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「さぁ、何にもないけど、量だけはあるからね」
鍋には山で採れた山菜や野草、畑で採れたとう菜と呼ばれる葉物の野菜を刻んで味噌で味をつけた濃いめの味噌汁に今朝炊いたご飯を入れて雑炊にしたものでした。
この時期なら、ほぼ毎日のように食べるこの雑炊は、冬の名残である冷たい風の吹く夜なんかにはもってこいのご飯でした。
――ハイ。
母はこれを椀によそい、男に渡します。さらしが捲いてあるせいでうまく動かない手を使い、熱々の湯気の立つ雑炊をいきなり口に流し込みました。
「――!?!?」
ただでさえ皮の薄い唇や、敏感な口中に灼熱の雑炊が触れれば火傷をしてしまうでしょう。
さらに、男の怪我は口周りや舌にも及んでいたらしく、その痛みはすごかったようです。
ジブンたち一家はこれを見て、声をあげて笑ってしまいました。
父は豪快にガラガラと。
母は奥ゆかしくクスクスと。
ミネは無邪気にコショコショと。
ジブンは屈託なくコロコロと。
男はコレを、恥ずかしさと惨めさと痛みで泣きそうな顔をしていました。
「オニーチャン。ちゃんとフーフーしなきゃダメだよー」
そういってミネは男のそばにより、椀に顔を近づけました。
「ほら、フーフー。ハイ、これで熱くないですよー」
「あ、ありがとう……」
この無邪気なやり取りを父と母は目を細めてみていました。
え?
自分ですか?
このころはまだガキだったんでしょうね。
妹を、家族を盗られたような気がして素直に笑うことは出来ませんでした。
そんなこんなで夜は更けて……
ジブンとミネを真ん中に、その左右に父と母、男は客間に布団を敷いておりました。
ここで灯りを消したころ、ミネが言ったのです。
「あのね、アタイ、本当はオネーチャンが欲しかったんだ。
でも優しくて面白いオニーチャンなら、もう一人いてもいいなー」
父は床につくや否や、豪快にイビキをかいていたのでその耳に入っていたかは定かではありませんが、母は「そうだねぇ」と笑っていたようです。
ジブンは確かに、兄は欲しかったのです。
しかし今まで妹のミネを守り、笑わせ、世話をしてきただけに、その心境は複雑でした。だからですかね、頭から布団をかぶって聞いていないふりをしていたのです。
そうですね。
ガキだったんですよ。
それから暫らくして…… ジブンは父にしごかれていました。
ちょうど、家の軒先に渡り鳥であるツバメが巣を作った頃でした。
毎日のことですが、父は神官としてのお勤めを終えると、畑仕事と共に心身を鍛えるための修練を積んでいました。そして、それは長男であるジブンにも課せられていたのです。
ジブンはこれが嫌いでした。出来ることならしたくは無い。何故なら父は一切の手加減や手心を加えようとはしなかったのです。
父は動かなかった。
悠然と、ドッシリと、ちょっとした岩山かと思うほど大きな自然体。
その構えにはジブンがつかみかかる隙が無かったのです。
父の周りを円を描くようにスリ足で移動。
「どうした?
