騎士にも色々いる 続

砂山一座

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【ギルド職員ロイ・アデルアの変遷】

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「君たち、いい加減、私の娘を小突くのをやめてくれないかな」

 国王、エイドリアン・メ・ドルカナル・クーンの声が厳かに響く。

 俺たちは各々「娘」と聞いた衝撃で動きを止めた。
 エイドリアンは俺達を見下すように腕を組んで胸を張る。
「娘だよ」
 高貴さを引っ込めて、ニヤリと笑う。
「叔父じゃなくて、父だってこと?
 姫の秘密の恋人はリアン?」
 タリムは直ぐに納得したようで、エイドリアンに確認をとる。
「そう。君は私とセレスの娘だよ」
「なるほどー」
 うんうんと頷く。
 なんだ? お前、それで納得したのか?

「どういうことですか?」
 俺は納得がいかない。
 こんな依頼受けるんじゃなかった。
 まぁ、拒否権はなかったわけだが。
「私とセレスは少し遠いけど、いとこだし、タリムが叔父さんだと思うならそれでもいいかと思ったんだ。
 面倒もないしね。
 びっくりした?」
 俺とリシルは衝撃に目を白黒させている。
 面倒なんてもんじゃねぇ、俺は恐ろしい国の秘密を覗いてしまっている。
 これでタリムは国で一番濃い王家の血を受け継いでいることになる。
 なにかしらの派閥に気づかれれば、利用されるか、命が危なくなるかだ。
「いえ、しっくりきました。
 私を産んだ人、こんなにリアンに愛されていたのに、別の男の赤子を産んだんだな、って思ったらリアンがかわいそうで。
 リアンが恋人だっていうなら納得です」
 タリムから、まぁ、父でも叔父でもどっちでもいいんだけど、という感想が漏れ出ている。
 いや、由々しき問題だからな。
「リアンの目、見たことがあると思ったら、私の目と同じなんですよね。
 光の加減でしか分からないですけど。
 親子なら至極当然でしたね」

 お前の懐き方も異常だったろうが。

 自覚ないだろうが、タリムがこんなに嫌がらず人に接触するのは稀な事だ。
 正当な感情か不純な感情かを野生の勘で篩に掛けている。
 断言してもいいが、理屈で気がついたとか、血が呼んだとかでなついたのでは決してない。
 勘はいいのだ、頭で考えるのが苦手なだけで。
「そうだね。
 君が目以外はセレス似で良かったよ。
 私に似ていたら、どんな悪いことに担ぎ出されるかわからない」
 まったくだ。
 ユウキも気にしていた事だが、王の知るところになったのは抑止力としては有効かもしれない。
「そういうのは、そっちでどうにかしてください」
「善処するよ」
 今度は俺の方に向き直る。
「ルロイ君、まず、私に関しては、これでいいかな?
 タリムのようにロイ・アデルア君と呼んだ方がいいかね」
 収拾のつかなくなるところだったのは認めよう。
 だが、タリムに、俺に、実の父だと宣言することが、賢い王のすることだとは思えない。
「ルロイという者は鬼籍に入っているはずです。
 ……本当に貴方がタリムの父親なんですか?」
「ギルドマスターにすっかり父の座を奪われていたのに、さっき、リシルが父かも、なんてタリムが言い出したら、なんか面白くなくてね。
 おじさまなんて呼ばせて、みんなずるいよ。
 真実なんだから、私が主張しても構わないだろ?」
 いや、黙っていた方がいいのでは?
 私情? 私情なのか?
 色々ありすぎて整理がつかない。
 継承権を返還せず、王宮から去らないセレスタニア姫、秘密を共有した騎士にすら赤子の父親を明かさない理由、タリムの目の色、赤子をギルドに託し王家から遠ざける判断、全てが国王に繋がったはずなのに。
「それは……申し訳ありませんでした」

 リシルが父なのかと言い出した時にはぞっとした。
 かつて俺もその可能性を考えたことがあるが、今ならあの時、俺に拳骨をくれやがったリシルの気持ちがよくわかる。
 頓珍漢にもほどがある。

「私はね、ロイ君、セレスの意思もタリムの生き方も尊重したい。
 一緒にいられなくても、タリムが存在しているだけで満足なんだよ」
 明らかに父の顔を……愛しい者達を想う顔をして笑う。

