妻とは死別する予定ですので、悪しからず。

砂山一座

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夫婦

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 夫婦になったので、当然、目覚めれば隣にミスティがいる。
 まだ眠いし、身体が重く感じるが、意識ばかりは冴え渡る。

(なんだかとても大変なことになっちゃったわ。聞いていたのと全然違う……私が竜だったからかしら。それとも相手が番だったから?)

 薄目を開けてみればミスティの長いまつげがうんと近くで見えた。嬉しいような恥ずかしさで胸がきゅっとする。

 宣言通り、ミスティに全てを任せておいて、何も困ることはなかった。
 目隠しをされても特に怖い事はない。ミスティの気配がいつもより近く深く絡みつくのがわかって、逆に安心したくらいだ。

(こんなことをしたら関係が変わってしまうんじゃないかなって思っていたけど、今のところ特に変わりはないわ……よね)

 穏やかな寝顔に、昔の愛らしい少年だったミスティを思い出す。よくもまぁ、色々と育ったものだと、少し腹立たしい。

(ミスティに触られてもなんともなかったのは、慣れたからだと思っていたけど、違うのね)

 ミスティの腕の中で、このまま死んでしまっても怖くないと思えるような瞬間があった。
 全てを相手に委ねることで、何かを得ることもあるのだなと、妙に哲学的なことを考えてしまう。

(それって、何を与えても惜しくないってことよね……)

 もうしばらく、美しいミスティは私のものだ。
 薄い唇に触れたい衝動にかられて、どうしようかと考える。
 陽の光に光るまつ毛を観察して、手を伸ばし、ふかふかと頭を撫でてみる。

「ん……」

 寝返りをうったミスティの腕が私の背中にまわされる。素肌の背を指が這うのはこそばゆい。
 そこでようやく自分の姿を知った。

(――き、着てない! 私、あのまま疲れて寝ちゃったんだわ)

 目覚める様子もなく、ミスティの手が背を滑る。なんだかとても慌てた。

「あ、あの……え? え?」

 寝息を立てて背を撫でるミスティは、今度は足を絡めてくる。
 何かおかしい。寝ているはずのミスティの心音が跳ね上がるのがわかる。脈拍も速い。

「ちょっと、ミスティ……狸寝入りね?」

 私がいうと手の動きを止めてミスティが片目をあけた。私が眉を顰めているのを見て、ベタベタと撫でていた手を浮かせる。

「バレた? 暇そうにしてたからちょっと……せっかくだから胸も触ってもいい?」

 ぎゃっと叫んで枕元にあった夜着を手繰り寄せて、露わになった胸を隠す。

「なんだよ今更、もう全部鑑賞し尽くした後だからな。事後なんだよ事後。今描けって言われたら、裸婦像だってかけるぜ。すっごいやつをな!」

 そうだ、雰囲気で流してしまったけれど、暗いから見えないなんて竜が言ったとしたら出鱈目だ。
 ミスティの目は暗闇でも見える。

「……見えないって、嘘をついたわね!」

 朝から夫の横面をぺしりと張ることになるとは思わなかった。



 ✳︎



 もう朝だとは言えないような時間なのに、誰も部屋には近付かない。

 結婚後は城の別棟にミスティの部屋と夫婦の寝室を持つことになった。私の元の部屋もそのまま使える事になっているが、寝室はミスティと一緒だ。

 ドアの外で足音が遠慮がちに部屋を通り過ぎていく。
 新婚に対する気遣いがいたたまれない。

「キスで起こしてくれるんじゃないのかよ?」
「寝たふりなんかして、いやらしいわね」
「何をしてくれるのかと思ってさ。はい、おはよう」

 ミスティは大きく伸びをして私の鼻先にキスをする。

「調子に乗りすぎよ」


 ミスティが水差しから水を注いでくれるのを受け取って口をつける。
 喉がカラカラだった。

「カヤロナに花嫁の純潔を証明するような、馬鹿な風習がなくてよかったわ」
「ああ、破瓜の血のついたシーツを吊るされるんだっけ?」
 
 だらしなく下着の上にローブを肩にかけただけのミスティは、私のグラスを取り上げると残りを一気に飲み干した。
 下着だけのミスティを初めて見て、目のやり場に困る。
 陽光に照らされて輪郭のぼやけたミスティは彫刻などより美しい。水を飲んでいる喉の動きさえ、官能的に見えなくもない。

