人生は儚く、時に残酷だ

花魁童子

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 ──お前は出来損ないだ!

 元お父さんから、あの言葉を聞いてからどれくらいが経ったのだろう。もう頭の中で何度もリプレイされるせいで時間間隔さえ狂ってしまった。もう聞きたくない、言われたくないはずなのに思い出してしまう。なんでだろう…。嫌なはずなのに、思い出してしまう。俺は異常なのか?

 ──誰でもいいから、……俺の心の拠り所になってくれ。お願いだ………お文さん。
 なぜだろう。なぜ今、お文さんのことを考えたんだ。そうかもしかしたら俺はお文さんが恋愛として好きなのだ。きっとそう。そして前に目線を向けた。先には墓地だ。多分お文さんのことを考えたからかな。

「お文さんー!」
 大きな声でお文さんを呼ぶ。すると、墓地の奥に一人の美しい花柄の着物。しかし、その着物は主張が強いわけでもなく、いかにもお上品なお方が着るような着物。それを美しい女の方が着て、お墓参りの帰りなのか手桶を持ってこちらに歩み寄ってくる。
「どうしましたか?若いお兄さん」
 その声は優しく耳になんの抵抗もなく通ってきた。
「お文さん?」
 とっさに出た言葉は、昨日の彼女だ。外見は違うがあの声、この雰囲気。まさしく彼女と同じ。別にそういった能力に長けているわけでも、備わっているわけでもない。でもどうしてか分かった。きっと、彼女が好きだから、昨夜もずっと考えていたから。頭の中にずっと残っている。
「あら、よく分かったわね」
 分からないはずがない。こんなきれいな人は生きてきた人生でお文さん以外は見たことがない。見たとしても関わりがなくてすぐ忘れる。結局はそれっきりのことだったということ。でもお文さんは俺の話を飽きる素振り一つもしないで親身になって聞いてくれた。
 外見もそうだが、俺は多分そこに惚れたんだと思う。いや惚れている。これは確実だ。
「残念です。あなたに驚いて欲しかったんですが…」
 そういってクスクスと笑う。しかしその笑う顔は浴衣の袖辺りで防がれてしまった。内心、見られなくて落ち込んでいると彼女から問いかけられた。
「そういえば、今は朝ごろあなた…学校は?」
「……今日はいかない。お文さんと過ごしたい」
「………そうですか。それなら一緒にいるか。私はいくらでも一緒にいられるし、昨日も言ったけど、いつでも来ていいですよ」
 沈黙で俺の気持ちを理解してくれたのかな……そう思えるほどお文さんは優しく俺のことを分かってくれる。年齢差の恋愛は有り得るらしいけど、見立てで言うとお文さんは昭和の方。だから、年齢差に着目すると自分でも驚きが隠せない。それでも驚きはするものの、お文さんだからという理由で年齢を考えない。というか、考えてもお文さんは幽霊。幽霊と人間が恋愛できるのかが分からない。
「ではまず…遅いかもですが、あなたのお名前を伺ってもいいですか?」
「俺の名前は柚町蛍だよ」
「なるほど。蛍くんですね。私は以前にも言いましたが、お文と言います」
「改めてお文さん!宜しくお願い致します」
「はい、こちらこそ」
 互いに頭を下げる上には神々しい太陽がこちらを覗いている。太陽以上に蛍の頭は温かい。しかし、お文さんは雪のように冷たい肌。その肌が温まるのはいつ頃になるのかな。
 きっと今頃は先生が俺の家族に連絡しているころだろうな。まぁあの親たちならごまかして俺を探そうとは考えないと思う。病気のこともそうだし寿命のことも知っているから。
 今のお父さんは優しい。しかしどうしても好きにじゃまれない。俺とは正反対な性格をしているし、態度が嫌い。俺が提案しても否定だけで返してきて、挙句の果てに、あの人の提案を聞いても「自分で考えろ!」の一点張り。最近なんて部屋に引きこもってあの人と話さないようにしている。それでも、お母さんがその男を好きになって籍を入れたんだ。
 その恋愛自体は否定も文句も言わない。だけど、それ以外は別だ。どうしても否定する回数が多くて嫌になるし、話したくもない。あいつのどこを好きになったのかをマジで疑う。だけど、ずっと我慢していればいずれ、俺は死ぬ。それまでの辛抱だと考えれば楽な方。あと、あいつは元々妻がいたらしいが何か問題を起こして離婚したそうだ。そのせいで、その離婚相手が親権を手に入れた子、いわゆる他人になるのだが、その子と俺をいつも比べてくる。俺は比べられるのは嫌。
 だって、どう足掻いてもその子と全く同じにもなれないし、近いものになっても俺は嬉しくない。お母さんもお母さんだ。元お父さんと別れを決意したのは良いことだ。でも見る目は無さすぎる。もっと真剣に考えるべきだ。いい仕事に就いて金は持っているようだが、お母さんはそこにしか目を向けていない。そんな信用できない者がお父さんなんて甚だ図々しい。別にお母さん思いとかそういうものではない。
 なぜなら元お父さんが主に暴力を振っていたが影ではお母さんも暴力を振っていた。だからどちらかが親権を持っても最悪な人生にしかならなかった。元お父さんは酒癖が悪い。酒を飲んでは暴力、飲んでは暴力。それを繰り返す。

