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見つめていくうちに思ってしまう
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あの人のことを考えてどれくらい経つのだろう。
僕の隣の席には"あずちゃん"が座っている。僕が勝手にそう呼んでいるだけで、本名は違う。周りの人は本名である梓くんと呼ぶため浸透はしていない。
あずちゃんをからかうのは楽しい。いつも授業では外を眺めて、いつも先生に怒られていた。先生も前までは意地悪で難しい問題で指名したり、注意し続けたりした。
だがある日、いつものようにあずちゃんは外を眺めているはずなのに、違いはないと思えるはずなのに、心のどこかでは違いに気づいている。もしそれが本当であるならば、あずちゃんは外を眺めているとしても周りに白くきれいな花を咲かせて、ウトウトした表情をしていた。
その花は……百合だろうか。とても綺麗だ。あずちゃんにピッタリ!まるで、花瓶に入っているような…。いや、入っているのか?
なんであろうとあずちゃんに似合うから良し。
ちなみに最近は先生も観念したのか、注意をすることも指名することも一切やめた。
諦念というか疲れたというのか、あの先生ももうそろそろいい歳だ。無視をすればいいと考えたのだろう。あずちゃんに関わりがなくなったとはいえ、そういった考えなのであれば腹立たしいぞ。でも、注意されてもされなくても外を眺めてウトウトする。そういう堕落的なあずちゃんが大好きだ。いつも授業中と休みの時間はあずちゃんを眺めているだけにして…これは決して意地悪をしたいからとか自分に厳しくしているからではない。
……多分。
放課後になればクラスメイトたちには内緒で二人だけで話す。最初のころは勇気をものすごく使って話しかけに行った。やっぱり人見知りは僕にとっては欠点でもある。利点とすれば面倒な事に遭遇しないところが唯一と言ってもいいかな。
まぁ最初の時は周りのクラスメイトたちに話しかける僕を心配してくれた。それであずちゃんがなんか言われるのは何気に腹が立った。だから今では、こうして放課後に二人きりで話す。意外とこの関係も悪くないなと思っている。
「あずちゃん! 今日も美しかった!」
あずちゃんを眺めていれば、もう放課後の時間になってしまった。これは比喩ではなく、ほぼ現実事だ。
夕日に徐々に包み込まれていく校舎と教室。そして教室にいる僕らは必然的に夕日に覆われて道連れだ。その橙色だいだいいろを纏う光芒こうぼうがあずちゃんの髪に直撃する。彼女の髪は光のせいなのか、はたまた遺伝なのか言い難いのだが、少し茶色がかって一本一本、サラサラで輝いている。その美しい髪…それだけではない。その姿すら光に当てられているせいでガラスのような透明感があり、反射して少し眩しい。いや、その姿もまた眩しいほど美しい。
「そう? …菫くんはいつも俺のことを見ているよね。……少し照れちゃうよ」
透明感のある綺麗な肌に韓紅色《からくれないいろ》を帯びて、サラサラと柔らかそうな髪を優しく人差し指で絡め合わせてうつむく。
──やっぱりあずちゃんは美しいって言葉が似合うけど、この時のあずちゃんは可愛いのほうが似合う!
