喫茶店フェリシア夜間営業部

山中あいく

文字の大きさ
47 / 62

カレーライス

しおりを挟む
いつもと違うふかふかな感触に、柔軟剤の匂い。うっすらと目を開けるとそこは見慣れた部屋ではなかった。
そうだ、ぼくは美幸のところに泊まりにきてたんだっけ。
「おはよー美幸、お昼だよー」
もちろんのことなんだけど、美幸はすっぴんで見慣れてる顔とはずいぶんと違いがある。
そんな美幸のくしゃくしゃになった髪を掻き分けて、肉球で瞼をぽんぽんと小さく押してやると、ぴくぴくと瞼が動く。
「おはよーカーバンクル……」
毛布から出ていた足を引っ込め、ぎゅうっと体を縮こませてからいっきに伸びをする姿は野生の動物と何ら変わりはない。
「ちょっとまってね……コンタクトしてくるから」
泊まって初めて知ったことが幾つかあるけど、そのうちのひとつはこれだ。
美幸は目が悪い。
普段はこんたくととか言う目に入れる眼鏡をしているらしい。人間は不自由だなぁと思いながらもぼくもこうして美幸の隣で顔を洗うんだけど、ぼくは水は使わない。
くしくしと手の甲で毛繕いするのがぼく流の洗顔なのだ。
「ねぇねぇ、テレビつけてもいい?ぼく見たい番組があるんだ!」
「好きにしていいよ」
美幸のうちにはテレビがある。
当たり前のことらしいんだけど、フェリシアにはテレビがないからたまにしか見られない。豪の部屋にもテレビはあるんだけど、部屋には滅他に入れてもらえないからそれ以前の問題になってしまうのだ。
赤いボタンを押すとテレビがつくと知ってるぼくは肉球ひとつと同じくらいの大きさのボタンを押して、ぼくのすきな番組が放送されている局のボタンを押す。
「やってた!よかったぁ」
その番組は子供向けの言葉を発さない番組で、感性で見るものだ。動く不思議な粘土が動物の形になってちょこまかと動き回る。豪には子供っぽいからやめなさいと言われた事があるんだけど、人の好みにケチつけるのはどうかと思うんだよね。
「カーバンクルはカプチーノのむ?」
「いただくよ」
キッチンの方から美幸の声がしたけど、番組み夢中なぼくは視線を外すことなく耳だけを美幸の方へ向けて返事をする。
しばらくすると、座っていたテーブルに温かい湯気のたったカプチーノが置かれた。これが美幸の1日の始まり方なのだろう。
テレビを見ているぼくの後ろに座るとテーブルに肘をつけてカプチーノを飲み始めた。
「へぇ。カーバンクルこういうの見るんだね」
「けっこう面白いんだよ?」
「わかるわ。こういう番組って侮れないところあるのよね」
「分かってくれるの?そうだよね!ぼくもそう思う!」
うん。美幸は同士だ。豪はだめだね。子供の自由な感性を潰すようなオジサン世代になっちゃってる。だから彼女の1人もいないんだよ。
番組のスタッフロールが流れるのを横目に少しさめてしまったカプチーノの啜る。
美幸の家のカップはぼくには大きい。でも飲みきれない量でもない。フェリシアで出してくれるカプチーノとはやっぱり味が違う。少しばかり水っぽいカプチーノは泡の粒が大きくコーヒーも薄い。寝起きにはこのくらいが良いのかなと思いつつもカップを傾けると、美幸は隣で長い髪を梳かしていた。昨日一緒に入ったお風呂にあったシャンプーの匂いがかすかにする。豪じゃあるまいし、ぼくはやましい気持ちになんてこれっぽっちもならなかったけど、女の子の選ぶボディーソープの香りにはちょだけドキドキしたのはないしょ。
だってこの時期になると豪は無駄にスースーするボディーソープを選ぶんだもん。でりけーとなぼくの肌にしたらヒリヒリもの!やんなっちゃう。
そんなことを考えると、お世話になるなら断然女の子の部屋だなと思う。けど、ぼくだって仕事で店にいるわけだし、こうして美幸を見張っていなけりゃいけない。スタッフの品行方正を見てはじめてスタッフと認めないといけない。
「ねえ、カーバンクル。ごはんなんだけど、カレーでいいかな?」
「ぼくはそれでもかまわないよ。厄介になってる身だからね。贅沢は言わないさ」
昨日のアイスの恩もある。出されたものは素直に食べるべし!
壁にかけられている時計を見ると既に12時近い。朝ごはんというには遅く、昼頃というには起き掛けだし。ブランチかな。
朝からがっつりピザでもラーメンでも何でもいけるぼくとしてはカレーを出されたところで問題はない。
「じゃぁ、ちょっとまっててね」
そう言うと美幸は髪を後ろにひとつに縛りまたキッチンへ向かう。
その間失敬ながらぼくは美幸の部屋をいじらないようにしつつ詮索開始っと。
