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ヨミヤの竜
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「ヨミヤ……?」
ナイカと名乗った竜はミスティに見えるように黒い爪をきらめかせる。
見たことのある爪の色だ。目の赤みも、ヒースとよく似ていた。
「ミスティさんもご存じないですか? この国の竜の家系はバロッキーとヨミヤの二筋。我々はバロッキーより竜の血が濃いので、このような姿をしています。その分、嫉妬深い性分なのですが――」
バロッキーとは違う竜がいるなんて、考えたことがなかった。私たちは身を寄せ合って、竜に対峙する。
「俺は知らない。それで、その竜が、なぜ俺たちを狙う必要がある?」
「いいえ、バロッキーを狙うなんて、滅相もない。狙ったのは、そこの姫様だけです」
竜は優美な眉を寄せて私を睨んだ。威圧されて足がすくむ。
「カヤロナは、決してバロッキーと交わってはいけないのです」
この竜が何を意図しているのか分からない。
遠いけれど、レトの方でも気配がする。レトの気配が膨れ上がっているから、争っているのかもしれない。
レトは負けない。心配はないはずだ。
「おや、おや、コールは見つかってしまったようです」
「コール?」
どこかで聞いたことのある名前だ。コール、コール何某……。
名前よりも先に、手の甲に押し付けられた唇の感触を思い出す。
「……あ! ニゲイラ商会のコール・ニゲイラ?」
ナイカはふふふと意味ありげに笑う。
思い出した。展覧会で私をエスコートした男だ。
コールの私を値踏みするような、ねっとりとした視線を思い出して、悪寒がする。
「あなたが竜なのかコールに見定めさせようとしたのですけれどね。どうにも決定打を得られずにおりました。あなたはあの女の娘ですから、可能性は高いと思ったのです。昔あなたを見定めた者は、竜ではないと言っていたのですが――」
「私は……あ、ぐっ……」
言いかけて、ナイカの膨れ上がる竜の気配に喉を詰まらせる。ヒースがサリのことで怒っている時よりも、もっと重々しい気配に圧倒されて、私は一歩下がった。
「ほら、直接会えば、簡単にあなたが竜だと分かる。私の気配は恐ろしいでしょう? 私は、父も母も竜。ヨミヤの中でも血が濃いのです」
ミスティも歯を食いしばって、厚くなる竜の気配から逃れようとしている。
私たちが後退すれば、ナイカは歩をすすめる。
「はぁ……カヤロナが竜になろうとするなど腹立たしい。残りかすのような血をかき集めて竜を生み出すとは、本当に小賢しいことです。ミスティさん。その小汚い娘から離れなさい。うっかり番にでもなってしまったら、大変なことになりますよ。結婚は偽装なのでしょう?」
忌々しそうに吐き捨てるが、ミスティに矢を向ける様子はない。
「クララベルを傷つけることは許さない。武器を引け」
「そういうわけにはいかないのです。ヨミヤを知らないあなた方には、少し説明が必要ですかね」
ナイカは表情を改めて、講義を始めた。こんな凶暴な気配に、似つかわしくないほど朗々とナイカは語る。
「さて、お二人とも、この国がどうしてカヤロナ国になったがご存じで?」
恐ろしい笑顔のまま、私に矢を向けて答えを促す。
「カヤロナ家がバロッキーを王座から追いやったからでしょ? それを恨んでいるの?」
「いいえ、そんな事実はありません。やはりカヤロナは何も知らないらしい。盗人猛々しいとは、こういうことをいうのですね。たかだか一滴、竜の血が混じっただけの分家が、バロッキーの覇権を奪えるとでも? おかしいとはおもわなかったのですか?」
嘲る口調だが、何を言われているのかはわかる。
それは私もずっと不思議に思っていたことだ。カヤロナがバロッキーを追いやった経過は、想像しても納得いく筋道がたてられたことがない。
