二人の混じり合う感情と欲望

花魁童子

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第2章 さよなら、憎いヘリオトロープ女公爵

隠された思い

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「あなたは、今後我々の地位を受け継ぐ者。もっと冷淡で賢くなりなさい」

 俺の母上はいつもこんなことを耳にたこができるほど言ってきた。言われるようになったのが幼少期の頃、俺はそれに従うことしか術がなかった。



 ──あの時からだろうか。

 俺が壊れたのは、いやもうすでに? もう自分の心がなくなりかけている。






 勉学に励むために母上が年老いた老人を先生として雇った。彼の教え方は分かりやすく、頭に残りやすい。最初は我が町の特産品や地理情報、政治を中心に学び始めた。しかし話を聞いているうちに疑問を抱くことがたまにある。

 それは地理や政治の歴史となると現代のことを話すより、鮮明で情景がすぐ浮かぶことができる。


 これは私の才能なのか? はたまた、彼の伝え方がうまいのか。それはいまだに定かではない。

「この町は、ストレリチア家が所有しております。その隣の町は、リンドウ家が所有しています。そのリンドウ家には、確かあなたの三歳下で、今は誕生日を迎えていないはずですので、七歳ですかね。名をヘリオトロープという方がおられます。この方は今後、次期女公爵となるお方です。訪問する際は、しっかり挨拶をしてください。……まぁここだけの話、あなたの運命ではこの方と必ず出会うでしょう。」

 たまに、この男は未来を予知したと言わんばかりに未来の話をする。

 占いというものだろうか。

 しかし、占いというのは、お祓いに使うもの。そんなわけがない。

「出会うのですか?俺のストレリチア家とリンドウ家は政治としても貿易するものが異なるため、かかわる可能性が少ないと先生はおっしゃっておりましたよね」

 その通りだ。

 以前この者は政治の話をしている最中に、リンドウ家と関わる可能性はゼロに近いと申していた。

「そうですね。〝リンドウ家〟とは関わりません」

 隠されたような感覚。なにか裏があるのか? あまり隠し事をされるのは好ましくない。

「話が逸れてしまいましたね。次は地理の話を致しましょう」

 その後は、先生が歴史を語る時間になってしまったが、母上と話すよりよほど楽しい。

 母上は、口を開けば、「礼儀がなっていない」だの、「早く賢くなりなさい」だの聞くのも辛くなった。

 そのため、いつも夕飯を食べるときは、勉強があると逃げて、最近はろくに話さない。

 今日も勉学に励もうと重い法律本と地理ノートを抱え、自室に向かっていると、使用人同士が小声で話しているのをたまたま耳にした。

「奥様が、『ハイドレンジアの顔を見なくて最近嬉しいわ。』と漏らしていたのよ。どう思う」

「そうねぇ。ハイドレンジア様もかわ…」

 その後も話していたようだが、俺の頭は真っ白になってしまった。ずっと良いことだと思い続けてきた母上に裏切られ、俺は今後なにに向き合えばいいのか。

 気付けば抱えていた本などをすべて投げ捨て、玄関から、獣のごとく逃げ去り、門番が俺に気付くと、「いけません、ハイドレンジア様!」と大声を出して、止めようと必死だった。

