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第1話:抱き上げられる日常
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――まただ。
市場の喧騒に誘われて裏口から一歩踏み出そうとした瞬間、私の視界はふわっと高くなった。
「アルディス!?ちょっと降ろして!」
「危険です」
即答。銀の髪が朝の光を反射してきらめき、鍛え上げられた腕が私を逃がすまいと締める。
気づけば、私は完全に彼の腕の中に収まっていた。所謂、お姫様抱っこ。この世界では「抱きかかえポジション」とでも言うべきか。
「市場に行くだけだよ!?」
「市場にはスリも攫いもいます」
「……子どもじゃないんだけど」
「承知しています」
返事だけは、いつだって丁寧だ。でも絶対に降ろす気はない。
この世界に転生して一年。平凡な女子大生だった私は、なぜか途方もない魔力を持って生まれ変わった。
魔術学院では飛び級を重ね、史上最年少で最上位魔導士の資格を取得。
――にもかかわらず、私はこの男に常に監視され、籠の鳥よろしく離宮に押し込められている。
彼の名は、アルディス・グレイ。王国最強の近衛騎士であり、私の専属護衛。
冷静沈着、剣技は神業、魔物討伐数は歴代一位。そして――過保護さではたぶん世界一。
「私、最強魔導士なんだよ?」
「承知しております」
「だったら一人で行動しても平気でしょ」
「戦う必要はありません。あなたは私が守ります」
はい、出ました。いつものセリフ。もはや朝の挨拶レベルで聞き飽きた。
私だって戦える。むしろ戦いたい。それなのに、城下一歩出ようとするだけでこれだ。過保護を通り越して、もはや軟禁レベルである。
離宮の自室へ向かう廊下を、彼は黙々と歩く。
すれ違う侍女たちは一瞬驚き、そしてすぐに「またか」という顔で目を伏せて通り過ぎていく。もう慣れたくないのに、慣れてしまった光景だ。
部屋に着き、ベッドにそっと降ろされる。乱暴なようでいて、その動作はどこまでも優しい。
「アルディス、お願い。一人で市場まで行かせて」
「許可できません」
「理由は?」
「あなたが危険にさらされる可能性が、百分の一でもあるからです」
彫像のように整った顔で、彼は真顔で言い切った。
そのあまりの真剣さに、反論が喉の奥で詰まる。この人、本当に命がけで私を守る気らしい。
……だけど、それじゃ私の力はいつまで経っても試せないじゃない。
その日の午後。好機は唐突に訪れた。
アルディスが国王陛下に召喚され、執務室へ向かったのだ。珍しく護衛が外れる、またとないチャンス。私の胸の中で、小さな悪魔がささやいた。
(今だ)
窓から外を覗くと、王城の庭は静まり返っている。
見張りの兵士は数人いるが、正門側に集中していて、この裏庭は死角だ。
私はそっとローブを羽織り、魔力で自身の気配と姿を薄く隠す。音もなく階段を降り、目的の裏門へ。
風が頬を撫で、胸が高鳴る。こんなふうに誰にも邪魔されず外に出られるのは、一年ぶりだ。
ただの市場だし、危ないことなんてない。……たぶん。
そう思った瞬間、背後でぞわりと冷たい気配がした。全身が粟立つ。
反射的に振り返ると――
そこには、月光を浴びたかのような銀色の影が立っていた。
「……どこへ行くつもりですか」
「っ!?なんで……国王陛下のところへ行ったんじゃなかったの!?」
「私が、あなたを見失うと思いましたか」
低い声が、まるで咎めるように耳に落ちる。
アルディスの蒼い瞳は氷のように冷たいのに、その奥には焦りの色がわずかに揺れていた。
次の瞬間、私の身体はまたしてもふわりと宙を舞う。抗う間もなく彼の腕の中に収まり、まるで何もなかったかのように城へと連れ戻されていく。
悔しさと、ほんの少しの恐怖。そして、拭いきれない疑問。
なぜ彼は、ここまでして私を閉じ込めるの?
あの瞳の奥に見えた焦りは、一体何?
