妻とは死別する予定ですので、悪しからず。

砂山一座

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【俺は絵のモチーフについて語るつもりがない】

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「それでは……ミスティ君の絵を見せてもらえないだろうか」
「いいですけど」

 悪だくみが済んで、マルスは落ち着きなく腰を浮かせた。俺に対する品定めはまだ終わっていないようだ。話の間もずっと、俺の絵を見る機会を窺っていたのだ。

「私もご一緒するわ」

 クララベルが、立ち上がろうとする俺の腕を引く。
 こういうの、悪い気はしない。

「いい、クララベルはここで待ってて」
「だって……」
「商談をしてくるだけだし」

 王宮での作った親密さとは違って、意地を張らずにクララベルを愛でるのは楽しい。
 強そうに髪を整えた頭をガシガシと撫でて、俺は席を立つ。

「そうですよ。殿下のお気に入りに手は付けませんから、ご安心ください。今はまだ殿下のものですからね」

 いかにも悪役がいいそうなセリフに俺は内心怯えた。その言い方が全然安心できない。


 マルスを伴って二階の自室の扉を開ける。

「失礼いたします」
「どうぞ、ここの奥で絵を描いています」

 アトリエに入ると、暗幕を開け、光を入れる。
 最近は気に入ったものだけを残して、他のものは売ってもらっている。
 この二年で、だいぶ減らしたのだが、それでもまだかなり残っている。

「これは素晴らしい。サリを通していくつか手に入れましたが、どれも素晴らしいものでした。しかし、ここにあるものは、それよりさらに素晴らしい。どの作品にも美にあふれている。あなた一人を囲うだけで何人も一流画家を手に入れたようになるでしょうね。今から楽しみです」
「どぉもぉ……」

 気のない返しをにこにこと受け、マルスはアトリエの中を歩きまわってあの恐ろしいペンで何やら書き付けている。

「で……特別な絵があるのだとか?」

 ふと動きを止めて、俺を振り返る。どうせそれを見るためにここに来たがったのだろう。

「ええと、これですかね?」

 俺は、暗幕の仕切りのむこう、二年前に描いた竜の絵の前にマルスを連れて行く。
 あれから、一筆もいれていない。これはこれでもう完成なのだ。

「ほう、これはまた、今までにないものですな。大変素晴らしい! しかし、カヤロナでは、これは良くないものなのでしょう?」
「はい。飾れる場所もないでしょうね」

 近づいたり離れたりしながら、ここで二年も外に出られずにいる哀れな竜をみる。

「はぁ、これはまた何と称したらよいか……すぐにでもこの国から持ち出したいところです。シュロでも買い手がつくでしょうが、シュロ国よりも別の国がいいのかもしれませんね。竜を縁起の良い物とする国は多いですので」

 何やら流通の算段を付けているようで、懐から手帳を取り出して何かを書きつけている。

「それで、最近は何を描かれていますか?」
「は? さ、最近?」

 しばらくたって、マルスが俺に訊く。
 そんなこと尋ねられるとは思っていなかったので、つい最近筆を走らせていた絵を思い浮かべて、あたふたとする。

「これはこれで国を揺るがしかねない傑作です。しかし、二年前の作でしょう? 私はあなたの最近の作も見たいのですが」
「あー、最近のですか……」

 俺は、最近描いている絵は、人が入ってきても見つからない場所に保管している。誰かに見せることを想定していない絵を描くのは、どうなんだ? と自問自答しながら。
 なんとなく後ろ暗くて、最近ではめったに人を部屋に入れなくなっていた。
 
 竜の絵を置いている所の、またその奥、隠すように仕切ってある暗幕を開けると、イーゼルに置かれた描きかけのキャンバスが現れる。
 すぐに見えない方向を向けているので、こちらからは絵の裏側しか見えない。
 最近描いているといえばこれだが、これを人の目に触れさせたいとは思わない。
 特にこの国の者……俺を知っている者には見せられないと思っていた。
 しかし根っからの自己主張の激しさ故か、俺は絵を描いたからには、誰かに見せたいのだ。
 この変態は異国の者だし、俺の知り合いでもない。少しぐらいかまわないだろう。

