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第一章
私ってもしかして悪役令嬢なの⁉
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「人生は冒険だ」
小学生の頃、『人生とは何か~思いを胸に~』という公演をしていた大人が一人いた。
その頃の私は左右も分からない軟弱者であった。だからその人の話を鵜呑みにして今まで生きてきた。でも今はどうだろうか、人生が冒険だという言葉が理になっているか? いや、なっていない。
朝早く着慣れてシワが目立つスーツを難なく着て朝ごはんも食べずに昨夜投げ捨てた鍵を拾い外に出る。通勤時間はそれほどではないが電車の本数は少なく、以前五分遅刻しただけで一時間の説教を食らった。
間違いを繰り返してはいけない。そういう講演もあったが、これは正しい。だからこそ、人込みをかき分け歩道橋を渡る。時々、時計を確認してきっちりと時間を守る。
「今日は少し早い。よしこれで怒られないぞ!」
安堵するのもつかの間、時計を見ていた視界は一瞬にして暗闇に包まれた。瞬時に状況把握ができず、もう夜⁉ もしかして夢だった⁉ などと考察するが私の視界のすべてが白く輝き出し、目が慣れた頃には見慣れない天井。
しかしゆっくり首を動かし見渡すと、壁の装飾は豪華に加え、磨きがかかっている。
ホコリ一つない個室。前世で生きていた若い頃の私なら一度は憧れたものだ。だけど、社会に出てからは、望む余地すらなかったな。
「お嬢様⁉ お目覚めになりましたか⁉」
大きな声が、一音でも耳に届いた瞬間、反射的に首が回っていた。
メイド…さん? それにしても若いし、ウエストも細い。まるで人形のような…。私にとっては好みそのもの!
「…かわいい」
「⁉ お嬢様⁉」
その子は、かわいいという言葉だけで照れて顔が赤くなり、漫画のように目にグルグル線が出ていた。
「…ごめんなさい。少し頭が痛くて記憶が曖昧なの」
「え…⁉ お嬢様が謝ることはないですよ! まずお嬢様の名前は『スピネル・ガーネット』と言って公爵令嬢でございます。年齢は今年で十五になります。そして婚約者が『ジャスパー・ペリドット』、この国、クラウゼンライヒの第二王子でございます」
彼女の話を真剣に聞くために体を起こしていると、頭の中で『スピネル・ガーネット』の記憶だろうか。今までのすべてが入ってきた。
その記憶の全貌は気に入らない使用人を罵り、蔑み、解雇を言い渡す記憶まで…。
『スピネル・ガーネット』って女の子は傲慢で、自分勝手で、どうしようもないほどだったのね。
呆れた。こんなのまるで悪役令嬢じゃない。
なぜ彼女を止める人はいなかったの? 親はどうなっているの? 教育が施されていないの? 親の顔が見てみたい……。
寂しい。お父様、お母様、私を見て。私を必要として。要らない娘なんて言わないで…。
この記憶は、紛れもない『スピネル・ガーネット』のもの。そうか彼女は両親に必要とされたかったのね、愛情をまともに受けていない子。そりゃあ、こうなるのも頷ける。
「…あなたの名前を伺っても?」
「⁉ お嬢様、使用人に敬語は不要です‼」
「そうなのですか? ごめんなさい。癖で抜けなくて」
「癖…?」
前世の私は誰にでも敬語だったから、彼女が言うのは違和感でしかないのか。本での異世界転生してるみんなはすごいな、柔軟に溶け込んで生活していく。
まぁ、あれは空想のものだから当たり前か。
「私はお嬢様の専属メイドを担っています。ラリマー・カルサイトと申します」
「ラリマー・カルサイトか。思い出しました」
