妻とは死別する予定ですので、悪しからず。

砂山一座

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【茶会 2】

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「ミスティ、行くわよ」
 
 扇でミスティの頭を何度か叩いて気が済んだのか、クララベルが出陣を告げる。

「ミッシーちゃんって呼べよ」
「不気味だわ。言葉遣いも変えなさいね。しゃべったら男だってばれるじゃない」
「まかせとけ」
 
 ミスティはすっと背を伸ばし、型通りの笑みを貼りつかせる。
 ケチのつけようのない美少女に化けた婚約者に、クララベルは眉をひそめた。

(こういうところは、ジェームズやヒースが猫をかぶっている時とおなじね)
 
「なんだよ」
「ジェームズ、最近ちっとも格好良くないの。喋り方も。だらんとしていて、イヴが好きだ、イヴの所に帰りたいって、そればかりよ」
「父さんが? 母さんにべったりなのは家と変わらないけど? 番いのいる竜なんてそんなもんだろ」

 かつて、カヤロナ国は竜の一族が治める国であった。バロッキーは竜の血を継ぐ人々の総称だ。竜と言っても体の大きな爪と牙のある物語にあるような恐ろしい魔物ではない。竜で生まれてきた者は、必ずその目に赤い竜の血が幾筋か見える。 
 そのほかによく知られているのは、竜はを持つ、という点だろう。
 一人だけ寄り添う人を決めたら、竜は一生相手から離れることはない。

つがいのいる竜ね……それにしたって、いままでとあんなに態度が違うと、私のことがよっぽど嫌いだったのかしらって思うわ。私、何も見えていなかったみたい」
「嫌い嫌い、みんなあんたのことなんか大っ嫌いなんだよ。あー、面白い」
  
 クララベルは王女の立場を使って、護衛のジェームズや話し相手として城へ来ていたヒースに、無理を強いていた。苦い失敗の数々を思い出して、クララベルは口をへの字にする。
 怪我の功名か、婚約者略奪の騒ぎ以降、彼らはクララベルの前で取り繕ったような仮面をかぶることはなくなった。
 それはクララベルにとって親密になれたようでうれしいことだったが、代わりにバロッキーの人々から小言をもらうことも増えたのだ。

「そんなことないったら! ジェームズは時々頼んでもいない菓子を持ってきてくれたりするわ」
「腹をすかせた顔でもしてるの? 意地汚いな」
「そっちこそ、底意地の悪い顔していると、護衛をクビにするわよ」
 
 クララベルが心底嫌そうな顔をすると、ようやくミスティは語調を弱める。

「レトさんに頼まれたんだ。いくら姫様の我儘でも、今日は近くにいる」
「厄介ね」
「社交界に出たばかりの若者の会なんだろ? 騎士は離れてなきゃならないんだから、仕方ないだろ」
「だからって女装のミスティが護衛だなんて、レトもどうかしてるわ。役に立つと思えない」

 城の中にクララベルの味方は少ない。近衛のレトが近くにいなければクララベルを害するのは簡単だ。女友達という肩書でミスティを護衛として使うのはレトとしても苦肉の策だった。
  
「クララベル様、エスコートしていただけないかしら? 私、こういった場には不慣れですの」
 
 ミスティは高い声を作って、なよなよとクララベルにもたれかかる。

「やだ、気持ち悪い」
 
 ドンと押し返すと、ミスティはケタケタと笑った。

「私たち、仲の良いお友達なのでしょう?」
「……ミッシーちゃん、それよりその目はどうするの? まだ、婚約の発表はされていないし、バロッキーがお茶会に参加したと知れたら大騒ぎになるわよ」
 