「へっ!? あ、ありがとう…」
ん? …あっ。
つい言葉を声に出してしまったため、多少照れていたあずちゃんがさらに照れてもっと可愛くなっていく。
もう少し拝んでいたいと言いたいところだが、少し秒針の音がうるさい時計に目を向けるとそろそろ完全下校の八時を回ってしまう。前回もあずちゃんと話に熱中しすぎて見回りにきた先生が注意しに来てくれた。
そのとき、顔色が悪かったし、なんか震えていたけど、仕事のし過ぎかな?先生たち仕事が大変だって愚痴っていたからな。いろいろあるのだろう。しかもこの先生住職の家系だったが、先生の両親は子に恵まれていたらしく、住職をしなくても長男がやってくれるそう。先生は三男だから何かない限りは住職にはならないだろう。
先生の話は置いておいて、ひとまず身支度を済ませて帰らないと。
今日は荷物も少なく、明日は特に何か大事な予定があるわけでもない。最低限の荷物を鞄にきちんと入れる。収納能力って個性出るよね~。僕乱雑なの嫌いなんだよな。
そういえば、最近あずちゃんの机の中を見たけど、乱雑でも汚くもなかった。むしろほぼ何もない状態。
やっぱり、あずちゃんみたいに最小限にしまった方が気持ちも楽になるよね。僕もそれを見習わなきゃなだな。
あっという間に身支度を済ませて、用事があると言ってあずちゃんとは教室で解散する。いつも教室での解散だが、あずちゃんになんか仕事を押し付けられていないかな?もしそれが発覚したら……。
まぁ今は怒られずに校門を出ないと。
走って玄関の自分の下駄箱に手を突っ込む。
「痛っ!」
指にチクリと痛みが走った。靴を出すのと同時に見てみれば…。
「なんだ、ただの木の破片か。これ意外と痛いんだよな~」
木の破片を、虫を投げ捨てるような感覚で取り除き、急いで上履きに履き替えた。
しかし、木の破片ってあんな形状になることあるんだ。硬くてまるで金属で作られたような...。
あっやべ、早く帰らないと...!
軽口を叩きながら校門を通り抜ける直前の場所で立ち止まる。振り返って先ほど二人っきりの空間になった教室を覗き込むと窓の近くにあずちゃんがいた。そしてその細くて白い腕で手を振ってくれた。その行動に誠心誠意応えようと大きく手を振り返し気持ちを伝えた。すると、遠くからでもあずちゃんが笑顔になったのが確認できた。
笑顔かわいいな~と軽口を叩きながら校門を出て帰路に就いた。
家に帰ると料理が既に作られていた。ただ少し冷たいが…。
でも作ってくれるだけでありがたい。前までは作ってくれることなんて滅多になかった。
そしてその少し冷めた飯を急いで食べ、いろいろ風呂だの洗濯だのを済ませて疲れてもう動きたくないと嘆く身体と共に自室に向かった。そしてなんの抵抗もなく寝床へダイブし、ポケットから携帯を取り出した。しかしその携帯で何かするわけではない。なぜならば、あずちゃんは携帯というものを持っておらず、連絡を取る手段がないため、一回買ってみれば?と軽いノリで言ってみた。
返ってきた言葉は「何を言っても無駄だと思うから…ごめんね」と申し訳なさそうに謝るからそれ以上追究もできずその話を終えた。
だからこそ、僕は放課後たくさん話して、夜は妄想で我慢している。今ここでその妄想について内容を語ることも容易にできるのだが…。
語れば胸が締め付けられるような気持ちがして嫌だと感じてしまうため、言えない。僕はこの感情の名を知らない。
「それにしても……。やっぱり、あずちゃんは美しいし可愛い!」
自分でも薄々は気が付いている。
