19 / 24
19 愛人を探しにいきます
しおりを挟む
「あれ?ディーまた、残ってるの?」
同僚で治療士のレインが話しかけてきた。こいつも良く残業している。金色の耳にかかる位の髪に、丸顔で碧眼。背も高くないことから、中世的な容姿をしている。男女問わず天使のようだと言われ、モテている。騎士団に入団した頃の寮生活時代に仲良くなり、今ではすっかり親友だ。
「ああ、事務作業は昼間できないからな」
言い訳だった。
「ふーん。本当は家に帰りたくないんじゃないの?」
レインは幼く見える容姿とは裏腹に、観察眼が優れている。
「そういう訳じゃ……」
「新婚だって言うのに……。奥さん可哀想じゃない」
「アーシュも仕事で忙しいから、お互い様だよ」
「そうなんだ。じゃあ、なんで結婚したの?もしかして、女性よけのために結婚したの?」
「違う!そうじゃない。アーシュのことは本当に大好きだし、愛してるんだ」
「ふっ。ごちそうさま。それで?それなのに、なんで帰れないの?」
「母親に孫を急かされてる……」
「あー……、なるほどね。ディーには辛いよね」
「……」
レインは全てお見通しだった。
「まだ、忘れられないよね。あの事、奥さんには言わないの?」
私はアーシュに言えないことがある。カッとなり「言えるわけないだろ! 」と声を荒げてしまった。
「すまない……。アーシュにはいつかは言わなきゃいけないかもしれないけど。でも、今の関係が壊れたらって思うと……。それに、女性とそういうことすることに嫌悪感しかない……。無理なんだ……」
アーシュにもとうとう「女性を愛せない」と言ってしまった。彼女はどう思っただろうか……。
「じゃあ、僕となら?」
レインが顔を近づけてそう言った。
「えっ?」
綺麗で大きな瞳はなんだか熱がこもっているように感じた。
「ははは。ジョーダンだよ!そこは笑ってくれなきゃ」とレインが顔をくしゃっとさせて笑った。
「おい、いい加減にしろよ」
少し驚いたが、レイン並みに和ませてくれたのだろう。
「こんなこと、レインにしか話せないな。あの時、助けてくれたのはお前だもんな。本当に感謝してる」
「そんなことないよ。もっと早く気づければ良かった……」
少し伏し目がちになり、きれいな碧眼に影を落とした。
「いや、レインのおかげで未遂で済んだんだ……。そうじゃなかったら……。こんなに鍛えてたって、これだもんな。本当に嫌になるよ。自分一人だって守れないんだ。これじゃあ、大事な人だって守れないよ」
「だから、そんなに過酷なメニューこなして夜事務作業してるんだ……。奥さんのこと守りたいの?」
「うん。アーシュのことも、市民も、弱い立場の人を守りたい。と約束したから……」
幼いあの日、アーシュのお祖父さんと約束したから……。
「そっか!じゃあ、頑張らないとね!俺も傷だらけのディーを治してやるよ!」
レインは俺の肩にポンと手を乗せた。
「ああ、ありがとう。頼りにしてる、親友」
私はレインに微笑んだ。
「まかせとけ!」
レインは顔を傾けて、ニコッと子供のような笑顔を見せた。
◇◇◇
「どお?覚悟は決まった?」
「うん……。やるしかないわ!なんたって、あと一年しか猶予がないんだから」
イヴェッタが溜息をついた。
「それもひどい話よね。結婚を急がしたのはお義母様なんでしょう?それで子供が出来ないなら離婚しろって……」
「……そうね。でも、もともと格差のある結婚だったから、約束を守れないなら仕方ないのかもしれない。お義母様は家を守りたいだけなのよ……」
イヴェッタがジッと私の顔を見つめて、また小さくため息をついた。
「アーシュがいいなら、私はあなたのやることに協力するわ。あ、もし離婚することになったら、お兄様と結婚するのはどう?あの人、仕事ばかりしていて全く結婚する気がなくて困ってるのよ」
「な!何を言っているの、イヴェッタ!それはバーデン様に失礼よ!魔法省のエリートと私なんて……。どう考えてもおかしいわ」
イヴェッタは頬に手を当てて、「お似合いだと思うけど」と首を傾げた。
いやいやいや、絶対おかしい!!第一、バーデン様だって初婚で離婚歴のある貧乏男爵令嬢なんて、嫌に決まってる!!
