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第19話 ここにいる理由
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朝の光が、障子越しにやわらかく広間を照らしていた。
あやかし荘の住人たちは、それぞれに座布団に腰を下ろし、穏やかな朝を過ごしている。
その中で、彼女は湯のみを両手で包みながら、そっと立ち上がった。
「……あの」
控えめな声だったが、不思議とその場の空気が、彼女へと向かう。
カナエがぱちりとまばたきし、オオヤが顔を上げ、白澤も読んでいた本を静かに閉じた。
「少しだけ……お話してもいいですか」
誰も答えなかった。けれど、誰も否定もしなかった。それだけで了承してるんだとわかった。
小さく深呼吸してから、震える声を押し出すように言葉を重ねた。
「私……ここに来たとき、名前を名乗れませんでした。正確には……名乗る勇気が、なかったんです」
握りしめた湯のみが、かすかに揺れる。
「過去に、信じていた人に裏切られて……。自分の名前を口にすることが、怖かった。私が私であることを、認めるのが……罪のように感じていました」
けれど、いまの彼女の声は、静かでまっすぐだった。以前のように、どこかに逃げ道を探すような弱さはなかった。
「でも、ここでみなさんと過ごして……カナエちゃんの明るさに救われて、アサギさんの言葉に何度も励まされて……。オオヤさんの無骨な優しさに、背中を押されました。ツヅラさんのまっすぐな気持ちにも、何度も触れて」
そして最後に、白澤へ視線を向ける。
「白澤さんにも……たくさん助けてもらいました。あの穏やかな時間の中で、少しずつ、自分の輪郭を思い出していって……。ようやく、自分の居場所が、ここにあるって思えたんです」
誰も言葉を挟まなかった。ただ澪の、その想いの行き先を、静かに見守っていてくれてるようだった。
彼女は、そっと湯のみを置き、手を前に揃えて深く頭を下げた。
「私の名前は……澪(みお)といいます」
一瞬、時が止まったような静寂のあと……ぱちぱちと小さな拍手が、カナエから起こった。
「澪さん!澪さんって言うんだ。やっと聞けた!やったー!」
カナエがぱっと抱きついてきた。澪は驚きながらも、そのあたたかさに自然と笑みを浮かべた。
「名を告げるというのは、簡単なようで……難しいものだな」
オオヤが腕を組みながら、ぽつりと呟いた。
「……よく、言った」
ツヅラがそっぽを向きながらも、静かにそう言った。
「名前は魂のかたち。ようやく、ここに根を張ったってことですね」
アサギが優しく微笑んだ。
白澤が一歩、澪に近づく。
その目は優しさに満ちて、どこか誇らしげだった。
「澪。名をみんなに告げてくれて……本当に嬉しい」
澪の目に、ふわりと涙が浮かぶ。悲しみではない。安堵と、あたたかさの滲む涙。
「ようこそ澪。ここは、もうお前の居場所だ」
差し出された白澤の手は、朝の光そのもののようだった。澪はそっと、自分の手を重ねた。
……ようやく、自分自身を名乗った朝。
その名は、もう誰にも奪えない。澪という、生の証だった。
あやかし荘の春の空気に、澪という名前が、やさしく溶け込んでいった。
あやかし荘の住人たちは、それぞれに座布団に腰を下ろし、穏やかな朝を過ごしている。
その中で、彼女は湯のみを両手で包みながら、そっと立ち上がった。
「……あの」
控えめな声だったが、不思議とその場の空気が、彼女へと向かう。
カナエがぱちりとまばたきし、オオヤが顔を上げ、白澤も読んでいた本を静かに閉じた。
「少しだけ……お話してもいいですか」
誰も答えなかった。けれど、誰も否定もしなかった。それだけで了承してるんだとわかった。
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「私……ここに来たとき、名前を名乗れませんでした。正確には……名乗る勇気が、なかったんです」
握りしめた湯のみが、かすかに揺れる。
「過去に、信じていた人に裏切られて……。自分の名前を口にすることが、怖かった。私が私であることを、認めるのが……罪のように感じていました」
けれど、いまの彼女の声は、静かでまっすぐだった。以前のように、どこかに逃げ道を探すような弱さはなかった。
「でも、ここでみなさんと過ごして……カナエちゃんの明るさに救われて、アサギさんの言葉に何度も励まされて……。オオヤさんの無骨な優しさに、背中を押されました。ツヅラさんのまっすぐな気持ちにも、何度も触れて」
そして最後に、白澤へ視線を向ける。
「白澤さんにも……たくさん助けてもらいました。あの穏やかな時間の中で、少しずつ、自分の輪郭を思い出していって……。ようやく、自分の居場所が、ここにあるって思えたんです」
誰も言葉を挟まなかった。ただ澪の、その想いの行き先を、静かに見守っていてくれてるようだった。
彼女は、そっと湯のみを置き、手を前に揃えて深く頭を下げた。
「私の名前は……澪(みお)といいます」
一瞬、時が止まったような静寂のあと……ぱちぱちと小さな拍手が、カナエから起こった。
「澪さん!澪さんって言うんだ。やっと聞けた!やったー!」
カナエがぱっと抱きついてきた。澪は驚きながらも、そのあたたかさに自然と笑みを浮かべた。
「名を告げるというのは、簡単なようで……難しいものだな」
オオヤが腕を組みながら、ぽつりと呟いた。
「……よく、言った」
ツヅラがそっぽを向きながらも、静かにそう言った。
「名前は魂のかたち。ようやく、ここに根を張ったってことですね」
アサギが優しく微笑んだ。
白澤が一歩、澪に近づく。
その目は優しさに満ちて、どこか誇らしげだった。
「澪。名をみんなに告げてくれて……本当に嬉しい」
澪の目に、ふわりと涙が浮かぶ。悲しみではない。安堵と、あたたかさの滲む涙。
「ようこそ澪。ここは、もうお前の居場所だ」
差し出された白澤の手は、朝の光そのもののようだった。澪はそっと、自分の手を重ねた。
……ようやく、自分自身を名乗った朝。
その名は、もう誰にも奪えない。澪という、生の証だった。
あやかし荘の春の空気に、澪という名前が、やさしく溶け込んでいった。
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