まるでおっさんのような…いや、もうおっさんでしかない発言ばかりが出てしまっているのだと。
それでもあずちゃんは変わらず接してくれて優しい。でもいつかは距離を置かれるかもしれない。それだけは避けたい…! だけど、その優しさに甘えているのも事実だ。
その優しさも大好きなのだが、僕は触れることすらできない。この気持ちは知られたくないし恥ずかしい。
「乙女か!」とツッコミを入れられるかもしれないが心に嘘はつけない。
どうしてもね。
だからこうしてなんとか耐えてきた。でも、あずちゃんは優しいから既にバレているかもだけど、万が一を考えて隠しておきたい。
「…明日も会いたいし話したい」
ついついこぼれていった言葉は少しの希望とたくさんの悲しみによって包み込まれている。その言葉と音は、静寂で多少の冷たさが漂うこの自室と戦った。しかし勝つ余地もなく、負けてしまい消え去る。
朝日が窓から暴力の如く顔を目がけて降り注ぐ。その陽のせいでいつもより少し早いが目が覚めた。しかしその暴力を今、憎んではいない。いや憎むよりも感謝をしている。早く起きたということはあずちゃんに会う時間が増える。そうすれば、早めに行けばクラスメイトもいないからあずちゃんと長く話せる。クラスメイトがいたとしても見ているだけでいい。
でも、あずちゃんっていつも僕が登校する時間帯にはもういるんだよな。あずちゃんとは違って遅刻ギリギリで来ているから、当たり前だろうけど。あずちゃんと話したいな~。あわよくば、触れたい…。でも気味悪がって離れられたら嫌だな。僕の友達は…あずちゃんだけだよ。前までは親友も幼馴染もいたけど、最近は話しかけてくれない。僕なにか悪いことでもしたのかな?まぁ、もうどうでもいいけど、あずちゃんだけが僕の救いだから。
──あずちゃん、愛しているよ。僕のことを愛さなくていいから僕だけと関わっていればいいんだよ。
そう考えながらも慣れた手つきで身支度を済ませる。制服も最初は着るのですら苦労したものが今では無心で行える。その後は、一階のリビングでお母さんが用意してくれた少し冷えた朝飯をそそくさと食べ、玄関へ駆け込み、靴を履いて外へ飛び出した。
いつもより早いせいか、生徒が誰もおらず、一人の空間が作られた。しかし、早く登校すればあずちゃんに会えるような予感がして、誰もいないのに、焦る必要はないのに、小走りで校門まで走った。
玄関にある自分の下駄箱を確認する。
「よし、今日もある!」
脱いだ靴を持って上履きと交換する。そして、履いたことを確認して教室まで直行する。
教室の扉は開いていて自分の席まで歩み寄る。机に鞄を置くと横から気配を感じた。目を向けてみると、僕を見つめるあずちゃんがいる。今まさに、目と目が通じ合っている状態。
──やっぱり今日も美しくてかわいい。
いつも通りの顔と雰囲気にホッとする。
ガラガラッ。
さっきほど通って来た扉が開き、驚きと共にそちらを覗き込む。そこには…幼馴染の橘たちばなが立っていた。
「え…橘? どうして...」
僕の中にある欠片の記憶。
「たちばな! 将来は僕と結婚して!」
「うん! 菫と俺はフウフだね!」
あの時は無邪気で"結婚"の仕方もできないことも、理解すらしていなかった。でも思っていたことは、結婚ができなくても橘とは一緒にいたいということ。ずっとそう考えていた。
だが…。
「…よう。菫、元気そうだな」
照れくさそうな顔で髪をクシャクシャと乱す橘。
気まずい雰囲気が流れている中、勇気を出して話したのは橘の方だった。
「……お前、最近おかしいぞ」
最初に出る言葉がそれか。おかしい? 何がおかしいって?
