4 / 4
田中 満
しおりを挟む
田中は留置所から釈放され、十日ぶりに自宅へと帰った。
厳しい取調べにより、心も体も疲弊し切っていた。ベッドに寝転がり、天井を見つめる。
ポケットから携帯電話を取り出し、電源を入れた。
沢山のメールと留守番電話が入っていたが、三船からの着信は一つも無かった。
せっかく良い雰囲気になれたのに、なんとか誤解を解かなければ。
ピンポーン、玄関のチャイムが鳴った。
無視しようかと思ったが、誰が来たのかを確かめずにはいられなかった。
淡い期待が胸を掠める。
玄関を開けると見慣れた刑事が立っていた。
「夜分遅くにすみません、警視庁の草野です。今、お時間よろしいでしょうか?」
内心断りたい気持ちもあったが、何故こんな時間に訪ねてきたのか気になる。
「はい、大丈夫です。どうしたんですか?」
「実は緊急の要件でして、被害者の遺体が見付かった現場のすぐ近くで遺留品が見つかりました。それを確認して欲しくて来ました。すぐに帰るので少しだけお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、上がって下さい」
田中は廊下を進みコタツに座ると、草野は向かい側に腰を下ろした。
白い手袋をはめていた草野は、カバンの中からチャックの付いた袋を二つ取り出した。
袋にはそれぞれネックレスとナイフが入っていた。
草野は袋から二つとも取り出すと、テーブルの上に置いた。
「すでに鑑識によって隅々まで調べ終わっています。どうぞ、手に取って近くで確認して下さい」
田中はネックレスに伸ばした手を途中で止めた。
「もしかして、この場で僕の指紋を着けて、殺人事件の証拠にするつもりじゃないでしょうね」
草野はニヤリと笑った。
「鋭いですね・・・・・・なんて、冗談です。今の警察で証拠の捏造なんて行ったら、鑑識に一発でバレますよ。そんな事したら、私一人のクビだけじゃ収まらない大問題に発展します」
田中は納得してネックレスを手に取った、シルバーで十字架をモチーフにしたものだ。
「どうですか? 見覚えはありませんか?」
「初めて見ます」
「花山さんだけではなく犯人が所持していた可能性もあります。誰かがそのネックレスを身につけていたのを見た記憶もありませんか?」
「いえ、やはり見覚えは無いです」
続けて田中はナイフを手に取った、柄の部分が茶色い木で出来ていた。
柄の部分を右手で掴み、皮で作られたケースから引き抜くと十五センチ程度の鋭い刃が出てきた。
デザイン自体はどこにでもありそうなものだった。
「これも見た事はありません」
田中はナイフをケースに戻すと、テーブルの上に置いた。
「そうですか、ありがとうございます」
要件を終えた草野はすぐに帰るのかと思ったが、田中の顔をじっと見つめたてから口を開いた。
「ここだけの話なんですが、田中さんはすでに容疑者から外れています。ですから、花山さんが自殺をしたと話していた理由を教えていただけませんか。嘘をついたままでは何らかの罪に問われる可能性もあります。また取調べを受ける羽目になりますよ」
もう、嘘をつき続けるのは限界だった。
「容疑者から外れたことが分かって安心しました。全てをお話しします。その代わり、恥ずかしいので会社の人間には秘密にして貰うことは出来ますか?」
草野は笑顔を見せた。
「捜査に必要な場合を除いて、警察が事件の内容を一般の方にお話することはありませんのでご安心下さい」
「分かりました、信用します。ご存知の通り、モデルの花山さんは自殺などしていません。そもそも僕は会った事すら無いんです。交際していたと嘘ついていたのは、見栄を張っていただけなんです」
「見栄ですか?」
「そうです。会社で彼女がいないことを同僚から馬鹿にされて、それでインターネットで偶然見付けたモデルの花山さんを彼女だと周りに言ってしまいました」
草野は納得したように頷いた。
「なるほど。では、なぜ架空の彼女だった花山さんを自殺したことにしたのですか?」
「それは、会社の後輩である三船さんを好きになってしまったからです。架空の彼女の存在が邪魔になり、普通に別れたと言うよりも自殺したと言った方が同情してもらえると思ったからです」
「なるほど、そういう事情だったんですね。それで運悪く花山さんの殺人事件に巻き込まれてしまったと」
