和習冒険活劇 少女サヤの想い人

花山オリヴィエ

文字の大きさ
43 / 43

43

しおりを挟む
 サヤは周囲に被害が及ぶことに躊躇して、男の接近を許してしまった。
 ぬめるように間合いに入ると、その狂い、歪んだ笑顔のままの一閃。
 サヤはこれを刀で受ける。
 刀はまたもや微塵に砕かれ、ジンはその身をサヤの左腕にしたたかに滑らせた。
 サヤの腕に刀痕が刻みつけられた。

「ったく。ジンの力だけじゃなく、この莫迦ばかにも剣術の心得があるなんて……」
「クヒィ、クヒィ……
 正真正銘、藩主の息子、跡取りだからなぁ。
 武芸の一つや二つ出来なきゃ可笑しいだろうよ」

 斬られた左腕をかばいながら距離をとろうとするもバカ殿はこれを許しはしなかった。
 右手だけでサヤは六尺ばかりの槍を扱うも、今度は割り箸のように二つに裂かれ、その余力で右足の甲にジンを突き立てられた。

 「――――――ッッ!」

 その場に縫いつけられる形で刀は足と畳を貫いた。
 サヤはその痛みに悲痛な声を上げるも、これは男の加虐性を刺激し、興奮させるばかりであった。
「イイナァ、すごくイイ。
 クヒィ、ヒィヒヒ……
 もっとだ。もっとその肉を切り裂かせておくれよぅ……」

 男の目は真っ赤な血の色に染まり、サヤを見下ろす。
 これに居た堪れなくなったオユリが涙を流しながら訴える。

「――もうやめてッ!
 もういいでしょう?
 十分じゃないですか!」

 若トノの首はばね仕掛けのようにギュルリとオユリのほうを向く。

「ダァメェ。
 このサヤがあればもっと人を斬れる。
 そんな楽しいこと、やめられるわけないだろう?
 さぁ、この娘、脳天を割れば元の鞘に戻るのか?」

 サヤの右足を縫いとめていたジンを引き抜き、振り上げようとする。

「アァアアァァァアアア――――――!」

 横から何かの塊が若とジンを弾き飛ばす。

「キサマァッ!
 キサマはアタイから家族を奪い、宝を奪い、そしてさらに、友まで奪うというのか!?」

 サヤを救おうと黒装束の腕を振り切り、目の前に躍り出たのは涙を流して懇願するイオリであった。其の首筋からはダクダクと血が流れ、着ているものは乱れていた。

「だ~~めっ」

 一振り。
 藩主の息子の一振りが、サヤをかばう形で立ちはだかっていたイオリを正面から切り裂いた。
 サヤとオユリは息をのみ、その崩れる様はゆっくりと目に映っていく。
 ジンはメガネを割り右目から、頬、右肩から腹部にかけて滑る。その紅い切創は真っ直ぐ引かれていた。

「サヤ……ごめん……」

 その言葉を合図に間欠泉の様に真っ赤な飛沫が飛び散る。そしてイオリは其の体を背からサヤに向かって預ける。飛沫はサヤの足元に真っ赤な水たまりを作り、彼女の眼には赤い光景しか映らない。

「イオリ!
 イオリィッ!
 しっかりしろ!」
 サヤは己の痛覚すら忘れ、イオリの体を抱きしめ声を掛ける。ジンに真正面から切り裂かれたその胸元には、何かを隠すようにサラシが巻いてあった。そう、その布が隠していたものとはイオリの心なしか膨らんでいる胸元であった。
 そう、彼は――いや、彼女は其の性別を隠し、今まで旅を続けてきたのである。
 一番そばにいたサヤにさえをその真実を秘めたまま。
 温かい液体がドクドクと流れ出る其の体には、いましがた斬られたものとは違う、古い切創が見て取れた。
「あ~、そうか。あのシノギの家の娘のほうか。
 兄は殺したはずだったからなぁ。
 そうかそうか、あのとき刻んだ娘は生きていたか」

