妻とは死別する予定ですので、悪しからず。

砂山一座

文字の大きさ
21 / 85

【俺の婚約者の近衛騎士は俺を鍛えたい】

しおりを挟む
 紅玉祭の次の日、俺はレトさんに呼ばれて、クララベルの護衛をするように頼まれた。レトさんは、昨日の花火について調べに行くようだ。 

 レトさんは機動力があるので、一人で活動する仕事を割り振られることが多い。過去には他国に侵入して恋敵の情報を探るような馬鹿なことも命じられた。
 初めのうちはレトさん一人だけで出かけていくのを心配していたが、レトさんに格闘技や剣技を習うようになってからは考えを改めた。
 ――レトさんは常軌を逸している。

「レトさん。昨日、俺たち少し喧嘩しちゃってて……今日は会いに行っても、クララベルが部屋に入れてくれるかどうかわからないんですけど」 

 俺が詳細をぼかして伝えると、レトさんは心底あきれたような顔をした。

「ミスティさん、姫様の尻の肉を抓んだそうじゃありませんか。嘆かわしい」
 
 レトさんは腕を組んで非難するように俺を見る。周りに人がいないので言葉も荒い。
 身長は追い越したが、今も全然勝てない。レトさんは優しそうな見た目に反して、人を痛めつけるのに躊躇が無いのだ。

「――あいつ、言いつけたな」 

 小さい声で言ったのに、レトさんに睨まれる。 

「いつもいつも、ふざけ過ぎです。ミスティさんのやっていることは、好きな子に意地悪する悪童と変わりません。恥を知りなさい」 
「跡がつくほどは抓ってないですし。それに、あいつ、何やってもすぐ過剰に反応するから……」
 
 にこにこと笑ってごまかそうとしたが、レトさんには通用しなかった。 
 レトさんもすごくいい笑みを作る。普段あまり表情筋が動かないので、凄く怖い。

「ミスティさんは運動が足りないようですね。私が帰って来たら少し訓練場までいらしてください。少し稽古をつけて差し上げましょう。イライラする時ほど運動すると良いのですよ」 
 
 レトさんは、背が高くほっそりしているが、剛力で、瞬発力もある。普通じゃないくらい足も速い。目も耳もいい。それがたった一人でクララベルの護衛を務められる理由だ。
 まぁ、クララベルがレトさん以外を受け付けないというのもあるのだが。 
 騎士の中でも特に優秀なのだろう、誰かが対処しきれない問題が起きるとレトさんが呼ばれる。
 あれだけ屈強な騎士がいる中で、ただ一人レトさんが呼ばれるのだ。それだけでも特別な存在だと分かる。
 婚約が公表された際に、それまで絵しか描いたことがなかった俺を鍛えると、おかしなことを言い出したのもレトさんだった。
 俺はレトさんとの訓練で、脳筋という言葉が実在することを知った。
  
「いや、ほら、俺、今、描いてる絵があって……」 

 今では毎日の訓練を自ら行うようになったが、レトさんと一緒の訓練となると、意味が違う。 
 心肺機能がお化けなレトさんを標準とした内容だし、俺が無理だって言っても、やめていいって絶対に言ってくれない。やり切るまで終わらないのだ。

「それは一層運動不足になっていそうですね。だいたい、ミスティさんは手を庇って、脚力に頼りがちでいけません。筋肉は均等についてこそ――」 

 これが始まると長いので、レトさんにはさっさと出かけてもらおう。 

「わ、わかりました! レトさん、ほら、もう出かけた方がいいんじゃないですか? 俺、クララベルを見てきますから」 
「ちゃんと仲直りしておいてくださいね」 
「……努力はします」 

(でも、今日は無理かな) 
 
 昨日の今日で、クララベルの機嫌が直っているとは思えない。 
 

 俺は、もう最近、本当にぐちゃぐちゃなのだ。
 サリに思春期だと揶揄やゆされても仕方がない。
 それはクララベルが単なる高慢ちきなお姫様ではないことに端を発する。 
 
 顔を合わせた頃は箸にも棒にも引っかからないような、ひどい我儘な性格だと思っていた。それが自分の番だと思うと本当に腹が立った。しかも、俺のことが大嫌いだとか。
 見た目が完璧なのに、あんな態度はないだろうと、自分を説得しようと何度もした。
 