――絶対に、抜け出してやる。
彼の腕の中で、私は固く、固く誓った。この完璧すぎる護衛の、心の壁ごと打ち破ってやる、と。
市場の喧騒に誘われて裏口から一歩踏み出そうとした瞬間、私の視界はふわっと高くなった。
「アルディス!?ちょっと降ろして!」
「危険です」
即答。銀の髪が朝の光を反射してきらめき、鍛え上げられた腕が私を逃がすまいと締める。
気づけば、私は完全に彼の腕の中に収まっていた。所謂、お姫様抱っこ。この世界では「抱きかかえポジション」とでも言うべきか。
「市場に行くだけだよ!?」
「市場にはスリも攫いもいます」
「……子どもじゃないんだけど」
「承知しています」
返事だけは、いつだって丁寧だ。でも絶対に降ろす気はない。
この世界に転生して一年。平凡な女子大生だった私は、なぜか途方もない魔力を持って生まれ変わった。
魔術学院では飛び級を重ね、史上最年少で最上位魔導士の資格を取得。
――にもかかわらず、私はこの男に常に監視され、籠の鳥よろしく離宮に押し込められている。
彼の名は、アルディス・グレイ。王国最強の近衛騎士であり、私の専属護衛。
冷静沈着、剣技は神業、魔物討伐数は歴代一位。そして――過保護さではたぶん世界一。
「私、最強魔導士なんだよ?」
「承知しております」
「だったら一人で行動しても平気でしょ」
「戦う必要はありません。あなたは私が守ります」
はい、出ました。いつものセリフ。もはや朝の挨拶レベルで聞き飽きた。
私だって戦える。むしろ戦いたい。それなのに、城下一歩出ようとするだけでこれだ。過保護を通り越して、もはや軟禁レベルである。
離宮の自室へ向かう廊下を、彼は黙々と歩く。
すれ違う侍女たちは一瞬驚き、そしてすぐに「またか」という顔で目を伏せて通り過ぎていく。もう慣れたくないのに、慣れてしまった光景だ。
部屋に着き、ベッドにそっと降ろされる。乱暴なようでいて、その動作はどこまでも優しい。
「アルディス、お願い。一人で市場まで行かせて」
「許可できません」
「理由は?」
「あなたが危険にさらされる可能性が、百分の一でもあるからです」
彫像のように整った顔で、彼は真顔で言い切った。
そのあまりの真剣さに、反論が喉の奥で詰まる。この人、本当に命がけで私を守る気らしい。
……だけど、それじゃ私の力はいつまで経っても試せないじゃない。
その日の午後。好機は唐突に訪れた。
アルディスが国王陛下に召喚され、執務室へ向かったのだ。珍しく護衛が外れる、またとないチャンス。私の胸の中で、小さな悪魔がささやいた。
(今だ)
窓から外を覗くと、王城の庭は静まり返っている。
見張りの兵士は数人いるが、正門側に集中していて、この裏庭は死角だ。
私はそっとローブを羽織り、魔力で自身の気配と姿を薄く隠す。音もなく階段を降り、目的の裏門へ。
風が頬を撫で、胸が高鳴る。こんなふうに誰にも邪魔されず外に出られるのは、一年ぶりだ。
ただの市場だし、危ないことなんてない。……たぶん。
そう思った瞬間、背後でぞわりと冷たい気配がした。全身が粟立つ。
反射的に振り返ると――
そこには、月光を浴びたかのような銀色の影が立っていた。
「……どこへ行くつもりですか」
「っ!?なんで……国王陛下のところへ行ったんじゃなかったの!?」
「私が、あなたを見失うと思いましたか」
低い声が、まるで咎めるように耳に落ちる。
アルディスの蒼い瞳は氷のように冷たいのに、その奥には焦りの色がわずかに揺れていた。
次の瞬間、私の身体はまたしてもふわりと宙を舞う。抗う間もなく彼の腕の中に収まり、まるで何もなかったかのように城へと連れ戻されていく。
悔しさと、ほんの少しの恐怖。そして、拭いきれない疑問。
なぜ彼は、ここまでして私を閉じ込めるの?
あの瞳の奥に見えた焦りは、一体何?
――絶対に、抜け出してやる。
彼の腕の中で、私は固く、固く誓った。この完璧すぎる護衛の、心の壁ごと打ち破ってやる、と。
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