喫茶店フェリシア夜間営業部

山中あいく

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マシュマロ入りココアとクッキー

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聖都にはまず誰も寄り付かぬであろう山があった。そこは昔から死霊が溜まる不吉な場所とされており、興味本位で近づくと厄災が降りかかるという噂が流れている場所でもある。そんな曰くだらけの山に築何百年と思える程の古ぼけた洋館がひっそりと建っていた。
手入れの行き届いていないこの建物はあまりに広くところどころ朽ち果てている。植物の弦は建物全体を覆い日光を遮る。木々が生い茂り、塀で囲まれてはいるがその役目をなしてはいない。植物はその根を遠くまで伸ばし高々と背丈を我先にと競い合うように伸ばしていく。
そんな場所に主をなくしたピューイは自らの体を犠牲にし、骨すら残らなかった大魔術師リュドにかつては使えていた。使い魔としては小さく、左右非対称の腕が失敗作である証だ。ピューイはその外見からして化物の界隈でも特異点とされていた。耳は体より長く地面を引きずり、背中にはえた蝙蝠の羽は生まれつき裂けている。飛ぶことすらままならなかったのを救ってくれたリュドに恩義を感じ、ピューイは自ら使い魔となったのだが、もうその役割をとうの昔に終えた。
闇色の体毛に純白の右腕だけが浮いて見えてしまう。化物界隈では混毛というのは異端であり始末されてしまうのだが、ピューイはリュドの恩英を受け護られていた。
そんなピューイはただ目的もなく屋敷を彷徨うのが日課になっていたが、最近友達ができた。
朽ちた洋館には似つかない真新しい扉。そこに文字が読めないピューイにですら確かに読める文字で「オープン」と書いてある。そして、その「オープン」の時に必ず現れる聖獣カーバンクル。その自分と対称的な立場と毛色の獣を初めて見た時はとても驚いたものだ。
しかし今はこうして話す僅かな時間が彼にとっては唯一の楽しい時間でもあり、安らげる時間でもあった。
「やぁ!今日もいたんだねカーバンクル」
「ピューイか。
そうだね。ぼくは店番しないといけないからね」
鼻先を付けあい挨拶を交わすと、どちらかが先に笑い出す。それこそがいつもの会話の始まりである。
「そういえばさ、ピューイはお腹空いてる?」
突然の切り出し方にピューイは首を傾げる。館をうろついてるくらいで体力なんかほぼ使わないし、有り余るほどの魔力を注がれているピューイにとっては空腹になることはリュドに出会う前日くらい前に遡らないとならない。そのくらい前の話になる。
「まぁ、食べ物なんて久しく口にしてないけど……どうしてだい?」
「今日さ、うちの従業員がクッキーを作ってきたんだけど、もし良かったら一緒にどうかなって。
あ、お茶くらいなら貰ってくるから大丈夫だよ」
ところどころ自慢げに話すカーバンクルなのだが少しも偉そうに見えないのはその性格の幼さなのだろうか。ピューイ自身カーバンクルよりは年上だと思ってはいるのだが、実際のところは正確には分からない。
肉球のついた手をぴょこぴょこと上下にさせ胸を張るカーバンクルの姿がやけに可愛らしく見える。
「せっかくだしご馳走になろうかな」
それでも断る理由もないしピューイはひとつ大きく頷くとその場にちょこんと座り、手のひらを確認する。うん。汚れてはいないな。
「待ってて、今もってくる」
そう言い残すとほんの少しだけ扉を開け、するりと中へはいっていく。ピューイはこの扉の先がどこに繋がっていてどんな部屋になっているのかは知らない。この洋館を知り尽くしてはいるのだが、どうもこの先だけは行ってはいけない気がする。
この先はお店なのだ。お金なんて持っていない自分はお客さんではない。
だけどこうしてカーバンクルは時折お茶くらいなら、と何かと飲み物を運んでくれる。食べ物こそは持っては来なかったのだけど、今回は差し入れられたもの。カーバンクルなりにも事情があるのだろう。ひとりで食べるよりは誰かと食べた方が美味しいもんねと語った時もあった。
だれかと食べる……ね。
遠い記憶にリュドと食事をした思い出が蘇る。
うん。確かに美味しかったかも。
しばらくすると、また扉が少しだけ開き、滑るように身をくねらせカーバンクルが出てきたが、相変わらず手ぶらである。
「お待たせ!」
