騎士にも色々いる 続

砂山一座

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眼鏡橋と川の氾濫について考える

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 基本的に王都はすごく平和だ。
 治安的にも、あまり問題がない。
 貴族っぽい人がふらふらと市場を歩けるくらいには。
 ギルドが自警団を監視している為だ。
 かつて、王族を中心とした貴族の為に存在した騎士団は、市井に住む者達の為の組織では無かった。
 今や騎士は名誉職であり、尊敬と羨望を集める華やかな役職として市井にも受け入れられている。
 その実、騎士の仕事が何であるか的確に説明できる者は少ない。
 ……だから、あんな、しょーもないことを言い出す騎士が出来上がってしまうのか。

「あそこの串焼きが美味しいです……」
 無言でにこにこしながら、続きを促される。
「……よ、おじさま」
「そうかい。
 では、買うことにしよう」
 なんだろう、騎士っていう人種は怖い人しかいないのだろうか。
 市場についてから、はぐれるといけないからと、リシル・アディ騎士……じゃなかった、リシルおじさんに腕を取られエスコートされている。
 ゾワっとするからあんまり触られたくないのだが、我慢だ。
 色々と案内して歩き、気に入った店について聞かれたので、串焼き肉を指したら、この調子だ。
 良家のお嬢さん風の衣装を着せられているのに、串焼きを食べてもいいのだろうか?
 ギルドの受付のお姉さんが、ご丁寧に髪を結い上げて、帽子まで被せてくれたので、不自然な感じにはなっていないはずだ。
 短くなった髪を見て、ロイに切ってもらったことを言ったら、口をへの字に曲げられたが。
「ありがとうございます」
 串焼きを買ってもらったので食べる。
 食べない選択はない。
「タリム君、甘いものは好きかね?」
「タリム、餌付けされるな」
 おじさんの言葉を遮るようにしてロイが釘を刺すが、おじさまと付ければ、リシルおじさん(偽)は甘味も買い与えてくれそうだ。
 それにしてもロイはリシル・アディに遠慮ななさすぎないだろうか。
 仮にも依頼主だろうに。
「じゃぁ、私があの雲の様な菓子を買ってあげようね。
 私も食べてみたいから半分こしよう」
 リアン・ハーンお父さん(偽)も買い食いに協力的だ。
「仕事でこんな事をしていても、いいんですかね?」
 飴菓子を渡されて少し恐縮する。
「私はね、君がいつも生活しているような場所を見たいんだ。
つまり、コレは必要経費だよ」
 リアン・ハーンは無駄に色気のある御仁だ。
「そうですか。それなら遠慮なく」
 もふりと飴菓子を食べていると、リアンが額を寄せて私に買い与えた飴菓子を齧る。
 変な距離感ではあるが、別に嫌な感じがするわけではないおじさん達なので、楽しむことにする。
 ロイの突き刺さるような不機嫌さは、この際見なかったことにしよう。
 そうだった、そういうのも気にするロイになってしまったんだった。
 不便だなー。
 広場を案内したり、ギルドの立ち寄り所に寄ったり、教会の内装を見たり、そこそこのレストランで食事をしたり……あれ、今日ってなんの仕事だったっけ?
 私の住んでいる所を見に行こうなどと酔狂な事を言い始めたリアンの要望で、ギルドの宿舎に近いところまで来ていた。

 過去何度も氾濫を繰り返した通称「激憤のオーガ川」は何代か前の治水のおかげで、穏やかな流れの川となり名前にその名残を残るだけとなった。
 それを渡るために古めかしく架けられた眼鏡橋の上から、遠くにそびえる王城の塔が見える。
 この橋を渡ればすぐ宿舎がある。
 日は傾き、もうすぐ秋の夕焼けが橋を挟んで上下に映るだろう。
 誰となしに橋からの眺めを愉しみ、夕焼けに目を細める。
 リアンは何か気になるのか、橋から身を乗り出して橋の下を見ている。
「危険なので、身を乗り出さないでください」
 子どものような動きをする人だな。
 周りの人はたいへんだろうな。
「いや、大丈夫。
 もう少し……ははぁ、なるほどね、これは……」
 忠告も聞かずに、熱心に橋と川を眺めている。


 とぷん。

 その瞬間、小さな水音がして、眼鏡橋から水面をのぞいていたリアンの姿が消える。
 
 あー。

「ロイ・アデルア!
 リアン・ハーンが川に落ちました」
 バッシャーンとか、バチャバチャとか派手な擬音で表されるが、実際には人は静かに溺れるものなのだ。
「な、なんだって?!」
 リシル・アディが橋の縁から下を見て、川の中程で小さな飛沫をあげているリアンを認めると、急いで川に飛び込もうとするので、素早く蹴りを入れて止める。
 余計な手間は増やしたくない。
「つっ、何をする!」
 あ、蹴りすぎた。
 おじさんを派手に吹っ飛ばしてしまった。
 さすが騎士じゃない人!
 顔から転ぶことなく、上手に転がる。
 危ないから止めただけだし、今のは報告書に書かないで済むかな?

