妻とは死別する予定ですので、悪しからず。

砂山一座

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【俺は別にやりたくてやったわけじゃない】

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 俺は、二年前のあのとき、オリバーの俺に対する感情を単にバロッキーに対する差別の延長だと見誤っていた。今思えば、茶会の時のオリバーの反応は嫌悪ではなくて、恐怖だった。

「なるほどな……」

 酷く嗜虐的しぎゃくてきな感情が湧いてくる。

 まだ声も出せずにいるクララベルの顔を掴んで上顎うわあご下顎したあごを割り開いてやると、産まれたばかりの子馬がそうするように、あえぐように大きく息を吸った。

「ほら、口を開けろ。噛み締めすぎて歯が折れるぞ。まったく……大声で助けを呼ぶだけでこいつを破滅させられただろうに。本当にこれでいいのか?」
「だって――こんな些細な事でいちいちお父様に迷惑をかけられないわ。ミスティ、私の顔、血がついてない? さっき休んだところに手巾を置いてきてしまったの。服が汚れるとまずいわ、拭いて頂戴」

 俺に引っ付いて震えているのに、よくもそんな尊大な口が利けたものだ。
 オリバーが振り回した枝がかすったのだろう、耳の下あたりに、小さな柘榴石ざくろいしほどの血がにじんでいる所がある。

「乙女に傷をつけるとは、男の嫉妬は醜いなぁ」

 クララベルに顔を近づけて、オリバーに見せつけるようにべろりと傷を舐める。

「いっ……痛いわよ!!」

 舌先で傷口を撫でられて痛かったのか、顔をしかめて俺に不満をこぼす。
 そうだ、クララベルは少し怒っているくらいの方がいい。

 俺は、爪で引き裂かなくてもオリバーをさいなむことができると思い至った。
 俺は昔、ヒースがそうやって連れ去られそうなサリを留め置いたのを思い出した。
 まさかを俺もやることになろうとは……。
 ちょっと、恥ずかしい。

「なぁ、オリバー、竜はツガイを傷つけられると、どんなふうになるか知ってる?」

 竜の血が毒だなどと市井の者はいまだに信じているが、貴族たちはそんな戯言ざれごとかけらも信じていない。経済的な特権階級の商家が王家に勢力を制限されている。そのくらいの認識なのだろう。

 オリバーはそれなのに、震えるほどに竜におびえていた。
 さっきだって、オリバーがクララベルから離れたのではなくて、俺のことが――竜が怖くて近づけなくなったのだ。

(チビるほど怖いってなんだよ……)

 俺はなんだか可笑おかしくて笑い出した。
 俺の笑いは、オリバーには禍々まがまがしく見えたことだろう。

「人が望んだからって竜は誰かを呪ったりしない。竜は自分で選んだ者の為にしか動かないんだよ」
「うっ……」

 俺が一歩踏み出せば、オリバーは一歩下がる。

「オリバー、あの時も竜が怖かっただろう? 知っているよ、失禁してしまうほど竜が怖いんだよね? そうなんだ。オリバーには分かるだろう? みんな信じていないけれど、本当は竜は恐ろしい生き物なんだ。賢いオリバーはそれに気がついたのだろう? 貴族の皆はバロッキーの富に目がくらんで、呪いがあることを見て見ぬふりをしているんだ」
 
 婚約者役をする時はひっこめている底意地の悪い笑い方をオリバーに見せてやる。
 クララベルのやるように、つんと顎をあげてオリバーを見下ろす。
 二年前見上げていたオリバーの背丈は、今は俺より低い。

「ひっ……」

 あからさまな演技だというのにオリバーは悲鳴を上げた。

「や、やっぱり、本当だったんだ……」
「おやおや、秘密を知ってしまったんだね。どこで本物の竜に出会ったんだい?」
「俺は本当に見たんだ! 街で遊んでいたら、見世物小屋に突っ込んで。そんなの見間違いだって皆は言っていたが、目が真っ赤に光って、鱗まで生えてて、爪まで黒くて。連れていた奴が俺の首を絞めて、喋ったら殺すって……そいつも血走った目の気持ち悪い竜で……」
 
 適当に話を合わせたが、オリバーは過去に竜に出会って脅されたことがあるようだ。

(うーん、話を聞く限り、きっとヒースと誰かだよな?)