「なら、どうして?」
「よく聞いてヨミヤの苦しみを知りなさい。この国は古来、バロッキーとヨミヤが護る、絆の国だった。バロッキーがカヤロナを愛するまでは」
想像したことのない物語が語られている。
バロッキーとカロヤナ、それ以外に歴史に関わった家が存在しているとナイカは言っているのだ。
「そんな話、バロッキー家の歴史でも聞いたことがない」
「そうですか、無知なカヤロナだけでなく、バロッキーからもヨミヤは忘れ去られてしまっているのですね。我々は闇に潜むもの。それはしかたのないことです。しかし、バロッキーとヨミヤは常に一つだった。それが真実です」
「それがどうして、カヤロナを害することにつながるっていうの?」
「クララベル、聞くな。そいつの言っていることは正史にも載っていないたわごとだ」
ミスティを一瞥すると、ナイカは視線を落とし、真っ直ぐな目でミスティを見る。
表情だけを見ると、祈りをささげている神官の真摯さで、ミスティに向けて語りかけた。
「ミスティさん、古代の竜は個人でなくとも番を得るのです。ある時、バロッキー家はカヤロナ家を番にした。バロッキーはヨミヤからカヤロナを守り、ヨミヤはカヤロナからバロッキーを守るようになった。我々は悪の根源を絶つため戦いました。しかし、番とは恐ろしいものです。バロッキーは盲目にもカヤロナ家を守るために、カヤロナに覇権を譲り渡したのです」
「ちょ、ちょっと待って。バロッキーがカヤロナを守るですって? カヤロナがバロッキーを迫害していたのよ」
私はひどく混乱した。しかし、ナイカの語る話が、嘘や妄想ではないと感じていた。
「バロッキーはカヤロナに竜の迫害政策を指示しました。国内に残っていたヨミヤの竜をカヤロナに近づけない為に」
「なんですって」
カヤロナが根底に持つ苦しみに、カチリとはまる理由だった。身を挺してカヤロナを守るバロッキーに報いる為、愛の無い結婚を慣例としていたのだとしたら……。
「姫様は神話をご存じない? この地にいらしたのも偶然ではないとおもっていましたのに、竜の勘がないだけでなく、人としても鈍いのですね。それだけで駆逐する理由がある」
ナイカは、地を這うような声で低く歌い始める。
フォレー領に伝わる伝説だ。赤い星が盗まれてしまう所を悲しげに朗々と諳んじる。
「――赤い星が、バロッキー?」
「ヨミヤの神話では、バロッキーがカヤロナに奪い去られるところで話が終わる。王都の祭りでは逆に、赤い星が降るのでしたっけ? 何とも忌々しい話ですね。あれはどちらも同じ話をかたどった神話なのです。古代の竜がヨミヤから離れて、カヤロナを愛するに至る話だ。我々にとっては落涙の曲だというのに」
二つの神話が交錯する。
一つはバロッキーがカヤロナという番を得て、めでたく祝う祭りに、もう一つはヨミヤの竜に知恵と恵みを与えたバロッキーが、番を得て去っていく伝説に。
どちらもバロッキーとの関係を記したものだったというのいうのだろうか。
「そんな……そんな、出来過ぎてるわ」
「バロッキーへの迫害はその実、バロッキーを駆逐するものではなく、ヨミヤの竜からカヤロナを守るための加護だったってことか?」
嘘にしても、つじつまが合い過ぎる。
「うそ……」
「確かに、バロッキー家には正史より古い伝説を継承するベリル家がある。俺たちには知らされてない可能性もあるな。それに、ヒースは竜にしても異質だ。竜の家系が別にある話には耳を傾ける必要がありそうだな」
ミスティが話をしながら、私を逃がそうとしているのが分かる。
いやだ。一人では逃げない。ぎゅっとミスティの手を握る。
「過去に様々なことがありましたが、それでもヨミヤはバロッキーを深く愛しているのです。ヨミヤの番はバロッキーだけ。だからバロッキーのすることには何も口を挟まないで見守ってきました」
ナイカは私たちと変わらない年齢に見える。勢いを取り戻して声高に愛を叫ぶ姿は、少年のようにも見える。
