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しおりを挟む「ゆうちゃん、よかったわね。これでお父さんも安心よね」
「はい?」
買い物をして、水田の見回りから帰ってくると、道端で篠田さんのおばあちゃんに出会った。若夫婦に畑を任せて、いまは留守番が仕事だが、夕方になると散歩がてら趣味の農園の野菜を配って、そこの家で話をしながらお茶を飲んでいく。
「聞いたわよ。もうすぐ結婚なんですってね。一緒にスイカやってくれる人いてよかったわよね。こなつちゃんっていうんだっけ? かわいいお嫁さんね。色白でテレビに出てる人みたい」
「ははは、まあ、はぁ……」
(えらいことになった!)
俺は適当な相槌をうって、家に急いだ。
「こなつさん、あんた、なんてことを言いふらしてるんですか!」
俺が息を切らして家に飛び込むと、こなつはお茶を片付けている所だった。
しまった。しょっちゅう篠田の婆さんが来るのを伝えておけばよかった。
こなつは篠田の婆さんからもらったトマトを誇らしげに掲げて、ニコニコしている。
「だって、同じ家の中に男女二人がいて、何の関係もないって言ったら、余計に怪しまれると思って」
「だからってさ。あの人、聞いたことをふれまわるの得意なんだよ。困るなぁ」
「――それに、本当にそうなってもいいかなって……」
少し頬を染めてそう言うと、小走りで表へ出ていった。
――耳を疑う。
慌てて追いかけて行って、トラックからこなつが運び出そうとしていた重い資材を奪う。
どうして一番重いのを持とうとするんだ?
「何の利害があってそんなこと言うんですか? そういう詐欺とかですか? 俺、そもそも、どうしてこなつさんが家出しているのかもよく知らないんですよ」
「それは、あと少しだけ待ってください。もう少しなので」
そんなことを言うくせに、何度訊いてもこなつは家出の理由を細かく説明することはなかった。
俺が大きい荷物の手伝いをさせないので、こなつは段ボールにいれてあった食料品をトラックからおろすと、中身を確認して献立のメモを取りながら台所へ消えていった。
✳︎
その日は眠れなかった。
むず痒い苛立ちに何度も寝返りを打つ。
走り去るこなつの、耳の端がほんのり色づいていたのを思い出して、罠だと思っても複雑な気持ちになる。
夜中過ぎに、しんとした家の中に悲鳴が響いた。
程なくしてバタバタとこちらに足音がやってくる。
「あの、悠馬さん、悠馬さん!」
「……なんですか?」
俺は襖越しに返事をする。襖を開けてやる気はない。
「部屋に入れてください。あの部屋。出るんです」
すこし涙声なのが気になって、そっと開けて目だけを出す。
「まぁ、爺さんはあの部屋で息を引き取ったらしいから、でるかもね」
「ちがいますよ! 何かいるんです。生き物が!」
「そりゃ、ゴキブリとムカデくらいは普通に出るよ。ゲジゲジとか蜘蛛は益虫だから殺さないでね」
虫の名前を聞いて顔を引き攣らせるが、ぶんぶんと頭を振り、訴えるのをやめない。
「ひっ……でも、そうじゃなくて子どもの声が……」
「はあ?」
何だか怖い話になってきた。
俺は仕方なく、客間に向かう。
こなつは先を行く俺の寝巻きの裾を引っ張ってついつくる。
「ああ、仔どもがいるのか……」
確かに屋根裏から天井裏をひっかく音と、何かの物音と、仔が親を呼ぶ声が聞こえる。
動物が屋根裏に入り込んだのだろう。
明日、追い出して屋根の隙間を塞いでしまわなければ。
珍しいことではない。人があまり出入りしない客間だ。気がつかないうちに屋根裏に入り込んで子育てをはじめてしまったのだろう。
「そういうわけで。こういう家なので、もう帰った方がいいよ」
田舎の現実に恐れ慄いて、帰る決心をしてくれたらいい。
なんだったら、炬燵の中に蛇がいて、大騒ぎになったことも教えてやろうか。
蛇嫌いの母が大騒ぎして、カーペットを捨てることにまでなったのだ。
「帰りません」
こなつはきゅっと口を引き結ぶ。
「そう、じゃあ、おやすみ」
用はないと自室に引き返そうとすると、また寝巻の裾を引かれて追いすがられる。
「ここじゃ眠れません」
「俺、明日も早いから」
「じゃぁ、悠馬さんの部屋に泊めてください」
「はぁ?」
漫画とかではありそうな展開だけど、俺を利用しようとしている女の願いなど聞いたら破滅だ。
「わ、私、本当は、虫もお化けもダメで……後生ですから」
うっすら涙目で、それでも泣かないようにしているのか、思い切り目を開けてパチパチさせている。
可愛いか可愛くないかと言われれば、間違いなく可愛い。
「いや、ちがうな。むり、むりむりむり」
小動物的な愛らしさに絆されてなるものか。
おばけも怖いって言ったなと反芻してしまって、内臓のどこかが引き攣れたような痛みを起こす。
待て、俺、庇護欲に抗え。
「今夜だけでいいのです。部屋の端でいいので!」
「昼間のことといい、迷惑かけないとか言って、その実、俺のこと嵌めようとしてる? マジで怖いんだけど」
「おかしなことはしません。虫……あの、虫は無理なの……ひとりにしないで。明日もしっかり働きますから」
へちゃりと泣き顔に歪んだ口元は、今にも嗚咽が漏れそうだ。
「部屋に入れたばかりに既成事実をでっちあげられて、怖い婚約者が落とし前つけろとかやってきて、社会的立場を失って、借金とか背負わされて、土地を取り上げられて、ホームレス暮らしをしなくちゃならなくなったりするんじゃない?」
俺はありとあらゆる最悪の事態を想定した。
しかし、こなつは虫のことしか考えていないようで、虫、虫、と繰り返すばかりだ。
こりゃ、聞いてないな……。
「動物なら我慢します。でも、虫が……虫は嫌なんです。おねがい……あの部屋と続きだから、茶の間も嫌です。虫とは寝られない……」
必死の表情からは本当に虫が苦手だということが読み取れる。
嘘か本当か見分けるのは困難だ。こなつの商売が女優でないことを祈ろう。
「ああ、もう!」
俺は客間から布団を運ばなければならなくなった。
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