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第2話:はじまりの救出
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昨日の脱出失敗から一夜。私の闘志は、消えるどころかむしろ燃え上がっていた。
アルディスは朝から国王の執務室に詰めている。
絶好の機会だ。
私は自室の大きな机に王都の地図を広げ、次の作戦を練っていた。
王城から市場までの道のり。衛兵の交代時間、魔力感知器が設置されたエリア、そしてそれらを回避するための裏路地や橋の位置。一度失敗したくらいで諦める私ではないのだ。
次は絶対に成功させる……!
鉛筆の先で、秘密のルートを小さく繋いでいく。
しかし、緻密な計画を立てれば立てるほど、私の頭にはある疑問が浮かんでくる。
なぜ、彼はここまで私を危険視するのだろう。
国王の命令?それだけではない、何か別のものが彼の行動を支配している気がしてならない。
思考の糸は、自然と彼と出会った、あの日の記憶へとたどり着いた。
――今から、ちょうど一年前。
魔術学院への入学が決まったばかりの私は、生まれて初めて足を踏み入れた王都の街並みに、完全に心を奪われていた。
平凡な女子大生だった前世の記憶を持つ私にとって、この世界はファンタジーそのものだ。
きらきらと輝く石畳の道、軒を連ねるカラフルな屋台、そして何より、巨大な帆を広げて悠々と空を行き交う魔導船。
「すごい……本物の異世界だ」
途方もない魔力を持って生まれ変わったことを、ようやく実感し、胸がいっぱいになっていた。完全に浮かれて、周囲への警戒心など欠片も持ち合わせていなかったのだ。
だから、道を尋ねようと声をかけた相手が悪かったことにも気づけなかった。
「すみません、中央広場への道を……」
振り返った男の目が、卑しく光った。
ニヤリと歪んだ口元が、次の瞬間には私の腕を鷲掴みにしていた。
「ひっ……!」
「へへ、嬢ちゃん一人かい?いいところに案内してやるよ」
抵抗する間もなく、薄汚い路地裏へと引きずり込まれる。
古びた建物の壁に背中を打ち付けられ、男の臭い息が顔にかかった。
「やめて……!」
逃げなきゃ。恐怖と焦りで、体内の魔力を無理やり練り上げる。
けれど、まだ力の制御を学んでいなかった私の魔力は、意志に反して荒れ狂った。
「しまっ――」
次の瞬間、轟音と共に私の手から放たれた光弾が、あらぬ方向の壁を砕き、爆風が巻き起こった。
キーン、と耳鳴りが響き、立ち上る煙と土埃に視界を奪われる。
パニックに陥った私の目の前で、男が忌々しげに舌打ちし、再び手を伸ばしてきた。もうダメだ、と思った、その時。
目の前に、銀色の閃光が奔った。
「――離れろ」
低く、けれど芯の通った声が響いたかと思うと、次の瞬間には私を拘束しようとしていた男が、声もなく地面に転がり動かなくなっていて、何が起きたのか、まったく理解できなかった。
煙が晴れていく視界の中、私の前に立つ長身の騎士の姿が、ゆっくりと輪郭を現す。逆光に縁どられた銀色の髪、引き締まった背中。それが、私とアルディスの最初の出会いだった。
彼はゆっくりと振り返ると、私を上から下まで値踏みするように見つめた。
「怪我は?」
「い、いえ……大丈夫、です」
「魔力制御が極めて不安定だ。君は一人で街を歩くべきではない」
初対面のはずなのに、その声は妙に淡々としていた。不思議と恐怖は感じなかったけれど、彼の深い蒼色の瞳が、私の制御できなかった魔力の痕跡と私自身を交互に見て、何かを分析しているのが分かった。その鋭い視線が、妙に胸に残った。
結局、私は彼に連れられて王城へ赴き、国王陛下の前に立たされることになった。
玉座に座る壮年の王は、私を一目見ると、隣に控えるアルディスに厳かに告げた。
「アルディス・グレイよ。彼女は我が国の至宝となりうる特別な魔力を持っている。だが、その力はあまりに強大で、まだ未熟だ。
お前に命ずる。彼女を、お前の命に代えても守り抜け」
「……御意」
静かに膝をつき、恭しく頭を下げるアルディスの横顔を、私は呆然と見つめていた。
命に代えても、か……。
地図の上で、私の指が止まる。
彼はただ、王の命令を忠実に守っているだけ。
一年間、私はそう自分に言い聞かせてきた。
けれど、時々見せる彼の視線には、単なる忠誠心や義務感とは違う、何か別の色が混じるのだ。まるで、過去の何かを悔いるような、苦しそうな色が……。
それが何かは、まだわからない。でも、彼の過保護の根源が、あの一件にあることだけは確かだ。
彼は私の「未熟さ」と「力の危険性」を、誰よりも間近で見たのだから。
「ふふっ」
地図をたたみながら、私はそっと笑みを浮かべた。
同情はしない。納得もしていない。今回は裏門じゃない。もっと大胆な、正門から堂々と出るための奇策を思いついたからだ。
「……何を企んでいる」
「ひゃっ!?」
心臓が跳ねた。振り返ると、いつの間にかアルディスが部屋の扉に寄りかかっていた。
音も、気配も、まったくなかった。私が慌てて丸めた地図を背中に隠すと、彼は薄く目を細める。
「君は、驚くほど顔に出やすい」
「な、何のことよ!?」
「……どうしても外へ出たいのなら、まずは私に相談を」
「どうせ『危険です』って言うだけでしょ!」
「危険だからだ」
また、この噛み合わないやり取り。思わず深いため息が出る。
だけど、今回ばかりは引き下がるつもりはない。私の心に宿った反抗心は、あの日の路地裏で「守られるべき存在」と一方的に断定された時から、ずっと育ち続けているのだ。
――次こそは、絶対に市場へ行ってみせる。
たとえ、この世界一過保護な騎士の鉄壁の守りを、こじ開けてでも。
アルディスは朝から国王の執務室に詰めている。
絶好の機会だ。
私は自室の大きな机に王都の地図を広げ、次の作戦を練っていた。
王城から市場までの道のり。衛兵の交代時間、魔力感知器が設置されたエリア、そしてそれらを回避するための裏路地や橋の位置。一度失敗したくらいで諦める私ではないのだ。
次は絶対に成功させる……!
鉛筆の先で、秘密のルートを小さく繋いでいく。
しかし、緻密な計画を立てれば立てるほど、私の頭にはある疑問が浮かんでくる。
なぜ、彼はここまで私を危険視するのだろう。
国王の命令?それだけではない、何か別のものが彼の行動を支配している気がしてならない。
思考の糸は、自然と彼と出会った、あの日の記憶へとたどり着いた。
――今から、ちょうど一年前。
魔術学院への入学が決まったばかりの私は、生まれて初めて足を踏み入れた王都の街並みに、完全に心を奪われていた。
平凡な女子大生だった前世の記憶を持つ私にとって、この世界はファンタジーそのものだ。
きらきらと輝く石畳の道、軒を連ねるカラフルな屋台、そして何より、巨大な帆を広げて悠々と空を行き交う魔導船。
「すごい……本物の異世界だ」
途方もない魔力を持って生まれ変わったことを、ようやく実感し、胸がいっぱいになっていた。完全に浮かれて、周囲への警戒心など欠片も持ち合わせていなかったのだ。
だから、道を尋ねようと声をかけた相手が悪かったことにも気づけなかった。
「すみません、中央広場への道を……」
振り返った男の目が、卑しく光った。
ニヤリと歪んだ口元が、次の瞬間には私の腕を鷲掴みにしていた。
「ひっ……!」