「しかし、カヤロナの姫、あなたは駄目だ。バロッキーが別の竜と交わらないのがヨミヤとカヤロナとバロッキーの聖域だった。それなのに、あなた方親子は、ことごとく不文律を破ろうとした。バロッキーに守られ続けるなら、カヤロナは弱くもろいものでなければならない。それが、自ら竜になろうだなんて、もってのほかだ」
親子とはきっと母のことだ。私は直感でナイカが母の死にかかわっているのを悟った。
「まさか……あなた、母さまになにかしたの?」
「カヤロナに竜は必要ないので」
「――母様はヨミヤに殺されたの?」
「そうですね。まだ子供だった私は、警戒されずにお母上に近づくことができた。仕方のないことでした。腹の子は竜だった。あなたもダメだ。竜だと知っていたら、ミスティさんに近づけることなどなかったのに」
ナイカはまた弓を引き絞り、私を狙う。ぐるりとナイカに背を向け、ミスティが私を背でかばう。
「そこをどいてください。その者との絆を断つのです。ミスティさん、あなたを救って差し上げたいのです。カヤロナの者を妻にだなんて、娼婦にも劣る」
「やめろ! 巻き込むな。クララベルは竜じゃないし、これから別れるところだ。害する必要がないだろ」
ナイカは私たちの周りをぐるぐると回り、私だけを射ることができる場所をさがしている。
「もしかして、今まで本気でその女が竜だと気が付いていなかったのですか? ああ、番の気配が大きすぎたのですか? 竜の恋とは盲目ですね。おぞましいものです。いいですか、いい加減目を覚ましなさい。その雌の竜は、あなたの心に絡みつこうとして、子まで宿しているではありませんか。傷が浅いうちに処分すれば、新たに番が見つかりましょう、カヤロナなどおやめなさい」
番の気配? それより何と言った?
子を宿している――?
私たちは顔を見合わせる。
「クララベル、まさか……」
「ミスティ、どういうこと?」
互いに耳を疑うようなことがナイカから告げられているが、この状況では審議している暇もない。
ミスティは私の腹側を晒さないように抱き込み、矢面に立つ。
仕方なくナイカは私たちを引きはがす為、バタバタと近づいてくる。あまり体捌きが良いとは言えない動きだ。
「その手を離してください。引っ付かれては、この雌を排除できない」
ナイカが伸ばした手を、ミスティが跳ねのける。
「クララベルに触れるな!」
「ヨミヤはバロッキーに憎まれてもいいのです。バロッキーを守る為でしたら、いくらでも悪役を演じましょう。うっかり契る前に手折ってしまうのがいい。姫がミスティさんの番だったら、手こずるところでした」
「クララベルは既に俺の番だ。お前が竜なら、分からないはずがないだろ?」
ミスティの目が燃えている。ミスティの竜の気配が膨らみ、ナイカを威圧する。
ナイカは私を追うのをやめ、凶暴な目をしているミスティを覗き見る。
「ああ、ミスティさん、その感じ……もう手遅れでしたか。あなたも気配を殺すのが上手なのですね。しかし、残念なことになってしまいましたね」
ミスティの目は強く光り、ナイカを威嚇する。番だと言ったのは何かの方便だったのかもしれないが、嘘でもいいと、ミスティに縋り付く。
「クララベル、レトさんの気配が分かるな? そっちに向かって全力で走れ。転ぶなよ」
「だめよ、ミスティも一緒に逃げるのよ!」
「こいつはバロッキーを守るつもりでいる。俺を殺そうとはしない。ひきつけておくから、出来るだけ遠くに逃げるんだ」
「でも……」
私の腹部に柔らかく触れて、絞り出すような声を出す。
「この子を守れ。その子がおまえを独りにはしないから」
「ええ? 私、本当に妊娠しているの?」
「なんだよ、竜なんだろ? そのぐらい分かれよ!」
「わからないわよ!」
分からないことばかり、混乱することばかり、でもミスティの言うことは信じられる。
守るものがある。