「まあ、誤解にしても、ひどい剣幕だったね」
 口を尖らして言うが、権力者のそれは邪悪でしかない。
 ……別の国なら首をはねられかねないような事を言ったな。
 僅かな年数であったが、騎士になるべく植え付けられた教養は、王に対しての畏怖を喚起する。
「忘れてください」
 色々なイライラと警戒心を剥き出しに、如何わしい疑いをもったことは水に流して欲しい。
「覚えとくよ」
 にこにこと喰えない笑みを浮かべる。
「ロイ君、私をお義父さんて呼びたいかい?」
 俺のタリムへの執着を見透かされているのだろう。
「結構です」
 反射的に答えてしまってから、考え直す。
 ソアラよりは与し易いかもしれない。
 何かあったときに対抗勢力として利用しない手はない。
「……いえ、いずれ」
 ちゃんと聞いていたか? タリム、お前の話だからな!
 キュンとかドキンとかするところだからな。
 いずれ、娘さんを貰い受けますよ、ってことだぞ、真剣に聞け!
ちらりとタリムを見れば……当の本人は考え事をしているようで、上の空だ。
 無駄な胆力を使ってしまったことを知り、眉間を押さえる。
 エイドリアンもタリムに何の反応もないのが気になったのか、俺とタリムの間に何度も視線を往復させる。
「えーと、気長に待ってるよ。がんばってね」
 気の毒そうに言わないでくれ。

 とにかく、今はこのどんどん頭の悪くなる展開を収束させたほうがいい。
 おそらく、その為の王の秘密の開示だ。
「アディアール騎士は本当に、この子の父親が誰か知らなかったの?」
 王はリシルを揶揄するように騎士を冠して呼ぶ。
「色々と手伝いはさせられましたが、肝心の所は姫は最期まで何も明かしませんでしたので」
「セレスらしいよね」
「……そうですね」
 二人ともしんみりと笑う。
 姫もなかなか一筋縄でいくような姫様ではなかったようだ。

「はい、こっちはおしまい。
 次は君らのおかしな誤解を何とかしてくれるかい?」
 エイドリアンはタリムをまた引き寄せて隣に座らせる。
 娘が俺たちにポカポカ叩かれるのはお気に召さなかったようだ。
「タリムの発想はなかなか面白かったけどね。
 なかなかリシルがあんな風になるのを見られるものではないし」
 どんな発想で閃いたのか説明が欲しいくらいだ。
 百歩譲って嫉妬という感情にたどり着いたのだとして、嫉妬を向ける先がおかしくないか?
 その嫉妬、恋心とか無関係のやつだろ。
「アディアール騎士っていうと、姫の騎士の人ですよね」
 タリムが首をかしげる。
「いかにも。私は姫の騎士リシル・アディアールだ」
 最初からリシル・アディなんてふざけた偽名をつかっておいて、なんだ。
 元々隠す気もなかったのだろう。
 前半は姫の忘れ形見との再会で目尻を垂らしていたが、俺との恋人関係を疑われ、だいぶ精神を削られているようだ。
 これがタリムだ。
 思い知りやがれ。
「その偉い騎士が、ロイになんの用ですか?
 ロイは、わ……ええと、ギルドのものです。
 渡しませんよ」
 それだけ聞くと、まるで恋人の主権を争っているようにも聞こえる。
 私のものだと言いかけたのは評価しよう。

「タリム君、君はいったいどうなっているんだね。
私は妻子も騎士の名誉もある身、ルロイと恋仲だなんて……そんな如何わしい妄想はやめたまえ。
 いっそ、その発想が空恐ろしい」
 リシルの中には、生まれたての赤子だったタリムと、見た目だけ忠誠を誓った姫にそっくりな愛らしい娘の幻想があったのだろう。
 徐々に本当のタリムによって、美しい思い出にひびが入ってきているようだ。
ざまぁないな。