「無闇に飛び込むな。俺たちに任せろ」
「ルロイ、何を悠長な……」
 ロイがふふんと鼻で笑う。
 だから、ロイはなんでこのおじさんと仲良さそうなの?
 しばらく忘れていた義父ソアラとロイのやり取りを思い出し、若干、腹が立つ。
「こういう時のために俺たちを雇ったのでは?」
 そうだ、リアンが水に落ちたんだった。
「おじさん、ごめん。これ、持っててもらえます?」
 下にズボンは履いてきたので、ここで衣装を脱ぎ散らかしても許してほしい。
 脱いだものをリシルに押し付ける。
 こんな布地の多い服で水に入ったら私が溺れるし、弁償になったらこの衣装は高くつく。
 短衣のみになった剥き出しの腹をみてリシルは派手にギョッとする。

「タリムは行け。
 オジサンは川下へ走って行って人を集めておいてくれませんかね。
 老体にはきついですか?」
「ふん、口は達者になったものだな」
 嫌な感じでロイとリシルのやり取りを聞き流して、私は急いで川下に走り、流されるリアンに向かって指示を出す。

「リアン、聞こえますかー?
 助かりますから、落ち着いてー!」
 水練の経験があるのか、リアンは聞こえている合図なのか手をあげる。
「はい、手は上げないでくださいねー!
 沈みますよー。
 まずは、背中を下にして浮いてください。
 星を眺める姿勢で!
 口と鼻だけ水の上に出すんですよー!」
 リアンはパニックを起こす事なく、私の声に従ってくれる。
 よかった、やり易い。
 危険を犯して水に飛び込まなくて済みそうだ。
「そう、上手ですよー!
 そうしたら服の中に空気を入れてみてください」
 大声出しすぎて喉が痛い。
 リアンはいくらか服に空気を溜められたようで、一安心だ。
「寒いけど、しばらく浮いていてくださいねー」
 次は川の流れと並走しながら途中で見つけた空の樽を投げて、即席の浮きにする。
「はい、次はこれ持ってて!
 もうすぐ助かりますよー!」
 河岸が浅くなる所に近づくと、ロイとリシルが呼んできた人を使って、人の鎖を作っているのが見える。
 私も手と手を繋いだ鎖を伝って川に入り、端にいるロイに身を委ねる。
 ロイの腕が絶対に私を離さないのを知っているので、川底に足はつかないが怖くはない。
 たいした時間をかけずに、浮いているリアンを引き寄せることが出来た。
 無事助け出されたリアンは、濡れ鼠だったが、怪我もなさそうだ。
 落ちたところの水深が深くてかえって良かった。
「助かったよ。
 調子に乗って身を乗り出し過ぎたようだ」
 溺れかけたのに、水も滴るなんとやらなのが憎い。
 精神的にも元気そうだ。
「無事で何よりです」
 うーん、報告書どう書こう。
 たいへんそうだな。
「とりあえず、ギルドの宿舎へ。
 着替えないと冷えるだろう」

 宿舎に近いところで良かった。
 水から上がり、震えながら部屋に戻る。
 ロイの部屋は武器と書類の塔が出来ているので、着替えだけ済ませて、私の部屋に通すことになった。
ギルド内で保管できない類の書類が個人の部屋にあっていいのかどうかわからないが、たぶん、ギルドマスターに番犬の様に便利に使われているのだと思う。
 リシル・アディが先に着替えが終わったようで、二人を待つ間、先に熱いお茶を出す。
 あ、おじさんは水に浸からなかったから、温めなくてよかったかも?