「ところで、ディートハルトには代理父親を承諾するサインはもらったの?」
「まだよ。相手の目星がついたら、サインしてもらうつもり。でも、私に任せるって言ってくれたから、大丈夫だと思う。ディートハルトにしてみたら、結婚しておいた方が楽みたいだから。きっと、女性嫌いで男性が好きなんて、あのお義母様には言えないでしょうし、理解してもらうのも難しいわ」
「……そうね。お義母様、厳しそうだもんね。でも、アーシュはそれで本当に幸せなの?」
「幸せかどうかは、わからない……。でも、あと一年はあがいてみようと思うの。それで無理だったら、ディートハルトには悪いけど潔く伯爵家を去ろうと思うわ」
私のディートハルトに対する恋心も、あと一年だけ猶予をもらえる。私のこの気持ちも、この一年で片づけなければいけない。
「まぁ、離婚になったらどこかの町にアーシュの魔道具屋でも開こうかな!」
「え!何それ!すごい楽しそう!」
イヴェッタが前のめりで言ってきた。
「ね!楽しそうよね!そうなったら、遊びに来てよ」
「うん!もちろん、行くわ!」
私達は満面の笑みで微笑みあった。
ガタガタと揺れていた馬車が止まった。どうやら、目的地に着いたようだ。
今日はイヴェッタの紹介で夜会に参加させてもらうことになった。イヴェッタの家とは昔から懇意にしている伯爵家なので、参加する人もそれなりの身分だから、安心だろうとイヴェッタが誘ってくれた。
私一人じゃ、夜会なんて縁がないし、ディートハルトも夜会嫌いだからほとんど断ってるみたいだし。
ディートハルトは結婚してもモテるから、きっと女性に追いかけ回されるのが嫌なのね。しかも、女性が嫌いじゃ余計よね……。
「さぁ、アーシュ行くわよ!」
イヴェッタが先に立ち上がり、こちらを見た。
「ええ!もちろん!」
私は右手を力強く握り、闘志をあらわにした。
イヴェッタは家の付き合いで、あいさつ回りをしている。
ディートハルトには仕事で遅くなると伝えてある。正直に話そうか悩んだが、ディートハルトの性格を考えると気にしそうだから、全て決まってから報告しようと思っている。
私は扇子で顔を隠しながら、周りを見渡している。
金髪で翡翠の瞳……で、背は高く美しい男性……。
そんな人……、いるのかしら……?
かれこれ1時間以上、会場をウロウロして男性を物色するが出会えなかった。
金髪の人はいるが瞳は違う色だったり、翡翠の瞳だけど髪は違う色とか……。
それに、ディートハルトのあの美しい容姿って、なかなかいないじゃない!!だから、女性達が毎回大騒ぎして追いかけ回すのよね!!
でもこの際、顔面偏差値は下げても、髪の毛と瞳の色は合わせないと!!義母にバレてしまう……。
その時、会場の端にいる男性陣の中に、今入ってきた人がいた。
こんな時間に来るなんて、よっぽど参加したかったのね……。
その貴族男性を見ると、金髪……。瞳は……、流石に離れすぎていてみえなかった。
私はコソコソと近づき、彼の瞳の色をそっと覗いた。
翡翠...! えっ、うそ!いた!!本当にいたわ!!
