妻とは死別する予定ですので、悪しからず。

砂山一座

文字の大きさ
12 / 85

【俺の婚約者が変態相手に俺の所有権を主張するのは悪い気はしない】

しおりを挟む
 
「ひっ……」

 クララベルは応接室に入ってくるなり、のけぞるようにして固まった。
 マルスは、俺のあごを掴んで口づけでもするような距離で、俺の顔を覗き込んでいる。

「素晴らしい。素晴らしいね、彼は! 彼を僕にくれるのかい? サリ、君を諦めたのは惜しかったと思っていたのだが、わざわざカヤロナまできた甲斐があった」

 シュロ国の豪商だというマルスは、黒い目を輝かせて俺を観察している。一目見て、俺を気に入ったようだ。
 しばらくカヤロナに滞在するらしく、昨日から王都で宿をとって、商売になりそうなことを探し回っているらしい。

 密着したマルスから、形容し難い仄暗ほのぐらい香りがする。上質の香水でも隠しきれていない、身に付いた何かだ。
 黒い髪が生白い額に隙なく撫でつけられ、仕立ての良い服を着ている。シャツのぼたんにはこの辺ではなじみのない材質が使われているようだ。光沢があまりないから、貝殻とも違うのかもしれない。
 シュロ人に多い深い褐色よりも、もっと黒い瞳が、舐めるように俺の瞳を観察する。
 何ともねっとりとした視線だ。まぁ、精悍せいかんな顔つきだが、視線のねちっこさが、善良な振る舞いを打ち消している。
 正直いって悪寒がする。

「ちょ、ちょっと! あなた、その手を離して頂けないかしら!」
 
 気を取り直したのか、クララベルがつかつかと俺たちの前まで来ると、尊大な態度で胸の前で腕を組んでマルスに告げる。

「それはまだ私のものです。気安く触れないで!」

 目尻を吊り上げ、王女然とした命令口調で言う。

 ――こういう言い方に心を躍らせてなるものかと思う。
 クララベルにとって本当に俺は単なる所有物で、やきもちなんて可愛らしいものでマルスを牽制しているのではないのだ。王女様らしく俺の所有権を主張している。

「それは失礼いたしました、お許し下さい、殿下。お目通りが叶い光栄です。私はシュロの商人でマルス・ハンガスと申します。お見知りおきくださいませ」

 マルスはあっさり俺を離したが、するりと俺の頬を撫でていくのを忘れない。

 キモいキモいキモい!!!

 俺の思っていた三倍キモい!

「……俺はモノじゃないし」

 一応、自己主張してみるが、どちらも聞いていないようだ。
 俺が起き上がった時に、マルスはメモ書き用に握りしめていたペンを取り落とす。
 中にインクが内蔵された、持ち運びができるものだ。あまりカヤロナに流通している物ではない。珍しかったのだろう、足元に転がって来たそれをクララベルが拾い上げた。
 落とし物を拾ってやるなんて、姫としてはやんちゃな行動だが、クララベルの美術品に対する好奇心は強い。
 珍しい材質のペンだったのだろう、飴色に漆を塗られたそれを色々な角度から観察している。

「美しいでしょう? 人の薬指にうるしを何層も塗って固めた軸が使われています」
「見たことのない品ね――ちょっと待って、何に漆をですって……?」 
「はい、人の薬指です。小指は少し頼りない太さですので」
「く、くす……て……っひゃっ!」

 クララベルはよくよく見るうちに、漆で塗り固められた中に人の指らしい形を見出して、放り投げるようにしてマルスにペンを返した。それから、その手を分からないように俺の服でゴシゴシと拭く。

