妻とは死別する予定ですので、悪しからず。

砂山一座

文字の大きさ
29 / 85

しおりを挟む
 兄が狩りに出かける者たちの所に戻っていき、ほっと胸をなでおろす。

「それで、何かあったのか?」
「別に、兄様がつまらないことを言ってきただけよ」
「ふーん」

 兄とぎこちない理由なんて、ミスティは知らなくてもいい。私と兄はとっくにこんがらがっているし、それを丁寧に解いてくれる母はもういない。
 それはミスティには関係ないのだから。

「ミスティ、一度言ったったことの取り消しは無しよ。もう今日は私、ずっとミスティが絵を描いている所にいるから」
「仕方がないな。それで、裸婦でも描かせてくれんの?」

 またとんでもないことを言い始めたミスティを冷たい目で見る。

「何を言っているの、最近調子に乗りすぎなんじゃない? これだけの自然の前でよくそんなくだらないことが言えるわね」

 カヤロナの実りの季節は、夏の間の風景とは一変する。
 雪に閉ざされる冬の前のほんの一時、赤く色づいた木々の様子をキャンバスに残したくないと思う画家なんていないはずだ。

「別に俺は時間つぶしに描くだけだから、風景でも人物でもかまわないんだけど。裸婦ならそれなりに楽しい」
「耳が腐るわ。あーあ、狩りらしく動物でも出てくれば動物を描くのに」
「クララベルが裸婦を描かせてくれるとなったら、俺も子鼠の一匹ぐらい呼ぶかもしれないけどな」
「下品なのはやめてってば。……待って、竜が浮かれている時に動物を集めるって、何か、こう、愛情とか? ほほえましい情動を想像してたけど、そういう破廉恥な感じなの? なんだかがっかり」
「ヒースは鹿を呼ぶよな。幻滅しろ、幻滅しろ。バロッキーの男なんてそんなのばっかりだ」
「竜に御伽噺おとぎばなしみたいな可愛らしさを求めた私が馬鹿だったわ」

 ヒースが浮かれている時に動物がやって来るのを思い出して、知らなくていい事実を掘り起こしてしまったとぐったりする。

 ふざけた事ばかりを言っていたミスティだったが、にょろにょろとした線で森の風景を描き始めると、すぐさま真剣な顔になり絵の世界に没入する。
 私もしばらく木の葉を手元に置いて葉脈を描いていたが、ミスティの絵に気を取られて手が止まってしまった。
 私には真似できたものではないが、ミスティの中にはこの絵の完成図が見えているのだろう。迷いのない筆運びで下書きと関係があるとは思えない場所から色を乗せていく。
 魔法のように色が増え、ミスティの目を通して世界がどう見えているのかが明らかになってくる。

 悔しいけれど、私はミスティの目を通して見る世界が好きだ。



 しばらくして、メイドが「狩場からのお届け物です」ときれいな木の実と赤く紅葉した葉に文を付けて持ってきた。
 なかなか小粋なことをする者がいるなと手紙を開けば、ところどころ力の入れ方の間違えたような字で短く要件がつづってある。格好をつけた言い回しに見えるが、なんだか稚拙さも透けていてちぐはぐな印象だ。

『妹の件で内密にお話したきこと有り。
 太陽の方角にある一番高き樹木のところまでお越しください』

 名前の代わりに押された印を見て、ぞくりとする。
 この黒と赤を使った気取った印はオリバーのものだ。昔から趣味が悪いと思っていた。
 
 オリバーは、ついにフローラの事を知ったのだろうか。
 フローラのことはミスティにもレトにも言っていない。

(オリバーの呼び出しなんて嫌だけど、ミスティに、なんて言ったらいいの?)

 身の安全を考えてみる。
 危険はないとは言えないが、オリバーは広い領地を持つサンドライン家の跡継ぎだ。国に対しての責任も重い。王族ばかりがいるここで問題を起こすのがどれほど愚かな事かわきまえているだろう。
 だとすれば、本当に話したいことがあるだけだと考えていいだろうか。
 オリバーがフローラをもう追わないと誓うなら私も安心できるし、逆に危害を加えるつもりでいるなら手を打たなければならない。

 私が百面相している横でミスティは集中して絵を描いている。

 ――ミスティには頼れない。どうにかして一人で抜け出さなければ。

 お茶を飲んでくるわと告げると、ミスティは上の空の返事を返した。
 絵に集中しているのはわかるが、私が心配ではないのだろうか。いや、別にミスティが悪いわけではない。私がフローラと変な約束をしてしまったのが悪い。この状況に一人だけで向かっていかなければならないことが不安なだけだ。

「じゃぁ……行って来るから」

 私に背を向けて、椅子に腰かけ筆を走らせるミスティの耳を掴んで、頬にかすめるようなキスをする。

(私の苦悩を、少しくらい察しなさいよ!)