顔立ちはディートハルト程じゃなくても、爽やかな青年だった。年齢は20歳前後かしら、少し幼さが残る感じね。背はディートハルトよりは低いけど、私よりは高いから大丈夫そう。下品な感じもしないし、身なりもきちんとしてる!
この人だわ!!私は自分の瞳がランランと輝いてるのを感じた。
私の視線を感じたのか、その彼と目が合ってしまった……。彼は瞳を大きく見開いていた。
しまった!興奮のあまり、すごい凝視してしまった……。気持ちの悪い女だと思われたかしら。
私は思わず彼に背を向けて、気まずさをごまかした。
せっかくのチャンスを棒に振ってしまったかもしれない。うう……、ここにきて恋愛経験のなさが仇となってしまった……。
後悔に震えていると、後ろから声を掛けられた。
「レディ?」
振り向くと、そこには先ほどのディートハルトに似た容姿の青年が立っていた。
「あ……」
私は間抜けな声を出してしまった。
顔を隠すのを忘れてしまい、慌てて扇子を上げた。
「レディ、もう遅いですよ。あなたの美しいお顔を拝見してしまいました」
彼はそう言って手を差し出してきた。
(これは手を乗せればいいのよね)
彼の手に遠慮がちに手を乗せた。
そのまま手袋ごしにキスをされる。そして、上目使いで見られた。
なんだか、その目線にいたためれなくなるが、まだ手を放してもらえなかった。
「レディ、もしよろしかったら少しお話をしませんか?」
「ええ……、ぜひ……」
握られた手はそのままエスコートという形になった。
ディートハルト意外と触れ合うなんていつ振りかしら。むしろそんな機会あったかしら……?
夜会や舞踏会に参加しても、ディートハルトの女除けとして彼を守っていたから、あまり他の男性と二人きりになる機会がなかったのだ。
もちろんダンスも……。まぁ、あまり得意じゃないから、誘われなくて良かったけどね。
会場の外にバルコニーがあり、そこのベンチに腰を下ろした。
彼はウイルと言って21歳の伯爵家の次男だった。今は親の元で領地経営を学んでいるんだとか。
王宮勤めじゃなくてよかった……と少しほっとした。私は偽名を使った。よからぬ噂を立てられたくはないから。
「あの……、ウイル様は……、ご結婚はされていますの?」
「いや、まだなんだ」
良かった、独身なんだ。出来れば独身男性の方が良かった。いくら契約と言っても、奥さんがいる人に頼むのは気が引けたからだ。
「では、ご婚約者様は……?」
彼は首をかしげて、微笑んできた。うぶな青年だと思っていたが、私よりも男女の駆け引きには慣れているようだ。
そしてそっと彼の顔が近づいてきて、「ここでは話せません……」と耳元でささやかれた。
息がかかりそうな距離に、思わず顔が熱くなった。なんだか、すごくはずかしい!