「姫様が興味がおありでしたら、入荷を考えましょう。なかなか良い材料が手に入らないのですが……クララベル様がお望みなら、如何様いかようにも」

 マルスの異常性を認識したのだろう、クララベルはちょっと涙目だ。

「いえ、結構。うちの国では輸入するつもりは一切ありませんから、材料は手に入れないでけっこうよ。……ちょっと失礼するわ。ミスティ、ついていらっしゃい」

 クララベルは俺を引きずって、客間からなるべく遠い部屋まで逃げた。


 *****


 今日の外出着もだいぶ気合いが入っている。
 クララベルは何か争う要件のある時には、必要以上に着飾る傾向がある。
 艶の無い濃紺のドレスはパニエで膨らませて、ただでさえ細い腰が折れそうに細く見える。
 強調させるように寄せて盛り上げた胸で何と戦うつもりやら。

「それで、なに?」

 じっくり観察しているのがばれないうちに、話を聞いてやる。

「本当にあの男に身を任せて大丈夫なの?」
「身を任せるとか……気持ち悪い言い方するなよ。身元は確かだよ。頭はちょっとおかしいと思うけど、俺自身を何かの材料として使ったりはしないだろ」
「わからないわよ! 人の指をペン軸にしていたわ!」
 
 まぁ、それはなかなか流通しない品だろうなとは思う。どこで材料を調達するのかは考えたくない。

「でもさ、俺がシュロでどこに身を寄せるかなんて、クララベルには関係なくない?」
「なっ……」
 
 クララベルは俺の突き放すような言い方にひるんだ。

「どうせ死んだことになるんだ。別に、その後の事は心配してくれなくていいよ」
 
 ギリッと奥歯を噛みしめたクララベルは、目に怒りを灯す。
 俺はこういう、クララベルの感情をむき出しにした顔が好きだな、と思う。もう何作かはスケッチしてある。

「勘違いしないで! 私は、ミスティの老後の心配をしているのではなくて、今現在の貞操の心配をしているのよ!」
「……ばっ、馬鹿なこというなよ!」
 
 頬を赤らめて、可愛らしく言った内容は俺をげんなりさせるものだった。ちょっと何を言っているのか考えてしまった。

「一応、仕方なくだけど、私の夫として隣に立つ男が、変態に結婚前に籠絡ろうらくされるのを見ていられないって言ってるの!」
「籠絡ってどんな意味で使ってるんだよ。そんなこと、ないからな」

 いくらなんでも、余計な心配だと思う。

「わからないじゃない。サリが逃げ出すくらいの変態よ! サリにもどうにもできなかった変態なのよ!」
 
 クララベルはサリがどうにもできないという所に不安を感じているのか、言い方を変えて二度言った。
 ――まあ、そのくらいの変態性を感じられたのは事実だ。

 なんだろう? 毎朝、新鮮な生肉だけ食べますとか、生きた鳥の目を抜くのが趣味ですとか、人の局部だけを収集してますとか言われても、そうなんだろうなと納得してしまうような気持ち悪さだ。

 サリと婚約を結ぼうとしていたマルスが来ると分かり、バロッキー家はざわついていた。
 ヒースはマルスが来ると知ってから、ずっとピリピリとしていたし、今朝も片時もサリから離れようとはしなかった。
 俺が紹介され、マルスの興味がサリから俺に移った時に、明らかにヒースの緊張感が緩むのを忌々いまいましく察知した。

(ああ、そうかよ! サリが一言マルスと挨拶を交わすのはダメで、俺が変態に襲われるのは気にしないんだな?!)

 俺はヒースに適当に扱われて面白くない分を、クララベルから取り戻そうと思った。

「じゃぁさ、クララベルが俺の所有権をもっと主張しておけばいいんじゃない? 人前でいちゃつくのは慣れてるだろ?」

(俺は天才か?!)