 そんなに竜の血が濃い奴、俺の知る限りヒースぐらいしかいない。穏やかじゃないが、街で何かあったのだろうか? まぁ、オリバーだって、子どもの頃にそんな目に合えばさぞ恐ろしかっただろう。

「ああ、残念だったね。おっと、それを口にしてしまったら、呪いをかけられる約束だったんじゃないの?」

 オリバーはハッとして、滑らせた口を慌てて両手で覆う。

「うわっ、俺は、俺は何も言ってない。何も……」

 もぞりと腕の中でクララベルが身じろぐ。
 やりすぎだとでも言っているんだろうが、今、絶好調だから放っておいて欲しい。

「その竜との約束なんかよりも、酷い禁忌を犯したのがわかるかい? あんた、竜の番に手を出した。その報いを受けなければならない。とびきり酷いバロッキーの呪いをかけてやろう」

「嫌だ。俺は何もしていない。そいつが勝手に俺を誘ってきたんだ」
「へぇ、クララベルに誘われたんだ? それは嫉妬するなぁ。嫉妬で竜は人を殺めたりするんだよな」
「ちがう、俺は全然そんな気はなかった!」
「そんな気はなかったんだ? それは俺の番に対する侮辱だよなぁ。竜は番を侮辱されたら相手を許さないんだ」
「いや、そんなつもりはない。頼むから、もうこっちに来ないでくれ」

 オリバーは面白いぐらいに頭を振って、俺から離れようとする。 

「もしオリバーが再びクララベルを傷つけるような事があれば、嫉妬深い竜の血がお前を呪い殺してしまうかもしれないなぁ。それとも今よりうんと醜くなるように呪おうか? どんなに立派な服や化粧でも隠しきれないほどの醜男ぶおとこになるようにっていうのはどうだい? その呪いはね、俺が死んでも延々と残るんだ」

 とはいっても、オリバーは別に醜くない。鍛えているとは言えないが、骨太で逞しい体をしている。自分が着飾らなければ醜くなると思い込んでいるのはオリバーだけなのだ。

(思春期特有のへんてこな恰好さえやめればなぁ)

 何か言いたげにクララベルが俺を見上げる。
 俺は少し考えてから、一度離したクララベルの頭をぐっと掴んで俺の胸に押し付ける。
 息が吸えないと少し暴れたが、今いい所なので、ちょっとじっとしていて欲しい。

 抱いたクララベルの髪を掻きまわす。
 目を閉じると、いつもは意識しすぎないようにしているクララベルの体温が、匂いが、心音が、これでもかと流れこんでくる。

 ――そうだ、これは俺のものだ。

 クララベルの存在に荒ぶる竜の血をそのままにする。
 きっと今の俺の目は歓喜にたかぶり、竜の血で赤くらんらんと光っているに違いない。

(――惜しいな、俺の目が赤く光る姿なんて、自分で確認して自画像でもかいておきたいくらいなのに)

 目を見開き、オリバーを睨むと、オリバーはすとんと腰を抜かした。
 俺の赤く光る目がオリバーの目を捉え、それを見返したオリバーは哀れなほどにカタカタと震えて縮こまる。

「なぁ、呪ってやろうか?」

 目を光らせたままダメ押しで、悪い魔女のようなポーズをとる。
 ノリノリでやったが、思ったより恥ずかしい。ヒースめ、どんな気持ちでこれをやったんだか。

「ひ、ひゃぁ……許してくれ、ゆるしてくれ……」

 足腰に力が入らないようで、溺れたネズミのような格好で地面を掻く。
 前のように失禁でもされては面倒だ。
 防水効果のないオリバーの靴は染み抜きにはだいぶ時間がかかるだろう。靴には罪は無い。
 
「竜の呪いの恐ろしいところはね、その呪いは親族にも及ぶんだ。決してもう俺とクララベルにかかわらないことだね」

 俺は、恥ずかしくて居たたまれなくなってきたので、この悪い遊びをやめることにした。
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