 しかし小柄で身長が小さかったこともあり、門番の隙をくぐり抜け、町中へ姿をくらました。

「やばい行ったことないところだから、行く当てもない」

 この、ストレリチア家が所有する町は、一部を除いて治安や環境は整っているはずだ。

 しかし、今いる周りは、荒れていて、飢えているのだろうか。骨の形が全身にくっきり浮き出ている者があちこちに倒れ、動かない状態。


「ここってまさか、先生が念入りに入ることを禁じたスラm…」

「お前、良い服着ているやん。それ、俺らにくれよ」

 後ろから話しかけられ、咄嗟に振り向こうとした瞬間、背中に尖った鋭い何かが押し当てられていた。

 まさか、刃物か⁉ 抵抗すれば、刺される可能性が高い。

 いいなりになるしかないのか。いや、これは俺にとっては好都合かもしれない。   

 俺が危険に晒されたのならば、母上も気にかけてくれるはずだ。
 
 しかも今後の生活がもっと喜ばしくなる! 絶対に。

 ハイドレンジアの心は、〝期待〟が大きく膨れ上がっていた。


 俺の予測通り、やはりこの者は行動が手慣れている。俺を縛る時間や連れ去る時間がやけに早い。

 気づけば、古びた小屋にごみを捨てるのと同じ気持ちで、俺は放り投げられた。床にはガラスの破片や無理やり壊したであろう木の板が、放り投げたときに散り散りになった。そのせいで、体の至る所に傷を負ってしまった。幸い目には当たってなく、周りを見ることができた。

 そこには小柄な女の子がおり、こちらを覗いて様子を伺っていた。

 恐る恐る発する言葉にはすこし恐怖と驚きが重なっていた。

「きみは、どこからきたの?」

 彼女はまさに〝恐怖〟を持っていた。

「このスラムの隣の村だ…よ」

「そっか、ここにずっといるのは辛いでしょ?ここから出ようよ」

 提案を出した直後、恐怖を忘れ、喝のある怒声が、突き刺さるように俺に飛んできた。

「無理に決まっているでしょ。相手は大人、子供二人で敵うわけがない」

 母上には、誘拐されたことを伝えるだけで、多分心配してくれる。だからもう逃げてもいいんだ。

 彼の心には、怯えが染み出ていた。彼の考え方も心の強さも、まだ子供。恐怖という感情の滴が落ちたのだろう。

「お願い、一緒に逃げよう?」

「分かったわよ」

 優しく問いかけると、少しはにかんでいるのか、照れた口調で了承してくれた。

 行動に移そうとした瞬間、先ほどの門番が、小屋の外で男どもと交戦していた。

「男らしい」

 そう彼女が門番に対して、ぽろっとこぼした。俺の心のどこかに針がチクッと刺さった感覚だった。

 ハイドレンジアは、自分も気づかずに彼女に好意を寄せていたのだろう。彼は、勉学とともに暮らしていたため、恋愛をひとつも経験したことがない。

「ハイドレンジア様、大丈夫でしょうか。遅くなって申し訳ありません」

「え、あなたハイドレンジアってあの⁉」

 案の定、彼女は名を聞いた瞬間に驚き呆然とした。彼女が話そうと口を開けた瞬間、門番が割り込んできた。

「こら、無礼者!様をつけろ!」

 先ほど、彼女の怒声を聞いたよりももっと何か固いものがのし掛かるように重かった。

「ご、ごめんなさい…」

 彼女の顔はもう泣いていて、あの可愛い顔が崩れてしまっている。

 そう考えていると父上と母上が馬車で来てくれた。

 父上はすかさず俺を抱きしめ、「怖い思いをさせた。すまなかった」と誠意のあるお言葉をもらえた。

 対して母上は、「可哀想にごめんなさいね」といつも通りで何も変わらない。

 しかし、父上はそのことを聞いて、安堵したのか門番に事情聴取を行おうと俺から距離を置いた。すると、離れたことを母上は確認したうえで、俺にこう発した。

「あんたなんか死んでしまえばよかったのに。次期当主として私たちの地位を受け継ぐなんてあんたには無理、無駄。早く消えろ」

 彼女があの言葉を発していなかったのは父上が近くにいつもいたからだ。



 そうか、母上は俺が嫌いなのですね。あの使用人には感謝をしなければ…。

「あんた、なにそれ最低。実の息子によく言えるよね」

 俺が呆れて悲しんでいるのと裏腹に彼女は、俺のために怒ってくれた。

「何、あなた。気持ち悪い。あなたもこの男の味方をするのね。いいわ」

 母上は、不敵な笑みをその華やかな扇子の後ろに隠したのが分かった。

「父上、犯人が分かりましたわ。この女が門番と戦った男どもと計画して行ったことだと判明いたしました。よってこの女は、次期当主としてこの町を受け継ぐ者、その者に危害を加えた者と共犯。よって反逆罪と見なし、処刑を致しましょう」

