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ミアはちゃんと成人している!

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 騎士棟では数か月遅れで、専属のメイドが増えると告知された。
 今日付けで騎士棟に配属されたリリアム・ガーウィンはの年齢だ。ほどほどというのは、貴族の娘が城で働き始めるにはだいぶ遅い、という意味で年増だということではない。実際、ミアが幼く見えるだけで、リリアムもミアもほとんど変わらない年齢だった。

 リリアムを連れてニコラが談話室に入ってくると騎士たちはざわついた。ミアの時とは異なるざわつき方だ。
 体に芯の通ったようなリリアムの身のこなしから、少なからず武術の経験があるのがわかる。
 背が高く、踵のある靴を履いてニコラの横に立つ姿は、メイドというよりは女主人のような雰囲気だ。濃紺のお仕着せが軍服のように見えなくもない。
 騎士団のメイド用に新しくニコラが制定した服は、至る所に直しが入れてあって、ミアが着ているものと同じには見えない。
 リリアムのきびきびとした動きに複雑に結い上げた黒髪が鞭のようにしなる。この国の女性は長く艶やかな髪を尊ぶ傾向がある。濡れ羽色に光るリリアムの黒髪も解けば腰より長いだろう。

「リリアム・ガーウィン嬢だ。オーウェン嬢と同じく、騎士棟の専属となる」

 ニコラが事務的に伝えると、ガーウィンという家名を聞いた所で騎士たちは騒ぐのをやめた。
 騎士でガーウィンという名を知らぬものはいない。
 するとあれが長女のリリアムか、と皆が目配せをしあった。
 ミアの時の浮かれた様子とは違い、皆、何事が起きるのかと固唾を飲んで見守っている。

「リリアム・ガーウィンです」

 リリアムが一歩前に出て挨拶を始める。皆、それぞれの想いを胸に、押し黙って聞いている。目の前のリリアムへの想いではない。その父ウィリアム・ガーウィン騎士との訓練を思い出しているのだ。
 目も酷薄な表情も父ウィリアムに瓜二つだ、と気がついた騎士たちは、訓練中に負った古傷が痛むような気がした。


 訓練所に長く君臨したウィリアム・ガーウィンは厳しい教官だった。
 二年前に隠居すると言い始めた時には皆驚いたものだ。
 屈強なウィリアムは長く国の守りの柱として魔獣や外敵と戦った。ギルドができてから軟弱化してしまった騎士団を憂い、騎士団の教官に就いて多くの騎士を育てた。ただし、ウィリアムが育てた騎士のなかで有名になった騎士はあまりいない。

「父のことでしたらお構いなく。私、ニコラ・モーウェル騎士を夫とするために参りました。皆様、協力よろしくお願い致します」

 リリアムは騎士の礼を彷彿とさせる力強さで身を屈めると、赤い唇を引き上げて声を張る。リリアムの宣言に談話室はまたどよめいた。

「ニコラ隊長、どういう事ですか? 婚約の話など聞いていませんよ!」

 ニコラの直属の部下イーサンが悲鳴混じりにニコラに尋ねる。

「イーサン、落ち着け。私も初耳だ。誓ってそのような事実はない」

 ニコラが真顔で否定すると、リリアムは挑むように笑う。

「私、年齢的に崖っぷちでして。今年も騎士になる許可が父から得られなかったので、そろそろ婚活をしなければなりません。ニコラ・モーウェル騎士が最も屈強だとの噂を聞きましたので、口説きに参った次第でございます」

 騎士になるには、役職を持つような高名な騎士に推薦されてなるか、もともと騎士の家系であるかの二通りの方法がある。
 騎士の家系では家長の許しを待つのが一般的だが、今まで女性が騎士に推薦されたことはない。特に理由はない。禁止されているわけではなく、ただ前例がないというだけだ。

