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033話

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---翌日。
誰かに揺さぶられて俺は目を覚ます。

「マスター。起きて」

「ん…。ふわぁ……。もう朝か…」

「いや、もう昼。随分とぐっすり寝ていたから今まで起こさなかった」

「……えっ!?」

慌てて起き上がり外を見てみると、太陽は真上に差し掛かり街を照らしていた。

「マジかよ…。そんな寝てたのか」

「涎まで垂らしていた。幸せそうな寝顔可愛かった」

「え、あ、うん…ありがと?」

ベッドから降り、いつもの装備へと変更する。着替え終わったと同時にチカ達が部屋へと入ってきた。

「あー!やっと目を覚ましたー!」
「アルス様おはようございます。…もうお昼ですけどね」

「おはようみんな…。すげー寝てたみたいだな」

「ご主人様が寝てる間、ちょこっと街を歩いてきたー!サガンと比べて凄いよ!!」

「へぇー?どんな風に凄かったんだ?」

「お店も人もサガンと比べて非常に多いですわ。街を全て歩き回るには日数がかかりそうです」

「まぁ王都って言うくらいだから相当広いんだろうなぁ…」

「食べ物もぜぇーんぶ美味しそう!…あっ!『アルテファンス』っていうお店も見つけたよー!」

「アルテファンス…?何のお店だ?」

「王都で1番美味しいと言われるお店ですわ。焼き鳥屋の店主から聞いたのを思い出しまして」

「……ああ!そういやそんな話聞いた覚えがあるな!」

「マスター。昼食はそこで食べるのか?」

「うーん……。俺は別にどっちでも良いけどチカ達はそこで食べたい?」

「んー…あたしは色々食べ歩きしたいなぁ!」

「私も屋台を巡りたいです。そのお店は夜にでも行きませんか?」

「ナナはどうする?」

「ボクはみんなと同じ。ディナーが有名と聞いてるから」

「そっか。んなら、散策ついでに店を回るか!」

外に出るとやはり人の量が尋常じゃないくらい多かった。俺達が泊まった宿屋の近くに屋台があるらしく、チカ達に案内してもらった。

「うっひゃー…。ほんとサガンとは比べ物にならないなぁ」

お昼時とあってかお店が並ぶ通りは祭の如く人の行き来が多い。サガンと比べて通りは倍近く広いのだが、見事に人で埋まっている。

「さてと。どこから攻めるべきかな…」

至る所から良い匂いが漂っている。匂いだけでお腹が空いてくる。

「ご主人様ぁー!あの肉すごい美味しそう!」
「ねぇ、アレ何かしら?」
「…アレは多分『焼売』だと思う。店主が言っていた」

…何!?焼売とか売ってんのか!?なら、餃子とかありそうだよな…。

「…落ち着け。俺の腹は今何を求めてるんだ?焦らずじっくり考えるんだ。順序をミスってしまえば元も子もないぞ…」

「あっ!チカちゃん!見てよあれ!」
「何かしら?…うわぁ!ラーメンじゃないアレ?」
「美味しそう。…あっちにも何かある」
「んー?…あっ!トンカツ屋さんじゃない?アレ!」
「目の前で揚げてるのね…。唐揚げあるかしら?」
「迷う…。全部食べたい…」

……うおおおおお!チカ達の会話でかなり腹が減ってきた!ラーメンとかトンカツとか最高じゃねーか!!

「アルス様は何か食べたい物ありました?」

「…全部食べたい。どれもこれもすげー美味しそう」

「なら全部食べよーよ!」

「マスター。全部食べよう」

「……よしわかった!片っ端から制覇していくぞ!」

「「「やったー!!!」」」

食の誘惑には勝てないってはっきりわかんだね。俺は某グルメ漫画の人みたいに、選ぶ事は出来ねーわ。

それからの俺達は狂ったようにひたすら食べ歩いた。ラーメン、トンカツ定食、パスタ、ハンバーグと数々の店に入り全て食べ歩いていった。

サガンと違うのは、出ているお店はちゃんと全部が食堂になっていたという事だ。外で食べるスペースがあるらしいが、大体の人がその店内で食べていた。気になるお店はどれもこれもがマジで美味かった。特に揚げ物なんかは懐かしいもので、米と食べれる幸せを充分に味わえた。……マヨネーズとかあったら最高だったんだけどね。醤油でも充分美味かったけどさ。

