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第五章 別れと出会い、旅再び編

92.ノームの少女

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 夕飯の時間になり目の前に七輪のような小さなかまどが運ばれてきた。そこへ火が灯されて上には鍋が置かれると、パッと見はカセットコンロで作る鍋料理のようだ。鍋の中身は薄切り肉と野菜がたっぷりで味付けはされていない。言うなれば水炊きであり、ごまのいい香りが漂うクリーム状のたれがついてきた。

 そして主食のトウモロコシだが、これがなんとシリアルだった! 鍋にシリアルは確かにあわなそうでげんなりするが、想定外の出来事こそ旅の醍醐味とでも考えておこう。肝心の鍋料理は、肉も野菜もたれにつけて食べるのだが、これがほぼゴマダレでなかなかおいしい。クリーミーさから考えると何かのミルクでゴマを練って液状にしたものだと思われる。

 シリアルはどうすればいいかわからず箸休めのように摘まんでみたが、ハッキリ言ってあわなかったのでこのリクエストは大失敗だ。

「やっぱりトウモロコシはあわないだろ?
 麦入れて鍋粥にしようか?」

「そうね、お願いしようかしら。
 チカマもナウィンもまだ食べられる?」

 一応聞いてみると二人ともまだまだいけそうなので、鍋に締めのご飯ならぬ麦を入れてもらうことにした。卵でとじたりはせず砕いた麦をただ煮るだけだったが、肉や野菜のうまみが効いておいしくて残さずきれいに食べきることが出来た。

「宿はアレだけど食事はまあ良かったわ。
 ごちそうさまでした」

「屋根がこんなになってなきゃうちはもっと繁盛してるはずなんだぜ?
 前はちゃんとお客でいっぱいだったんだからな」

「その跡を継ぐつもりならもっと丁寧に話さないとね。
 礼儀のなっていない宿なんて泊まりたくないって人、いっぱいいると思うわよ?」

「そんなのこれから覚えていくよ。
 じゃあ下げちゃうからな、なにか用があったら呼んでくれ」

 確かに建物がこんなに崩れていなければお客さんが敬遠することもないのだろう。ミーヤには、レブンが客引きを頑張って修繕できる日が来ることを祈るくらいしかできないが、せめてトコストにいる間は利用してもいい。

「さてと、それじゃナウィン? あなたの要件を聞こうかしら。
 パーティーに入りたいのはわかったけど、まずは魔封結晶のことからいい?」

「はい、えっと、あの……
 私は細工師で魔封結晶が作れます。
 ただ錬金術は未熟で高純度結晶は作れません。
 どこかで手に入るのなら魔封結晶をお作りできるので、パーティーのお役に立てるはず」

「確かにそうかもしれないわね。
 高純度結晶がどういうものかは知らないけど、錬金術が高くないと作れないわけか。
 それよりも、役に立つならなんで前のパーティーを追い出されたの?」

「はい、えっと、あの……
 他には魔術が少し使えるだけで、戦闘時に役立たずだから必要がないと……
 確かにそうなんですけど、私は冒険者になりたいんです」

 細工師としてはそこそこみたいだが、それだけで戦闘するのは無理がある。しかもレナージュ達と違って、ミーヤには助言できるだけの経験や知識がない。

「仲間に迎えるかどうかは少し考えるから待っててね。
 それよりも――」

 待ちに待ったメッセージが届いた。魔封結晶の件でラディから連絡が来たようだ。そう思ったら別の人からのメッセージだった。予想外のメッセージの相手、それはノミーだ。どうやら豆の取引をしてくれる商人が見つかり話を通してくれたとのことで、これは思わぬ収穫である。なんといってもタイミングよくトコストに来ているのだから。

 ノミーへお礼を返し、明日は指定されたマーケット内の商店へ出向くと伝えておいた。それと入れ替わりにラディからメッセージが届く。残念ながら魔封結晶は手に入らなかったようだ。それならば高純度結晶はどうか聞いてみると、しばらくたってからこちらはあると言う返事が来た。