追いつかない思考に対して橘は待ってくれなかった。
「最近、いじめのほうはどうなんだ…?」
「いじめ? 大丈夫だよ? …だって」
言うのをやめた瞬間、橘は目をそらし乾いた唇を舐める。
「いや、なんでもない!」
「……そうか。何かあれば言えよ!」
橘、なぜそんなに自信無さげなんだ? なぜまばたきが増えている? まぁ、考えても無駄か。
「そういえば、橘って僕とは違うクラスだよね? そろそろみんな来ちゃうよ」
「お、おう! またな!」
そう言って来た扉から通り抜け、自分のクラスへと走っていった。
「ごめんね、あずちゃん」
ずっと静かに聞いてくれたあずちゃんにまずはありがとうという感謝の気持ちを伝えるべきところを謝罪で返した。
「いいよ」
あずちゃんは許してくれて、僕らはクラスメイトが来るまでずっと話し合った。
クラスメイトのほとんどが来てチャイムが鳴るのと同時に担任が教室の前扉を開き、現れた。そして、下らない時間が過ぎて授業中、もうあずちゃんを目が追う。
いつも通り面倒な授業のことなど耳にすら入らず、目線はあずちゃんを直視し、その目線だけに集中する。相変わらず、先生は僕を注意したり問題を答えさせようと指してくる。ウトウトと眠そうな瞳を開け、あからなく外を眺めるあずちゃんを無視する。もういないと言わんばかりの感じで。
自分でもキモいことに自覚はしている。しかし本心は嘘をつけない。いや、つくことが許されていない。誰でもない自分の命令で。
このままずっとあずちゃんを見ていたい。
「おい!」
大きな声で叱るせいで、集中していた視線が一瞬だが、揺れてしまった。
ずっと見ていたのに、先生のせいで...。
そう感じ、先生を一喝するために睨みつけて再び、隣の美しき者を凝視する。
「菫! なんだその態度は!!」
先生の大きなお腹と共にドシドシと地鳴りのような音が教室中に響いて、近くになってやっと止まった。
「おい菫!」
叫びと同時に振り上げられた手が瞬時に、頬の辺りだろうか痛みが生じた。
いつも通りなのに...。今日は何故か印象深く感じた。
──やっぱり痛いな。
「な、なんだこれは!?!?!」
気づけば先生の太い腕に痣が出現していた。先生も理解した瞬間、「痛い⁉ なんだこれは‼」と大人のくせに情けない声を教室中に響かせる。クラスメイトの中には「先生ださっ」とコソコソと小声で言う者もいたり、「先生大丈夫かな? 他の先生呼んだ方がいいのかな?」と心配する声もあったり、教室の中は困惑の波に襲われた。
そして驚愕と痛みに耐えきれず、先生は尻もちをついた。僕はその光景を見てもあまり驚きはなかった。あったのは軽蔑のみだった。
僕の隣の席には"あずちゃん"が座っている。僕が勝手にそう呼んでいるだけで、本名は違う。周りの人は本名である梓くんと呼ぶため浸透はしていない。
あずちゃんをからかうのは楽しい。いつも授業では外を眺めて、いつも先生に怒られていた。先生も前までは意地悪で難しい問題で指名したり、注意し続けたりした。
だがある日、いつものようにあずちゃんは外を眺めているはずなのに、違いはないと思えるはずなのに、心のどこかでは違いに気づいている。もしそれが本当であるならば、あずちゃんは外を眺めているとしても周りに白くきれいな花を咲かせて、ウトウトした表情をしていた。
その花は……百合だろうか。とても綺麗だ。あずちゃんにピッタリ!まるで、花瓶に入っているような…。いや、入っているのか?