ハンバーグ定食を食べ終わると周囲の人通りが少し減っていた。お店の前には『準備中』の看板が置いてあるのでランチタイムは終わったのだろう。

「いやー食った食った!どれも美味かったなー!」
「トンカツ美味しかったー!」
「満足。特にラーメンは最高だった」
「全メニュー制覇したいですね!」

チカ達にも好評だったらしく、全員満足気な表情をしていた。

「でもまだまだ食べ足りないなぁー。次のお店いこー!」

「…えっ?まだ食べるの?」

「マスター。時間はまだたっぷりとある」

「次はあの焼売を食べましょう!」

……そうだった。コイツらマジで食べるんだった。

「ち、ちょっと時間を置かないーー
「ご主人様ぁ!!あそこの餃子焼き立てだって!」
「え!焼き立て!?」
「マスター。行こう」

休憩を挟む間も無くチカ達に連れられ店を食べ歩く。…まぁ、俺もこの世界に来て満腹という概念は無くなっているけど精神的には満腹になってるんだよなぁ。

幸か不幸かどれもこれも美味しく、不味いものには当たらなかった。金は減り続けるが、チカ達の食欲は収まりそうにない。……地獄の餓鬼ってひたすら食べるらしいけどコイツらもそんな感じなのかな?

チカ達に対し失礼な事を考えていたが仕方ない事だろう。何せ、注文する量がおかしいからね。普通ならその量だけで満足するんだけど…。

結局、通りにある全ての飲食店を制覇してしまった。時間をかけて食べ歩く予定がまさか1日もかからずに終わってしまうなど想像出来ただろうか?

「んーーーーっ!!美味しかったぁー!!」
「全部美味しかったわね。ナナ達はどれが1番美味しかった?」
「ボクはやはりあの餃子。肉汁が溢れるのがたまらない」
「あたしはあそこのハンバーガー!今度はパティを6枚にして食べたい!」
「私もあそこのハンバーガーは気に入ったわ。けど、やっぱり肉まんが1番だったわ」

死ぬ程食ってるはずなのによく食べ物の話できるな…。体型も変化は見られないし、ほんとどこに詰まってるんだろ?

「それじゃ向こうの広場で休憩しようぜ。俺ちょっと疲れたわ」

王都中心にある噴水広場。大きな噴水の近くには木が植えてあり、沢山の人達が思い思いの場所で休憩していた。

「へぇー…。『願いの噴水』って言うんだ」

大きな噴水の中央には女神らしき石像が建っている。周囲には前の町で見た天使達が何体も女神を囲んでいる。

「アルス様、この中に入っているお金はなんでしょう?」

噴水の中には沢山の小銭が沈んでいた。先程見た看板に説明文が書かれていた。

「…願いと共にお金を投げる事でその願いが叶うんだってさ。……なんか昔聞いた事がある内容だな」

「お金を投げて願いが叶うものなんでしょうか?」

「んー…全部が全部叶うものでは無いと思うけどね。中には叶った人が居るからこういう風習になったんだと思うけど」

「マスター。投げてもいいか?」

「ん?ああ、いいよ。…ホレ」

ナナに銅貨を渡す。すると何かを呟きながらナナは金を噴水へと投げた。

「あたしもやりたーい!!」
「わ、私もっ!!」

「はいはい」

チカ達もナナと同じ様に噴水へと投げる。俺もやってみようっと。

「…んー、願いか。何を願うかなぁ…」

前世だったら、大金とか就職とかを願ってただろうけど、この世界では特に何もないんだよなぁ…。

「…無難に世界平和とか願ってみるか」

願い事を口にして銅貨を投げる。ポチャンと音を立てながら銅貨は底に落ちていく。

『………………けて』

「ん?」

何か声が聞こえた様な気がした。キョロキョロと見渡すがチカ達はまだ目を閉じて願っていた。

「気のせいか…?」

「ねぇねぇ、ご主人様は何をお願いしたのー?」

「俺は世界平和を願ってみたよ」

「えー?何それー!?」

「魔物とかの被害が無くなります様にって事さ」

「なるほどー!!」

「ローリィは何をお願いしたんだ?」

「えへへー!秘密だよー!」

チカ達にも聞いてみたけど、どうやら秘密らしい。どんな願い事をしたのか気にはなるけど、まぁいっか!