小さく跳ねて、額を床に向けると淡い光が小さな粒となり集まっていく。そのままゆっくりと膨張するとトレイに乗ったエスプレッソ用の小さなカップとお皿に乗ったクッキーが姿を現す。何度見ても不思議で神々しい光だ。自分の使う魔法の光の色とはまるで違う。比べては自分と生い立ちが違うんだなと改めて感じるが、それも今では嫌とは感じない。
「今日はココアのマシュマロ乗せにしてもらっちゃった!」
「ふわふわしてるね?」
ココアは前にも飲んだことがある。だけどこのマシュマロは初めてだ。
熱で溶けたマシュマロは真っ白なクリームを吐き出し、ココアと混じりあい褐色へ染まっていく。ふんわりと香る甘いにおいがたまらなく優しい。
すんすんと鼻をならし、自分たちのためにあしらったかのようなカップを持つとしっかりとその熱が伝わってくる。
「最近のお気に入りなんだ。クッキーをくれた人が教えてくれたんだよ」
「へぇ。そうなんだ。随分とモノシリなんだね」
お皿の上に乗ったクッキーは二種類だ。形は丸と四角で、丸は卵色をしたクッキーで、四角は茶色いココア味のクッキーだ。飾りっ気のないシンプルなクッキーなだけに手間をかけたものには見えない。けど、こんな小さな物ですら莫大な時間をかけて植物を育て、家畜を生かさなければ作れないということはピューイも知っている。シンプルなものだからこそ誤魔化しが効かないのだ。
だからこそこのクッキーを作った人は相当料理に自信があるとピューイは考えた。そんなことは絶対にないのだが、ピューイは知る由もない。
「えへへ。さぁ!食べようか」
「いただきます」
まず先に手を伸ばしたのはココアと同じ色のクッキーだった。ぽつりと音を立てて齧ると、その歯応えに驚く。意外と固いんだ、これ。
ココアがしっかりと練り込まれたクッキーは、ピューイの知ってる甘さの物ではなかった。どちらかというとほろ苦く、大人の味だ。しかし、その後啜ったマシュマロ入りのココアを飲んで納得した。
飲み物で味を洗い流すのではなく、甘さを足すのだ。
カーバンクルは慣れた手つきでココア味のクッキーを溶けたマシュマロに浸して食べている。
「なるほどね」
「お行儀がわるいから、ぼくがこうしてることは内緒だからね?」
告げ口する相手すらいないと言うのにカーバンクルは「えへへ」と舌を出して笑いかける。ピューイもそれを見てしまってからは真似をしたくて仕方がなくなってしまう。これはずるい。
同じように齧りかけのクッキーでマシュマロを掬って食べてみると、ふわりとした甘さとクッキーのほろ苦さが丁度よく混ざりあい、口の中で零れていく。
なんだかそれが面白くて、先程より深く浸してみると、クッキーはココアを吸い、より早く口の中で崩れていった。
「これは加減がむずかしいね」
失敗しても味が劣ることのないのを知ると、やはりこれは素材が生かされているのだなと実感する。
次に手にするのは丸い卵色をしたクッキーだ。
味見程度にひとくち小さめに齧ると、ほろりと崩れ落ち慌てて手を皿のようにしてしまう。こっちはさくさくで軽い。
しかし卵とバターの味がしっかりとした優しい味わいにピューイは感動する。
奥に隠れている小麦の味が懐かしかったのだ。
「リュド…」
昔、料理が苦手というリュドが1度だけ作った失敗作の料理があった。パンを焼こうとして間違った分量で作った甘いパンの欠片。その味が微かにだが蘇る。
給仕が作ったのはココアのクッキーと、ビスケットだったのだ。形こそはクッキーと同じように作りあげていたが、ベースとなるものが違う。
釜戸の温度を確かめるためにパンのタネを少しだけ焼いたものがルーツとされているビスケットに似ていると思うのも納得いくものだった。それに分量を間違えて甘くなったというなら尚更だ。
「ん?どうかしたかい?」
「ううん。なんでもない。おいしいなって思って……ホント、おいしい」
少しだけ涙が出たのをカーバンクルに悟られまいと笑顔を浮かべてみせたが、きっと気付かれただろう。
思わぬ味の再会にピューイは心の中で感謝した。
ありがとう。リュド。そして、ありがとうカーバンクル。それにこれを作った料理人さん。
「これを作った人に美味しかったって伝えてね」
「うん。まかせてよ!」
そしてやっぱり偉そうなカーバンクルに元気をわけてもらい、涙を悟られていなかったなと心の中で確かに確信をしたのだった。
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