「できるな?」
「出来るわ。絶対に死なない。任せて」
「頼んだ」
ミスティが頬に口付ける。私はそれをお守りにして走り出した。
ナイカと名乗った竜はミスティに見えるように黒い爪をきらめかせる。
見たことのある爪の色だ。目の赤みも、ヒースとよく似ていた。
「ミスティさんもご存じないですか? この国の竜の家系はバロッキーとヨミヤの二筋。我々はバロッキーより竜の血が濃いので、このような姿をしています。その分、嫉妬深い性分なのですが――」
バロッキーとは違う竜がいるなんて、考えたことがなかった。私たちは身を寄せ合って、竜に対峙する。
「俺は知らない。それで、その竜が、なぜ俺たちを狙う必要がある?」
「いいえ、バロッキーを狙うなんて、滅相もない。狙ったのは、そこの姫様だけです」
竜は優美な眉を寄せて私を睨んだ。威圧されて足がすくむ。
「カヤロナは、決してバロッキーと交わってはいけないのです」
この竜が何を意図しているのか分からない。
遠いけれど、レトの方でも気配がする。レトの気配が膨れ上がっているから、争っているのかもしれない。
レトは負けない。心配はないはずだ。
「おや、おや、コールは見つかってしまったようです」
「コール?」
どこかで聞いたことのある名前だ。コール、コール何某……。
名前よりも先に、手の甲に押し付けられた唇の感触を思い出す。
「……あ! ニゲイラ商会のコール・ニゲイラ?」
ナイカはふふふと意味ありげに笑う。
思い出した。展覧会で私をエスコートした男だ。
コールの私を値踏みするような、ねっとりとした視線を思い出して、悪寒がする。
「あなたが竜なのかコールに見定めさせようとしたのですけれどね。どうにも決定打を得られずにおりました。あなたはあの女の娘ですから、可能性は高いと思ったのです。昔あなたを見定めた者は、竜ではないと言っていたのですが――」
「私は……あ、ぐっ……」
言いかけて、ナイカの膨れ上がる竜の気配に喉を詰まらせる。ヒースがサリのことで怒っている時よりも、もっと重々しい気配に圧倒されて、私は一歩下がった。
「ほら、直接会えば、簡単にあなたが竜だと分かる。私の気配は恐ろしいでしょう? 私は、父も母も竜。ヨミヤの中でも血が濃いのです」
ミスティも歯を食いしばって、厚くなる竜の気配から逃れようとしている。
私たちが後退すれば、ナイカは歩をすすめる。
「はぁ……カヤロナが竜になろうとするなど腹立たしい。残りかすのような血をかき集めて竜を生み出すとは、本当に小賢しいことです。ミスティさん。その小汚い娘から離れなさい。うっかり番にでもなってしまったら、大変なことになりますよ。結婚は偽装なのでしょう?」
忌々しそうに吐き捨てるが、ミスティに矢を向ける様子はない。
「クララベルを傷つけることは許さない。武器を引け」
「そういうわけにはいかないのです。ヨミヤを知らないあなた方には、少し説明が必要ですかね」
ナイカは表情を改めて、講義を始めた。こんな凶暴な気配に、似つかわしくないほど朗々とナイカは語る。
「さて、お二人とも、この国がどうしてカヤロナ国になったがご存じで?」
恐ろしい笑顔のまま、私に矢を向けて答えを促す。
「カヤロナ家がバロッキーを王座から追いやったからでしょ? それを恨んでいるの?」
「いいえ、そんな事実はありません。やはりカヤロナは何も知らないらしい。盗人猛々しいとは、こういうことをいうのですね。たかだか一滴、竜の血が混じっただけの分家が、バロッキーの覇権を奪えるとでも? おかしいとはおもわなかったのですか?」
嘲る口調だが、何を言われているのかはわかる。
それは私もずっと不思議に思っていたことだ。カヤロナがバロッキーを追いやった経過は、想像しても納得いく筋道がたてられたことがない。
「なら、どうして?」
「よく聞いてヨミヤの苦しみを知りなさい。この国は古来、バロッキーとヨミヤが護る、絆の国だった。バロッキーがカヤロナを愛するまでは」