確かにバルコニーじゃ、だれが聞いてるかわからないし、個人情報は話せないのかもしれない。
婚約者がいればその人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。ちゃんと聞いたうえで、決めないと……。
私も小声で彼に話しかけた。
「ど、どちらでしたらお話できますか?」
彼は目を細めて、唇はきれいな弧を描いた。
さわやかな青年は男の色香を放ち、妖艶さをかもし出した。
「では、もっとゆっくり話せる所に行きましょう。静かな所で……」
「はい……」
ここの夜会の常連なのね。建物の事をちゃんと理解している。
私は彼に促されるまま、その場所に行くことにした。
夜会会場とは離れた場所で、本当に静かな廊下を二人で進む。
そして、おもむろに彼の歩みが止まった。
「では、レディ。入りましょうか……」
大丈夫、心配いらないですよと言わんばかりの笑顔を見せてきた。
私は「はい……」と返事をし、彼がドアを開けたその時……。
誰かに腰をグイっと引かれた。
あまりの勢いにその人に、もたれかかってしまった。
すごく大きな体の人で、見上げると宝石のような美しい翡翠の瞳に出会った。
同僚で治療士のレインが話しかけてきた。こいつも良く残業している。金色の耳にかかる位の髪に、丸顔で碧眼。背も高くないことから、中世的な容姿をしている。男女問わず天使のようだと言われ、モテている。騎士団に入団した頃の寮生活時代に仲良くなり、今ではすっかり親友だ。
「ああ、事務作業は昼間できないからな」
言い訳だった。
「ふーん。本当は家に帰りたくないんじゃないの?」
レインは幼く見える容姿とは裏腹に、観察眼が優れている。
「そういう訳じゃ……」
「新婚だって言うのに……。奥さん可哀想じゃない」
「アーシュも仕事で忙しいから、お互い様だよ」
「そうなんだ。じゃあ、なんで結婚したの?もしかして、女性よけのために結婚したの?」
「違う!そうじゃない。アーシュのことは本当に大好きだし、愛してるんだ」
「ふっ。ごちそうさま。それで?それなのに、なんで帰れないの?」
「母親に孫を急かされてる……」
「あー……、なるほどね。ディーには辛いよね」
「……」
レインは全てお見通しだった。
「まだ、忘れられないよね。あの事、奥さんには言わないの?」
私はアーシュに言えないことがある。カッとなり「言えるわけないだろ! 」と声を荒げてしまった。
「すまない……。アーシュにはいつかは言わなきゃいけないかもしれないけど。でも、今の関係が壊れたらって思うと……。それに、女性とそういうことすることに嫌悪感しかない……。無理なんだ……」
アーシュにもとうとう「女性を愛せない」と言ってしまった。彼女はどう思っただろうか……。
「じゃあ、僕となら?」
レインが顔を近づけてそう言った。
「えっ?」
綺麗で大きな瞳はなんだか熱がこもっているように感じた。
「ははは。ジョーダンだよ!そこは笑ってくれなきゃ」とレインが顔をくしゃっとさせて笑った。
「おい、いい加減にしろよ」
少し驚いたが、レイン並みに和ませてくれたのだろう。
「こんなこと、レインにしか話せないな。あの時、助けてくれたのはお前だもんな。本当に感謝してる」
「そんなことないよ。もっと早く気づければ良かった……」
少し伏し目がちになり、きれいな碧眼に影を落とした。
「いや、レインのおかげで未遂で済んだんだ……。そうじゃなかったら……。こんなに鍛えてたって、これだもんな。本当に嫌になるよ。自分一人だって守れないんだ。これじゃあ、大事な人だって守れないよ」
「だから、そんなに過酷なメニューこなして夜事務作業してるんだ……。奥さんのこと守りたいの?」
「うん。アーシュのことも、市民も、弱い立場の人を守りたい。と約束したから……」
幼いあの日、アーシュのお祖父さんと約束したから……。
「そっか!じゃあ、頑張らないとね!俺も傷だらけのディーを治してやるよ!」
レインは俺の肩にポンと手を乗せた。
「ああ、ありがとう。頼りにしてる、親友」
私はレインに微笑んだ。
「まかせとけ!」
レインは顔を傾けて、ニコッと子供のような笑顔を見せた。
◇◇◇
「どお?覚悟は決まった?」
「うん……。やるしかないわ!なんたって、あと一年しか猶予がないんだから」
イヴェッタが溜息をついた。
「それもひどい話よね。結婚を急がしたのはお義母様なんでしょう?それで子供が出来ないなら離婚しろって……」
「……そうね。でも、もともと格差のある結婚だったから、約束を守れないなら仕方ないのかもしれない。お義母様は家を守りたいだけなのよ……」
イヴェッタがジッと私の顔を見つめて、また小さくため息をついた。
「アーシュがいいなら、私はあなたのやることに協力するわ。あ、もし離婚することになったら、お兄様と結婚するのはどう?あの人、仕事ばかりしていて全く結婚する気がなくて困ってるのよ」
「な!何を言っているの、イヴェッタ!それはバーデン様に失礼よ!魔法省のエリートと私なんて……。どう考えてもおかしいわ」
イヴェッタは頬に手を当てて、「お似合いだと思うけど」と首を傾げた。
いやいやいや、絶対おかしい!!第一、バーデン様だって初婚で離婚歴のある貧乏男爵令嬢なんて、嫌に決まってる!!
