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第三章 戦乙女四重奏(ワルキューレ・カルテット)始動編

60.考え事の多い料理店

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 サラヘイたち『銀の盾』一行とレナージュ達は朝方まで飲んでいたようで、彼らは明るくなったころに帰っていったらしい。ミーヤは早々に酔いつぶれて寝てしまっていたので、起きた後にレナージュから聞いたのだ。そのレナージュは、サラヘイたちのせいで明日の狩りは中止になるのだと難癖をつけ、賠償金として料理代への大幅上乗せを要求したらしい。まったくちゃっかりしている。

 当然チカマ以外の三人は昼過ぎまで寝ていたため、本日の散策は中止になった。途中でお腹を空かせたチカマに起こされて食事を用意した際に、酒追いの粉で作った酔い止めを飲んでおいたおかげで目覚めはすっきりとしたものだった。マルバスには感謝しなければ。

「それにしても昨日は良い夜だったな。
 あの豚は上物だったし、まさか王都の酒が飲めるなんて思ってもみなかったぜ」

「まったくミーヤさまさまね。
 また誰か来ないかしら?」

「もう、人のことなんだと思ってるのよ。
 このままじゃ本当に料理人になってしまうわ」

「それもいいんじゃない?
 村に料理人が不足しているならきっと喜ばれるわよ。
 なにより奇抜でおいしいんだから最高の貢献よ」

「ボクもずっと食べたいよ?
 ミーヤさま、料理やめないで?」

 喜んでもらえるのはいいけれど、どうも考えているのと別な方向へ進んでいるのは気になる。そもそものんびりと暮らしていくつもりだったのに、どうしてこうなったんだろう。別に料理がやりたくないとかそう言う話ではなく、当初の考えからどんどんずれて行っている事にはうすうす感づいていた。

 それでも生前いやいやこなしていた忙しさとは違い、今は好きに楽しんで勝手にバタバタしているのだから幸せな生き方ではある。その幸せの一つが料理であるなら続けていくのもいいだろう。


 そんなことがあってから数日が経ち、ミーヤのレベルが4へ上がる日がやってきた。その日は、もうすっかり慣れた四合目までの道のりで一つ目の巨人に出会った。人型なので魔獣と言うより他種族のように感じてしまうが、高度な知性は無いようだ。

「こいつは一つ目巨人(サイクロプス)だよ。
 特殊攻撃はないが攻撃力はあるから注意しな。
 視野が狭いから回り込んでかわすんだ!」

 イライザの指示はいつも的確で助かる。今やチカマとのコンビネーションも抜群で、交互に背後へ回って難なく倒すことが出来た。

『プププー プップー プッププー』

 ここで例のマヌケな音楽が鳴り響き、レベルアップを知らせてくれる。何度聞いてもいい音には聞こえないが、レベルアップ自体は嬉しいものだ。

「ミーヤさまおめでとう。
 ボクも早くおいつきたいなあ」

「やったわね、ミーヤ、もうすぐ追いつかれてしまうわ。
 あとはチカマがレベルアップすれば五合目まで行かれるわね」

「そうだな、そうすればレナージュも助かるだろうし、張り切っていこう。
 だがそろそろ武器が限界かもしれないなあ」

 確かにチカマの短剣はかなり刃こぼれしている。大分手になじんできている様だから棄てるには惜しい。研いだり鍛えなおしたりすればまだ使えるのだろうか。

 その点ミーヤのように素手ならば武器の消耗は無い。リーチが短いという欠点はスピードで補えばいいし、もしかして武器を持つよりも優れているのではないだろうか。そう思っていた矢先、初めて見る獣がまた出てきた。なんだか平べったくてつやつやしている。もしかしてこれは!?

「大口水竜(ラージマウスサラマンダー)か。
 魔獣じゃなけりゃうまいんだけどなあ。
 でもこの辺りに湿地帯はないのにどこから来たんだ?」

 これはオオサンショウウオなのか? 実物は初めて見るが、確か天然記念物だったはず。けれどこの世界ではそんなことは無いのでさっそく攻撃を始めた。だが……

「えっ!? 攻撃が当たらない?」

 ミーヤがいくら殴りつけても簡単にいなされてしまう。表面がぬるぬるしているせいで、打撃を加えてもすべってしまうようだ。これではらちが明かない。

「ミーヤさま、ボクに任せて!」

 後ろからチカマが飛び出して切り付けると、オオサンショウウオはあっさりと真っ二つになり消えて行った。残された魔鉱の大きさから行くと弱い部類のようだ。

「水竜系の獣は、たとえ魔獣になっていたとしても水の近くにしか住まないんだけどなあ。
 なんでこんなところにいたんだろうか」

「そうよね、ナードみたいにじめじめしているところでは良く見かけるけどね。
 どこかから落ちてきたのかしら?」

「もしかしたらアレ?」

 チカマの探索スキルで何かを見つけたようだ。しかし指さした方向は上空だった。その指先を確認するように一同が空を見上げると、空に大きな鳥が弧を描くように飛んでいるのが見える。

「良く見えないがトンビか大鷲かな?
 襲ってこないところを見ると魔獣ではなさそうだ」

「魔獣化した獣が普通の獣に狩られることもあるの?
 なんだか下剋上って感じね」

「まあ大口水竜は地面にいるときはのろいからな。
 うろついていて食われそうになってたんだろうよ」

 なるほど、単純に獣より魔獣が強いと言うわけでも無いという言うことか。つまり最終的には適性を含めた優劣が存在しているわけだ。そんなのよく考えなくても当然かもしれないが、ミーヤにとってはまた一つ賢くなれるいい経験だった。