「どうやらあなたの出番が来そうよ、ナウィン。
 高純度結晶はあったけど魔封結晶がないのよ。
 作ってもらえるかしら?」

「はい、えっと、あの……
 もちろんやらせていただきます。
 だから…… パーティーへ入れてください」

「仕方ないわね…… でもね?
 私たちはトコストへ観光でやって来ただけなの。
 だから今すぐ旅に出ることはない、それでもいいかしら?」

「えっと、えっと、あの……
 はい、平気です。
 私はとにかく旅に出たいんです」

 理由はわからないが旅に憧れる気持ちはわからなくもない。七海だってミーヤになって異世界を旅しているようなものだ。まあそれよりも魔封結晶が手に入るそうで良かった。なんだかナウィンを利用したみたいで心が痛まないこともないが、背に腹は変えられない。

 しばらくすると、冒険者組合の使いだと言う人が高純度結晶を持ってきてくれた。それをナウィンへ手渡すとこの場ですぐ作ると言う。

「何か道具とか準備とかいらないの?
 料理だと器具とかいろいろ必要なのに理解できないわねえ」

「ああ、えっと、あの……
 必要なものは全部持ってますから大丈夫です。
 すぐにお作りしますね」

 ナウィンはそういうと、ナイフとバウムクーヘンのようなものを取り出した。どうやらバウムクーヘン状の物は金属でできているようで、セロテープのように少し引き出してから切り取った。そしてそこへ何やら文字のような模様を書き込んでいく。

 随分細かい作業のだがナウィンは器用に進めている。体も小さいので手も小さいが、それが却って細かい作業に向いているのだろう。やがて金属テープの端から端までびっしりと模様を描き込み終わったナウィンは、今度はそれを高純度結晶なるものへ巻きつけていく。そしてそれを陶器の皿にのせて手のひらで包み込んだ。すると、手の中が白く光り輝いて、やがて水色、青へと色を変えていき、群青色になった後に輝きを失っていった。

「うん、えっと、あの……
 できました。
 結晶が余ったのでもう一つ作れますね」

 そう言ったナウィンは手際よくもう一つを作り、二つの魔封結晶をミーヤへ手渡してくれた。

「ナウィン、ありがとう。
 細工の技術ってすごいのね、初めて見たけど驚いてしまったわ」

「そんな、えっと、あの……
 細工師なら出来て当然ですから。
 それよりも約束、お願いします」

「パーティーの件ね。
 仲間へ掛け合ってみるわ。
 でもなんでそんなに冒険者になりたいの?
 腕のいい細工師なら街にいたまま稼げるんじゃない?」

「だめ、えっと、あの……
 それじゃダメなんです。
 ノームでも冒険者になれることを証明したいんです」

 今更知ったのだが、この少女は背が小さいとかまだ子供と言うわけではなくノームだったのだ。とは言え種族を知ったからと言ってノームのことまでわかるわけではない。確かコラク村では弓の弦を作っていたはずだし、魔封結晶も作れるのだから細工が得意な種族なのだろう。

「なんでノームだと冒険者になれないの?
 別に資格もいらないんだし、なりたければ勝手になるだけじゃない?」

「いや、えっと、あの……
 一人ではなにもできないですから……
 でも頑張りますから……」

 まあミーヤだって一人では大したことは出来ないし、チカマと二人でもあまり変わらないだろう。結局レナージュとイライザへおんぶにだっこでなんとなくうまくやってる風を装って来ただけなのだ。かといって、近々どこかへ出かける予定もないし、ガッカリしたナウィンが自分から去っていく可能性も十分にありそうだ。それでも魔封結晶を作ってもらった恩もあるし、当面はナウィンの気が済むまで一緒に行動することにしよう。

 だが大切なことを忘れていた。どういう理屈かわからないが、ミーヤが負担する宿代が一人分増えてしまうと言うことに……

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