 淡々に話す母上の言葉に驚きを見せ、否定する言葉が一つも出なかった。そして、父上もそれに了承してしまったのだ。


 ──やはり、父上も母上には逆らえないのか。

 ストレリチア家の家格は、地位が最も高い者は母上の家柄である。元々、父上は平民の考古学者であった。表向きは、母上の一目惚れ。

 本来は、父上の知恵で経済を回そうと、父上の家系を絶やすと揺さぶり、強制的に結婚させた。母上は本当にあの男どもとともに彼女の処刑を行おうとしている。

 母上の意思は誰も変えることはできない。




 処刑当日は、薄暗い曇り。

 民衆どものほとんどがストレスを抱えてそれを発散するために集まってきた。それがわかるほど「早くやってしまえ!」という声が勢いよく会場内に飛び交う。

 しかも、母上は、俺を呼びつけ、「次期にあなたはこの町を受け継ぐ者、あなたが処刑の合図をしなさい。」と命令を下した。


 ──好きになってしまったから、こんなにも悲しい気持ちになるのか。

 名の知らぬ少女、愛してしまって、俺と関わってしまってごめんなさい。

 会場内には活気に満ち溢れた歓声が響いた。

 紫陽花の葉と花はすべて枯れてしまった。

 その後、ハイドレンジアの心変わりはそう遅くはなかった。

 宣言通り、彼の心は冷淡で賢い者となった。しかし、決して恋に落ちることはなかった。落ちてしまえば母上にその者が殺されるから。

 トラウマはすぐに消えることはない。




「お前ももう、成人して8年が経って28歳になるのだろう。そこでリンドウ家が二か月後に舞踏会を開催すると耳にした」

 そのことに、母上は父上の前だから「行ってみたら?」と調子よく話す。

 俺も、母上には逆らうことができないので「検討します」とだけ伝え、その場を後にした。

 すると突然、ついに母上は毒殺された。

 それは舞踏会が始まる一か月ほど前、実は俺以外にも使用人にまで、あのような話し方、接し方をしていたそうだ。

 そのため、使用人に毒を盛られ死亡。

 実の母が死んだというのに俺の心には解放感と喜びが溢れ出た。

「やっとあの女から解放される」

 しかし、どうしてもトラウマからは脱出できなかった。

「良かった。俺が行動する前に殺してくれて、本当に使用人よ、感謝する」

 ハイドレンジアは、こんな思いをするまでに、落ちてしまったのか。

 可哀想なお方だ。

 月日はあっという間に過ぎ、舞踏会当日となってしまった。

 トラウマが頭をよぎるが今まで支えてくれた父上の気持ちに応えたい。

 そう思い、舞踏会の会場、リンドウ家の屋敷にお邪魔した。

 貴族絡みの噂では、お見合いがメインだとか。なので、貴族が多く女性にも活気が満ち溢れていた。

 するとリンドウ家のお父様が話し、開催されて数十分過ぎた頃だろうか。

 大きな門からいけ好ない女性が入ってきた。

 皆がその顔を見た瞬間、男どもは目にハートでもあるようにあの女を見つめ、「ヘリオトロープ女侯爵」と名を呼び続ける。

 あいつがか。興味など全然そそられない。

 むしろ、あの「私は美人で、結婚相手には困りませんよ」と言わんばかりの顔が嫌いだ。

 俺がそっぽを向き、先ほど受け取ったワインを長くきれいなグラスに注ぎ、飲み干していると、彼女が小走りで、不吉な顔を浮かべ、こちらに来る。一瞬、ぎょっとしたが、冷静さを保ち続けた。

「ハイドレンジア殿、初めまして」

 分かっている。お前のその笑みは、あの憎らしい母上がしていた偽りの笑みだ。本当に嘔吐したくなる。

「突然ですが、私の婿になってください」

 本当に突然だが、今は恋愛がメインだ。

 しかし、俺は心に刻んだ。

 この者とは絶対に結婚などしない。

 その後は、求婚を迫られ、断る。これらを続けて、舞踏会が終了する寸前まで言われた。

 そのせいで、他の女性に声をかけることができず帰宅した。

 父上には、誘う勇気がなかった。とだけ報告して、自室のベッドで野垂れ死にするように睡魔に襲われた。

 舞踏会が終わって二日後、いつも通り、幼少期から教わっている先生の授業を受けていると突然、「お坊ちゃま、ヘリオトロープ女公爵がお見えです。失礼いたします」と言い、扉を開けた。