想像したことのない物語が語られている。
バロッキーとカロヤナ、それ以外に歴史に関わった家が存在しているとナイカは言っているのだ。
「そんな話、バロッキー家の歴史でも聞いたことがない」
「そうですか、無知なカヤロナだけでなく、バロッキーからもヨミヤは忘れ去られてしまっているのですね。我々は闇に潜むもの。それはしかたのないことです。しかし、バロッキーとヨミヤは常に一つだった。それが真実です」
「それがどうして、カヤロナを害することにつながるっていうの?」
「クララベル、聞くな。そいつの言っていることは正史にも載っていないたわごとだ」
ミスティを一瞥すると、ナイカは視線を落とし、真っ直ぐな目でミスティを見る。
表情だけを見ると、祈りをささげている神官の真摯さで、ミスティに向けて語りかけた。
「ミスティさん、古代の竜は個人でなくとも番を得るのです。ある時、バロッキー家はカヤロナ家を番にした。バロッキーはヨミヤからカヤロナを守り、ヨミヤはカヤロナからバロッキーを守るようになった。我々は悪の根源を絶つため戦いました。しかし、番とは恐ろしいものです。バロッキーは盲目にもカヤロナ家を守るために、カヤロナに覇権を譲り渡したのです」
「ちょ、ちょっと待って。バロッキーがカヤロナを守るですって? カヤロナがバロッキーを迫害していたのよ」
私はひどく混乱した。しかし、ナイカの語る話が、嘘や妄想ではないと感じていた。
「バロッキーはカヤロナに竜の迫害政策を指示しました。国内に残っていたヨミヤの竜をカヤロナに近づけない為に」
「なんですって」
カヤロナが根底に持つ苦しみに、カチリとはまる理由だった。身を挺してカヤロナを守るバロッキーに報いる為、愛の無い結婚を慣例としていたのだとしたら……。
「姫様は神話をご存じない? この地にいらしたのも偶然ではないとおもっていましたのに、竜の勘がないだけでなく、人としても鈍いのですね。それだけで駆逐する理由がある」
ナイカは、地を這うような声で低く歌い始める。
フォレー領に伝わる伝説だ。赤い星が盗まれてしまう所を悲しげに朗々と諳んじる。
「――赤い星が、バロッキー?」
「ヨミヤの神話では、バロッキーがカヤロナに奪い去られるところで話が終わる。王都の祭りでは逆に、赤い星が降るのでしたっけ? 何とも忌々しい話ですね。あれはどちらも同じ話をかたどった神話なのです。古代の竜がヨミヤから離れて、カヤロナを愛するに至る話だ。我々にとっては落涙の曲だというのに」
二つの神話が交錯する。
一つはバロッキーがカヤロナという番を得て、めでたく祝う祭りに、もう一つはヨミヤの竜に知恵と恵みを与えたバロッキーが、番を得て去っていく伝説に。
どちらもバロッキーとの関係を記したものだったというのいうのだろうか。
「そんな……そんな、出来過ぎてるわ」
「バロッキーへの迫害はその実、バロッキーを駆逐するものではなく、ヨミヤの竜からカヤロナを守るための加護だったってことか?」
嘘にしても、つじつまが合い過ぎる。
「うそ……」
「確かに、バロッキー家には正史より古い伝説を継承するベリル家がある。俺たちには知らされてない可能性もあるな。それに、ヒースは竜にしても異質だ。竜の家系が別にある話には耳を傾ける必要がありそうだな」
ミスティが話をしながら、私を逃がそうとしているのが分かる。
いやだ。一人では逃げない。ぎゅっとミスティの手を握る。
「過去に様々なことがありましたが、それでもヨミヤはバロッキーを深く愛しているのです。ヨミヤの番はバロッキーだけ。だからバロッキーのすることには何も口を挟まないで見守ってきました」
ナイカは私たちと変わらない年齢に見える。勢いを取り戻して声高に愛を叫ぶ姿は、少年のようにも見える。