「おじさんとロイ・アデルアが悪いんです。
 いえ、主にロイ・アデルアが悪いんです」
 リシルと仲良くしたことはない。
 どう見たらそう見えるのか。
「その発想がわからねぇ」
 逆にいがみ合って見えるならわからないでもないが。
「タリム君、ルロイは私の息子だ」
 リシルが頭を抱えながら告げる。
「へ?」
 へ、じゃねぇよ。
 頭を使え。
 楽をして変な閃きを繰り出さずに、頭を論理的に正しく使え。
「タリム君、コレは、うちの長男のルロイ・アディアールなのだよ。
 ロイ・アデルアはギルドマスターにルロイを託した時に私が授けた名だ」
「え?」
「私とルロイが顔見知りで、親しそうに見えたとしても、親子なのだし、何のおかしなことは無い。わかるな?」
 リシルは、幼子に話す様に一言一言、言い含める。
ルロイと呼ばれても、昔の名には違和感しか感じない。
 ロイ・アデルアとして生きた年月を感じる。
「は?」
 いい加減、一文字で話すのはやめろ。
 いや、そろそろいろいろ面倒になってきているな。
 タリムの頭には情報量が多すぎて脳が活動を放棄しはじまっているのだ。
「馬鹿」
 こいつ本気で、俺がちょっと年上の男性を好むのだという答えで問題が解決すると思っていたのだろうか。
 って、なんでそもそも相手にソアラが出てくる?
「君が生まれた時に立ち会って、ルロイと君をギルドマスターに託したのは私だよ」
 色々諦めたような口調でリシルが言う。
 リアンが「いいな、赤ちゃんのタリム、私も見たかった」と後ろで言っている。
「じゃぁ、おじさんは、ロイ・アデルアのお父さん?」
「左様」
 タリムは合点がいったのか、リシルに指を突き付けて確認する。
人に人差し指を向けるな。
 今度は、俺の方を見る。
「ロイ・アデルアはおじさんの息子?」
 俺はあの場所で死んだことになっているはずだ。
 今更その関係を言及される事は無い。
「今はなんの関係もねぇよ」
 リシルと俺を見比べる。
「似てない」
 ダークブロンドに茶系の目のリシルに対し、俺は色彩的に遠い外見だ。
 アディアール家を嫌っていた俺の母親は上位貴族からの腰入れだ。
 目つきの悪さや、髪や目の薄い色はそちらに似たのだろう。
「俺は母親似なんだろ」
 誠実そうな外見には恵まれなかったが、騎士にならなかったから特に問題がない。
「私に似たところもある。爪とか、つむじとか……」 
タリムは立ち上がり、俺の父、リシルの前まで来る。
 タリムに気押されてリシルが一歩退がる。
睨みつけながらぐるぐるとリシルの周りをまわると、訝し気にリシルの手をとり、爪を見た後に、後ろに回って後頭部をじりじりと焦げるほど凝視する。
「……本当だ、ロイのつむじだ」
 こいつ、もう、頭が回っていない。
 敬語はどこに行った、まだ仕事中だからな。
 お前は俺のつむじの何がわかるというんだ?
 何か特徴的なところがあるのか?
 思わず自分のつむじを指で探る。
 リシルの後頭部見るが、俺には何が合致したのか判らない。

「あの、ロイ・アデルアをおじさんちに呼び戻したりしませんか?」
 もういっぱいいっぱいなのだろうに、タリムの割には切実そうに一生懸命に、話している。
 リシルは幼子にするように、少し腰をかがめ、タリムと目を合わせて答える。
「ルロイが望まぬ限りはな。
 ……それに、うちにはもう、ちゃんと跡取りがいる。
 ルロイが死んだ事になり、前妻とは離縁してね。
 今は愛する妻がいる。
 ルロイの戻る場所は、全く無いから安心すると良い」
 意図的に実家のことは耳に入れないようにしてきたが、様変わりしたアディアール家の事情に驚きはする。
「なんだそれは? 離縁? いつの間に再婚したんだ?」
「前妻が実家に帰りたがっていたのは知っているだろう?
 ルロイをギルドマスターに託してすぐ、離縁が成立したのだ。
 望まぬ婚姻など結ぶものでは無いな。
 後妻を据える気もなかったのだが、良縁に恵まれてな」
 妻子を思い浮かべたのか、表情を緩ませる。
 俺の知っているリシルという男は、もっと張り詰めたような雰囲気で、タリムに菓子を買い与えたりするようなことをする男ではなかったはずだ。
「気が向いたらタリム君と一度遊びに来るといい。
 ギルドの使いだとでも名乗ってな。
 義理の息子も喜ぶだろう。
 妻の連れ子でね」
 いつの間にが義兄弟がいるようだ。
「いえ、行きませんし、義理の息子の名前も聞きません」
 やけにきっぱりとタリムが断る。
 なんだ? 何か危険を感じたのか?
「君に会うことがあれば、伝えようと思っていたことがある」
「えー、これ以上国の秘密みたいなことなら、聞きたく無いんですけど」
 明らかに飽きてきた様子でタリムがごねる。
「いや、君の母親がいかに君を望み、行く末を案じていたかだ」
 リシルの真剣な様子に、タリムも耳を傾ける。
「……それについては、ちゃんと心に留めておきます。
 私は産みの母が危険を犯して、私をソアラに託した事を支持します。
 おじさんが、ロイを私の元に置いていってくれたことも……」
 背中を向けて話すタリムの表情は知れない。
 しばらくまともにタリムと話をしていない。
 忘れていた渇望が沸き上がりそうになる。
「いや、ルロイは、私がそうしなくても君の側に残ったはずだ。
 あれは騎士が君主を決めるものと相違ない」
 含みのある笑みを向けられ、居心地が悪く視線を逸らす。
「まあ、なんにしても、よかったです。
 二人とも道ならぬ関係ではないんですね」
 いや、そこが論点じゃねぇだろうが。
「……君は、どうしたらそんな事考えつくのかね。
 ルロイ、いったいタリム君に何が……」
「あきらめろ。俺も手を焼いているんだ」
 別の育ち方をしたら嫋やかな娘に育っただろうか。
「あ、でも、ソアラは狙っても無理ですからね。
 義母さんが黙ってませんよ」
 まだ言うか?!
「そっちこそあるわけがないだろうが。
 俺がソアラにかかりきりだったのは、それは……」
 取り上げられたタリムを取り戻す為に必死で頑張っていたのだ。
 力がないとタリムから引き剥がすと脅されて。
 その努力が逆にタリムと俺の距離を作った。
 ソアラの作戦勝ちと言わざるを得ない。
 これについてはまた言葉を飲む他ない。

