地仙、異世界を掘る

荒谷創

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6.地仙、圧倒する

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蛇乱が深く息を吐いて動き始めたのは、ちょっと数ヶ月と言った日から、5ヶ月が過ぎた頃だった。
縦横無尽に動いていた両腕がピタリと止まり、次いで視点が定まる。
首をグリングリンと数回まわし、肩が下がって背中が曲がると、今度は腰から弓なりになる程反り返る。
屈伸したり、足首を回したり、軽くトンボを切ったり。
本人なりに少しずつ身体を解しているのだろうが、蛇乱の目付きだとほとんど呪いの踊りに見えてしまう。
緩急をつけて、小一時間。
漸く動きを止めて、蛇乱はするすると寄ってきた蛇身の執事に目を向けた。
「師匠は来られたのかな?」
【はい、主様。ご友人の大仙様方と一昨日までご滞在されました。御手紙を、お預かりしてございます。】
恭しく差し出された手紙を受け取り、息を吹き掛ける。
くしゃり。
小さな音と共に勝手に丸まると、やがてヤッコの様な姿に落ち着いた。
『蛇乱や。』
「はい。師匠。」
聞こえた師匠の声に、思わず居ずまいを正して返事を返す。
蛇乱にとって、師匠は絶対である。
要約すれば、さほど長い話しではない。一言で言えば、風呂最高。また来る。である。
趣向を凝らせて露天薬湯から海底温泉まで、ずらりと取り揃えた甲斐があった様だ。
客間や、寝室も別々のシチュエーションにしてみたが、これも好評。
後は、厨が気に入ったらしい大仙『八天の』に贈ったので、作り直すようにとの事だ。師匠らしいと笑ってしまう。
『それから、やって欲しい事があっての。』
「はい。」
蛇乱レベルの仙が、存分に闘える場所を創れと命じて師匠の手紙は消え去った。

四日後に『百万畳の』が訪れ、蛇乱は漸く師匠に礼を尽くした挨拶をする事が出来た。
「それで、お師匠さま。そちらの方は…」
「うむ。南天老君の玄孫で稀華じゃ。」
「…『風麗翼妃』ですわ。」
「地仙、蛇乱と申す若輩…」
「『絶界の』じゃ。」
思い切りそっぽを向いていた天仙は、大仙を憎々しげに睨…もうとして果たせず、代わりに蛇乱を睨…もうとして顔をひきつらせた。
蛇乱としては、困惑あるのみである。
師匠は女仙を名だけで呼んだ。
つまり、二つ名を認めた一人前では無いという事。
なのに、彼女は自分を二つ名で呼び、師匠はへり下って名前を名乗ろうとした蛇乱の挨拶を遮ってまで、二つ名で呼んだ。
何が起きているのだろう?

結局、疑問を言い出せぬまま蛇乱と女仙が向かいあう。
「…お前、凝ったのう…」
髭を扱きながら呆れた大仙。
雲海山河、海底、火山、氷原に、無人の都市。
天地の広がりは、かの四海獄をも越えているかも知れない。
此ならば大仙クラスが術比べ所か、少々本気で喧嘩をしてもびくともするまい。
「どちらかが降参するか、ワシが止めるまで好きに闘え。ああ、稀華の方は宝貝を使って良いぞ。」
「…何処までもバカにして…良いでしょう、『絶界の』蛇乱・さ・ま・に私が勝ったらこの洞天を創っている宝貝はいただきますわよ。それと、お弟子さんの二つ名は分不相応として棄てて貰います。」
「ほっほっほっ。好きにせい。」
「…師匠…」
ガックリと肩を落とした姿勢から、女仙の方を改めて見極める。
やる気は満々な様だ。蛇乱の視線に気付いたのか、顔色は悪いし相変わらずひきつっているが。
まず髪型は、禿天女が正式に天の庁に上がったばかりの頃に結う形だ。
顔もまだ幼さが目立つ。化粧はしているが、似合っていない。
服装は天の庁のお仕着せ。ただし、全身に着けている宝飾品や、帯びている剣は残らず宝貝だ。
「今、謝るなら二つ名は勘弁して差し上げますわよ?」
「お気になさらず。」
師匠の方は見なくても判る。勝つのは絶対条件だ。問題は、どのくらい勝つかだが。

わざわざ闘い易い様に、天仙の馴れているだろう天の闘技場を模した戦場を選んだにも関わらず、ただの一発も蛇乱に叩き込めずに、女仙は生きも絶え絶えで地面に転がっていた。
「ええと。師匠、これで良いんでしょうか 」
「うむ。」
周囲は焼け野原である。女仙が焼き払う宝貝の神火珠をばら撒いたからだが。
闘技場の地面で絡め捕られて転がっているのは、鉄鉤剣と番兵虎。絡め捕っているのは文字通り龍をも縛る縛龍帯。
手から放てば瞬く間に敵を斬り、噛み殺し、縛り上げる筈の宝貝は蛇乱に向かわず互いに潰しあった。
術は構築中に尽く散らされ返され、女仙は悲鳴を上げて必死にかわす羽目になり。
身を守る羊蹄盾も術反鏡も、あっという間に砕かれてしまった。
取って置きの宝貝、山をも穿つ勇翔拳は、凍らされて地に墜ちている。
そして空に逃げれば雲で、駿馬に変わればあっさり走って、魚に変じれば鮫となって追い回される。
素手で殴られただけで鉄身符が燃え尽き、毬の如くぽんぽんと蹴り飛ばされ、打ち上げられ、投げ落とされ、しかし、意識は残される力加減。
止めて貰えないかと思わず大仙を見れば、見ているのは弟子の動きと術の出来映えときたものだ。
「参った!参りました!助けて!!」
数時間は粘ったつもりで叫んでみれば、開始の声から僅か20分弱の事であった。



    
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