 ──いっそのこと死んでやろう。
 なんて何度思ったことか。もう数えきれないほどは言ったはずだ。でもその勇気は起きなかった。死を恐れているんだ。どうしても心の欠片一つが思い通りにいかない。そんな日々を過ごしていると、昨日のようにお文さん。そう俺の思い人が現れたのだ。幽霊だからとか関係ない。お母さんの血が混じっているから、もしかしたらそういう運は悪いのかもしれない。でも、呪いでも愛でも何でもいい。心の拠り所として愛を伝えることができる者として、お文さんとずっと一緒に居たい。なんならお文さんの呪いなら真っ向から受けられる自信がある。

「お文さん、美しいですね」
「……へ?!き、急にどうしたのですか?」
 慌てた拍子に掴んでいる傘をもっと強く握ったのが分かる。
 本当にかわいい。照れ屋なのかな?そう考えていると…。
「あ、あの…蛍くん、私行ってみたいところがあります…」
 その照れた状態で提案を出してくれた。
「私、商店街というものに行ってみたいです!生前の記憶はないのですが、この前ここの近くで話していた方々の話を聞いて気になりました」
 照れ照れと話して、美しい人には似合わず、モジモジと恥ずかしがっている。

「いいよ!じゃぁ、行ってみるか!」
「はい!」
 俺らは一緒に墓地に背を向けて、向かった。



「昔の商店街は知っていますけど、今の商店街は昔とあまり変わりませんね」
「そうなんだ!最近は店も減ってきて、商店街もガラッと変わっているもんね」
 そうここ最近は少子化だの高齢化だの、いろいろな問題が重なったせいでこの国も苦労している。昔と今は随分と様変わりをした。
「あれ、蛍くん。この食べ物はなんですの?」
 お文さんが不思議そうに見つめて指を差す方向には、コンビニで今だけ限定の肉まんがあった。
「あれはね、肉まんっている食べ物だね。俺も食べたことないからどういうものかは言えないけど」
「では、私と一緒に食べますか?」
 そう言って、懐から出したものは、布みたいな巻物。その巻物から小判を一枚差し出してくれた。だけど…。
「お、お文さん。それ…」
「お金ですよ?はいこれをどうぞ!」
 何食わぬ顔で出してくるお文さん。でも、今の人はほとんど小判というものを見ないはず…。ましてや、触ったことも知っている人も減っていると思う。
「お文さん。それを一回。布の巻物に戻そうか」
「布の巻物?……あ、お財布のことですか?」
 お財布なの?!と考える暇がないほど俺はびっくりをしている。お文さんは大人ということも知っている。なんなら俺よりも確実に年上過ぎるくらいだ。でも小判を平然と出せるというとはそれが普通の時代。どれだけ前のことなんだ。
 頭が混乱して肉まんの騒ぎではない…が、今悩んでも仕方がない。そう解釈するよう、自分に暗示をかけた。
「お文さん、お金は俺が出すから安心して」
「ですが…」
「いいから!」
「はい…」
 強めに怒鳴るように言ってしまって、お文さんが縮こまってしまった。かわいいのだけど、さすがに小判を俺が出せば、いろんな視線で見られて変な出来事に遭遇するかも。それはなんとか避けたい。