こねぇんならこっちから行くぞ?」
言うが早いか父の太い腕が予備動作なしに襲いかかってきます。
身をかがめ、頭の位置を下げることでこの剛腕をすり抜けさせます。
ジブンはそのまま足をとろうと踏み込んだのですが、そこにはワナが仕掛けられていました。
父の左膝がジブンの鼻をくじきます。
したたかに鼻を打ち、鼻の奥に鉄の味を感じたころには首元、襟を掴まれ自分の足は地面から離れておりました。
「――よっとぅ」
無造作にジブンは放り投げられ、これにより背中から地に落ちました。全身を重い衝撃が包みこみ、胸の中の空気が絞り出されます。
ごろごろと転げ、一旦距離を取ります。
呼吸を整え、ひしゃげた肺に空気を詰め込みます。
鍋には山で採れた山菜や野草、畑で採れたとう菜と呼ばれる葉物の野菜を刻んで味噌で味をつけた濃いめの味噌汁に今朝炊いたご飯を入れて雑炊にしたものでした。
この時期なら、ほぼ毎日のように食べるこの雑炊は、冬の名残である冷たい風の吹く夜なんかにはもってこいのご飯でした。
――ハイ。
母はこれを椀によそい、男に渡します。さらしが捲いてあるせいでうまく動かない手を使い、熱々の湯気の立つ雑炊をいきなり口に流し込みました。
「――!?!?」
ただでさえ皮の薄い唇や、敏感な口中に灼熱の雑炊が触れれば火傷をしてしまうでしょう。
さらに、男の怪我は口周りや舌にも及んでいたらしく、その痛みはすごかったようです。
ジブンたち一家はこれを見て、声をあげて笑ってしまいました。
父は豪快にガラガラと。
母は奥ゆかしくクスクスと。
ミネは無邪気にコショコショと。
ジブンは屈託なくコロコロと。
男はコレを、恥ずかしさと惨めさと痛みで泣きそうな顔をしていました。
「オニーチャン。ちゃんとフーフーしなきゃダメだよー」
そういってミネは男のそばにより、椀に顔を近づけました。
「ほら、フーフー。ハイ、これで熱くないですよー」
「あ、ありがとう……」
この無邪気なやり取りを父と母は目を細めてみていました。
え?
自分ですか?
このころはまだガキだったんでしょうね。
妹を、家族を盗られたような気がして素直に笑うことは出来ませんでした。
そんなこんなで夜は更けて……
ジブンとミネを真ん中に、その左右に父と母、男は客間に布団を敷いておりました。
ここで灯りを消したころ、ミネが言ったのです。
「あのね、アタイ、本当はオネーチャンが欲しかったんだ。
でも優しくて面白いオニーチャンなら、もう一人いてもいいなー」
父は床につくや否や、豪快にイビキをかいていたのでその耳に入っていたかは定かではありませんが、母は「そうだねぇ」と笑っていたようです。
ジブンは確かに、兄は欲しかったのです。
しかし今まで妹のミネを守り、笑わせ、世話をしてきただけに、その心境は複雑でした。だからですかね、頭から布団をかぶって聞いていないふりをしていたのです。
そうですね。
ガキだったんですよ。
それから暫らくして…… ジブンは父にしごかれていました。
ちょうど、家の軒先に渡り鳥であるツバメが巣を作った頃でした。
毎日のことですが、父は神官としてのお勤めを終えると、畑仕事と共に心身を鍛えるための修練を積んでいました。そして、それは長男であるジブンにも課せられていたのです。
ジブンはこれが嫌いでした。出来ることならしたくは無い。何故なら父は一切の手加減や手心を加えようとはしなかったのです。
父は動かなかった。
悠然と、ドッシリと、ちょっとした岩山かと思うほど大きな自然体。
その構えにはジブンがつかみかかる隙が無かったのです。
父の周りを円を描くようにスリ足で移動。
「どうした?
こねぇんならこっちから行くぞ?」
言うが早いか父の太い腕が予備動作なしに襲いかかってきます。
身をかがめ、頭の位置を下げることでこの剛腕をすり抜けさせます。
ジブンはそのまま足をとろうと踏み込んだのですが、そこにはワナが仕掛けられていました。
父の左膝がジブンの鼻をくじきます。
したたかに鼻を打ち、鼻の奥に鉄の味を感じたころには首元、襟を掴まれ自分の足は地面から離れておりました。
「――よっとぅ」
無造作にジブンは放り投げられ、これにより背中から地に落ちました。全身を重い衝撃が包みこみ、胸の中の空気が絞り出されます。
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呼吸を整え、ひしゃげた肺に空気を詰め込みます。
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