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「オニーチャーン」
川から水を汲んできた男に駆け寄るミネは屈託のない笑顔で、サンサンと輝く太陽そのものでした。
今まで、その愛らしく、利発で、曇りの無い笑顔はジブンに向いていたはずなのに……
そんな思いが胸の内でどろどろと渦巻いておりました。
「ただ今戻りました。いやぁ、暑くなってきましたねぇ」
額に浮き出た汗を拭い、男は爽やかな笑顔を天に向けていました。
この、過ぎ去ったはずの梅雨模様のようなジブンの気持ち。
そう、すっかり妹であるミネの『オニーチャン』の座を男に奪われる形になったジブンの心は、事あるごとに嫉妬し、どうにかミネの笑顔を振り向かせることができないか、そればかりを考えていました。
そんな矢先、ある出来事が起こりました。
家の軒先に巣を作ったツバメのつがいが産んだ卵から、数羽のヒナが孵ったようでした。親ツバメが餌をとってくると、ピーピーと鳴いて空腹を訴えていたのです。
「アー。ツバメの赤ちゃんの声だ! イイナー、見てみたいなー、可愛いんだろうなぁ~」
無邪気に願う妹を制するように男が言います。
「ダメだよ、ツバメは賢い鳥だから――」
ここで父の声が挟まります。
「オーイ、チョット手伝ってくれー」
妹への言葉を途切れさせ、男は父のもとに向かって行きました。
その場に残されたのは、決して地上からは見ることのできない、ツバメのヒナに対する興味と羨望に目を光らせるミネと、彼女を見つめるジブンでした。
この時、ジブンは考えました。あの男のしないこと、出来ないことをミネのためにする。そうすればあの眩しい位の笑顔はジブンに向き直ってくれるだろう、と。
しかし、事はそううまくはいきませんでした。
「――ほら、見てごらん。カワイイだろぅ?」
夜のうちに梯子(はしご)を使い、軒先の巣から一羽のヒナを盗み出したのです。眠そうなミネの顔は輝き出しました。
しかし、次の瞬間、ジブンの頬に男の張り手が叩きつけられました。
「バッカヤロウッッ!」
あの人のいい、温厚そうな男が、ジブンに手を挙げたのです。
男は怒りと悲しみに震えた声で言いました。
「ツバメはとても賢い鳥だ。人間なんかがヒナに触れれば、親鳥は警戒して、そのヒナを育てることを止めてしまうんだよ。
例え、丁寧にそのヒナを巣に戻してもだ。
君はヒナを殺したも同然なんだよッ!」
最初は何の事かもわかりませんでした。
くっきりと赤い手の形に熱を帯び始めた頬を押さえ、男の言葉を反芻しているうちに、妹の顔が悲しみと絶望に歪んでいきます。
「この子、死んじゃうの……?」
男が初めて上げた怒声に、何事かと父と母が様子を見に来ました。
赤くなった左頬に涙が伝うのを感じたジブンは、怒りと悲しみと驚きと絶望をない交ぜにし、それを隠すように家を飛び出しました。
「一体、どうしたってんだ?」
「実は……」
どのくらい走ったでしょうか、天にましますお天道様はその顔を傾けていました。
山の中を当てもなく歩き回り、足は傷にまみれ、服も汚れ、キュルキュルと空腹を訴える腹を押さえながら、適当な木に寄りかかり、思考を巡らせます。そう、ジブンと向き直っていたのです。
「本当は……ただ、ミネに振り向いてもらいたかった。唯それだけだったのに……
それなのにボクは……」
川から水を汲んできた男に駆け寄るミネは屈託のない笑顔で、サンサンと輝く太陽そのものでした。
今まで、その愛らしく、利発で、曇りの無い笑顔はジブンに向いていたはずなのに……
そんな思いが胸の内でどろどろと渦巻いておりました。
「ただ今戻りました。いやぁ、暑くなってきましたねぇ」
額に浮き出た汗を拭い、男は爽やかな笑顔を天に向けていました。
この、過ぎ去ったはずの梅雨模様のようなジブンの気持ち。
そう、すっかり妹であるミネの『オニーチャン』の座を男に奪われる形になったジブンの心は、事あるごとに嫉妬し、どうにかミネの笑顔を振り向かせることができないか、そればかりを考えていました。
そんな矢先、ある出来事が起こりました。
家の軒先に巣を作ったツバメのつがいが産んだ卵から、数羽のヒナが孵ったようでした。親ツバメが餌をとってくると、ピーピーと鳴いて空腹を訴えていたのです。
「アー。ツバメの赤ちゃんの声だ! イイナー、見てみたいなー、可愛いんだろうなぁ~」
無邪気に願う妹を制するように男が言います。
「ダメだよ、ツバメは賢い鳥だから――」
ここで父の声が挟まります。
「オーイ、チョット手伝ってくれー」
妹への言葉を途切れさせ、男は父のもとに向かって行きました。
その場に残されたのは、決して地上からは見ることのできない、ツバメのヒナに対する興味と羨望に目を光らせるミネと、彼女を見つめるジブンでした。
この時、ジブンは考えました。あの男のしないこと、出来ないことをミネのためにする。そうすればあの眩しい位の笑顔はジブンに向き直ってくれるだろう、と。
しかし、事はそううまくはいきませんでした。
「――ほら、見てごらん。カワイイだろぅ?」
夜のうちに梯子(はしご)を使い、軒先の巣から一羽のヒナを盗み出したのです。眠そうなミネの顔は輝き出しました。
しかし、次の瞬間、ジブンの頬に男の張り手が叩きつけられました。
「バッカヤロウッッ!」
あの人のいい、温厚そうな男が、ジブンに手を挙げたのです。
男は怒りと悲しみに震えた声で言いました。
「ツバメはとても賢い鳥だ。人間なんかがヒナに触れれば、親鳥は警戒して、そのヒナを育てることを止めてしまうんだよ。
例え、丁寧にそのヒナを巣に戻してもだ。
君はヒナを殺したも同然なんだよッ!」
最初は何の事かもわかりませんでした。
くっきりと赤い手の形に熱を帯び始めた頬を押さえ、男の言葉を反芻しているうちに、妹の顔が悲しみと絶望に歪んでいきます。
「この子、死んじゃうの……?」
男が初めて上げた怒声に、何事かと父と母が様子を見に来ました。
赤くなった左頬に涙が伝うのを感じたジブンは、怒りと悲しみと驚きと絶望をない交ぜにし、それを隠すように家を飛び出しました。
「一体、どうしたってんだ?」
「実は……」
どのくらい走ったでしょうか、天にましますお天道様はその顔を傾けていました。
山の中を当てもなく歩き回り、足は傷にまみれ、服も汚れ、キュルキュルと空腹を訴える腹を押さえながら、適当な木に寄りかかり、思考を巡らせます。そう、ジブンと向き直っていたのです。
「本当は……ただ、ミネに振り向いてもらいたかった。唯それだけだったのに……
それなのにボクは……」
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