「そうです、逮捕された時に素直に話せば良かったんですが、三船さんに嘘がバレるのだけはどうしても嫌だったんです。気付いた時にはもう大事になってしまって、言い出せなくなっていました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。明日、警察署でもう一度この事を話します」
「そうですね、その対応で結構です。ちなみに、この事は他の人にも話しましたか?」
「いえ、誰にも話していません」
田中はずっと胸につかえていたものが取れて、意外にも気分は晴れやかになっていた。
ついでに気になっていたことを聞いてみる。
「ところで、犯人の目途はもうついているのですか?」
「今のところそれらしき人物は見付かっていません。ただ、犯行の動機になりそうな情報は掴みました」
「犯行の動機ですか?」
「花山さんについて調べたところ、周囲の人には秘密で、複数の金持ちの愛人をしていた事が分かりました。もし交際相手がいたのなら、それが原因で犯行に及んでもおかしくはないと思います」
「なるほど。まあ、確かに裏切られた気持ちにはなるでしょうけど、殺しまでしますかね? 殺人鬼の思考は恐ろしいですね」
「えぇ、実に恐ろしい男ですよ。しかも、未だに目撃者も証拠も何一つ見つかっていません。犯人は、何か犯罪に対する専門的な知識を持った人物かもしれませんね」
草野の発言が頭に引っ掛かった。
「えっ、今、証拠はまだ見つかって無いって言いましたか? じゃあ、このネックレスとナイフは何ですか?」
「あぁ、このネックレスは花山香が愛用していた物で、ナイフも犯行で使われた物ですよ」
草野はテーブルの上のナイフを手に取り、ケースから引き抜くと同時に田中に覆いかぶさった。
田中は何が起きたのか分からず驚いていると胸に猛烈な痛みが走った、叫ぼうとする口を白い手袋が覆う。
大量の温い液体が体の外へ溢れ出ていくのを感じる、視界がぼやけて全身から力が抜けた。
草野がナイフから手を離した、テーブルに置いてあったネックレスを田中の首に掛ける。
遠ざかっていく意識の中で草野の声が聞こえた。
「私の代わりに花山香を殺害した罪を被っていただき、ありがとうございます。せっかくなので、そのまま死んで下さい。あの世で香ちゃんに会ったら伝えて貰えますか、浮気するような女は地獄に落ちろと」
厳しい取調べにより、心も体も疲弊し切っていた。ベッドに寝転がり、天井を見つめる。
ポケットから携帯電話を取り出し、電源を入れた。
沢山のメールと留守番電話が入っていたが、三船からの着信は一つも無かった。
せっかく良い雰囲気になれたのに、なんとか誤解を解かなければ。
ピンポーン、玄関のチャイムが鳴った。
無視しようかと思ったが、誰が来たのかを確かめずにはいられなかった。
淡い期待が胸を掠める。
玄関を開けると見慣れた刑事が立っていた。
「夜分遅くにすみません、警視庁の草野です。今、お時間よろしいでしょうか?」
内心断りたい気持ちもあったが、何故こんな時間に訪ねてきたのか気になる。
「はい、大丈夫です。どうしたんですか?」
「実は緊急の要件でして、被害者の遺体が見付かった現場のすぐ近くで遺留品が見つかりました。それを確認して欲しくて来ました。すぐに帰るので少しだけお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、上がって下さい」
田中は廊下を進みコタツに座ると、草野は向かい側に腰を下ろした。
白い手袋をはめていた草野は、カバンの中からチャックの付いた袋を二つ取り出した。
袋にはそれぞれネックレスとナイフが入っていた。
草野は袋から二つとも取り出すと、テーブルの上に置いた。
「すでに鑑識によって隅々まで調べ終わっています。どうぞ、手に取って近くで確認して下さい」
田中はネックレスに伸ばした手を途中で止めた。
「もしかして、この場で僕の指紋を着けて、殺人事件の証拠にするつもりじゃないでしょうね」
草野はニヤリと笑った。
「鋭いですね・・・・・・なんて、冗談です。今の警察で証拠の捏造なんて行ったら、鑑識に一発でバレますよ。そんな事したら、私一人のクビだけじゃ収まらない大問題に発展します」
田中は納得してネックレスを手に取った、シルバーで十字架をモチーフにしたものだ。
「どうですか? 見覚えはありませんか?」
「初めて見ます」
「花山さんだけではなく犯人が所持していた可能性もあります。誰かがそのネックレスを身につけていたのを見た記憶もありませんか?」
「いえ、やはり見覚えは無いです」