 再びぎゅうぎゅうと腕に手をかけて体重をかけてくるミスティを押し返しながら、クララベルは言うべきか迷っていたことを口にした。
 
 王座を奪ったカヤロナ家は、バロッキーの血を広く栄えさせないため、竜を忌まわしいものとして扱うよう流言を流布する施策を講じてきた。
 貴族階級と違って、バロッキーについて知識のない市井の人々は、バロッキーを鬼や悪魔と変わらないものとして認識している。竜は毒を撒き、人を呪い、人を引き裂くと思っている人までいる。茶会に竜の目をした娘が現れたら、大騒ぎになるだろう。
 ミスティの父のジェームズは、比較的目の色が濃く、色の入った眼鏡をかけて目の色を誤魔化していたようだが、ミスティの淡い目の色では隠しようがない。

「ご安心ください、姫様。これがありますの」
 
 ミスティは鞄から小瓶をとりだす。水に浸かった褐色の鱗のような物が沈んでいる。

「それはなんなの?」
「珍しい魚の皮膚? 鱗って言ってたかな? 目に被せるんだって……うわっ、なんかヌルッとする」

 ミスティが取り出して顔に近づけて来たので、恐る恐る匂いを嗅ぐが、なんの匂いもしない。ミスティも気味悪がりながら、鏡を見ながら目に薄い膜を被せた。
 吸い付くように濃い色の膜がミスティの瞳に馴染み、元の色を覆い隠す。
 クララベルは首をかしげて、褐色と、紺色の間のような色になったミスティの目を覗きこむ。

「……なんだか印象が違うわねぇ」
「なんだよ」
「……ミスティ、あなた、よく見るとジェームズに似てるのね」
 
 ミスティの父、ジェームズは竜の目を持ちながら、目立たない瞳の色を買われて、クララベルの護衛として雇われている。姫様のお気に入りの外商顧客担当者といったていで、姫様にへつらっているのは仮の姿だ。

「きっも。あんた、父さんに対する視線が気持ち悪いんだよ!」

 クララベルがジェームズの容姿を気に入っているのは周知の事実だ。しかし、初対面でジェームズに似ていなくてがっかりしたと、クララベルの婚約者候補から外されたミスティにとって、軽く流せる事ではなかった。
 
「ち、ちがうわよ、だいたいジェームズは私のお父様ってわけじゃないし!」
「……そういう発想が出るところがキモいんだよ。良かったな、俺と結婚したら晴れてジェームズ・バロッキーの義理の娘だよ」
 
 クララベルはミスティの意地悪な言い方に複雑そうな顔をしたが、義理の娘という響きに少し頬を染めた。
 
「そのうち、ジェームズじゃなくてパパとか呼ぶようになるんじゃないだろうな?」
 
 ミスティは自分で煽っておいて、面白くないな、と苛立った。

「馬鹿なことばかり言ってないで、さ、行くわよ」
 
 クララベルは扇でぺしりとミスティの尻を叩く。

「今日の仕事が無事に済んだら、いくらでも私の絵具を持って帰ってかまわないわ。この国では私だけしか持っていない外国製の練り絵具よ!」

 クララベルが画材を収めてある扉を勿体ぶって開ければ、色とりどりの絵具が飾るように並べられている。ミスティはその豊富な品揃えに釘付けになる。なんだかんだで、クララベルの美術に対する目は確かだ。

「クララベル……お前、お飾りだと思ってたけど、意外と役に立つな」
「ミスティなんて、絵しか取り柄がないでしょ? この色、欲しがっていたじゃない?」
「あんたにしては気が利いてる」
  
 クララベルにとって、のミスティは料理の付け合わせ野菜だが、のミスティは極上の甘い菓子だ。
 画家としてのミスティに褒められれば、悪い気はしない。

「その代わり、これで絵を描いたら必ず私に見せるのよ」
 
 クララベルはミスティが描く絵をそれはそれは楽しみにしているのだ。
 クララベルがどれほどミスティの絵を見たがっているのか知っていて、クララベルも見惚れるほどの美しい笑みを浮かべ、ミスティはわざわざ一字ずつ切って言う。

「こ、と、わ、る!」
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