 そうだ、ミスティのあの長い指も、割と筋肉のついたあの胸も、引き締まった腕も足も、全て私のものになったのだ。
 夜とは違って朝の光で全てが見えるようになって、顔を覆いたいくらいだ。

「国それぞれだとは思うけど、そんなことされたら恥ずかしくて生きていけないわね」
「……まぁ、ぐちゃぐちゃのシーツとソレと、どっちを見られて恥ずかしくないかは、人それぞれだよな」
 
ミスティが私を指さして片眉をあげる。

「それ?」
「さすがに今日はレトさんに叱られたりしないとは思うけど、しばらく残るかな……」

 ミスティが人差し指で私の鎖骨辺りを指し示す。

「え? 何をしたのよ」
「うっかり盛り上がりすぎちゃって……すごいことに」
 
 慌てて鏡を手繰り寄せてみれば、首筋から鎖骨にかけて、小さな鬱血が赤い花びらのように点々とついている。夜着の内側を覗けば、それは胸の方まで続いている。

「やだ、なにこれ、ひ、ひどい! どうするのよ! これじゃ、恥ずかしくて外を歩けないわ!」
「別にいいだろ? 新婚だし。公務も休みだろ?」
「レトにどんな顔されると思ってるのよ! それに、明日にはバロッキーから送られてくる祝いの品を受け取らなきゃならないのよ! 絶対、サリが来るに決まってるわ。ジェームズも……イヴだって!」
「やることやってますってアピールには丁度いいだろ? 熱愛の恋人同士がついに結婚したんだし、なんでもないって」
「世間じゃなくて、身内に対しての居た堪れなさよ! 知り合いに見られたらすごく気まずいわ!」

「今更だよ。契約結婚でもちゃんと王女の責務を果たされる方が、なんとも初心ウブな事をおっしゃるのですね」
「もう! ミスティも少しは気まずそうにしなさいよ。私ばかりが恥ずかしいみたいじゃない」

「俺としては、思った以上に抱き心地が良かったし、満足だけど」

 ミスティはベッドの上に戻って来て、何かを確かめるように抱きついて、ついでとばかりに夜着の上から腹を撫でる。

「いやぁぁ、思い出させないで! まだ現実を直視できない! 世の中の夫婦はみんなあんなことになってるの?」
「立派にお務めを果たされましたよ、姫様。ご立派でした。ついでに俺は役得でした」

 ミスティがゲラゲラと笑うので枕を投げつける。

「あー、はいはい。それよりさ、お腹空かない?」

 慣れないことをして、消耗していたのか急に空腹を感じる。

「……そうね、忘れていたわ」
「まってて、確か……ああ、あるね」

 ミスティはローブのままで寝室のドアを開けると、飾り付けられたワゴンにのせられた朝食を押してくる。
 新婦がベッドから出られないのを見越した気遣いに、転げまわりたいほどの恥ずかしさを感じる。
 ミスティはワゴンに飾られた花に驚く様子もなく、朝食をとりわけ始める、花婿にだけ朝食の説明があったのかもしれない。

「朝方までずっとヤってりゃ、お腹も空くよね。喉痛くない?」

 ひひひ、と笑いながらミスティは含みを持たせた言い方で私を揶揄う。

「もう! ミスティ、言い方ってものがあるわっ!」
「事実だろ。俺、種馬の才能あったんだな。実際、相性は悪くないよね」

 相性が悪いはずがない。竜になってしまった私はミスティ以外、触れられもしないのだから。

「相性なんて、国の義務には関係ないわよ。でも、まあ、お互い苦にならないのは幸いね」

 私は甘い果物を一切れ、手で掴むと口に含む。
 昨日からあまり食事が喉を通らなくて、本当にお腹が空いていた。
 ミスティだけしかいないし、少しくらい行儀が悪くても叱られないだろう。
 甘い酸味が疲れを癒す。もう一切れ、もう一切れと口に運ぶ。

「やっと食事にありついた猿みたいだな、それとも頬袋に詰め込むリスか?」
「うるさい」

 私たちはこんなことになってしまっても、ちっとも様子が変わらない。

 やっと小腹が満たされて、私が指を拭くものを探していると、ミスティが私の手を掴んで果汁にまみれた指を口に入れる。
 昔、紅を塗ってやったら噛まれたのを思い出して警戒したが、そんなこともなく、指先にただならぬ感触を感じて動けなくなった。

「食べたらさ、また国の義務とやらに務めようか?」

 別に断る理由もない。私たちは夫婦なのだし。

「……考えておくわ」

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