「ところで、ディートハルトには代理父親を承諾するサインはもらったの?」
「まだよ。相手の目星がついたら、サインしてもらうつもり。でも、私に任せるって言ってくれたから、大丈夫だと思う。ディートハルトにしてみたら、結婚しておいた方が楽みたいだから。きっと、女性嫌いで男性が好きなんて、あのお義母様には言えないでしょうし、理解してもらうのも難しいわ」
「……そうね。お義母様、厳しそうだもんね。でも、アーシュはそれで本当に幸せなの?」
「幸せかどうかは、わからない……。でも、あと一年はあがいてみようと思うの。それで無理だったら、ディートハルトには悪いけど潔く伯爵家を去ろうと思うわ」
私のディートハルトに対する恋心も、あと一年だけ猶予をもらえる。私のこの気持ちも、この一年で片づけなければいけない。
「まぁ、離婚になったらどこかの町にアーシュの魔道具屋でも開こうかな!」
「え!何それ!すごい楽しそう!」
イヴェッタが前のめりで言ってきた。
「ね!楽しそうよね!そうなったら、遊びに来てよ」
「うん!もちろん、行くわ!」
私達は満面の笑みで微笑みあった。
ガタガタと揺れていた馬車が止まった。どうやら、目的地に着いたようだ。
今日はイヴェッタの紹介で夜会に参加させてもらうことになった。イヴェッタの家とは昔から懇意にしている伯爵家なので、参加する人もそれなりの身分だから、安心だろうとイヴェッタが誘ってくれた。
私一人じゃ、夜会なんて縁がないし、ディートハルトも夜会嫌いだからほとんど断ってるみたいだし。
ディートハルトは結婚してもモテるから、きっと女性に追いかけ回されるのが嫌なのね。しかも、女性が嫌いじゃ余計よね……。
「さぁ、アーシュ行くわよ!」
イヴェッタが先に立ち上がり、こちらを見た。
「ええ!もちろん!」
私は右手を力強く握り、闘志をあらわにした。
イヴェッタは家の付き合いで、あいさつ回りをしている。
ディートハルトには仕事で遅くなると伝えてある。正直に話そうか悩んだが、ディートハルトの性格を考えると気にしそうだから、全て決まってから報告しようと思っている。
私は扇子で顔を隠しながら、周りを見渡している。
金髪で翡翠の瞳……で、背は高く美しい男性……。
そんな人……、いるのかしら……?
かれこれ1時間以上、会場をウロウロして男性を物色するが出会えなかった。
金髪の人はいるが瞳は違う色だったり、翡翠の瞳だけど髪は違う色とか……。
それに、ディートハルトのあの美しい容姿って、なかなかいないじゃない!!だから、女性達が毎回大騒ぎして追いかけ回すのよね!!
でもこの際、顔面偏差値は下げても、髪の毛と瞳の色は合わせないと!!義母にバレてしまう……。
その時、会場の端にいる男性陣の中に、今入ってきた人がいた。
こんな時間に来るなんて、よっぽど参加したかったのね……。
その貴族男性を見ると、金髪……。瞳は……、流石に離れすぎていてみえなかった。
私はコソコソと近づき、彼の瞳の色をそっと覗いた。
翡翠...! えっ、うそ!いた!!本当にいたわ!!
顔立ちはディートハルト程じゃなくても、爽やかな青年だった。年齢は20歳前後かしら、少し幼さが残る感じね。背はディートハルトよりは低いけど、私よりは高いから大丈夫そう。下品な感じもしないし、身なりもきちんとしてる!