 心の中で無理な注文を付けるくらい許して欲しい。
 まぁ、去り際にキスなんて、恋人らしい行動だったと思うわ。サリに出来を報告しなくては。
 ミスティはこちらを振り返らずに「ああ」とだけ言って手だけで見送った。



 私は天幕に戻ってきて、手紙に添えられていた赤い落ち葉をひらひらさせて女官に声をかけた。
 いつもの私に付いている若い女官ではない。おそらくいつもは城の別の場所で仕事をしている女官なのだろう。私を見ると少し作ったような顔でほほ笑む。
 私の我儘ぶりが噂で知れ渡っているようね。この場合、丁度いい人選だわ。

「ねえ、みて、綺麗でしょ? 私もこんな葉を拾いたいの」
「ではご一緒いたします」
「駄目よ、内緒で拾いたいって言ってるの!」
「お一人で行かれるのですか?」
「そうよ。ミスティを驚かせたいのよ」
「ですが……」

 私が馬鹿みたいな我儘を言っているのを困った顔で見る。いい傾向だわ。もう一押しね。

「それじゃ、あなたがこれからカップ一杯のお茶をいれて、それをすっかり飲み終わった頃に私があの赤い木を目指して行ったってミスティに伝えてくれない? ミスティと一緒ならいいでしょ? 誰かに何か言われたら、私に命令されたって言えばいいわ。でも、絶対に早すぎては駄目よ。私がきれいな木の実を拾って、そこで待つのだから……ふふふ、意味がわかるわね?」

 思わせぶりな表情を浮かべて意味深に声を落とす。
 女官は迷うような顔をしたが、また姫の我儘が始まったのだと納得してくれたようだ。

「お二人は仲がよろしいのですね」
「ええ、そうよ。もうすぐ狩りが終わってレトも帰ってくるわ、もしレトが帰ってきたら、迎えに来させて。私、帰りの道では足が疲れてしまっているかもしれないものね」

 私はめいっぱい我儘姫の特権を使って、できるだけの保険を掛けた。ミスティもレトも気がついて迎えに来てくれるかしら。何も起きなけれないいのだけれど。

「ふふふ、ミスティきっと驚くわね。私、あの木には子供の頃からよく行っているし、ここから歩いてもすぐだから、心配ないわ」


 *****


 私が木の下に着いた時にオリバーはいなかった。
 まだ来ていないのだろうか?
 すると、集められた木の葉の中に手紙の付けられた木の枝が立てられている。
 
 ――これを読めというのだろうか。
 
 私は手紙に近づき木の枝から手紙を取ろうとする。
 思ったよりも割った枝の間が狭くて、手紙が取りづらい。

「……?!」

 枝ごと引っこ抜いて取ろうと枝を引いたとたんに、何かはじける音がして、ぐんっと手が上に引き上げられるのを感じた。
 手首に熱を感じる。

(何が起こったの?)

 一瞬のことに何が起きているのかわからない。痛みを感じる方を見てみると、右手に何かが巻き付いている。
 手首を締め上げられ、木の葉で見えなかった位置から続く綱が私を吊り上げようとしている。
 私は罠にかけられたようだ。
 つま先立ちでどうにか立っていられるくらいの高さで綱の長さが調節してあって、もう片方の手で縄をほどこうとすると足が浮いてしまう。

「獲物がかかったな」

 物陰から見ていたのだろうか、オリバーがカサカサと木の葉を踏みながら現れた。

「凄いだろ? 猟師にしかけてもらった特注なんだ。ただの括り罠じゃなくて、つまらない女を釣りあげる罠さ」

 オリバーは私に目線を合わせるように少しかがみ、嫌な笑いを浮かべている。

「丁度良いだろ? 姫様が爪先立ちで頑張っている姿はなんとも愛らしいですね」

 冷や汗が出るのを感じて、震えそうなのを私は大きく息を吸い、ため息に変えた。

(……怖い)

 怖いけれど、怖がれば相手の思うつぼだ。

「オリバー、これはどういうつもり?」

 私はツンと顎をあげた。
 どんな危機的な状況であっても、私はあくまでもかしずかせる側の者だ。

「躾のなっていない姫様にはいろいろ教えて差し上げなくてはと思いまして。姫様もフローラもどうして自分の身の丈をわきまえないんだ。俺に全てを委ねればいいのに」

 オリバーが私を疎ましく思っているのは知っていた。でも、こんなに短慮であるとは思わなかった。
 こんなところで私が騒げば、どこにいてもすぐにレトが飛んでくる。
 復讐するなら、もう少し上手にやって欲しい。
 せめてもっとバレないようなところで。

「ふぅん、身の丈ね。オリバーに教えられるとは思っていなかったわ」
「泣かないのか――姫様、この状況が分かっていないのか?」

 叫び声をあげれば野営の場所まで聞こえるかもしれない。しかし、この状況でオリバーを取り押さえたとして、国に何の利もない。

 今、サンドライン家に何か起きるのは困るのだ。
 サンドライン卿は広い領地を治めながら国の中枢の仕事もしている。
 今の所、サンドライン卿ほど領地を把握しているものはいないし、その代わりとなる人材もいない。候補であったオリバーは、たった今候補のリストから消えた。
 アイリーンと一緒にサルべリアに行くことが決まったフローラは、もうアイリーンにとってなくてはならない支えになりつつある。何事もなくそのまま送り出したい。

 今、サンドラインと名のつく者に何か問題をおこしてもらっては困るのだ。どうにか思いとどまらせなくては。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

処理中です...