妻とは死別する予定ですので、悪しからず。

砂山一座

文字の大きさ
6 / 85

ミスティとは根本的に相性が悪い。

しおりを挟む
(いったっ!! ちょっと、なんで全力でつねっているのよ)

 背中に痛みを感じた。
 爪を立ててられて抓られている。

「……ええ、そんなこともあったかしらね」

 にこにこと微笑みながら、隣を見上げる。ミスティは、それはそれは上手に演技した笑顔で私に応える。

「僕の婚約者は、僕がこんなに尽くしても、僕との時間を忘れてしまうらしい。悲しいことです」

 すねたように言うくせに、私の背中を抓る力はゆるめない。
 寄り添うふりをして、私もミスティの背中に手を回す。

「そんなことないわ! ミスティがしてくれることが多すぎて、私が覚えきれないのね。それとも、私ったら、ミスティの顔ばかり見ていたのかしら?」

 私もミスティの背中を負けずに抓ることにした。

 (女性に対しての抓り方ではないわ!)

 なるべく力を込めて、服の上からつねり上げようとするが、ジャケットの上から脂肪もついていないミスティの背中をとらえるのはなかなか難しい。

「それは光栄なことだね、僕の姫様」
「ねぇ、ミスティ、私、疲れたわ。少し休んでもいいかしら?」

 我儘な姫という評判は便利だ。私が少し奔放ほんぽうに振舞っても、あの我儘姫のすることだとため息をつかれるぐらいで許される。

「ずっと外にいたものね。クララベル、レトにお茶を運んでもらおう」

 歓談を続ける人々の輪を抜けて、室内へ向かう。ミスティは自然に私をエスコートして、用意された部屋まで連れて行く。

「――っ痛ったいじゃないのよ!!」

 部屋に入りドアを閉めたところで、私はミスティを突き飛ばした。

「あんたは馬鹿かよ? ちゃんと話を合わせろよ。襤褸ぼろ出しまくりだろ」

 少し前の体重の軽いミスティなら私の力でも派手に突き飛ばされていたことだろう。
 今はよろめきもせずに、偉そうに腕を組んで立っている。

「あんたって呼ばないで」
「あんたじゃなければ、何て呼べばいいんだよ、アホのお姫様?」
「ちょっと、ミスティ、一度ジャケットを脱ぎなさいよ」
「……なんでだよ」
「いいから」

 ミスティは、割と簡単にジャケットを脱ぎ捨てた。 
 やっと、爪が通りそうな背中が現れ、私は嬉々として背中を抓り上げる。
 ここ二年でレトに鍛えられて、ミスティの身体にはだいぶ筋肉がついたが、それとは関係なく痛みを感じるであろう皮の薄いところを抓ってやった。

「どう? 痛いでしょ。こんな非道なことを私にやったのよ!」
「はっ、やると思ったけど、くっだらない。全然痛くないし」
「なんですって! くだらなくないわよ、私の背中を思いっきり抓ったじゃない。爪まで立てて、傷になったらどうしてくれるのよ。ひどいわ!」

 なんだかんだで、私が抓ったところをさすっているのを見逃さない。渾身の力で抓ったのだし、効かないはずがないわ。
 
「大袈裟なんだよ。厚顔無恥の面の皮は厚いはずだから、背中だってあれくらいで傷なんかつかないとおもうけど? それとも皮膚が厚いのは厚化粧の顔だけ?」

 ミスティの暴言は止まらない。どれほど痛かったか、わかっていないのだろうか。

「厚化粧じゃないわ! 傷になったら背中の開いたドレスが着られないじゃない!」
「婚約者も決まっている姫様が、ちゃらちゃらと背中を出してどうするつもりなんだよ。まずは性格を直さないと次の夫候補も裸足で逃げ出すな」
「性格で結婚なんか決まらないのよ。ミスティみたいな性悪と結婚が決まった私が言うんだから間違いないわ!」

 ミスティに指を突き付けてやる。
 バロッキー家でうっかりやったときに、子どもたちの前でサリに人差し指を折られそうなほど叱られたから、封印していたのだが。
 
 サリはシュロ国からバロッキー家に嫁いできた娘だ。
 実際、嫁ぎに来たのか、稼ぎに来たのか、わからない。商才があり、バロッキー家の仕事も任されている。
 サリは同い年のくせに、私に対してまるで礼儀作法の先生のように口うるさい。「ガミガミババァ」と心の中で呼んでいる。
 
(まぁ、ここにサリはいないし、かまわないわよね?)