しばらく噴水の近くのベンチで人の流れを見ていた。家族連れや商人、お金持ちの人達などが楽しそうに歩いていた。

「…のどかだなー。昼寝がしたくなるなぁ」

ポカポカ陽気に包まれ夢の世界へと旅立とうとした時、飲食通りから怒鳴り声が聞こえてきた。

「待ちやがれっ!!誰かーっ!!泥棒だー!!!」

「ん?なんだなんだ?」

通りに目を向けると小さな子供らしき影がこちらへ走ってくるのが見えた。その影は何かを持ち男から逃げているようだ。

噴水広場入り口でその子供は運悪く転けてしまう。どうやら食べ物を持っていたらしく、地面に散らばっていった。

「このガキッ!!捕まえたぞ!!」

店主らしき男が子供を捕まえるとすぐに鉄拳制裁を喰らわしていた。子供の泣き声が遠巻きに聞こえるが、周囲の人々は止めようとはしない。

「…アルス様」

「うん。行こう」

泣き声が大きくなるにつれ、人集りも大きくなる。流石に遠目に見ててもいたたまれない気持ちになったので、止めるべく行動する。

「--ごべんなざい!ごべんなざい!!」
「うるせー!!何回も何回も盗みやがって!!」

子供の悲鳴が俺を貫く。悪いのはその子供だと思うけど、さすがに殴りまくるのはダメだろう。

「まぁまぁ、おじさん落ち着きなよ。それ以上やったら死んじまうぜ?」

「ああ゛ん!?誰だてめーは!!」

「俺はアルス、ただの冒険者だよ。…それよりも少し落ち着こうぜ?」

おっさんは俺を睨みつけるが、俺の顔を見て落ち着いたのか子供へ振り下ろそうとしていた拳を引っ込める。

「…アンタ、さっきウチの店で飲み食いしてたな」

「あー…多分してるだろうな。…それで?一体どうしたんだ?何となく想像はできるけどさ」

おっさんは憎らしげに子供を一瞥するが説明をしてくれた。

「このガキは最近食べ物を盗んでいってよ、俺の店だけじゃなくて他の店でも被害がでてるんだ。…貧民街から出てくるだけでもうざってーのに、盗みを働くからよ。捕まえてボコボコにしてたんだよ」

「…貧民街?ホームレスってことか?」

「んにゃ、コイツらはストリートチルドレンさ。親無しの小汚ぇガキさ」

血だらけになり、涙を流している子供を見ながらいたたまれない気持ちになる。

「そうか…。なら、その食べ物の代金は俺が払うからさ。殴るのはやめてくれない?」

「はぁ?こんなガキを助けるんか?…やめとけ!何にも役にたたねぇよ!」

「役に立つとかは関係無いよ。…ただ、殴るのを見ていられないだけだよ」

ポケットから適当に金をおっさんに渡す。渋々ではあるがおっさんは金を受け取る。

「…なんかすまねえな。兄ちゃん達は関係無いのによ…」

「いいって。それにここは王都だろ?血生臭いのは勘弁して欲しいからな」

おっさんは金を受け取った後店へと戻っていった。解決したのを見ていた人達は段々と数が減っていった。

「チカ、この子に回復を」

「はい」

チカがすぐさま魔法をかける。みるみる内に傷が癒えていく。

「…マスター。良かったのか?」

「ん…。良くは無いだろうけど、あのままだったらきっと死ぬまで殴ってただろうな。そうなってたら、お前達止めに入ってただろ?」

「…うん。ご主人様がダメって言っても助けてたと思う」

「俺も目の前で殺されるのは嫌だからな。ま、しゃーないってことで」

「アルス様。この子はどうしますか?」

「んー。親が居れば返しただろうけど、話を聞く限り居ないみたいだし、とりあえず貧民街に連れて行くか」

「……私達で保護してはいけませんか?」

「保護した後どーする?一生面倒を見るのか?」

「…いえ、1日だけでも面倒をみようかと…」

「それはダメだ。今回だけ助けたけど、保護した場合次に問題を起こしたら俺達が責任を負わなきゃならないんだよ」

「ですがっ!!」

「…ま、助けてしまったもんは仕方ないか。今日だけだぞ?」

気絶している子供を背負い、とりあえず宿屋へと連れて行く。助けてしまった以上、責任ってのは出るものなのでこれから多分俺達はこの子の面倒を見るだろう。ま、サガンに連れて行って預けるってのも手だとは思うが王都にいる間はちゃんと教育しようと思うのであった。
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