「あ、定時だ! 
 おつかれさまでした。
 宿舎沿いに行けばギルドに戻れるんで。
 あとはロイ・アデルアが連れて行ってくれますから」
 タリムは時計を確認し、ぴょこんと椅子から立ち上がる。
「書類はロイ・アデルアとおじさんで作ってくれたみたいだし、もう行ってもいいですよね。
 ギルドの都合の良い感じで書いといてください」
 話の途中だと思っていたリシルは慌てた。
「待ちたまえ」
「あの、私取りに行かなきゃならない本があるんで、本屋さん閉まっちゃう!
 それではこれで失礼します」
 リシル、もうあきらめろ。
 タリムの心はもうここに無い。
「そんなことより、」
「お、じ、さ、ま、身分は明かさない約束ですよ!」
 ここまで来たら、父親がどんな身分なのかわかったようなものだが、タリムは頑なにその先を知りたがらない。
「しかし、自分の父親のことが気にならないのかね」
 あ、ちがうな。
「……べつに」
 面倒なだけだな。
「まて、タリム君、まだ大事な事を告げていない。
 身分を明かさずに悪かった。
 ここにいる君の父君は何を隠そう……」
 掌を向けてリシルの言葉を制止する。
「あ、そういうのはいいんで」
 すると、しばらく黙っていたエイドリアンが立ち上がる。
「タリム、猫の本をとりにいくんだろ?
 小遣いをあげようね」
 銭入れからキラキラ光る金貨を出して渡している。
 金貨?!
「ちょっ、タリムに一度にでかい額を渡さないでください!」
 ギョッとしておもわず口を出す。
 大金を渡したところで、どうせ、つまらない物を買ってくるに決まっている。
「やった! リアンありがとう!」
 あっという間に金貨を懐に仕舞い込み、普通の親子がそうするようにエイドリアンに飛びつく。
「またね」
 エイドリアンはタリムを抱きしめてつむじにキスを落とす。
「ルロイ、おまえ、姫がどうしたらこう育つのだ?!」
 王にかみつくわけにはいかず、リシルは俺に掴みかかる。
「もう、受け入れろよ、タリムはこうなんだよ」
「納得いかん。そんなはずはないだろう! 前半は可愛かったではないか!」
 可愛かったか? 何を夢みていたんだ?
「猫かぶってたんだろ」
「私の姫と同じ顔して、中身が父親寄りだなんて……酷すぎる」
 リシルは悔し気に頭をかきむしる。
「リシル、昔からだけど、君さ、私に対して不敬だよ」
「貴方を野で育てたら、おおよそこうなりますよ!」
「へー、それは、タリムに愛着湧くなぁ」
 まんざらでもないようでエイドリアンが自らの顎を撫でる。
「しかも、しかも、私の姫に手を出したのは貴方だったわけですよね? 通りで……」

「あの、それじゃ、お先にー」
 去っていくタリムに、ひらひらとエイドリアンだけが手を振る。

 そして俺たちだけがタリムの部屋に残された。
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