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第三章 戦乙女四重奏(ワルキューレ・カルテット)始動編

61.帰還は突然に

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 いよいよローメンデル山散策も最終予定日だ。もちろん山頂まではまだ遠く、とても制覇なんて見えていない。というよりもローメンデル山の山頂へたどり着いて帰ってきたのはローメンデル卿しかいないと聞いているのでかなり難関のはずである。

 今日は初めての五合目で少し緊張していた。しかし最初に出てきた未知の魔獣、大牙虎(サーベルタイガー)は意外と強くなく、真っ向からぶつかり合って難なく勝利した。戦いながら確認したステータスによると、全てにおいてミーヤが勝っていたのだから、特殊な攻撃を持たない大牙虎相手なら当然の結果とも言える。

「ちょっとこれじゃ私の出番が回ってこなそうよ?
 ミーヤはちょっと援護に回ってくれないかしら」

「そっか、ごめんなさい、考え無しだったわ。
 でもなんだか力が有り余って仕方ないのよねえ」

「ミーヤは確実に強くなってるからなあ。
 少々力のある程度の魔獣じゃ物足りなくなってるんだろ。
 だが油断や過信は禁物だぜ?」

「そうよね、今思い返せば、岩巨人に喰らった気絶攻撃がいい教訓になってるわ。
 だからまずは見極めることが大切なんだってことが分かったもの」

 ミーヤがそう答えると、イライザは満足そうにうなずいた。

 この後も順調に歩みを進め、とうとう六合目の看板までやってきた。その間に出会った魔獣は大牙虎の他は岩巨人くらいでミーヤたちの相手ではなかった。

「ここから先は別世界になってくるから要注意だよ。
 何かに追われて逃げることがあっても絶対に上っちゃダメだ。
 必ず下ることを考えるんだぞ」

 全員で返事をしてからまた下っていく。するとチカマが上空からなにかが迫ってくるのを検知した。その大きな影、飛翔蜥蜴(ワイバーン)は、空を飛びながら旋回するだけで何もしてこない。

「なんだか様子がおかしいわね?
 飛翔蜥蜴は純粋な魔獣だからすぐ襲いかかってくるものなんだけど……」

 その時目の前の地面がボコボコと盛り上がっていくではないか。またモグラのような獣かと思ったが、現れた姿は全く持って想像を超えたものだった。

「こいつらは死霊(アンデッド)どもだ!
 武器ではなかなか倒せないよ。
 アタシに任せておきな!」

 イライザはそう叫んでミーヤたちを下がらせると呪文を唱え始める。何かを浄化し土に還す? 呪文の詠唱が終わると同時に死霊たちが白い光に包まれて消えていく。唱えていたのはどうやら神術の呪文、浄化(ヘブンズ)だったらしい。

 ミーヤの持っている神術書にもちゃんと載っているが使ったことは無い。下手に試して不要なスキルが上がっても困るし、なによりその機会がなかったためだ。

「今のは? 人間の死体なの?」

「そうさ、ここでやられちまった冒険者や狩猟家たちだろうね。
 アタシらだって命尽きればああなってもおかしくは無いのさ」

 神人であるミーヤは自動的に生き返るらしいが、他の人たちはそうではない。死んでしまったら今消えて行った死霊のように、他の冒険者たちを襲うようになってしまうのか。元をたどれば同じような志を持った人たちだったはずなのに、それが死んでから他人を襲うようになるなんて…… ミーヤはなんて悲しいことなのかと考えてこんでしまった。

「ミーヤ? あなたは優しいから、きっと悲しいことを思い浮かべてるんだろ思うの。
 でもこれは仕方のないことなのよ。
 だからせめて自分の大切な人がそうならないよう守らないとね」

「うん…… そうだよね。
 レナージュもチカマもイライザも、もちろんマールや村の人たちのことも守りたい。
 守れるようになりたい」

「ありがとう、これからもがんばりましょうね!」

 レナージュの気遣いが身に染みて涙が出そうだ。しかしそれは悲しみの涙ではなくうれし涙である。そしてこの出来事は、こんな気遣いの出来る女性になりたいと考えるいい機会になった。