「バタバタしましたね」
「いや、君たちのおかげで助かった。
 あれは流石に私でも対処できなかった」
「自ら危険な行動をした場合は、その範囲ではないとの取り決めなので、落ちた事に関して我々に責はないのですが……リアンがああいう感じの人なんだったら、もう少し気を付けて見ていれば良かったですね」
「いや、君たちがいたから大事にならなかったのだ。
 私が飛び込んだら、余計な迷惑をかける事になっていたやもしれぬ」
 まあ、邪魔にはなっていただろう。
 下手したら二人して溺れる。
 溺れるおっさん二人を助けるのは骨だ。

「その、タリム君? ル……ゴホン、ロイ・アデルア君は頼りになる男なのかい?」
 まただ。
 この人はロイの何なんだろう?
 ロイに騎士の知り合いなんていただろうか。
 妙にロイと親密なのが気に入らない。
「はい。ロイ・アデルアは頼りになるし、私の事を頼りにもしてますよ!
 ほとんど相思相愛ですからっ!」
 フッ、言ってやった!
 おじさんの入ってくる隙間は無いって虚勢をはってやった!
 今のロイと私の関係は、私を不安にさせるに足る距離だ。
 だから修復するまでは、余計な要素は極力入れたくないのだ。

「ほう、相思相愛か。恋人なのかい?」
 恋人という言葉に冷や汗が出る。
 そうですと言い切ったら、また嘘を考えなければならない。
 その面倒くささには耐えられそうに無い。
「うっ……やっぱり相思相愛は嘘です。
 でも、私たちを引き離そうとしても、ギルドが黙っていませんからね。
 私はこの仕事続けますし、ロイ・アデルアは、この通り隣人です」
 騎士の方たちとは一切関わり合いにはなりませんから。
「はて? 隣人?
 ……となると、友人以下……。
 いや、ほとんど他人では?」
「え? 他人? そんなはずは……」
 愕然とする。
 確かに、私とロイは他人だ。
 他人以外の肩書がない。
 いや何かあるはずだ、なにか……。
 なにか……。
 なにか……?

 しまった、何かじゃなきゃいけないんですか? って大見得切ったのは私だ!

「本当に恋人ではないのかね?
 君の騎士というわけでもないんだな?
 いったい、どうなっているんだ?」
 顔色をおかしくしている私に、眉をひそめておじさんが言う。
「そんな……」
 ほんとうに、ロイとわたしはなんにもない……のか?
「とにかく、タリム君、ル……ロイも大概だが、君は粗野過ぎる!
 いったいどうしたらこうなるんだ。
 とっさのこととはいえ、人を蹴るのはやめたまえ。
 淑女としてあの格好もどうなんだ。
 せめて腹を冷やさない格好にしたまえ。
 欲を言えば、いくらなんでも髪を短くしすぎだろう。
 いったいどこの床屋が女性の髪をこんなに短く切ってしまったのか……苦情を入れたいくらいだ」
 待て、待て待て!
 ショックを受けている場合ではない。
 おじさんがロイを呼び捨てで呼んだ!
 いや、ちょろちょろ別の名前でも呼んでなかった?
 あれ? それより、なんだろうこの説教感、なんか激しく既視感が……。
 なんか今日は色々ひっかかりがあって、集中力が続かない。

 ロイとリアンも身支度が出来たようで、部屋に入ってくる。
「タリム! いつまでそんな格好しているんだ。
 早く上着を着ろ。
 髪は乾かしたのか?
 タオルはどうした?
 秋は下着をもう一枚着ておけと言っているのに、いつになったら覚えるんだ……」
 無駄のない動きでうちのタオルを持ち出して、私の髪を拭きはじめる。
 わなわなとおじさんが震える。
「ロイ・アデルア君! 君はいったいこの子をどうしたっていうんだ!」
 私のことをロイに訴えるのは、いただけない。
「はッ、俺のせいだと思うなよ?!」
 ぎゃんぎゃんと、二人が言い争っている間、ひとつの仮説が私の脳裏に閃く。

「……もしかして、リシル・アディは、私の本当のお父さんなんですか?!」
 リシルとロイが同じタイミングで私の頭を小突いてくる。
「どうしてそうなる?!」
「君はどうかしているぞ」
 二人とも同じ深さで眉間に皺が寄っている。
 いや、ほら、姫と騎士だったら、お話として辻褄が合いそうな気がしたから。
「……由々しき問題だ」
リシルが顔を青くしているが、ロイも私を残念なものを見るような顔で見ている。
「リシル・アディ殿、書類を作るから、こちらへっ!」
ロイの語尾が荒い。
「私も少々言っておきたいことがある!」
おじさんも、穏やかではない。
 二人は睨み合いながらロイの部屋に消えていった。

 え? 違うの?

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