なんであろうとあずちゃんに似合うから良し。
ちなみに最近は先生も観念したのか、注意をすることも指名することも一切やめた。
諦念というか疲れたというのか、あの先生ももうそろそろいい歳だ。無視をすればいいと考えたのだろう。あずちゃんに関わりがなくなったとはいえ、そういった考えなのであれば腹立たしいぞ。でも、注意されてもされなくても外を眺めてウトウトする。そういう堕落的なあずちゃんが大好きだ。いつも授業中と休みの時間はあずちゃんを眺めているだけにして…これは決して意地悪をしたいからとか自分に厳しくしているからではない。
……多分。
放課後になればクラスメイトたちには内緒で二人だけで話す。最初のころは勇気をものすごく使って話しかけに行った。やっぱり人見知りは僕にとっては欠点でもある。利点とすれば面倒な事に遭遇しないところが唯一と言ってもいいかな。
まぁ最初の時は周りのクラスメイトたちに話しかける僕を心配してくれた。それであずちゃんがなんか言われるのは何気に腹が立った。だから今では、こうして放課後に二人きりで話す。意外とこの関係も悪くないなと思っている。
「あずちゃん! 今日も美しかった!」
あずちゃんを眺めていれば、もう放課後の時間になってしまった。これは比喩ではなく、ほぼ現実事だ。
夕日に徐々に包み込まれていく校舎と教室。そして教室にいる僕らは必然的に夕日に覆われて道連れだ。その橙色だいだいいろを纏う光芒こうぼうがあずちゃんの髪に直撃する。彼女の髪は光のせいなのか、はたまた遺伝なのか言い難いのだが、少し茶色がかって一本一本、サラサラで輝いている。その美しい髪…それだけではない。その姿すら光に当てられているせいでガラスのような透明感があり、反射して少し眩しい。いや、その姿もまた眩しいほど美しい。
「そう? …菫くんはいつも俺のことを見ているよね。……少し照れちゃうよ」
透明感のある綺麗な肌に韓紅色《からくれないいろ》を帯びて、サラサラと柔らかそうな髪を優しく人差し指で絡め合わせてうつむく。
──やっぱりあずちゃんは美しいって言葉が似合うけど、この時のあずちゃんは可愛いのほうが似合う!
「へっ!? あ、ありがとう…」
ん? …あっ。
つい言葉を声に出してしまったため、多少照れていたあずちゃんがさらに照れてもっと可愛くなっていく。
もう少し拝んでいたいと言いたいところだが、少し秒針の音がうるさい時計に目を向けるとそろそろ完全下校の八時を回ってしまう。前回もあずちゃんと話に熱中しすぎて見回りにきた先生が注意しに来てくれた。
そのとき、顔色が悪かったし、なんか震えていたけど、仕事のし過ぎかな?先生たち仕事が大変だって愚痴っていたからな。いろいろあるのだろう。しかもこの先生住職の家系だったが、先生の両親は子に恵まれていたらしく、住職をしなくても長男がやってくれるそう。先生は三男だから何かない限りは住職にはならないだろう。
先生の話は置いておいて、ひとまず身支度を済ませて帰らないと。
今日は荷物も少なく、明日は特に何か大事な予定があるわけでもない。最低限の荷物を鞄にきちんと入れる。収納能力って個性出るよね~。僕乱雑なの嫌いなんだよな。
そういえば、最近あずちゃんの机の中を見たけど、乱雑でも汚くもなかった。むしろほぼ何もない状態。
やっぱり、あずちゃんみたいに最小限にしまった方が気持ちも楽になるよね。僕もそれを見習わなきゃなだな。
あっという間に身支度を済ませて、用事があると言ってあずちゃんとは教室で解散する。いつも教室での解散だが、あずちゃんになんか仕事を押し付けられていないかな?もしそれが発覚したら……。
まぁ今は怒られずに校門を出ないと。
走って玄関の自分の下駄箱に手を突っ込む。
「痛っ!」
指にチクリと痛みが走った。靴を出すのと同時に見てみれば…。
「なんだ、ただの木の破片か。これ意外と痛いんだよな~」
木の破片を、虫を投げ捨てるような感覚で取り除き、急いで上履きに履き替えた。
しかし、木の破片ってあんな形状になることあるんだ。硬くてまるで金属で作られたような...。
あっやべ、早く帰らないと...!