 この状況でクララベルといちゃつく方法を思いついた。
 ダメ元で提案してみると、クララベルは難しい顔で腕を組む。
 それをやると胸の谷間が強調されるからやめろと言うべきか、言わざるべきか……。

「馬鹿みたいだけど、そうね……それが確実かしら?」
 
 呑んだ! 
 俺の馬鹿みたいな提案をクララベルが呑みやがった。

 アホだ。
 最近のチョロさはちょっと考えられない。
 俺に好きなように貪られているのに、嫌がりもしないで受け入れている。
 俺はついにクララベルの体の黒子の数を数え始めて、見える範囲を広げようとさえしている。無防備なものだ。



 応接室に戻った時、クララベルは俺の真横に座った。
 密着して。
 ヒースが愉快なものを見るような顔をしている。笑いたければ笑えばいいのに。
 確かに、俺としても、これはかなり愉快なものの部類に入る。
 気持ち悪い香水でダメにされた鼻をクララベルの清潔な体臭を吸って癒しているのはヒースにしかばれてないだろう。
 ――せっかくだし、直に吸うか。
 俺は片腕をクララベルの腰に絡め、自分の方に引き寄せる。慣れたものでクララベルは抵抗もせず俺にされるがままだ。
 そのまま近づいたつむじに唇を寄せる。
 クララベルはたくさん香水を持っているくせに、自分ではごく薄くしか身につけない。バロッキー家に来る時はそもそも付けてこない。竜が香水が苦手な事を誰かに聞いたのだろう。
 柔らかくて砂糖菓子みたいな匂いのクララベルが、ぎゃんぎゃんと吠えるのが愛おしくて、うっかり目が光りそうだ。

 俺はうちにクララベルから奪えるものは何でも奪っておくつもりだ。
 胸いっぱいに、いつものクララベルの香りを吸い込む。
 何をされているのかわかっていないコイツは、ツンと顎を上を向け、マルスを威嚇いかくしている。
 クララベルが馬鹿でよかった。
 少し向きを変えてうなじも嗅いでやるかと視線をあげると、サリが残念なものを見るような目で俺を見ている。

 俺は未だに外交上の演技以外、クララベルに愛を告げたことがない。死ぬまで告げるつもりはない。サリはそのことに気を揉んでいる。
 結婚したって言ってやるものか。俺はカヤロナ国から出て行く身なのだ。
 クララベルのものはなんだって奪うが、自分のものをクララベルに残す気はない。
 まぁ、絵の一枚ぐらい置いていってやってもいいとは思っているが。

「ふふふ、殿下にライバル視されてしまったようですね。恐れ多いことです」
 
 マルスは恐縮して見せるが、本心は全く見えない。慇懃無礼いんぎんぶれいに恐れ入りますとか何とか言っている。
 さっきのペンの材質を思い出すと、あのきれいに磨かれた白いカフスの材質すら気味の悪い物に見えてくる。

「ずいぶん御執心のようですのに、手放されるのですね」

 クララベルはマルスのぬめぬめとした口調に、既に劣勢だ。

「私の夫として立つまでよ。それまでに変なものに手をつけられたら困るわ」

 牽制するように俺に腕を絡める。腕がクララベルの柔らかさに包まれ、腹の底がジリッとする。
 当たってる、当たってるからな。
 お前、そういう所だから!
 わざと当ててるんだったら大したものだが、無防備なものだ。

 サリにクララベルの押し付けられる胸をガン見しているのを視線で咎められる。
 また残念な物を見るような顔をされた。
 いいんだよ。俺は、クララベルから搾取さくしゅできるものは今のうちに全て搾取するつもりでいるんだから、ほっといてくれ。

「予定は今の時点では未定だということを、両者肝に銘じておいてださいね。仮にとはいえ、ミスティは王女の夫として偽装ではなく本当に婚姻を結びます。クララベルの立場でミスティが必要である限り、ミスティはクララベルのものです。今後レトさん以外の警備がつけば、自由に行動することも出来なくなるかもしれませんし」
「かまわないよ、サリ、楽しそうな計画に巻き込んでくれてありがとう」

 マルスがサリに笑顔を向ければ、落ち着いて茶をいれていたヒースから嫌な圧迫感がにじみ出る。
 竜の血の濃い者の感情は周りに影響を与える。俺も変な圧迫感に顔をしかめた。
 
 竜は嫉妬深い。
 ……にしても、ヒース、落ち着けって。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。

藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」 街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。 だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!? 街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。 彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った! 未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!? 「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」 運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

処理中です...