 この後はめぼしい獲物もおらず、石巨人や甲羅芋虫を狩りながら馬車へ戻った。

「ねえ、もう食材が少なくなってきたわよ?
 肉は獣を狩ればいいけど、その他はあまりなくなってきちゃった」

「まあ無いのが当たり前だから気にはならないが、贅沢しすぎているから寂しくはあるな。
 明日にでもチカマをレベル4に仕上げて引き上げも考えるとするか」

「それなら思い切って五合目まで行きましょうよ。
 手ごわいのは飛翔蜥蜴(ワイバーン)や大牙虎(サーベルタイガー)くらいでしょ?」

「まあそれでもいいけどミーヤは心配性だからなあ。
 チカマに甘すぎるんだよ」

「そんなことないわよ!
 いつも頼りにしてるんだから、ねえチカマ?」

「ボク、難しいことはわからない。
 でも大事に思ってくれてるのはうれしいよ?」

 こう言うことを言ってくれるからチカマをたまらなく愛してしまうのだ。もちろんギュッと抱きしめていっぱいいい子いい子したのは言うまでもない。

「ほらほら、これだもの。
 たまには私のことも抱きしめてくれてもいいのにさ」

 レナージュがこうやってからかって来るのもすっかり慣れっこだ。とはいえやっぱりミーヤはチカマに対して甘すぎるのだろうか。それが彼女の成長を阻害していないとは言い切れない。一応考え込んでみるが答えは出ないので考えるのは止めて夕飯の支度をはじめた。

「今日は何を食わせてもらえるんだろうねえ。
 材料が乏しくなったってことは肉を焼くだけになりそうか?」

「まだ麦の粉もあるし、調味料はあるからね。
 パスタにしてみようかしら」

「パスタ? なんだかわからねえがうまいもんなら大歓迎さ。
 コイツを楽しみながら楽しみに待つとするか」

 イライザはサラヘイから貰ったバーボンを大事にチビチビ味わっていた。当然レナージュも一緒に飲み始めている。あの日以来寝坊はしていないので、ミーヤもうるさく言うことは無い。チカマには果実を絞ったフレッシュジュースを渡して待っていてもらう。

 しかしこの麦は一体何麦なんだろうか。小麦でも大麦でもなさそうだし、なんでも作れてしまう不思議な麦である。きっとこの辺りも神々の力が働いているのだろう。

 その不思議な麦なのだからきっとパスタも作れるはずだ。そう考えるうちに試してみたくなった。まず麦の粉に水と塩を加えて混ぜながら練っていくと、しっかりとした生地が出来上がった。パスタマシーンなんて無いので、平らに伸ばしてからカットしていく。

 次は鍋に肉を敷いてからチーズを入れてパスタ生地を乗せる。その上に芋を敷き詰めてまたチーズとパスタ、肉チーズ、パスタと重ねて行った。最後にデミグラスソースをひたひたになるくらい入れたらチーズをたっぷり乗せて焼くだけだ。

 火にかけたら蓋を乗せて、その上に炎の精霊晶を乗せるのももはや定番の調理法になっていて、こうするとオーブンのように上下同時に加熱できるのでいい仕上がりになる。この間の話じゃないけれど、料理のほうが戦闘よりもよほど工夫して上手になっている気がする。とまあ、あれこれ考えているうちに香ばしい香りが漂い始めた。間もなく焼きあがるだろう。

 香りに気付いたチカマは落ち着かない様子で皿を持って待ち構えている。イライザとレナージュも酒を飲む手を休めてこちらをちらちらと見ていた。

「さあ出来たわよ、今日はラザニアという料理を作ってみたわ。
 熱いから気を付けて食べてね、特にチカマはいつもやけどするんだから」

「大丈夫、もう慣れたから」

 何が大丈夫なのだろうか…… そこまで喜んで食べてくれるのは嬉しいが、口の中をやけどすると結構痛いだろうに。

「ほっほっ、こりゃアツアツだな。
 そう言えばパスタっていうのを作るんじゃなかったのか?」

「この薄い生地がパスタで、それを使った料理がラザニアよ。
 パスタ生地を使って麺を作ることもできるんだけど、道具が足りないからまた今度ね」

「このツルツルした生地で麺が作れるの!?
 それはぜひ食べてみたいわね!
 野外食堂のラーメンも好物だけど、ミーヤの料理はそれよりも断然おいしいから楽しみだわ」

「ミーヤさま、口の中やけどした。
 でもおいしいね」

「みんな喜んでくれてありがとう。
 でもやけどはしないでほしいけどね」

「それにしてもミーヤは変わってるよな。
 普通はさ、食べさせてもらってる方が礼を言うもんだろ?
 なんで作ったやつが礼を言うんだよ」

「それがミーヤのいいところなのよ。
 なんにでも感謝するなんてステキな事じゃない?」

「ボクも真似する。
 ミーヤさま、いつもありがと」

 今日は考え事の多い一日だったが、こうしてまた嬉しい夜を過ごすことが出来て、ミーヤは誰にと言うわけでもなくありがとう、とつぶやいた。

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