この人だわ!!私は自分の瞳がランランと輝いてるのを感じた。
私の視線を感じたのか、その彼と目が合ってしまった……。彼は瞳を大きく見開いていた。
しまった!興奮のあまり、すごい凝視してしまった……。気持ちの悪い女だと思われたかしら。
私は思わず彼に背を向けて、気まずさをごまかした。
せっかくのチャンスを棒に振ってしまったかもしれない。うう……、ここにきて恋愛経験のなさが仇となってしまった……。
後悔に震えていると、後ろから声を掛けられた。
「レディ?」
振り向くと、そこには先ほどのディートハルトに似た容姿の青年が立っていた。
「あ……」
私は間抜けな声を出してしまった。
顔を隠すのを忘れてしまい、慌てて扇子を上げた。
「レディ、もう遅いですよ。あなたの美しいお顔を拝見してしまいました」
彼はそう言って手を差し出してきた。
(これは手を乗せればいいのよね)
彼の手に遠慮がちに手を乗せた。
そのまま手袋ごしにキスをされる。そして、上目使いで見られた。
なんだか、その目線にいたためれなくなるが、まだ手を放してもらえなかった。
「レディ、もしよろしかったら少しお話をしませんか?」
「ええ……、ぜひ……」
握られた手はそのままエスコートという形になった。
ディートハルト意外と触れ合うなんていつ振りかしら。むしろそんな機会あったかしら……?
夜会や舞踏会に参加しても、ディートハルトの女除けとして彼を守っていたから、あまり他の男性と二人きりになる機会がなかったのだ。
もちろんダンスも……。まぁ、あまり得意じゃないから、誘われなくて良かったけどね。
会場の外にバルコニーがあり、そこのベンチに腰を下ろした。
彼はウイルと言って21歳の伯爵家の次男だった。今は親の元で領地経営を学んでいるんだとか。
王宮勤めじゃなくてよかった……と少しほっとした。私は偽名を使った。よからぬ噂を立てられたくはないから。
「あの……、ウイル様は……、ご結婚はされていますの?」
「いや、まだなんだ」
良かった、独身なんだ。出来れば独身男性の方が良かった。いくら契約と言っても、奥さんがいる人に頼むのは気が引けたからだ。
「では、ご婚約者様は……?」
彼は首をかしげて、微笑んできた。うぶな青年だと思っていたが、私よりも男女の駆け引きには慣れているようだ。
そしてそっと彼の顔が近づいてきて、「ここでは話せません……」と耳元でささやかれた。
息がかかりそうな距離に、思わず顔が熱くなった。なんだか、すごくはずかしい!
確かにバルコニーじゃ、だれが聞いてるかわからないし、個人情報は話せないのかもしれない。
婚約者がいればその人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。ちゃんと聞いたうえで、決めないと……。
私も小声で彼に話しかけた。
「ど、どちらでしたらお話できますか?」
彼は目を細めて、唇はきれいな弧を描いた。
さわやかな青年は男の色香を放ち、妖艶さをかもし出した。
「では、もっとゆっくり話せる所に行きましょう。静かな所で……」
「はい……」
ここの夜会の常連なのね。建物の事をちゃんと理解している。
私は彼に促されるまま、その場所に行くことにした。
夜会会場とは離れた場所で、本当に静かな廊下を二人で進む。
そして、おもむろに彼の歩みが止まった。
「では、レディ。入りましょうか……」
大丈夫、心配いらないですよと言わんばかりの笑顔を見せてきた。
私は「はい……」と返事をし、彼がドアを開けたその時……。
誰かに腰をグイっと引かれた。
あまりの勢いにその人に、もたれかかってしまった。
すごく大きな体の人で、見上げると宝石のような美しい翡翠の瞳に出会った。
215
あなたにおすすめの小説
初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。
石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。
色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。
*この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる