婚約破棄されましたが…親友のおかげで馬鹿王子だとわかりました

まきじた

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油断

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୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈マリエル視点┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧

 ユーナが一時的にユーナ・ウォルターとなってから、屋敷の雰囲気は次第に落ち着かなくなってきた。

 理由はもちろん、ユーナだ。

「なんでこんなことまでやらなきゃいけないのよ!」

 ユーナはバンッと机を叩き、不貞腐れたように口を尖らせた。

 あんたそれ、ウォルター家の家具なんだから丁重に扱いなさいよ。

「王妃になるためなんだから、頑張れるでしょ?」

「それは、そうだけど……」

 『王妃になるため』という魔法の言葉も、効いたのは最初の数日だけだ。

 あの馬鹿王子と似て、ユーナは元々勤勉なタイプではない。膨大な勉強と作法の練習に耐えられなくなるのはまあ、目に見えていた。

 しかしユーナはこれを王妃教育だと思っているようだが、実際には貴族として当然身につけるべき作法やら知識やらの教育である。

 もともと男爵令嬢として持っている教養に付け足す形で公爵令嬢に相応しくなるように教育させるのだが、ユーナは生憎貴族の作法や知識がほとんど身についていない。

 ちょっと姿勢のいい平民、といったところだ。

「…今日の授業は明日にして、少し気分転換でもいた方が良さそうね。庭の散歩にでも行きましょ」

「ほんと!?」

「ええ。シェリー」

 ベルを鳴らしてシェリーを呼ぶ。

「はい」

「ユーナがどうしても無理と言うの。授業は明日にして、散歩することにしたわ。準備してくれるかしら」

「…承知致しました」

 シェリーは私が差し出したショールを受け取って私たちを見送った。そしてきっとその後は下女の集まった作業場にシェリー自ら赴き、ショールの洗濯を頼むことだろう。

 「ユーナ嬢が授業を受けずに庭園を歩いている」とでも零して。

 もともとユーナに公爵令嬢並の教養を身に付けさせるなど、諦めていた。だが下手すると「ユーナにわざと充分な教育を受けさせなかった」とカーチェスト家に批判が及ぶかもしれない。

 だから先手を打つ。

 お喋り好きの下女はすぐに「ユーナ嬢が授業を真面目に受けていないらしい」と噂を流すだろう。すると騒動を知っている者たちはこう思うはずだ。

 婚約破棄されてもなお婚約者の幸せのために健気に頑張っているカノンが可哀想だ、と。

「マリエル?何考えているの?」

「なんでもないわ、ユーナ。それより庭園の花は気に入った?」

「うん、とっても!どれもすごく綺麗…」

 うっとりするユーナに、私も笑みを返す。

 正直、ユーナが王妃になろうがなれまいが、私はどうでもいい。ユーナの代わりに他のまともな令嬢を王妃にしたとしても、教養のないユーナを王妃にして国が滅びても、どうでもいい。

 だってカノンが幸せなら、あとは何でもいいんだもの。

 カノンはニコラス・ウィリーとの縁談を持ちかけられたと、おば様経由で聞いた。カノンの幼馴染ということは、私の幼馴染でもある。ニコラスとカノンが上手くいくだろうというのは、手に取るようにわかった。

 柔軟な彼なら例えこの国が滅びても、カノンを連れて隣国へ行って生活できる。

 そうすればカノンは幸せ。ああ、いい気分だ。





 ウィリー家からカノンへ、婚約の話をなかったことにしたいと書かれた手紙が送られたと聞いたのは、その二週間後だった。
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