「その、この絵に関しては公言しないで欲しい。サリにも、クララベルにも、誰にも」
「もちろん。お約束いたしましょう」

 断言がウソくさい。

「じゃぁ、どうぞ」
 
 マルスは、キャンバスの表側にまわり、少し口を開けて固まる。

「……な、なるほど」

 マルスは口を覆って、難しい顔をしている。
 俺は落ち着かない気持ちになった。
 俺は自分の描く絵には相当の自信がある。この絵だって、人に見せられないだけで、出来は悪くない。

「……なにが?」
「いやはや、これは」

 目をきょろきょろとさせ、落ち着かない様子だ。
 背を丸めて、絵に近づいたり離れたりして、さらには絵のまわりをぐるぐると歩き回る。俺もマルスも落ち着かない。

「だから、なんなの?」

 こちらもどう反応して良いかわからず、少しイラついてきた頃に、大きく手を広げて俺につかみかかってきた。

「ミスティさん! これ、これがいいのです! これを売ってください! 私の個人所有として買い取りますから!」

 がくがくと俺を揺さぶるマルスと距離を取りたくて、押しのける。

「これは、そういうヤツじゃないんだよ」
「いや、なんとしてでも手に入れたい!」
「だから、売りもんじゃないんだって」

 そう言ってもマルスは諦める様子はない。

「これは、ひょっとすると、連作でまだありますね」

 鋭いな。

「……」

 俺に乱暴に押しのけられたマルスは、体勢を立て直すときょろきょろと室内を見渡す。今にもアトリエを探し回りそうな勢いだ。


「さぁ、見せていただきましょうか。あなただって本当はこの出来栄えを誰かにみせたいのではないのですか? はぁ、これは、何でしょうね、見れば見るほど惹き込まれる。被写体を超えていますよ」
「うるさいな」

 失礼なこと言いやがる。あれはあれでいいものなんだよ。

「ふむ、あなたにはこう見えているという事なのでしょうか?」
「……もう見せなくてもいい?」
「いえいえ、拝見いたします! 全て見せていただかなくては帰れません!」

 嫌な所をつついてくる変態だ。
 嬉々として俺の内面に土足で踏み込もうとしている。
 俺は諦めて、またその奥にしまい込んだいくつもの絵を取り出す。
 誰かに見せたかったのは本当だ。ここに仕舞われたままになっていては、この絵が浮かばれない。
 ただ、知り合いにはとてもではないが見せられない。

「はぁ、これはまた御執心なことで。竜の血とはすばらしいものですね」

 顔を紅潮させて、画風は違うが同じモチーフを題材とした絵を順に穴が開くほど凝視する。やっぱり見せなきゃよかった。

「本当に、この計画を推し進めてもいいのですか?」

 結局のところ、マルスはその確認をするために俺と話をしたがったのだろう。食えないやつだ。

「俺は国の政策に一枚噛んだだけの仮の夫だ、永く夫の座にいる必要がない。あいつだって、俺が死んだことになったら、次の夫と安楽に暮らすだろ。いくら王が変わっても竜を国外に出さない政策だけは変わらなかった。だから、バロッキーが国外に出るのは死ぬ他にない。この国から出れば、俺はこの国の束縛から離れて、絵が描ける。迷うことはないだろ?」
「それはお気の毒な事で」

 ちっとも気の毒そうな顔をしないでフフフと気持ち悪く笑う。
 本当は気の毒なんてもんじゃない。俺は番を失った竜になるのだ。

「それで、これはおいくらで売って頂けるので?」

 造ったような胡散臭い表情を引っ込めて、マルスはキラキラとした目で俺を見る。

「だから、売らないって言ってるだろ!」
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