「しかし、カヤロナの姫、あなたは駄目だ。バロッキーが別の竜と交わらないのがヨミヤとカヤロナとバロッキーの聖域だった。それなのに、あなた方親子は、ことごとく不文律を破ろうとした。バロッキーに守られ続けるなら、カヤロナは弱くもろいものでなければならない。それが、自ら竜になろうだなんて、もってのほかだ」
親子とはきっと母のことだ。私は直感でナイカが母の死にかかわっているのを悟った。
「まさか……あなた、母さまになにかしたの?」
「カヤロナに竜は必要ないので」
「――母様はヨミヤに殺されたの?」
「そうですね。まだ子供だった私は、警戒されずにお母上に近づくことができた。仕方のないことでした。腹の子は竜だった。あなたもダメだ。竜だと知っていたら、ミスティさんに近づけることなどなかったのに」
ナイカはまた弓を引き絞り、私を狙う。ぐるりとナイカに背を向け、ミスティが私を背でかばう。
「そこをどいてください。その者との絆を断つのです。ミスティさん、あなたを救って差し上げたいのです。カヤロナの者を妻にだなんて、娼婦にも劣る」
「やめろ! 巻き込むな。クララベルは竜じゃないし、これから別れるところだ。害する必要がないだろ」
ナイカは私たちの周りをぐるぐると回り、私だけを射ることができる場所をさがしている。
「もしかして、今まで本気でその女が竜だと気が付いていなかったのですか? ああ、番の気配が大きすぎたのですか? 竜の恋とは盲目ですね。おぞましいものです。いいですか、いい加減目を覚ましなさい。その雌の竜は、あなたの心に絡みつこうとして、子まで宿しているではありませんか。傷が浅いうちに処分すれば、新たに番が見つかりましょう、カヤロナなどおやめなさい」
番の気配? それより何と言った?
子を宿している――?
私たちは顔を見合わせる。
「クララベル、まさか……」
「ミスティ、どういうこと?」
互いに耳を疑うようなことがナイカから告げられているが、この状況では審議している暇もない。
ミスティは私の腹側を晒さないように抱き込み、矢面に立つ。
仕方なくナイカは私たちを引きはがす為、バタバタと近づいてくる。あまり体捌きが良いとは言えない動きだ。
「その手を離してください。引っ付かれては、この雌を排除できない」
ナイカが伸ばした手を、ミスティが跳ねのける。
「クララベルに触れるな!」
「ヨミヤはバロッキーに憎まれてもいいのです。バロッキーを守る為でしたら、いくらでも悪役を演じましょう。うっかり契る前に手折ってしまうのがいい。姫がミスティさんの番だったら、手こずるところでした」
「クララベルは既に俺の番だ。お前が竜なら、分からないはずがないだろ?」
ミスティの目が燃えている。ミスティの竜の気配が膨らみ、ナイカを威圧する。
ナイカは私を追うのをやめ、凶暴な目をしているミスティを覗き見る。
「ああ、ミスティさん、その感じ……もう手遅れでしたか。あなたも気配を殺すのが上手なのですね。しかし、残念なことになってしまいましたね」
ミスティの目は強く光り、ナイカを威嚇する。番だと言ったのは何かの方便だったのかもしれないが、嘘でもいいと、ミスティに縋り付く。
「クララベル、レトさんの気配が分かるな? そっちに向かって全力で走れ。転ぶなよ」
「だめよ、ミスティも一緒に逃げるのよ!」
「こいつはバロッキーを守るつもりでいる。俺を殺そうとはしない。ひきつけておくから、出来るだけ遠くに逃げるんだ」
「でも……」
私の腹部に柔らかく触れて、絞り出すような声を出す。
「この子を守れ。その子がおまえを独りにはしないから」
「ええ? 私、本当に妊娠しているの?」
「なんだよ、竜なんだろ? そのぐらい分かれよ!」
「わからないわよ!」
分からないことばかり、混乱することばかり、でもミスティの言うことは信じられる。
守るものがある。
「できるな?」
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