 ミスティにはこのくらいの無礼がお似合いだ。

「自分の事を棚に上げるのが上手だな。ルミレスの倉庫で雇ってもらえばいいんじゃない? 棚に上げるのがうまいので雇ってやってくださいって、推薦状書いてやるよ」
 
 酷い侮辱だ。
 ミスティとは根本的に相性が悪い。それはもう、初めて会った時から、雷に打たれたようにお互いが天敵だと直感した。それが今は、身分の違いを乗り越えて結ばれた、美談カップルだ。
 婚約が決まって二年、偽の婚約者としての振る舞いは板についてきて、人目があるところでは熱愛の恋人同士として甘ったるく振舞えるようになった。

「口ばっかり達者なことね!……やだ、本当に傷になってるかしら?」

 鏡で確認しようとしても服の中なので分からないのだが、ミスティが抓って皴になっているドレスの生地を鏡越しに恨めしく眺める。

「いや、ホントに大袈裟だろ」

 ミスティは私のドレスの背中のボタンを器用に開けると、背中をのぞき込む。そこに一切の躊躇ちゅうちょはない。
 女性の服も着こなしていただけあって、服の着方を熟知しているのが腹立たしい。

「あ、ヤバ……」

 ミスティがうっかり感想を口にするのを聞きとがめる。
 やっぱり痕になっているのだろうか。少し焦ったようで抓った跡を撫でている。

「ほら、本当でしょ! すっごく痛かったんだから。あんな力でつねる方がおかしいのよ。私、そんなに悪いことした!?」

 そこに書類を持って騎士のレトが入ってくる。
 眉の間に峡谷が出来そうなほどのしかめっ面で。

「……姫様、なんとなく状況は分かるのですが――この場面だけ切り取られると、物凄くはしたなく見えますよ」

 慌てて鏡の中の私たちを見る。異性に背中をはだけられて、のぞき込まれている私が映っている。

 ――これは酷いわ。

「ち、ちがうのよ! レト、誤解よ、誤解!!」
「いえ、誤解はしておりません。先ほどミスティさんに傷がつくほど抓られていましたものね。あれは姫様が不用意過ぎました」

 よかった、レトはこの状況を誤解なく理解している。

「ほらな」
「……とはいえ、ミスティさんはやり過ぎです。もう昔の握力ではないのですからね」
「……はい。すみません。少しやり過ぎました」

 ミスティはレトに咎められて、バツが悪そうに、頭を掻いて自分の非を認めた。
 剣の師匠であるレトにミスティは逆らわない。私には絶対に謝ったりしないくせに、レトには素直に謝罪するのだ。面白くなくて、ミスティを小突く。

「どこが少しなのよ!」
「婚約者に狼藉ろうぜきをはたらかれて、背中を見せられない状態になったと思われても仕方ないくらい――のやり過ぎ方だな」

 しらっと告げるが、それはもう、相当痕が残っているということだ。

「最っ低!!!!」



 私とミスティの婚約がおおやけになって、もう二年も経つ。
 あの後すぐに成長期に入ったミスティはもう女装が似合わない体格になった。
 いや、似合うのかもしれないけれど、女性だとしたら身長が高すぎる。

 私たちの結婚に向けての準備は順調に進んでいる。
 先に結婚した王太子の兄には無事に跡取りが生まれ、ますます私に対する皆の関心は失せていった。
 目の上のこぶだった私が片付いて、諸侯を実家に持つ義理の姉たちも望みの通りの結婚が決まったようだ。

 私とサルベリア国の王子の縁談は白紙に戻り、代わりにすぐ下の妹アイリーンがサルベリアに嫁ぐことが決まった。そうなって、ようやく自分の身に危険が及ぶことが少なくなってきたと実感する。
 国王はサルべりアの縁談を蹴るなら、バロッキーから婿を取るようにと私に命じた。国益のための父が出した条件が、皮肉にも私の生活を安楽なものにしている。


 目下、私とミスティとの婚約は様々に解釈されている。
 行き過ぎた差別をなくすための友愛政策と取る者もいるし、資金繰りのための生贄いけにえだと私を憐れむ者もいる。外国に嫁ぐのが嫌でごね倒したといううわさも聞くし、私が酔狂すいきょうで美しいものを愛でたいが為に我儘を通したという説もある。
 
 真実など市井の者たちには退屈なだけだ。どうとでも取ればいい。真実など、見えなければないのと同じだ。

 アイリーンに望み通りの婚姻を選ばせるという目的が果たせて、私の緊張感は緩んできていた。
 バロッキー家でサリを参謀に据えて綿密に作り上げた設定を、つい忘れてしまっていたのも、気が緩んでいたせいだ。

 ミスティとの結婚を仕組んだのは、私に婚約者のヒースを奪われそうになっていたサリだ。
 どこで二人が出会ったとか、何をしたとか、どんなふうにプロポーズされたとか、それはそれは細かい設定が用意された。
 新聞に書かれたりしても矛盾の無い様に、サリの前で何度も覚えさせられたのは、あまり反芻はんすうしたくない思い出だ。

 サリは、私とミスティの婚約が、王家やバロッキー家の利に基づくものではないと宣伝しようとしている。私とミスティが好き合って婚約したことにするそうだ。
 勇敢なサリは、長年続いたカヤロナ国の竜に対する迫害を取り去ろうとしている。
 
 サリの思惑とは別に、王家にもバロッキーの血を引き込む理由が必要だった。
 今まで粗雑に扱っていた竜の血を再び王家に引き込むのに、言い訳が要る。そこに私の我儘というのがよくまり込んだ。
 不本意だけれど、我儘な王女である私がミスティを見初めて手放さない――そんな理由が最も都合が良かったのだ。
 宣伝の結果、私は愛を貫いた王女としてもてはやされるようになった。
 今の所、私たちの婚約は一部の保守的な層を除いて、あまり反発もなく受け入れられている。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。

藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」 街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。 だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!? 街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。 彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った! 未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!? 「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」 運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...