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第四章 目指せ!フランチャイズで左団扇編

82.予想外の出来事

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 ようやくフルルの店へ戻ってきたミーヤとチカマ、その二人が見たものは、閉店時間を過ぎてもはけていない行列だった。慌てて中へ入ると、死んだ魚のような眼をして串焼きを焼いているフルルと、涙を流しながら接客しているハル、それに何もできずおろおろしているモウブだった。

「ちょっとフルル、どうしたのよ、もう閉店時間よ?
 並んでいる人たちには悪いけど閉めちゃいましょうよ」

「ああ、ミーヤ…… やっと帰ってきてくれたのね……
 今何時なの? もう十四時過ぎたの?」

「ええ、十分ほど過ぎたところよ。
 表のお客さんを断ってくるわね」

 大分ならんでいた人たちは文句を言っていたが、それでもなんとか帰ってもらい店を閉めることに成功した。一体何があったのだろうか。

「途中までは大体いいペースだったのよ。
 でも卵が終わって串焼きに変えてからおかしくなったわね」

「はい…… 調理するのがフルルから私に変わって、接客をモウブにやらせてみようとなって……
 そうしたらあっという間に店内にお客さんが溢れて来て、それからもう何が何だか……」

 モウブは何も言わずに立ちすくんでいるだけだ。フルルがコップの水を飲みほして、テーブルへ大きな音と共に置いた。モウブはその音にすくんでビクッと体を震わせる。

「いいことモウブ? お客さんは一組ずつ入れるようにって言ってたわよね?
 ハルもそうしていたの見てたわよね?
 それをなんでいっぺんに入れたのよ。
 おかげでハルがパニックになって泣き出すし、私は調理に入るしかないし……
 アンタは鳥の世話に戻りたいわけ!?」

「いいえ、戻りたくありません。
 自分でも何が起きたかわからなかったので、駄目だったところを教えてほしいです」

 この人も鳥の世話から回されてきたのか。なにかそういうルールや仕組みでもあるのだろうか。いや、多分ハルと同じで、キャラバンにはまだ連れて行ってもらえない立場なのだろう。

「この店で使えなかったら鳥の世話に戻るだけでキャラバンへは入れないのよ?
 私がキャラバンを辞めてまでこの店に賭けてると言うのにアンタたちはなんなのよ!
 もっと死ぬ気でやんなさい!」

「フルルってキャラバン辞めちゃったの?
 商人長のところをやめたって意味じゃないよね?」

「ああ、勘違いさせちゃったかしら?
 キャラバン隊として各地を回る仕事から、この店へ移っただけね。
 商人長はすごい人だもの、一生ついていくくらいの気持ちは持っているわ。
 それに引き替えこの子たちったら……」

「ごめんなさい……」
「申し訳ありません……」

「まあそんなに怒らないで?
 もうすぐ商人長も来るし、どこが悪かったかを考えて改善していこうよ」

「ブッポム様がいらっしゃるの?
 連日来るなんて、私何か失敗してるのかしら……」

 ああ、ミーヤが伝えることになっていたから、商人長からフルルへは連絡が入ってないのだろう。店内の設備工事について慌ててフルルへ説明する。

「あのね、この店に分離器と発酵器を置くことになったのよ。
 その設置でいらっしゃるのを伝えるよう言われてたんだけど、この騒ぎで言いそびれたわ。
 決してあなたに何かあると言うわけじゃないから安心して」

「でも今日の醜態は報告しなくてはいけないわ。
 明日から改善していく必要があるけど、すぐに出来るとも限らないし」

「ハルはもっと落ち着くことね。
 モウブは初日だから慌てちゃったけど、明日は今日よりも出来るようになるわよね?」

「はい…… 頑張ります」
「はい、明日はちゃんとやれます」

 ハルは相変わらず自信なさそうだが、モウブのこの自信はどこから来るのだろう。こういう人って大概次もダメなんだよなあ、と思いつつ、それでもがんばってもらうしかない。ミーヤの次なる目標のためにはここでずっと足止めされているわけにはいかないのだ。

「そうだ、明日の朝にオムレツクレープを二つお土産に持って行きたいの。
 モーチアが組合の営業時間と被るから来られないって残念がってたのよ」

「それなら今少しだけ卵が残ってるから作ってあげるわよ。
 マヨネーズは明日の朝作ればいいし」

「ありがとう、きっとモーチアも喜ぶわ。
 それと毎日卵を二十個くらい譲ってもらええないかしら。
 酒場のおばちゃんが困ってるのよね」

「ああ、スガーテルの店で売らなくなっちゃったからねえ。
 でも私の独断ではできないから商人長へ聞いてみてよ。
 次回のキャラバンで鳥を持って帰ってきてからなら問題ないと思うけどね。
 というよりは減らしてほしいと言うのが本音かしら……」

 確かにこの忙しさなのに、さらに卵が倍になったと思うとぞっとする。でもハルのネコ型焼き屋台でも卵は使うかもしれないし、単純に倍にはならないと考えている、というか願望だ。だからそんなに心配いらない、はずだったが、モウブの働きっぷりを考えると不安が募る。

「モウブはさ、調理する気はないんでしょ?
 それなら案内はしっかりできないとね。
 入り口からお客さんを入れて注文とお会計をしてからフルルの前へ誘導するのよ?
 チカマがお客さん役やるからやってみて」

「はい、わかりました。
 お客様こちらへどうぞ」

「なるほど、それじゃダメよ。
 次にお待ちのお客様、っていわないといっぺんに入ってこられちゃうもの。
 ちゃんと誰に話しかけているのか伝わるようにね」

「わかりました。
 次にお待ちのお客様どうぞ。
 これでいいですか?」

「ええ、できればもう少し柔らかくね。
 お客さんが怖がってしまわないようにしましょ」

 こうして接客練習を始めたのだが、その度にチカマが出たり入ったりしているし、当然注文しても何も出てこないしと、数回で嫌気がさしたらしい。

「ミーヤさま、水飴ちょうだい。
 ボク働いたからごほうび」

「はいいい子ね、ちょっと多かったけどこれでいいかしら?」

「ありがと、いただきます」

 水飴を練り始めるチカマを見ていたモウブが、視線を変えてじっとミーヤを見つめ始めた。もしかして彼も水飴を食べたいのだろうか。

「モウブも水飴食べる?
 甘くておいしいわよ」

「はい、食べたいです。
 ありがとうございます」

 素直で悪い人じゃないんだけど、融通が利かないと言うか主体性がないと言うか、そう言うところを改善すればこの先十分戦力になりそうだ。あとはフルルの教育次第だろう。

 年齢よりも大分子供っぽいところがあるのは不安だけど、なんとか頑張ってもらうしかないのだ。ミーヤはチカマと並んで水飴をこねているモウブを見ながらそんなことを考えていた。

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