 そう、「イオリ」と名乗り、サヤと旅をしてきたのは、その実、今は亡きイオリの妹、ミネであったのだ。
 オユリは全てを知ったわけではないが、自分の友が其の命を間違いなく失うというこの状況に涙し、その場に座り込んでしまった。
 サヤの腕の中で力と熱を失ってゆくイオリことミネ。
 彼女は、そっと目を閉じ、この世に別れを告げて行った。
 サヤはその亡骸をそっと畳の上に横たわらせる。
 彼女の目からはナミダがとめどなく流れるも、そのまなこには強靭な意志を宿していた。
 ミネの血がべっとりとついたジンを振り上げる若トノ。
 彼の歪な笑みはその顔にくっきりと張り付いていた。

「クヒィ?」

 しかしその右手を振り下ろせない。

「な、なんだぁ?
 なんで動かない?
 刀よ!
 何故だ!?」

 その場に縫いつけられたように止まっている男。
 そしてサヤは泣く。
 啼く。
 ナク。

 そしてその手を握り込み、拳を作る。

 打ち込む。

 この時、サヤの眼はミネでも、オユリでもましてやこのバカ殿でさえも見ていなかった。
 先日の真っ赤に染まったあの世界で、ジンと向き合っている。

「解き放ってくれ――――」

 ッドン!

 サヤの鉄拳は若トノの胸、鳩尾を中心に貫いて、背まで抜き通っていた。

「クヒィ……クヒィ……」

 断末魔の悲鳴すら、この男は下卑た笑い声で済ませてしまった。
 男の右手から刀が滑り落ち、畳にたたきつけられる。
 ガシャン。という音とともに、そこには人の姿をしたジンが立っていた。

「サヤ……」
「――ジン」

 互いの名を呼び、二人はその身を抱きしめあった。暑い抱擁にもサヤの涙は止まらない。

「せっかく……せっかくあなたに会えたのに、イオリが……いや、ミネが……」
「……」

 二人の再会とイオリと名乗っていた少女の死に、またもや涙を流すオユリ。周りの黒装束や家臣たちは恐怖の対象であった若が絶命し、胸をなでおろしているようであった。
 そして、サヤとジンは手を握り、姿を消した。



 セツセツセツ……
 深々と雪の振り積もる中、一つの社に女性が一人。長い黒髪を背で束ね、何かをしていた。
 刀を清め、納めていた。

「これで、ヨシッと……」

 その顔は黒髪で半分を隠していたが、その右目と頬には一筋の刀傷が見え隠れしている。

「あれからもう、二ヶ月か。あっという間でしたね……」

 この女性こそ、イオリと名を欺きサヤと旅をしていた、正真正銘のミネであった。
 あの後、藩主はその狂気に歪んだ事件を隠蔽し、人斬りを行っていた息子の存在自体をなかったことにした。
 ミネたちに御咎めは無く、それまでの息子の悪行についても緘口令を敷いた。
 オユリは宿場町に戻った。彼女は今日も宿の女中と芸子の二足のわらじをはいているのだろうか。
 一振りの御神刀と白木の鞘がまた祠に奉られていた。
 ミネはこの御神刀を再建した実家の社に戻し、彼女たちを祀るための生活をしていた。
 外はすでに一面、雪景色。小さな家の隣には三つの粗末な墓が建てられていた。
 父と母、そして兄の分。ミネは慣れない女性の姿を、誰に見られると無く恥ずかしそうに語りかける。

「やっと、やっと終わったよ。オトーサン、オカーサン、オニーチャン」

 軒先には主のいないツバメの巣。幼き日の思いを胸に、社に一礼をする。
 中には厳かに納められた刀。
 そしてミネが黒髪を揺らし頭を下げると、白木の鞘がカタリと笑った。

 終
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...