軽口を叩きながら校門を通り抜ける直前の場所で立ち止まる。振り返って先ほど二人っきりの空間になった教室を覗き込むと窓の近くにあずちゃんがいた。そしてその細くて白い腕で手を振ってくれた。その行動に誠心誠意応えようと大きく手を振り返し気持ちを伝えた。すると、遠くからでもあずちゃんが笑顔になったのが確認できた。
笑顔かわいいな~と軽口を叩きながら校門を出て帰路に就いた。
家に帰ると料理が既に作られていた。ただ少し冷たいが…。
でも作ってくれるだけでありがたい。前までは作ってくれることなんて滅多になかった。
そしてその少し冷めた飯を急いで食べ、いろいろ風呂だの洗濯だのを済ませて疲れてもう動きたくないと嘆く身体と共に自室に向かった。そしてなんの抵抗もなく寝床へダイブし、ポケットから携帯を取り出した。しかしその携帯で何かするわけではない。なぜならば、あずちゃんは携帯というものを持っておらず、連絡を取る手段がないため、一回買ってみれば?と軽いノリで言ってみた。
返ってきた言葉は「何を言っても無駄だと思うから…ごめんね」と申し訳なさそうに謝るからそれ以上追究もできずその話を終えた。
だからこそ、僕は放課後たくさん話して、夜は妄想で我慢している。今ここでその妄想について内容を語ることも容易にできるのだが…。
語れば胸が締め付けられるような気持ちがして嫌だと感じてしまうため、言えない。僕はこの感情の名を知らない。
「それにしても……。やっぱり、あずちゃんは美しいし可愛い!」
自分でも薄々は気が付いている。
まるでおっさんのような…いや、もうおっさんでしかない発言ばかりが出てしまっているのだと。
それでもあずちゃんは変わらず接してくれて優しい。でもいつかは距離を置かれるかもしれない。それだけは避けたい…! だけど、その優しさに甘えているのも事実だ。
その優しさも大好きなのだが、僕は触れることすらできない。この気持ちは知られたくないし恥ずかしい。
「乙女か!」とツッコミを入れられるかもしれないが心に嘘はつけない。
どうしてもね。
だからこうしてなんとか耐えてきた。でも、あずちゃんは優しいから既にバレているかもだけど、万が一を考えて隠しておきたい。
「…明日も会いたいし話したい」
ついついこぼれていった言葉は少しの希望とたくさんの悲しみによって包み込まれている。その言葉と音は、静寂で多少の冷たさが漂うこの自室と戦った。しかし勝つ余地もなく、負けてしまい消え去る。
朝日が窓から暴力の如く顔を目がけて降り注ぐ。その陽のせいでいつもより少し早いが目が覚めた。しかしその暴力を今、憎んではいない。いや憎むよりも感謝をしている。早く起きたということはあずちゃんに会う時間が増える。そうすれば、早めに行けばクラスメイトもいないからあずちゃんと長く話せる。クラスメイトがいたとしても見ているだけでいい。
でも、あずちゃんっていつも僕が登校する時間帯にはもういるんだよな。あずちゃんとは違って遅刻ギリギリで来ているから、当たり前だろうけど。あずちゃんと話したいな~。あわよくば、触れたい…。でも気味悪がって離れられたら嫌だな。僕の友達は…あずちゃんだけだよ。前までは親友も幼馴染もいたけど、最近は話しかけてくれない。僕なにか悪いことでもしたのかな?まぁ、もうどうでもいいけど、あずちゃんだけが僕の救いだから。
──あずちゃん、愛しているよ。僕のことを愛さなくていいから僕だけと関わっていればいいんだよ。
そう考えながらも慣れた手つきで身支度を済ませる。制服も最初は着るのですら苦労したものが今では無心で行える。その後は、一階のリビングでお母さんが用意してくれた少し冷えた朝飯をそそくさと食べ、玄関へ駆け込み、靴を履いて外へ飛び出した。
いつもより早いせいか、生徒が誰もおらず、一人の空間が作られた。しかし、早く登校すればあずちゃんに会えるような予感がして、誰もいないのに、焦る必要はないのに、小走りで校門まで走った。
玄関にある自分の下駄箱を確認する。
「よし、今日もある!」
脱いだ靴を持って上履きと交換する。そして、履いたことを確認して教室まで直行する。
教室の扉は開いていて自分の席まで歩み寄る。机に鞄を置くと横から気配を感じた。目を向けてみると、僕を見つめるあずちゃんがいる。今まさに、目と目が通じ合っている状態。
──やっぱり今日も美しくてかわいい。
いつも通りの顔と雰囲気にホッとする。
ガラガラッ。
さっきほど通って来た扉が開き、驚きと共にそちらを覗き込む。そこには…幼馴染の橘たちばなが立っていた。
「え…橘? どうして...」
僕の中にある欠片の記憶。
「たちばな! 将来は僕と結婚して!」
「うん! 菫と俺はフウフだね!」
あの時は無邪気で"結婚"の仕方もできないことも、理解すらしていなかった。でも思っていたことは、結婚ができなくても橘とは一緒にいたいということ。ずっとそう考えていた。
だが…。
「…よう。菫、元気そうだな」
照れくさそうな顔で髪をクシャクシャと乱す橘。
気まずい雰囲気が流れている中、勇気を出して話したのは橘の方だった。
「……お前、最近おかしいぞ」
最初に出る言葉がそれか。おかしい? 何がおかしいって?