続けて田中はナイフを手に取った、柄の部分が茶色い木で出来ていた。
柄の部分を右手で掴み、皮で作られたケースから引き抜くと十五センチ程度の鋭い刃が出てきた。
デザイン自体はどこにでもありそうなものだった。
「これも見た事はありません」
田中はナイフをケースに戻すと、テーブルの上に置いた。
「そうですか、ありがとうございます」
要件を終えた草野はすぐに帰るのかと思ったが、田中の顔をじっと見つめたてから口を開いた。
「ここだけの話なんですが、田中さんはすでに容疑者から外れています。ですから、花山さんが自殺をしたと話していた理由を教えていただけませんか。嘘をついたままでは何らかの罪に問われる可能性もあります。また取調べを受ける羽目になりますよ」
もう、嘘をつき続けるのは限界だった。
「容疑者から外れたことが分かって安心しました。全てをお話しします。その代わり、恥ずかしいので会社の人間には秘密にして貰うことは出来ますか?」
草野は笑顔を見せた。
「捜査に必要な場合を除いて、警察が事件の内容を一般の方にお話することはありませんのでご安心下さい」
「分かりました、信用します。ご存知の通り、モデルの花山さんは自殺などしていません。そもそも僕は会った事すら無いんです。交際していたと嘘ついていたのは、見栄を張っていただけなんです」
「見栄ですか?」
「そうです。会社で彼女がいないことを同僚から馬鹿にされて、それでインターネットで偶然見付けたモデルの花山さんを彼女だと周りに言ってしまいました」
草野は納得したように頷いた。
「なるほど。では、なぜ架空の彼女だった花山さんを自殺したことにしたのですか?」
「それは、会社の後輩である三船さんを好きになってしまったからです。架空の彼女の存在が邪魔になり、普通に別れたと言うよりも自殺したと言った方が同情してもらえると思ったからです」
「なるほど、そういう事情だったんですね。それで運悪く花山さんの殺人事件に巻き込まれてしまったと」
「そうです、逮捕された時に素直に話せば良かったんですが、三船さんに嘘がバレるのだけはどうしても嫌だったんです。気付いた時にはもう大事になってしまって、言い出せなくなっていました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。明日、警察署でもう一度この事を話します」
「そうですね、その対応で結構です。ちなみに、この事は他の人にも話しましたか?」
「いえ、誰にも話していません」
田中はずっと胸につかえていたものが取れて、意外にも気分は晴れやかになっていた。
ついでに気になっていたことを聞いてみる。
「ところで、犯人の目途はもうついているのですか?」
「今のところそれらしき人物は見付かっていません。ただ、犯行の動機になりそうな情報は掴みました」
「犯行の動機ですか?」
「花山さんについて調べたところ、周囲の人には秘密で、複数の金持ちの愛人をしていた事が分かりました。もし交際相手がいたのなら、それが原因で犯行に及んでもおかしくはないと思います」
「なるほど。まあ、確かに裏切られた気持ちにはなるでしょうけど、殺しまでしますかね? 殺人鬼の思考は恐ろしいですね」
「えぇ、実に恐ろしい男ですよ。しかも、未だに目撃者も証拠も何一つ見つかっていません。犯人は、何か犯罪に対する専門的な知識を持った人物かもしれませんね」
草野の発言が頭に引っ掛かった。
「えっ、今、証拠はまだ見つかって無いって言いましたか? じゃあ、このネックレスとナイフは何ですか?」
「あぁ、このネックレスは花山香が愛用していた物で、ナイフも犯行で使われた物ですよ」
草野はテーブルの上のナイフを手に取り、ケースから引き抜くと同時に田中に覆いかぶさった。
田中は何が起きたのか分からず驚いていると胸に猛烈な痛みが走った、叫ぼうとする口を白い手袋が覆う。
大量の温い液体が体の外へ溢れ出ていくのを感じる、視界がぼやけて全身から力が抜けた。
草野がナイフから手を離した、テーブルに置いてあったネックレスを田中の首に掛ける。
遠ざかっていく意識の中で草野の声が聞こえた。
「私の代わりに花山香を殺害した罪を被っていただき、ありがとうございます。せっかくなので、そのまま死んで下さい。あの世で香ちゃんに会ったら伝えて貰えますか、浮気するような女は地獄に落ちろと」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる