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いや、出来心で……
しおりを挟むニコラはミアを連れて城のメイド用のお仕着せを取り扱う店に来ていた。
騎士団にはメイドの制服が存在しない。騎士団のメイド用に制服を新しく決めなければならない。
城のメイドはあまり身分の高くない貴族の娘が行儀見習いや花嫁修業の一環として働くことが多い。その制服はシンプルだが上等な生地で仕立てられている。
ニコラは何通りかある色の中から濃紺のエプロンドレスをミアにあてがってみる。濃紺が一番ミアの清楚さを際立たせるとニコラは確信した。
試着室から出て来たミアをお針子とともに取り囲む。
「少し丈が短くないか? 足が出過ぎだ。膝下をもう少し長く出来るか?」
黒いスーツの店員が、眼鏡の端を一度上げてお針子に指示を出す。お針子は上から布を当てて丈の長さをつくり、ニコラと店員を振り返る。
「モーウェル様、この程度でございましょうか? あまり長いと動きにくくなるかと存じますが」
「いや、もっとだ。 それと、胸元はもっとシルエットをぼかすようにして」
顔をしかめずに対応するのがそろそろ限界のようで、スーツの店員は何度も何度も眼鏡を押し上げる。
「ぼかすように……こうですか?」
ニコラと店員の攻防戦は延々と続いていく。
ミアは、服を作ることなど初めてで、何もできずに案山子のように体をこわばらせて店員の仕事の邪魔をしないようにしているしかなかった。
「いかんな……どうやっても可憐だ。これではミアを猛獣の中に放り込むようなものだ。ミア、どうだろう、やはり城に上がるのは……」
ニコラが情けない声を上げ始めると、ミアはそれを見越して小首を傾げてニコラに問う。
「ニコラ様、陛下のお声をいただいているとおっしゃっていたではありませんか。それは、ニコラ様の一存で変更が可能なものなのでしょうか?」
ニコラはミアの至極まともな受け答えを聞き流しながら、黒ではなくて濃紺で間違いなかったと、自分の選択に満足してメイド姿の可憐なミアを見る。
(このままどこかにしまい込んでしまいたいような愛らしさだ)
ニコラは国王に約束させられたことをどうしたら覆すことが出来るかを考え始めていた。
それは極論を突き抜け、どうやったら騎士を辞められるかという所まで行きつく。
常々、王女のいない国に仕えても無駄だと思っていたが、ミアが家に来てから、そう思う頻度があがっていた。
「もちろん無理だ。無理だが、どうとでもする。 そうだ、私が騎士を辞めればそもそも城に行く必要も……」
馬鹿王子たちの世話をすることも……という本音をどうにか飲み込んだが、それはとても甘美な願望として心に残った。
何やら雲行きがおかしくなってきたのを察してミアがニコラの腕に手を添える。
「ニコラ様、落ち着いてください」
ミアが気づかわし気にニコラを見上げている。
この距離では身長差でミアを見下ろす形になる。
ミアの煌めく睫毛の先から目線が滑り、膨らみが豊かになってきた胸部を観察してしまう。
(落ち着いていられようはずがない。私はこんな可憐なミアを騎士団の薄汚れた輩の目に晒すのか?王子達にも……?)
じりっとした焦燥感が湧き出て、思わずミアの目が合う高さまでひざを折り肩を両手でつかむ。
「ミア、いいかい、城では決して騎士団の建物から出てはいけない。特に王子たちには注意するのだよ」
ニコラはミアの耳に寄り店員に聞こえないようにミアを諭す。
この半年、ミアはニコラだけのものだった。アディアール家に行く以外、ミアと一緒に誰かに会ったり、ミアを連れてどこかに出かけるということもなかったように思う。こんな心配をすることはニコラにとって初めてだった。
「もとより、ニコラ様の意向に背くようなことは致しませんが……」
「私は心配なのだ」
「わたしだって心配です。右も左もわからないところに行くのですから」
「働きになどでなくとも、私の近くにいればいいのではないか?」
ニコラは今更、国王の希望を受け入れてしまったことを激しく後悔をしていた。
ミアはニコラの心配をどうとったのか口の端を下げる。
「ニコラ様、それでは議論が初めに戻ります」
*
ミアは半年で棒のようなガリガリの身体を卒業していた。
それまで着ていた服だけでなく、この店で買い替えが必要なものがあったのをニコラは思い出す。
「下着も新調しなくてはならないな。 昨日着付けてみたら窮屈そうだった」
それを聞くとミアは表情を硬くして首を振る。
「いえ、下着は沢山ありますから」
「いや、必要なのだ。私に任せておけばいい」
ミアは質素を好む。ミアの生い立ちを考えれば理解できることではあるが、ニコラがいない時などは特に爪に灯をともすような生活をしていることがある。質素倹約は美徳だが、ニコラには早急に解決しておきたいことがあった。
(丸みの出てきた胸に小さな下着は目の毒だった。いち早く正しい大きさの物を用意しなくては)
ニコラは自分ではミアの裸体を見たり触ったりするのはいけないことだと信じ込んでいるくせに、次にミアの裸体を見たらということを前提として行動しているのに気がつかない。
おかしな理屈に基づいて、何種類もの下着がミアの目の前に並べられていった。
「これでは骨が硬すぎる。 昨日のコルセットなど痛々しいほどだった」
ニコラは戸惑う様子もなく下着を手にしては、しならせたり縫い目を確認したりしていく。
好みを訊かれても、並べられた下着から、これだと選ぶこともできずにニコラに目で助けを求める。些事に気の回るニコラは、これぞと思う下着をいくつか手にして店の者に声をかけた。
「少し外してもらえないだろうか?」
店員を下がらせてニコラは次々とミアに下着を試着させ始める。
上着を取り去って、丸裸にすると、次から次へと試着させては隙間がないかなどと確認していく。
「ミア、今までの下着の付け方では駄目だ。せっかく美しい丸みが出てきたのだから、それを潰してはいけない」
ニコラの妄想の中の姫への献身は、正しい下着選びの方法を教授することまで想定されていた。
もちろんそのつけ方だって把握している。説教しながら胸の外側から手を差し入れてグイと乳房に触れる。
「ひゃっ……」
そんなことをされるとは思っていなかったミアは、思わず悲鳴を上げた。
「済まない。手が冷えていたか?」
「あの、いえ……」
胸の下半分に手を添えられて薄い肉を寄せられたかと思えば、繊細な刺繍のほどこされた下着の中にその肉をおさめられる。
ミアは羞恥するばかりだが、ニコラは鏡とミアの胸を交互に確認しながら、白い膨らみを丁度いい大きさの下着にしまいこむ作業を職人の顔で行う。すべてがぴったりと収まると、満足そうに頷いた。
「やり方は覚えたか?」
「……はい」
ミアは、いったいどんな顔をすればいいかわからないといった様子でかくかくと頷いた。
「このまま着けて帰るといい。さっきまでの下着は目の毒だ」
やっと買い物が終わる兆しを見て、ミアはようやくほっとして笑顔を見せた。
「あの、ありがとうございます」
全体の様子を確かめようと鏡に目をむけたニコラは、鏡越しにミアと目が合ったまま、しばし動きを止めた。
「いや、ちょっと待て」
ニコラは、今ミアにつけさせた下着を浮かせて、その中をのぞきこむ。
「……やはり」
それから下着をずらしてミアの乳房を取り出したかと思うと、あられもない格好のミアを鏡に映して穴が開くほど眺めている。
「ニコラ様? 何か至らないことがありましたか」
「はっ――いや、なんというか」
ばつが悪そうに乱した下着を整えていく。
「いや、出来心で……」
「え?」
「やはり美しいなと……」
ニコラは未練たらしくまだ下着の隙間に指を挟んでは中をチラチラと覗いている。
「ええ?! わたしの胸をご覧になっていたのですか?」
ミアは鏡越しではなく直にニコラを見上げる。
ニコラは少し頬を赤らめて視線を彷徨わせるが、逃げ場がなくミアの方に視線を戻す。
「……つい」
ため息とともに煩悩を振り払う為に頭を振るが、結局視線はミアの胸のふくらみに戻ってくる。
「そういうのは寝台で堂々とやっていただがないと……さすがにここでは困ります」
ミアは白昼堂々と始まった、いかがわしい戯れをどう扱うべきか思案した。研修では外出先での手法など教わっていない。
「そうだ。このような事は良くない。良くないのはわかっているが、見るがいい、ミアの乳房の白さと私の指との対比を。鏡に映すと、より罪悪感が募るな――しかしこれは白磁のような色なのにどこまでも柔らかいのだ。ほら、指が、吸い込まれるようだ。ミア、わかるか?」
真剣な顔をしてミアの胸に指を沈めたり浮かせたりして、それが鏡に映るのを食い入るように観察している。欲情しているようには見えない。
至極真剣な眼差しで一度はしまったミアの胸をもう一度剥き出しにして戯れている。
陽に焼けた無骨な指が右から左からミアの胸の形を変える。
ニコラはその動きに没頭していて、ミアの肌がだんだん羞恥に染まっていくことに気がつかなかった。
「ニ、ニコラ様、どうかお許しください。人が――」
鏡の中のミアは幾分震えて頬を真っ赤に染めニコラの蛮行を咎める。
ニコラは一分の隙もなく服を着た自分が、可憐な乙女の下着から胸を掬いあげて、いいように弄んでいる姿を鏡越しに見た。
ニコラは自分が卑猥な遊びに興じていたと気がつき、取り繕うように声音を変える。
「心配はいらない、声の届く範囲に誰もいない」
「そういうことではありません!」
これはまるで悪漢が婦人に悪行を働くときの言い回しで、まるで騎士らしくないとは思ったが、どうにもミアの胸から手を離すことが出来ない。
「こんな、胸の先まで美しいお前を城に連れていくのは嫌なのだ」
ちょうど指と指の間にあった胸の尖りを柔らかく潰してみればミアはキュッと目を閉じる。
(ミアのすべてを手に入れてしまえば、こんな心配などしなくて良いのだろうか)
鏡の中のミアから自分が腕に抱いているミアに意識が移る。
この細くまっすぐな首筋に齧りつきたいと、耐えがたい衝動がニコラを襲う。
「……っ、どこにいても、わたしはニコラ様に雇われた身です。わたしの体をどうこうできるのはニコラ様だけですから、どうぞご安心ください」
ミアの言葉は、理性のタガを外しかけていたニコラを現実に引き戻すだけの威力があった。
そうだ、ニコラは娼婦を買ったのだった。自分がどうふるまおうとも娼婦であるミアはそれを拒むことはしないだろう。
ニコラはもう色々と手遅れなほどにミアを貪ったにもかかわらず、騎士の矜持で踏みとどまった。
(ミアは仕事で私の相手をしているのだ。私が求めれば当然のように肉欲を癒してくれるだろうが、それではミアが真に望むものではない。女性に一方的に奉仕させるなど、そんなこと騎士のすることではない)
ニコラは驚くほどの速さでミアの身支度を整える。先程まで欲望のままにミアの胸をこね回していたとは誰も思うまい。
「どうかしていた。手慰みにこんな事をしたわけではないのだ。私はミアが愛らしくてたまらないのだ。どうしてだか、ミアの肌は抗い難い……」
ニコラの言い訳を聞いて、ミアは顔を俯かせ、いくぶん震えている。
「 ……ニコラ様。いい加減になさいませ。わたしを娼婦として受け入れるのも、わたしをメイドとして城にあげるのも、もう決まったことです。主人が迷えば私が困ります」
ミアは強い視線をもってニコラに相対した。そこには怒りと強い意志が感じられた。
「ミア……私は」
「わたしはニコラ様が何とおっしゃっても城に参ります! それが今のところ不甲斐ないわたしがニコラ様にして差し上げられる唯一の事ですから。文句があるというのでしたら、きちんとわたしを娼婦として抱いてくださいませ!」
ニコラは、ミアの激昂に言葉を失い立ち尽くした。
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