ラリマー・カルサイト。記憶の中では父が「スピネルと年齢が近い者のほうが関わりやすいだろう」と言う理由で専属メイドとなったらしい。しかし、私、スピネル・ガーネットは嫉妬深く、ラリマーの美貌に苛立ちを覚え、貶しやいじめをしていたそうだ。
「ラリマー。今までの私の無礼を詫びたいです。本当にごめんなさい。そして、こんな私に着いてきてくれてありがとう‼ これからも私の専属でいてくれますか?」
「いえいえ⁉ お嬢様、頭をお上げください!」
私は、ラリマーが両手を振って否定のジェスチャーをするのを無視し、頭を下げ続けた。
「……分かりました。お嬢様、謝罪を受け入れます。しかしお嬢様が私のようなメイドの方々に頭を下げてはいけません。なめられてしまいます」
前世では上司に逆らえず、怒られたままだったから、体に染みついているのかもしれない。だけど、今の立場は前世の上司と同じ。だからこそ、私は嫌いだ。上の立場だから人を貶してもいいのか? 軽蔑してもいいのか? 偉い者は他の人の象徴にならないといけない。
苦労も大変さもあるかもしれない。でも、正しい道に連れていくのが上の者。この世界でも前世でも間違えた認識の人が多すぎる。スピネル・ガーネットもその一人。
「お嬢様、これから私は皆さんにお嬢様がお目覚めになったことをお伝えしに行きますので、ここでもう少し休まれてください」
「分かりました。ありがとうございます」
「…それと私たちには敬語をやめていただけると嬉しいです」
「……善処します」
ラリマーはゆっくりと立ち上がり、音もなく部屋の扉まで歩いていく。扉を閉める音は重厚なのに、寂しく悲しいように感じ取れた。多分スピネルはこの音が苦手だったのだろう。誰もいなくなるこの空間が、寂しかったのだろう。
悲しさゆえの儚さ。私も前世では何度も感じたな。初めは大人だったから慣れてしまったけれど、彼女は十五歳だ。記憶の中ではいつからこの寂しさが芽生えたのか覚えていない。
それほどまでに……。
私の目には大粒の涙がいくつも流れ落ちた。これは私のではない。スピネルのもの。そうか、魂は違っても体は一緒。自然に染み込んでいったのですね。この体に。
小学生の頃、『人生とは何か~思いを胸に~』という公演をしていた大人が一人いた。
その頃の私は左右も分からない軟弱者であった。だからその人の話を鵜呑みにして今まで生きてきた。でも今はどうだろうか、人生が冒険だという言葉が理になっているか? いや、なっていない。
朝早く着慣れてシワが目立つスーツを難なく着て朝ごはんも食べずに昨夜投げ捨てた鍵を拾い外に出る。通勤時間はそれほどではないが電車の本数は少なく、以前五分遅刻しただけで一時間の説教を食らった。
間違いを繰り返してはいけない。そういう講演もあったが、これは正しい。だからこそ、人込みをかき分け歩道橋を渡る。時々、時計を確認してきっちりと時間を守る。
「今日は少し早い。よしこれで怒られないぞ!」
安堵するのもつかの間、時計を見ていた視界は一瞬にして暗闇に包まれた。瞬時に状況把握ができず、もう夜⁉ もしかして夢だった⁉ などと考察するが私の視界のすべてが白く輝き出し、目が慣れた頃には見慣れない天井。
しかしゆっくり首を動かし見渡すと、壁の装飾は豪華に加え、磨きがかかっている。
ホコリ一つない個室。前世で生きていた若い頃の私なら一度は憧れたものだ。だけど、社会に出てからは、望む余地すらなかったな。
「お嬢様⁉ お目覚めになりましたか⁉」
大きな声が、一音でも耳に届いた瞬間、反射的に首が回っていた。
メイド…さん? それにしても若いし、ウエストも細い。まるで人形のような…。私にとっては好みそのもの!