 それが、なんだ。 

 クララベルは自分の我儘だという性質も広告として利用して、国の王女としての務めを健気に果たしている。 
  
 思えば、二年前の茶会の時だってそうだった。俺の立場を守り、場を必要以上に混乱させなかった。 
 昨日だってそうだ。自分が危うく怪我をしそうになって、怖ろしかっただろうに、尊大な姫としての振る舞いを忘れなかった。 

 サリにやり込められたり、レトさんに叱られて泣いている所ばかりを見ているせいか、そうやって王女の仮面をかぶって場を収める姿には驚かされる。 
 皆の求める我儘姫を演じながら、まっすぐに俺に縋ってきて、おびえた冷たい指先で必死に俺の手を掴むのを、可愛いと思わないはずがない。
 全部忘れたことにして、竜の血の勢いに任せて求愛してしまいそうになる。
 必死に俺の方に走ってきた姿は記録として絵に残しておこうと思う。これから何もかも失うのだと思うと、一瞬も無駄に出来ない。

 俺がいなくなった時に、クララベルは誰の手を取るのか――考えただけで吐き気がする。 
 それでも、ダグラスを呼んだのは、ダグラスが真剣にクララベルのことを愛していると知っているからだ。
 知りたくもないのに、クララベルに関することなら、そんな些細なことでも気がついてしまう。 

(――あれは相当、本気……だよな?)
 
 ダグラスという男、虫も殺さない善良で無害そうな顔をして、俺に対する敵意がすげェ。
 竜にばれないと思っているのだからめでたいが。
 クララベルが本当にダグラスの事を政治的なものとしてしか認識してないことも、ダグラスを選んだ一因かもしれない。 
 愛のない結婚よりは、一方的にでも愛される保証がある結婚の方がいいに決まっている。  



「姫様、こちらにいらっしゃいますか?」 
 
 誰の目があるか分からないので、礼儀正しくノックする。 
 部屋の中からクララベルとは違う気配がする。どうやら、誰か来客がいるようだ。
 
『ミスティ?』 

 驚いたよう不機嫌な声と、こそこそと何かを話すこえがする。 

『ごめんなさい、整えて……』 

 薄い衣擦れのような音がして、間もなくクララベル自らがドアを開ける。 

「……あら、ミスティじゃない? どうしたの?」 

 取り繕った声だ。機嫌のよさそうな顔ではない。 
 仲直りは諦めて、形式上の挨拶を述べる。 

「ごきげんよう、クララベル様、今日は……」 
「ミスティ、ちょっといらっしゃい」 

 言い終える前に、クララベルは俺を引きずり、すぐ近くの小部屋の扉を開けて、俺を押し込む。 
 
「馬鹿、いきなりなんだよ」 

 行儀よくするのはやめて、昨日の続きかと応戦の準備をする。 

「こっちの台詞だわ。いったい何をしに来たのよ」 
「昨日、泣きそうだったかわいそうな姫のお見舞いに……」 

 大げさに身振りを付けたら、ぴしゃりと手を叩かれる。 

「レトね! レトに言われて、余計なお世話をしにきたのね」 
「尻を抓んだお詫びにね!」 
「痛っ!」

 クララベルは仕返しなのか、俺の尻を抓り上げる。
 まぁ、痛いけど……悪い気はしない。

「馬鹿ね。ああもう、どうしようかしら。ミスティ、私が呼びに来るまで、ここで静かにしていて! 音を立ててちゃダメよ」 

 誰か来ているのを邪魔されたくないのだろう。急いでいるようだ。

「なんで? 俺は間男まおとこじゃないんだけど?」 
「存在は似たようなもんでしょ。とにかくここで静かにしてて! 出てきては駄目よ。わかったわね」 

 嵐の様に、なんの説明もなく俺をワードローブに押し込めて、クララベルは去っていく。
 ドアが閉まると、小部屋は真っ暗になった。

「おい、真っ暗だぞ!」 

 去って行ったクララベルに悪態をつくが、気密性の高い部屋に俺の声は吸い込まれた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

処理中です...