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第四章 目指せ!フランチャイズで左団扇編

83.発進フランチャイズ

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 モウブ騒動が一段落したころに商人長がやってきた。これで分離器と発酵器が設置されるのだろう。わざわざ商人長が設置に来るのが不思議だったが、これでその謎も解けるはずだ。

「ほっほっほ、今日はどうでしたか?
 フルルや、材料がまだあるようなら卵と串焼きを三つずつお願いできますか?
 こちら私のお客様です」

 そういって連れて来ていたのは、つい先ほどまでお話を聞かせてもらっていたノミーであった。それにもう一人知らない人が一緒だが、こちらは誰だろうか。

「ノミー様! お帰りになったのだとばかり思っていました。
 今ちょうど作ってもらっているところなので召し上がってください。
 あと持って帰っていただけるように、たれを今すぐ作りますから」

「神人様、またまた突然お邪魔してしまって申し訳ございません。
 ブッポム殿と話をしていたら、いてもたってもいられなくなりましてね。
 もしかしたら卵料理も食べられるかもしれないとなり、馳せ参じてしまった次第です」

「いいえ、そんな楽しみにしてくださるなんて嬉しいです。
 今お飲み物をお出ししますね」

 そう言って商人長へ目配せすると、うなずいているので出しても構わないようだ。どうせならとハルへ言ってレモネードを三つ出してもらう。

「ほおう、これはすっきり爽やかで目が覚めるようなお味ですなあ。
 酸っぱい飲み物とは非常に珍しく、美味でございます」

「ところでもう一人の方はどちら様ですか?
 朝はお見かけしませんでしたので存じ上げなくて申し訳ございません」

「ああ、あっしは大工です。
 分離器と発酵器は大工が設置するもんなんスよ。
 それなのにごちそうになっちまってすんませんね」

「いえいえ、気に入っていただけたら嬉しいです。
 どうぞ遠慮なさらず召し上がってくださいね」

 レモネードを楽しんでもらっているうちにオムレツが焼き上がり、フルルは次にクレープを焼き始めた。薄く延ばして裏返し、オムレツをクルクル巻いているのをノミーは興味深く見つめている。

「はい、お待たせしました!
 熱いのでお気を付けください!」

「これはご丁寧に、ありがとう存じます。
 では一口いただいて――」

 よほど熱かったのだろう。ノミーは口の中を激しく動かして『はっふはっふほっほっ』と声が漏れている。その一口で十分評価は出来た様子で目を丸くして二口目へ取り掛かった。

 同じように大工さんと商人長へもアツアツが提供され、しばらく誰も話すことができずに頬張っていた。この隙に、と言うわけではないが、もう二つ出来上がったものをチカマへ持たせてお使いに出した。行き先はもちろんすぐそこの冒険者組合である。

 三人がオムレツクレープを食べ終わったころ、ハルの焼いた照り焼き串が出来上がった。感想を言う暇を与えないほどのもてなしに、また全員ではふはふ言いながら食べている。おいしいものは人を黙らせるなんてキャッチコピーを聞いたことがある気がするが、まさにその通りかもしれない。

「いやあ驚きました。まさかこれほどのものとは!
 これはぜひジョイポンへ持ち帰りたいものでございますよ。
 残念ながら卵料理は無理そうですが、この照り焼きと言いましたか?
 このたれなら食材をさほど選ばないでしょうなあ、すばらしい!」

「だんな? こんなうまいもん食わせたんだから設置は無料でやれなんて言いませんよね?
 いや言われても仕方ねえですけどね」

「ほっほ、きちんと手間賃は支払いますのでご安心を。
 ところでノミー殿? 先ほどの条件、決して高くはないとご理解いただけましたかな?
 今お返事いただければ、神人様直筆にてレシピをお渡しくださいますぞ?
 もちろんたれの現物も小樽一つくらいはお持ちいただけるはず。
 私からは神人様公認の看板をお付けしましょう」

 いつの真にか公認の看板になっていることがとても気になる…… しかしここは流すしかない。

「はい、少しだけお待ちいただければご用意できますわ。
 でもお気になさらないでください。
 ノミー様にお断りされてもお店で使うので無駄にはなりませんからね」

「おおお、お二人ともせかしてくださいますなあ。
 だがしかし! わたくしの心は決まっているのですよ。
 もちろんありがたくいただくことにします。
 ジョイポンへ持って帰ってどんな食材と合わせるかが楽しみでございます」

「ノミー様、お魚ともよく合うはずですので、ぜひお試しください。
 と言ってもどのようなお魚が獲れるのかは存じ上げませんが」

 ブリと言っておかしな反応が返ってきても困るし、とりあえずはこのくらいにしておこう。しかし商人長との間で交わした条件がどのようなものなのかが気になって仕方ない。まさか同じように二割も取るつもりだろうか。

 どちらかと言えば、この照り焼きだれと引き換えに、塩や豆の入手ができるのがミーヤ的ベストな条件ではあった。さらに言えば、塩だけではなくにがりも欲しいところだが、作っているのは焼き塩と聞いたのでそこまで期待はできない。まあ仕入れに関しては追々考えるとして、今は取引がうまくいったらしいことを喜べばいい。これはまさに、ミーヤフランチャイズのジョイポン進出へ向けて祝いの日と言ってもいい。

「さて、わたくしは今度こそ本当に帰ります。
 とても楽しいひと時、そして素晴らしいお取引が出来ましたことを感謝いたします。
 今後もぜひ良いお付き合いができることを願っておりますですよ」

「こちらこそ色々とお世話になり感謝いたします。
 豆の件、何かお分かりになりましたがお知らせくださいませ」

「もちろん、ご希望に沿えますよう努力いたします。
 その際はぜひ一口噛ませていただけたなら幸いでございます」

「流石ですね、でもその際は商人長が私の代わりにお話してくださると思います。
 商売のことは専門家同士で、ね」

「これは一本取られましたな。
 それではごきげんよう」

 こうしてノミーは去っていった。最後にまたキスをしてから。それを見ていたチカマは、嫉妬なのか何なのか、感情をむき出しにして歯ぎしりをしていた。

「ねえチカマ? ノミー様のこと嫌いなの?
 別に嫌な方ではなかったと思うけど?」

「ミーヤさまにべたべたするからキライ。
 ボクだって……」

「ボクだって? なにかしら?」

「いいよ! ミーヤさま、またちゅってしてもいいよ?
 恥ずかしいけどしてほしいの」

 あらあら、やっぱりヤキモチだったのか。ミーヤはチカマを優しく抱き寄せて、薄く紅色に染まった頬へ軽く口づけをした。

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