「お金を出そうとしてくれてありがとう。でも気持ちだけ受け取っているね」
 お文さんの顔は元の状態に戻って嬉しそうだった。とりあえず仕切り直しでコンビニの自動扉を通過する。そのとき、お文さんが通ろうと前に足を踏み出した瞬間、自動扉に浴衣が挟まりかけた…のか?でも幽霊だからそんなことがあるはずない。なので、すんなりと透けて通り抜けることができた。ほかに何か買いたいものがあるかを問いかけるも、「ないです」と顔を横に振るだけだった。だからもう肉まんだけ買ってしまおうとレジの列になす。すると横からあからさまな横入りを男二人組がしてきた。それにムカついていながらも、面倒ごとは避けたかったこともあり、黙って不満を抱えるのみ。しかし、その行動をお文さんは許さなかった。
「あなたさん、列はちゃんと並びましょう。並ばない方はどうぞ後ろにお並び下さい」
 優しく言い掛けるお文さんとは裏腹に、舐めた態度で、お文さんに盾突く者がいた。
「なに。おれずっとここにいたけど?」
 言い張る言葉が頭にきたらしく、怒り気味にこう放った。
「いい加減にしなさい。次盾突くであればあなたを呪いますよ?」
 ニコニコと美しい顔とは違った恐怖の笑み。
 その顔を見て男どもは怖さを覚え、まるで赤いリトマス試験紙がアルカリ性に反応して真っ青に変化させたみたいな顔がそこにあった。
 可哀想だな。と思いつつも自業自得だと考えるのが俺の本当の気持ちである。

 そして少し難はあったものの、無事に肉まんと俺が食べてみたかったと心躍らせていたピザまんを買った。
 お文さん、幽霊だから肉まんをまず触れるのかな…と考えていたが、何も心配なく、肉まんをその細くて白いその冷たい腕が掴んだ。その掴んだ辺りだけは、温度が変わったのだと思う。
 無心になって頬張るお文さんは、本当に子どものよう。
 今の温度との差が激しくて湯気が際立っている。
「美味しい!こんな食べ物は生まれて初めて食べた!」
 笑みを振りまいて喜んでいる。しかしその拍子に肉まんの油が?!
 瞬間、綺麗な服についてしまった。俺は慌ててポケットからハンカチを取ってポンポンと油のついた箇所を優しく叩く。着いたところがちょうど膝立ちをする位置なため、婚約を求める格好と似てしまった。
「あ、あの…蛍くん……この体勢は…」
 お文さんが言い掛けたときに、周りの人がヒソヒソと話している。その光景、傍から見ると違和感でしかない。
「ご…ご、ごめんなさい!」
 俺が謝ると「ふふ」と声に出して微笑した。かわいく、癒しになる。そう考えているうちに、お文さんは食べ終わって、次の店に行きたいと目で伝えていて少しソワソワしている。
 その後はいくつか食べ物を頬張って喜ぶお文さん。俺のお金は無くなっていくが癒しは増えていっている。
「蛍くん、今日はありがとう」
 深々と頭を下げてくれたお文さんは美しさを崩さない。
「いえいえ、俺も一緒にいれてうれしかったよ!」
「それならよかったです」
 にこやかに笑うお文さん。今お文さんは何を考えているのだろう。人間でも幽霊でもそんなことを完全には知ることができないよね…。




 蛍くん、あなたは私のことを愛しているのですね。では、私も愛するべきでしょうか。しかし私はこの姿になってから一度たりともきちんと愛したことはありません。愛したわけではないのですが、道端にいた野良猫を愛でる程度の愛を捧げていました。でも、その捧げた愛をその猫ちゃんは察してくれずに、どこか遠くへ行ってしまったのです。あなたは私が愛してもどこにも行きませんか?
 私は行ってほしくありません。猫ちゃんと同様…とは少し違いますが、あなたと一緒にいれて、話してくれて本当に嬉しいのです。
 少し積極的に動いてくれたり話すのが苦手な私を知って話し手に回ってくれたり、あなたは本当に優しいですね。

 ありがとうございます。今度からはしっかり愛します…。

 お文はこう考えたが、その愛は愛としてなさなかった。それはお文が悪いのではなくその姿だからこそ悪い。なぜならその愛をその姿のせいで呪いに変わったからだ。

 しかもその呪いをお文は気づくことができなかった。あのようになるまでは……。
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