パソコンにテレビに本棚……えーっと並んでるのは……だめだ。読めないや。
魔術文字なら読めるんだけど、この世界の文字はぼくには理解できない。ぱらぱらとめくってもいいんだろうけど、どうせ文字たらけだろうし気が滅入る。豪の家にもあった薄いケースに入ったものなら、パッケージに写真が載ってあるから、これなら美幸の趣味が分かりそうだ。
「えっと……ゾンビ?」
ゲームとかいう人間の娯楽用品らしいこの四角のケースが幾つか並んでいたから、指先を引っ掛けて少しだけ斜めにしてみると、禍々しいただれた顔のモンスターに立ちはだかる人間の姿が描かれていた。
「こういうの好きなのかな……」
人は見掛けによらないものだな……。
そっとそれを戻し見なかった事にしつつ物色をし続けると、キッチンの方から香辛料の香りがゆったりと香ってくるから、思わず鼻をひくつかせてしまう。
これはもしかして、ぼくの好きな甘口のカレー!?
ひりひりとした独特の匂いがしないカレーは間違いない。甘口だ。
「お待たせ。福神漬けとかそんな気の利いた物ないけど我慢してね」
「ねぇ!甘口?甘口?」
「え、そうだけど……辛口派だった?」
「ううん。全然!ぼくと気が合うみたいだね」
白い器にカレーとご飯が半分ずつ盛られている。炊きたてじゃないご飯は前日炊いたものを温めただけなのだろう。それでもしっかり粒が立っているから美幸は一通りの料理はこなせそうだ。
向かい合うようにして並べられたカレーに、グラスに注がれた麦茶。どこにでもある普通の食卓っていう感じが気取らなくていい。
豪は料理を作る時は凝りまくっちゃって、手の込んだ料理を作るか、面倒だと言って手抜きのいんすたんとで済ますかの両極端だ。
「いただきまーす!」
「いただきます」
麦茶にスプーンを入れてかちゃかちゃと円を描く。行儀が悪いけど、こうするとスプーンにご飯粒が付かないと聞いてしまったからにはやらないわけにはいかない。そのまま冷たくなったスプーンで小さなカレーライスができるように、ご飯を掬ってカレーに浸す。丁度いいくらいに浸かったところでようやく口へ運ぶ。これが黄金のバランスでもあり、カレーへの礼儀だと思っている。
かぷり。
小さな牙がスプーンに当たるけど、そんなことを気にしている場合ではない。
「やっぱりカレーは甘口に限るね!」
スパイスが効きすぎたカレーはどうしても味が複雑すぎて美味しいと感じにくい。
その分市販のカレールウを使ったカレーはとても口にしやすく好みの味だ。それに甘口だと味の誤魔化しがきかない。辛さでごまかすようなカレーは邪道なのだ!
このりんごとはちみつを使ったカレールウこそが至高!
大きく切られたにんじんやじゃがいもも、またほくほくしていて口当たりがいい。美幸の作るカレーは牛肉なのか。ブロック肉を使ってるから、赤身と脂身が綺麗に別れた状態でくっついてる。1度で2度食感の違いが楽しめる工夫なのか、はたまた手抜きか。そこらへんは美幸の技量ということにしておこう。
家庭のカレーだとドロっと派とスープ派に別れるけど、ぼくの場合はごろごろした具が入ったドロっと派。美幸もこの作り方ということは同じくドロっと派なのだろう。
甘く煮込まれたカレーは前日から煮込んだものだと美幸は言っていた。ぼくは丁度いいタイミングでお泊まりしに来たということ。これはものすごい奇跡だ。
「ほんと美味しそうに食べるね、カーバンクルは」
ほっぺについていたらしい米粒を取ってもらい、それにぱくつくと美幸はそのままぼくの頭を撫でる。
「そう?おいしいよ?このカレー」
にんじん、たまねぎ、じゃがいもにお肉、余計な具材が一切入ってないシンプルなカレー。お店で出すにはちょっと家庭的すぎるけど、ぼくはこっちの方が好き。
「良かった。食べ終わったらどっか行こうか」
「うん。この辺のこと知りたいな」
「それじゃ、お散歩かな」
我ながら良いスタッフを引き入れたものだ。
富をもたらす聖獣カーバンクルは店にとっての富、スタッフの美幸を引き入れた。
それはあくまできっかけにすぎないのだけど、きっと大きな力となる。
美幸の存在は少なからず店に出入りするお客さんに影響を出しつつある。ぼくはそれを見守るだけ。おいたしたら転ばすくらいのお仕置きだってできる。
だから今はこうしてカレーを食べて美幸を見張る……いや、育てるかな?
とりあえずカレーがおいしいから、まぁ、いっか!
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

処理中です...