「へへ、嬢ちゃん一人かい?いいところに案内してやるよ」
抵抗する間もなく、薄汚い路地裏へと引きずり込まれる。
古びた建物の壁に背中を打ち付けられ、男の臭い息が顔にかかった。
「やめて……!」
逃げなきゃ。恐怖と焦りで、体内の魔力を無理やり練り上げる。
けれど、まだ力の制御を学んでいなかった私の魔力は、意志に反して荒れ狂った。
「しまっ――」
次の瞬間、轟音と共に私の手から放たれた光弾が、あらぬ方向の壁を砕き、爆風が巻き起こった。
キーン、と耳鳴りが響き、立ち上る煙と土埃に視界を奪われる。
パニックに陥った私の目の前で、男が忌々しげに舌打ちし、再び手を伸ばしてきた。もうダメだ、と思った、その時。
目の前に、銀色の閃光が奔った。
「――離れろ」
低く、けれど芯の通った声が響いたかと思うと、次の瞬間には私を拘束しようとしていた男が、声もなく地面に転がり動かなくなっていて、何が起きたのか、まったく理解できなかった。
煙が晴れていく視界の中、私の前に立つ長身の騎士の姿が、ゆっくりと輪郭を現す。逆光に縁どられた銀色の髪、引き締まった背中。それが、私とアルディスの最初の出会いだった。
彼はゆっくりと振り返ると、私を上から下まで値踏みするように見つめた。
「怪我は?」
「い、いえ……大丈夫、です」
「魔力制御が極めて不安定だ。君は一人で街を歩くべきではない」
初対面のはずなのに、その声は妙に淡々としていた。不思議と恐怖は感じなかったけれど、彼の深い蒼色の瞳が、私の制御できなかった魔力の痕跡と私自身を交互に見て、何かを分析しているのが分かった。その鋭い視線が、妙に胸に残った。
結局、私は彼に連れられて王城へ赴き、国王陛下の前に立たされることになった。
玉座に座る壮年の王は、私を一目見ると、隣に控えるアルディスに厳かに告げた。
「アルディス・グレイよ。彼女は我が国の至宝となりうる特別な魔力を持っている。だが、その力はあまりに強大で、まだ未熟だ。
お前に命ずる。彼女を、お前の命に代えても守り抜け」
「……御意」
静かに膝をつき、恭しく頭を下げるアルディスの横顔を、私は呆然と見つめていた。
命に代えても、か……。
地図の上で、私の指が止まる。
彼はただ、王の命令を忠実に守っているだけ。
一年間、私はそう自分に言い聞かせてきた。
けれど、時々見せる彼の視線には、単なる忠誠心や義務感とは違う、何か別の色が混じるのだ。まるで、過去の何かを悔いるような、苦しそうな色が……。
それが何かは、まだわからない。でも、彼の過保護の根源が、あの一件にあることだけは確かだ。
彼は私の「未熟さ」と「力の危険性」を、誰よりも間近で見たのだから。
「ふふっ」
地図をたたみながら、私はそっと笑みを浮かべた。
同情はしない。納得もしていない。今回は裏門じゃない。もっと大胆な、正門から堂々と出るための奇策を思いついたからだ。
「……何を企んでいる」
「ひゃっ!?」
心臓が跳ねた。振り返ると、いつの間にかアルディスが部屋の扉に寄りかかっていた。
音も、気配も、まったくなかった。私が慌てて丸めた地図を背中に隠すと、彼は薄く目を細める。
「君は、驚くほど顔に出やすい」
「な、何のことよ!?」
「……どうしても外へ出たいのなら、まずは私に相談を」
「どうせ『危険です』って言うだけでしょ!」
「危険だからだ」
また、この噛み合わないやり取り。思わず深いため息が出る。
だけど、今回ばかりは引き下がるつもりはない。私の心に宿った反抗心は、あの日の路地裏で「守られるべき存在」と一方的に断定された時から、ずっと育ち続けているのだ。
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