「…かわいい」
「⁉ お嬢様⁉」
その子は、かわいいという言葉だけで照れて顔が赤くなり、漫画のように目にグルグル線が出ていた。
「…ごめんなさい。少し頭が痛くて記憶が曖昧なの」
「え…⁉ お嬢様が謝ることはないですよ! まずお嬢様の名前は『スピネル・ガーネット』と言って公爵令嬢でございます。年齢は今年で十五になります。そして婚約者が『ジャスパー・ペリドット』、この国、クラウゼンライヒの第二王子でございます」
彼女の話を真剣に聞くために体を起こしていると、頭の中で『スピネル・ガーネット』の記憶だろうか。今までのすべてが入ってきた。
その記憶の全貌は気に入らない使用人を罵り、蔑み、解雇を言い渡す記憶まで…。
『スピネル・ガーネット』って女の子は傲慢で、自分勝手で、どうしようもないほどだったのね。
呆れた。こんなのまるで悪役令嬢じゃない。
なぜ彼女を止める人はいなかったの? 親はどうなっているの? 教育が施されていないの? 親の顔が見てみたい……。
寂しい。お父様、お母様、私を見て。私を必要として。要らない娘なんて言わないで…。
この記憶は、紛れもない『スピネル・ガーネット』のもの。そうか彼女は両親に必要とされたかったのね、愛情をまともに受けていない子。そりゃあ、こうなるのも頷ける。
「…あなたの名前を伺っても?」
「⁉ お嬢様、使用人に敬語は不要です‼」
「そうなのですか? ごめんなさい。癖で抜けなくて」
「癖…?」
前世の私は誰にでも敬語だったから、彼女が言うのは違和感でしかないのか。本での異世界転生してるみんなはすごいな、柔軟に溶け込んで生活していく。
まぁ、あれは空想のものだから当たり前か。
「私はお嬢様の専属メイドを担っています。ラリマー・カルサイトと申します」
「ラリマー・カルサイトか。思い出しました」
ラリマー・カルサイト。記憶の中では父が「スピネルと年齢が近い者のほうが関わりやすいだろう」と言う理由で専属メイドとなったらしい。しかし、私、スピネル・ガーネットは嫉妬深く、ラリマーの美貌に苛立ちを覚え、貶しやいじめをしていたそうだ。
「ラリマー。今までの私の無礼を詫びたいです。本当にごめんなさい。そして、こんな私に着いてきてくれてありがとう‼ これからも私の専属でいてくれますか?」
「いえいえ⁉ お嬢様、頭をお上げください!」
私は、ラリマーが両手を振って否定のジェスチャーをするのを無視し、頭を下げ続けた。
「……分かりました。お嬢様、謝罪を受け入れます。しかしお嬢様が私のようなメイドの方々に頭を下げてはいけません。なめられてしまいます」
前世では上司に逆らえず、怒られたままだったから、体に染みついているのかもしれない。だけど、今の立場は前世の上司と同じ。だからこそ、私は嫌いだ。上の立場だから人を貶してもいいのか? 軽蔑してもいいのか? 偉い者は他の人の象徴にならないといけない。
苦労も大変さもあるかもしれない。でも、正しい道に連れていくのが上の者。この世界でも前世でも間違えた認識の人が多すぎる。スピネル・ガーネットもその一人。
「お嬢様、これから私は皆さんにお嬢様がお目覚めになったことをお伝えしに行きますので、ここでもう少し休まれてください」
「分かりました。ありがとうございます」
「…それと私たちには敬語をやめていただけると嬉しいです」
「……善処します」
ラリマーはゆっくりと立ち上がり、音もなく部屋の扉まで歩いていく。扉を閉める音は重厚なのに、寂しく悲しいように感じ取れた。多分スピネルはこの音が苦手だったのだろう。誰もいなくなるこの空間が、寂しかったのだろう。
悲しさゆえの儚さ。私も前世では何度も感じたな。初めは大人だったから慣れてしまったけれど、彼女は十五歳だ。記憶の中ではいつからこの寂しさが芽生えたのか覚えていない。
それほどまでに……。
私の目には大粒の涙がいくつも流れ落ちた。これは私のではない。スピネルのもの。そうか、魂は違っても体は一緒。自然に染み込んでいったのですね。この体に。
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