追いつかない思考に対して橘は待ってくれなかった。
「最近、いじめのほうはどうなんだ…?」
「いじめ? 大丈夫だよ? …だって」
言うのをやめた瞬間、橘は目をそらし乾いた唇を舐める。
「いや、なんでもない!」
「……そうか。何かあれば言えよ!」
橘、なぜそんなに自信無さげなんだ? なぜまばたきが増えている? まぁ、考えても無駄か。
「そういえば、橘って僕とは違うクラスだよね? そろそろみんな来ちゃうよ」
「お、おう! またな!」
そう言って来た扉から通り抜け、自分のクラスへと走っていった。
「ごめんね、あずちゃん」
ずっと静かに聞いてくれたあずちゃんにまずはありがとうという感謝の気持ちを伝えるべきところを謝罪で返した。
「いいよ」
あずちゃんは許してくれて、僕らはクラスメイトが来るまでずっと話し合った。
クラスメイトのほとんどが来てチャイムが鳴るのと同時に担任が教室の前扉を開き、現れた。そして、下らない時間が過ぎて授業中、もうあずちゃんを目が追う。
いつも通り面倒な授業のことなど耳にすら入らず、目線はあずちゃんを直視し、その目線だけに集中する。相変わらず、先生は僕を注意したり問題を答えさせようと指してくる。ウトウトと眠そうな瞳を開け、あからなく外を眺めるあずちゃんを無視する。もういないと言わんばかりの感じで。
自分でもキモいことに自覚はしている。しかし本心は嘘をつけない。いや、つくことが許されていない。誰でもない自分の命令で。
このままずっとあずちゃんを見ていたい。
「おい!」
大きな声で叱るせいで、集中していた視線が一瞬だが、揺れてしまった。
ずっと見ていたのに、先生のせいで...。
そう感じ、先生を一喝するために睨みつけて再び、隣の美しき者を凝視する。
「菫! なんだその態度は!!」
先生の大きなお腹と共にドシドシと地鳴りのような音が教室中に響いて、近くになってやっと止まった。
「おい菫!」
叫びと同時に振り上げられた手が瞬時に、頬の辺りだろうか痛みが生じた。
いつも通りなのに...。今日は何故か印象深く感じた。
──やっぱり痛いな。
「な、なんだこれは!?!?!」
気づけば先生の太い腕に痣が出現していた。先生も理解した瞬間、「痛い⁉ なんだこれは‼」と大人のくせに情けない声を教室中に響かせる。クラスメイトの中には「先生ださっ」とコソコソと小声で言う者もいたり、「先生大丈夫かな? 他の先生呼んだ方がいいのかな?」と心配する声もあったり、教室の中は困惑の波に襲われた。
そして驚愕と痛みに耐えきれず、先生は尻もちをついた。僕はその光景を見てもあまり驚きはなかった。あったのは軽蔑のみだった。
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