 騎士たちはリリアムの言葉に恐怖した。ニコラの妻にガーウィン家の娘がおさまれば、騎士団はまたガーウィン家と何らかの繋がりが出来るだろう。
 ガーウィン騎士は熱心な教官だったが、その実、騎士潰しだった。
 とにかく訓練が過酷で救いがない。ガーウィンの息子達は五人とも騎士になったが、誰も父ウィリアムの苛烈さに耐えられず、すぐにガーウィン家から独立して事務方や文官に転職していった。
 ガーウィン家の息子たちから年間行事を聞いた事のある者は、ガーウィン家と血縁を結ぶことがどれほど面倒か想像がつくだろう。
 酒の席で、ガーウィン家の三男から、年明けの国境をひたすら走り、太陽を追いかける行事の話を涙ながらに聞かされた時には、皆、具合が悪くなったものだ。
 ニコラがガーウィン家に取り込まれたら、被害は自分たちにも及ぶかも知れない。

「ガーウィン嬢、畏れながら、ニコラ隊長には心に決めた方がいるのです!」

 家族を持ったばかりのニール・モービルには、ニコラとリリアムの結婚は更なる恐怖だった。直属の上司であるニコラとの付き合いにガーウィン家が絡んでくるなんて妻に何と言っていいかわからない。

「ほう、そのような方が? 私はそのような報告は聞いておりませんが、どこのどなた様なのですかな?」

 リリアムはニコラがどの家とも婚約を取り付けていないのを知っていたので、ニールの発言を鼻で笑った。
 ニールは咄嗟の嘘の埋め合わせにニコラが片恋して敗れ去ったクリスタニア姫の娘、タリムのやる気のない姿を思い浮かべた。しかし、タリムをこの場に登場させたらギルドマスターに睨まれることになる。そんな無謀なことはできない。

「それは、オーウェン嬢です! いやー残念でしたなぁ! 二人ともお似合いのラっブラブでっ!!」

 ニールはニコラとミアの関係が恋人のそれではないことを知りつつ、苦し紛れに適当なことを言った。

「オーウェン嬢? メイドの?」

 リリアムは何も慌てる様子はなかった。目をぱちくりとさせて、続きを促す。

「そ、そうだ! そうなのです! 隊長とオーウェン嬢は熱々のベタベタの比翼連理ひよくれんりの恋人なのです」
「左様、愛屋及烏あいおくきゅうう落花流水らっかりゅうすいといった具合で!!」
「そうそう一蓮托生、合縁奇縁で!」
「馬鹿、なんかそれは違うだろ」

 ニールの出まかせに部下たちは口々に迎合してやんややんやと盛り上げた。皆、それでリリアムが引いてくれるなら多少の嘘も仕方がないと、わが身可愛さにその嘘に群がった。

「なるほど、なるほど。それは存じ上げなかった」

 リリアムは仏頂面のニコラを覗き見て、真っ赤な唇を引き上げ、鷹のように笑った。

 その後、やかましくなった騎士たちを鎮めて、リリアムに仕事の内容を伝えるためニコラの執務室へとやってきた。
 ミアの仕事とはまた別の仕事を受け持つが、メイドとして共通する仕事もある。ミアとリリアム、二人が知り合うのは無理からぬことだった。ミアも執務室に呼ばれ、挨拶をする。

「ミア・オーウェンと申します」

 ミアは、城にいる誰もが貴族に違いないと一線を引いているので、最初からへりくだった低いお辞儀でリリアムを迎えた。
 リリアムはその恐縮する姿を見ると、ぶるりと体を震わす。目を皿のように見開き、高揚し頬を染めている。

「ああ、頭をおあげよ、お嬢さん。同じ棟で働く仲間ではないか」

 リリアムは優しくミアに手を差し伸べ握手を求めた。

「はい。よろしくお願い致します」

 貴族に握手を求められたことなどなかったミアは、慌てて手巾で手を拭い、リリアムの手を握る。
 硬い皮膚の筋肉を感じる大きな手だった。少しリリアムが力を入れたらミアは手を傷めてしまうだろう。