 夕方近くなってそろそろ切り上げる時間が迫ったころ、先ほど死霊を恐れて近づいてこなかった飛翔蜥蜴がまた飛んできた。もちろん同じ個体かどうかまではわからない。

 しかし今度は敵意をむき出しにして降下してきた。イライザは全員に敏捷化の呪文をかけ、レナージュは後ろへ避けながら矢を放つ。ミーヤは援護を意識しつつも飛び上がって爪で斬りつけようとしたが、舞い上がられて避けられてしまった。

 ここが活躍どころと考えたのか、チカマは飛び立って飛翔蜥蜴を追いかけた。そのまま空中戦となったがチカマが優勢に見える。最後は武芸技の斬撃衝撃波でトドメを刺し、魔鉱が空から落ちてくるのが見えた。

 それと同時に例の音楽が空中で鳴り響き、チカマがレベルアップしたことが明らかとなる。

「チカマ、おめでとう!
 早く降りてらっしゃい」

「やったな! おつかれさん!」

「偉かったわよ、チカマ!」

 チカマはみんなに褒められて照れくさいのか、上空をクルクルと回りながらゆっくり降りてくる。地面に近づいてくるとチカマの笑い顔がはっきりと見える。その笑顔を見ると、ミーヤも嬉しくて幸せな気持ちになり思わず手を振っていた。


『ヒュッ―― バッチーン!!!』


 急に大きな風切音と激しい破裂音がして、目の前の地面に青い液体が広がった。そしてその中心には小さな体が横たわっている。

「そんな…… まさか……」

 慌てて上空を見上げると、そこにはかわいい笑顔のチカマではなく、真っ黒で巨大ななにかが悠然と舞っていた。

「チカマー!! しっかりしろ!」

 イライザが急いでヒールをかけているが、ミーヤには何が起きたのかが理解できず、ただ呆然と立ち尽くすのみだ。レナージュも同じように何もできずその場で固まっている。

「ちくしょう! 何とかなりやがれ!」

 イライザの叫ぶ声ではっと我に返ったミーヤが改めてその方向を向くと、地面にたたきつけられ血まみれになっているチカマの姿があった。

「いやあああ!! チカマ! チカマ!! 返事をして!!!」

 ミーヤは取り乱す以外のことが何もできず、ただただ涙を流して泣き続けた。


◇◇◇


「すまねえ…… アタシがついていながらこんなことになっちまって……」

「イライザのせいじゃないわ、ただ運が悪かっただけなんだもの。
 今は気にしないでゆっくりと休んでちょうだい。
 マルバス、イライザをよろしくね」

「そうよイライザ、いつまでも気にしてちゃダメ、あなたらしくないわよ。
 夜になったら迎えに来るから酒場で一杯やりましょ」

 イライザはとてもそんな気になれないと、首を横に振ってから治療院の奥に消えて行った。あんなに落ち込んで…… 無理もない、目の前でチカマが大量の血を流してペチャンコになったのだから。

 もちろんミーヤだって目が真っ赤になるくらい泣き続けていたし、レナージュもへたり込んでガタガタと身を震わせていた。でもアレは誰のせいでもない。事故だったんだ……

「イライザどうしたの? 具合悪いの?
 でもマルバスに抱っこしてもらったらよくなるよね?
 ボクだってミーヤさまにだっこしてもらうとあったかくなるもん」

「そうね、きっと今は少しだけ落ち込んでいるのよ。
 別にイライザのせいじゃなかったとしても、優しい彼女には辛い出来事だったのだから」

「夜になって酒を入れたら良くなるよ。
 イライザがこれくらいでめげたりするもんか」

 その通りだ、きっと大丈夫。でも今はそっと心が癒されるのを待つことにしよう。チカマもこうして生きて帰ってこられたのだから良しとしなければいけない。

 しかしあの大きな黒い影は何だったのだろう。とてつもない強さだったことは間違いなく、おそらくアレの一撃で地面へ叩きつけられたチカマが生きていたのは奇跡に近い。

 直前にレベルアップしてステータスが向上していたため、なんとか耐えられたのだろうとマルバスは言っていた。しかし全身の骨は砕け、ピクピクと痙攣しているチカマの小さな身体なんてもう二度と見たくない。

 必死でヒールをかけてくれているイライザごと背負ってローメンデル山を降り、大急ぎでジスコへ戻ってきて正解だった。すでにマナの限界だったイライザに変わり、大急ぎで治療を施してくれたマルバスにも大きな恩が出来た。いつかお返しをしなければならない。

 それにしても、あの悪夢のような出来事を思い出すだけで震えが止まらなくなるミーヤだった。
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