだ。

「ちょっと、またなにか知らない料理作ってるの?
 まさか旅に出ているときのほうが、街にいるときよりもいいものが食べられるなんてね」

「初めて作るんだからおいしいとは限らないわよ?
 失敗しても食べてもらうからね」

「ミーヤさま、ボクあの黒い馬怖い。
 ご飯の時間だけど食べられちゃわない?」

「チカマ、大丈夫よ、あの子は私の言うことちゃんと聞くからね。
 明日背中に乗せてもらいましょうよ」

「う、うん……
 ミーヤさまが怖くないって言うなら平気」

 火にかけていたスキレットの中身にとろみが出てきた。でももう少し煮詰めた方が良さそうだ。鍋の中の野菜はもう柔らかくなっている。塩しか入れてないので味はそれほど期待できないが、ベーコンと野菜から出る旨みに期待しよう。

 スキレットの中でドロドロに煮詰まった白い液体を鍋へ移し混ぜていく。すると鍋の中身もただの水から白いスープに変わっていった。火を弱くしてからしばらくの間混ぜ続けていくと大分とろみがついてきた。味見してみるとまあまあうまくできた気がする。

「はい、これで完成よ。
 街で売られている羊ミルクのスープをアレンジしたものと思ってくれたらいいわ」

 ミーヤはそう言ってから全員分の器にクリームシチューをよそって手渡していった。かまどの石に積んでおいたペラペラのパンを取って、シチューを付けて食べるよう促すと、もはやためらうものはいない。それが何かなんて疑いもせず一斉に食べ始めてくれた。

「こ、これはウマイ!
 なんでこんなにとろみがついてるんだ!?」

「アツアツトロトロで濃厚な味ね!
 これは病み付きになってしまうわ!」

「ミーヤさま天才、おいしい。
 でもあっつい…… 口の中やけど……」

「そんなにあわてなくてもまだいっぱいあるわよ。
 おかわりしていいんだからね」

 こうして幸せな夕餉の時間が過ぎて行った。大奮闘、大活躍で疲れていたミーヤは、後片付けを任せて先に床へつく。そして黒い馬に跨って草原を走り回る夢を見ながら深い眠りにつくのだった。
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