 そこには、文字通り使用人とともにあの女が来ていた。

「なにか用か、手短に済ませて欲しい、こちらには勉学に励みたい」

 嫌味全開で話すと少し嫌そうな顔をしたがすぐに直し、こう発する。

「舞踏会の件についてです。あのお話…」

 またその話か、お前とは絶対付き合いたくない。死んでも嫌だ。

「舞踏会ですか、あれはもうお見合いの間違いじゃないですか?」

 わざと話している最中に、割り込むと、また嫌な顔をした。今度は少し長かったがすぐ戻った。

「そう捉えてもらって構いません」

「あの話は、俺は却下したはずだが」

「はい。ですが私はどうも諦め切れなかったので直接お会いして話そうと参りました」

 そう会話していくと、突然気持ち悪い笑みを彼女は浮かべた。

「何をニヤニヤと不気味な笑みをこぼしているんだ」

「少し考え事をしておりました」

 どうせ、気持ち悪いことでも考えていたのだろう。不愉快だ。

「そうか、無駄話はしたくない。用がないなら、もう帰ってくれないか。勉学に励みたいが、Störenfriedが居ては集中できない」

 わざと、他言語で話すと意味は分かっていないようだが、馬鹿にされていることは分かったようだ。

 そういうのは分かるのだな。

 この女でも。

「それでは、このお話は、また後日。私は諦めません」

 そして、ハイドレンジアは誓った。

 この者とは絶対に付き合わず、最低限の関わりをし、無駄な接触を避けると。

 しかし、神はヘリオトロープの味方をしたのだ。

 その後、俺の家にリンドウ家の者が押し寄せ、拘束し、集会場に座らせると、ヘリオトロープが言い放った。

「国民の皆に告げる。ハイドレンジアは罪を犯した。一つ、女公爵である私、ヘリオトロープ女公爵を侮辱した。これは、反逆罪と私は見なす。よってハイドレンジアを我が地下牢に監禁する」

 彼女の言葉にほとんどの国民が唖然とした。

 そして、俺も唖然とし、頭が混乱した。

 すると突然ヘリオトロープが「ハイドレンジアよ、今夜私の部屋に来なさい。今後の話をします」と不敵な笑みを浮かべた。

 本当に恐ろしい女だ。

 俺は、「わかりました」と言うしか術がなかった。

 ヘリオトロープの心のように黒く、暗い空が俺を押しつぶそうとする。

 そしてヘリオトロープの家に着くなり、机に座らせられ、抵抗できないことをいいことに、ヘリオトロープは俺の唇に口づけをした。

 唇を離した瞬間、俺は嘔吐と気持ち悪さが一気に出てきた。

「汚いわね」

 そう発したヘリオトロープは俺の腹に一発蹴りを入れた。嘔吐した後なので、頭に血が急に上り、さらに気持ち悪くなった。

「ハイドレンジアよ、お前の未来はもうない。最後に問う。私の婿になってくれないか」

「なるわけない。こんな悪魔に」

 吐き残りが唇から垂れて、あまりうまく言えなかったが、今の気持ちを全て込めた。

 彼女の顔をうかがうと、まさに悪魔のような…いや、童話に出てくる醜い邪神のような笑みで、俺の頭に何か破片を刺してきた。

 倒れて、薄れゆき、ぼやける世界を覗くと、そこにはガラスの破片が床に俺の血とともに飛び散っていた。

 きっと机にあった鏡を割って刺したのだろう。

 今もなお彼女の顔は人間の顔ではない。

 そして、俺の魂が消えるまで、死体を刺し続けていた。

 最後に聞いた言葉は「一生私と一緒ね。あなた」



 ──あぁ、もう終わりなのか。

 最後に見た顔があの憎き女というのか。

 やはりこの世に神様などいないということだな。


 「さよなら、憎いヘリオトロープ女公爵」
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