「ニコラ・モーウェル騎士、ミア嬢と恋人なんだって?」
「……それは」

 ニールの判断は悪くない内容だった。
 王は結局リリアムが騎士棟に乗り込んでくるのを止めることができなかった。リリアムの暴走を止めるのは騎士棟にいる者たちの役目となってしまった。
 確かに、ミアを恋人だと言っておいた方が、リリアムは諦めるかもしれない。そう見えるのなら誤解させていたほうがニコラに庇護されていることが伝わり、ミアも安全だろう。

(しかし何と答えるべきか……)

 そんなことを考えていたので、リリアムがミアの手を握ったまま強い力でミアを引き寄せて抱き込んだ事に注意が向かない。
 リリアムは顔をあげたミアをしばらく眺めて、顎を捕らえると、微笑みながら唇を啄む。
 絵画のような美しい所作でミアの唇が奪われていくのをニコラはぽかんと見ていた。

 何が何だかわからないうちに唇を割ってリリアムの舌がミアの口腔に滑り込む。
 長い薄い舌がミアの小ぶりな口を犯しはじめ、粘性の音がたった。

「……ふぁっ」

 銀の糸をひいてリリアムの唇がミアから離れた頃、呆けていたニコラは意識を取り戻して目の前で行われた蛮行を認識した。
 長く息を止めていたミアが、喘ぐように息を吸う。

「ニコラ・モーウェル騎士の恋人は大変愛らしいね。妖精のようだ。気に入ったよ」

 リリアムは目の上で真っ直ぐに切り揃えた前髪から強い光をともした目がのぞく。淫蕩な雰囲気で今にもミアを食らいつくしそうだ。

 ニコラは慌ててリリアムからミアを奪いかえして腕の中に隠す。何が起きているのかニコラにもよくわかっていない。

「な、な、何をする!」
「愛らしいお嬢さんに、ご挨拶を申し上げただけですよ、未来の旦那様」
「な……」

 リリアムは両手を広げて朗らかに笑う。

「夫など所詮種馬、騎士らしい血が入っておればいいのです。ニコラ・モーウェル騎士なら血統も素養も申し分ない。同性がお好きなのかもと覚悟して参りましたが、不能でないならなおのこと結構。もっとも、結婚しても、私を愛する必要はありませんよ。ミア嬢を囲って今のように生活すればいい。私も自由に致しますので」

 そう言い切って、食事を終えた後の猫のように舌なめずりをしながらニコラが背に庇っているミアに視線を送る。

「それにしても、私とニコラ・モーウェル騎士は好みが合いそうだ。女嫌いだなんてとんでもない流言でしたな。そんな愛らしい女性がお好みだったとは。なかなか結婚が決まらないと聞いておりましたが、まさか少女趣味だとは」
「無礼な。少女趣味ではない。ミアはちゃんと成人している!」

 ニコラはリリアムの振る舞いに乱されながら、あまり効果的ではない言い訳をした。

「そんなのはどうでも良いことです。ああ、ミア、ミア、なんと愛らしい。ガラス細工でできた人形のようだ。ニコラ・モーウェル騎士、結婚後も妾を侍らすのは賛成です。夫のものは妻のもの、妾を共有してもなんの問題もありませんな。ますますニコラ・モーウェル騎士との婚姻が待ち遠しいです。幾久しく、旦那様」

 リリアムは熱に浮かされたようにしゃべり続けながらニコラの頬に手をやり、ニコラにも口付けようとした。警戒したニコラがミアごと何歩も下がり、リリアムを退ける。

「騎士の体はお仕えする主のものだ、勝手をされては困る」
「騎士の志ですか……羨ましいことです。私もそのようにうそぶいてみたいものですけれど」

 リリアムは騎士と聞いて両手をあげ、敵意がないことを示して困ったように笑った。

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