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そんな中、二人の会話が聞こえていたわけではなかったのだが痩せぎすの番頭は振り向かずに声を掛ける。
「重ねて言うが、今日のお客様はウチの店にとって大切なお客様だ。高貴な方なので気難しいかも知れんが、たまには違った下賤なモノも趣向をこらしたということでお気に召してもらえるだろう。
せいぜい、楽しませて差し上げるんだぞ」
「モチロンですよ」
自分たちを「下賤」と蔑まれ、良い気はしないだろう。愛想笑いを浮かべながらもその内心は舌を出していたに違いない。
「サヤさん、今頃どうしているでしょうね」
「まぁ、あの子のことですから、飯でも食ってるんじゃないですかね」
やがて、イオリとオユリは屋敷の奥まった座敷に通された。
◇ ◇ ◇
◇
「ックシュン!
あー…… この感じはイオリあたりが噂してたかな……」
塀の上から二人が男に引き連れられて屋敷の奥の方へと歩いている様を眺めていたサヤは、鼻をこすりながらひとりごちていた。
頭に巻いていた手拭いを取ると、秋風に揺れる銀髪がさらさらとなびき、広い屋敷を眺めてみる。
「しかし、こんな小さな、まぁ小さいって言っても結構あるけど、こんな街には不釣り合いな屋敷だわなぁ。戦国の世が終わって刀や槍を売ったところでこんなに稼ぎになるもんなのかね」
宵の明星がその目に映り始めたころ、その視界に立ち上る煙が一本天に向かってのびて行った。
――フム。
一呼吸を置くと堀の上から屋根の上、敷きつめ詰められた瓦を踏みしめながら跳躍していった。
屋敷の一角、離れに作られた小屋の煙突から煙は立ち上っていた。
「ここは……」
中に人の気配を感じられなかったので、サヤは遠慮なしに戸を開く。すると小屋の中からムワッとした熱気が絡みついてきた。まるで、その熱気が意思を持った生物のように侵入者を歓迎するかのごとく。
「ここは……、鍛冶場か?」
三寸先すら見えないまでも、その鉄を熱する炭と火の匂いでがサヤの予想を的中させるに至る。
サヤが目を凝らして部屋全体を見定めようとしていると、ほの暗く熱気の一層濃ゆい小屋の奥から声がかかる。
「――今日の分は、もうとっくに渡したじゃろぅ」
しゃがれた声の主は来客者であるサヤを店の人間か何かと間違えているようだった。
「あー……ボクは店の人間じゃないんだ」
「おや、じゃあお客さんかの?
珍しいことじゃ」
奥から出てきたのはしゃがれた声の老人であった。しかし、その人間の表面は肌も着物も顔でさえ、口中の歯でさえ煤で黒くなり、ギョロリとした目だけがわずかな光を反射するのみであった。
「店のもんがここによそ者を入れるとは思えんし、アンタァ、本当に『珍しい客』だのぅ。盗人かなんかかね?」
「まぁ、そんなところだね」
サヤは老人に負けぬ笑顔で、カラッと笑い、その言葉を肯定しておいた。
「オッホッ、そりゃあいい。こんなあくどい、業突く張りの商人の店なんぞ、義賊でも火着け強盗でもなんでも、入られればいいのよ」
いわゆるお歯黒のようにまっ黒な歯を見せ、老人はカッカッと笑う。
「あくどい……と言うと?」
「ん~?
なんじゃ、お主そんなことも知らずに盗みに入ったのかね?
この店はワシみたいな知識や技術を持つ者らを抱えて、こういうものを作らせとるのよ。
表向きは刀を打たせているようにしての」
そう言って老人が暗闇からサヤに投げてよこしたのは、鉄でできた筒であった。
「これは?」
「まぁ、その完成品なら、蔵かどっかにしこたまあるじゃろぅて。
恐らく金目の物もな。
ホレ、探しに行くとええ」
「そうだね、行ってみるよ。アリガトウ」
「なぁに、良いってことよ」
サヤは額に浮き出た汗を拭い、小屋を後にした。
「蔵……ネェ」
小屋の中では老人が目だけを細めてつぶやいた。
「お客さんか、義賊か。まぁ、どちらにせよコレを暴いてくれりゃあ、なんとかなるかもしれんしのぅ」
足元に転がるのは何十という鉄の筒。
「重ねて言うが、今日のお客様はウチの店にとって大切なお客様だ。高貴な方なので気難しいかも知れんが、たまには違った下賤なモノも趣向をこらしたということでお気に召してもらえるだろう。
せいぜい、楽しませて差し上げるんだぞ」
「モチロンですよ」
自分たちを「下賤」と蔑まれ、良い気はしないだろう。愛想笑いを浮かべながらもその内心は舌を出していたに違いない。
「サヤさん、今頃どうしているでしょうね」
「まぁ、あの子のことですから、飯でも食ってるんじゃないですかね」
やがて、イオリとオユリは屋敷の奥まった座敷に通された。
◇ ◇ ◇
◇
「ックシュン!
あー…… この感じはイオリあたりが噂してたかな……」
塀の上から二人が男に引き連れられて屋敷の奥の方へと歩いている様を眺めていたサヤは、鼻をこすりながらひとりごちていた。
頭に巻いていた手拭いを取ると、秋風に揺れる銀髪がさらさらとなびき、広い屋敷を眺めてみる。
「しかし、こんな小さな、まぁ小さいって言っても結構あるけど、こんな街には不釣り合いな屋敷だわなぁ。戦国の世が終わって刀や槍を売ったところでこんなに稼ぎになるもんなのかね」
宵の明星がその目に映り始めたころ、その視界に立ち上る煙が一本天に向かってのびて行った。
――フム。
一呼吸を置くと堀の上から屋根の上、敷きつめ詰められた瓦を踏みしめながら跳躍していった。
屋敷の一角、離れに作られた小屋の煙突から煙は立ち上っていた。
「ここは……」
中に人の気配を感じられなかったので、サヤは遠慮なしに戸を開く。すると小屋の中からムワッとした熱気が絡みついてきた。まるで、その熱気が意思を持った生物のように侵入者を歓迎するかのごとく。
「ここは……、鍛冶場か?」
三寸先すら見えないまでも、その鉄を熱する炭と火の匂いでがサヤの予想を的中させるに至る。
サヤが目を凝らして部屋全体を見定めようとしていると、ほの暗く熱気の一層濃ゆい小屋の奥から声がかかる。
「――今日の分は、もうとっくに渡したじゃろぅ」
しゃがれた声の主は来客者であるサヤを店の人間か何かと間違えているようだった。
「あー……ボクは店の人間じゃないんだ」
「おや、じゃあお客さんかの?
珍しいことじゃ」
奥から出てきたのはしゃがれた声の老人であった。しかし、その人間の表面は肌も着物も顔でさえ、口中の歯でさえ煤で黒くなり、ギョロリとした目だけがわずかな光を反射するのみであった。
「店のもんがここによそ者を入れるとは思えんし、アンタァ、本当に『珍しい客』だのぅ。盗人かなんかかね?」
「まぁ、そんなところだね」
サヤは老人に負けぬ笑顔で、カラッと笑い、その言葉を肯定しておいた。
「オッホッ、そりゃあいい。こんなあくどい、業突く張りの商人の店なんぞ、義賊でも火着け強盗でもなんでも、入られればいいのよ」
いわゆるお歯黒のようにまっ黒な歯を見せ、老人はカッカッと笑う。
「あくどい……と言うと?」
「ん~?
なんじゃ、お主そんなことも知らずに盗みに入ったのかね?
この店はワシみたいな知識や技術を持つ者らを抱えて、こういうものを作らせとるのよ。
表向きは刀を打たせているようにしての」
そう言って老人が暗闇からサヤに投げてよこしたのは、鉄でできた筒であった。
「これは?」
「まぁ、その完成品なら、蔵かどっかにしこたまあるじゃろぅて。
恐らく金目の物もな。
ホレ、探しに行くとええ」
「そうだね、行ってみるよ。アリガトウ」
「なぁに、良いってことよ」
サヤは額に浮き出た汗を拭い、小屋を後にした。
「蔵……ネェ」
小屋の中では老人が目だけを細めてつぶやいた。
「お客さんか、義賊か。まぁ、どちらにせよコレを暴いてくれりゃあ、なんとかなるかもしれんしのぅ」
足元に転がるのは何十という鉄の筒。
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