地仙、異世界を掘る

荒谷創

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7.地仙、嘆息する

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気を失った女仙をとりあえず寝室に突っ込んで、蛇乱は師匠が待つ風呂に向かう。
師匠の風呂好きは、仙の世界でも有名だ。
竹林の中の秘湯シチュエーションの露天風呂で寛ぐ、狸爺。

いやな絵面である。

「お待たせしました。」
「大して待っておらんよ。はよ、入れ。」
「はい。」
今回の件は、どうにも腑に落ちない事ばかりである。
師匠だって、普段ならこんなに頻繁に顔を見に来てくれたりはしない。
妙な力が塊になって、滅ぶ寸前だった世界。
その世界を食い荒らす、本来管理者の筈の女神ども。
短期間に様子を見に来る、放任主義を標榜している筈の師匠と、大仙達。
宝貝を振り回す以外は、土着の妖怪と大差ない腕前の何だか言う名前の女仙。
正直、いっぱいいっぱいである。

「と、言っても今、話せる事はあまり無いのぅ。」
「何処までなら大丈夫でしょうか?」
竹林を抜ける風が心地好い。師弟並んで風呂に浸かる。
「あの娘の事かの。」
「一番、どうでも良い話しなんですが。」
じっとりとした蛇乱の視線も、年齢を忘れ去った古狸にはさっぱり効果がない。
ほっほっほっ。
笑う狸爺はこの後、迷惑極まる事をぬけぬけと言い、蛇乱は思い切り深くため息をつく羽目になった。

さて、一方寝室に放り込まれた女仙、稀華はと言えば意識を取り戻してから荒れ狂っていた。
一番被害にあった哀れな被害者は枕だ。可哀想に彼は振り回され、叩かれ、捻られても随分耐えていたが、ついにハラワタを部屋中に吹き出してお亡くなりになってしまった。
「悔しい、悔しい、くやしい、くやしいくやしいくやしいくやしいくやしぃー!!」
生まれながらの仙人である自分が、たかが成り上がりの地仙の、更に弟子に負けるなんて!
何か不正があったに違いない。
でなければ負ける筈が無い。
例えば?
弟子に大仙が化けていた?弟子の術に大仙が上乗せしていた?宝貝を使わないと言いつつ、実は凄い宝貝を使っていた?
「………」
いくらなんでも、あり得ない。
そこまでされて気が付かなければ、それこそ仙人とは名乗れない。
それに、あの恐ろしい目付きの地仙には、まだまだ余裕があった。本気とは程遠かった。
「…ちくしょう…」
禿天女の時には、敵無しだった。天の庁に上がっても、同期や少し上の先輩には楽勝だった。宝貝持ちの先輩に負けて、でもそれは宝貝があったから。大じじ様におねだりして宝貝を手にいれたら、あっさり勝ててしまった。
それからの事を思い返せば、より強い宝貝を集めて振り回すだけ。
自分で術を使ったのも久しぶりだ。
いとも簡単に潰されたり、返されたりしたけれど、術を練るのは嫌いじゃない。
禿天女の頃は、拙いなりに研鑽していたものだ。
「…情けないなぁ。」
いつの間にか、感情の嵐は過ぎ去っていた。

ゼニア王太子フリードは、父である国王ラーケンの名代として妻と妹を伴い、ミゼット最西端の小国シンハを訪れていた。
「…まさかランバン国王とホルクの国王夫妻が招かれているとは、思わなかったな…」
事前に知っていれば、恐らく父王が自分で来ていただろう。少なくとも、妹は連れて来なかった。間もなく14になる妹は、来年この国の第四王子を婿に迎える。
婚約者と初めての顔合わせと、クジラという、滅多に食べられない珍味を味わう機会を与えてやりたくて連れては来たが…
「王族を集めるとは…単なる宴とは思えないが…」
野蛮なガド戦王国はこのところ大人しいが、もしもシンハがガドの影響でも受けていたら、近隣の王族が集まっている状態は危険だ。
「考えすぎは、悪い癖よ?」
「ファータ…」
昔から少々後ろ向きになりがちなフリードを支えてくれていた王太子妃は、少しおどけながら夫に寄り添う。
そんな妻に感謝の念を抱くフリードは、密かに彼女が彼の頭髪をチェックしている事には、気が付かないのだった。

晩餐は素晴らしい物だった。
塩漬けの物とは違うクジラの肉は、ランバンの鹿肉料理とも違う美味であったし、果物や、野菜、魚、どれも新鮮で質も良く、近き血を持つ謂わば親族の交流も、和やかで楽しいものであった。
晩餐が終わり、ゼニアの第二王女とシンハの第三王子以下の未成年は各々に割り当てられた部屋へと下がる。
「さて、どういう事かを聞かせて貰えるんじゃろうな?」
「勿論です。」
率先して口を開いたのは、老王ガルタ。
「クジラが揚がった事は、良い切っ掛けになりました。実は、どうやって皆様を招いたものかと困っていたので。まさに吉兆と思ったものです。なにせ…」
シンハ国王シルバは、少し声を潜めた。
「ガドにだけは、知られる訳にいかなかったのです。」
何か、大きな秘密にしなければならない事実があるのだろう。そして、それは今から明かされるのだ。
和やかな晩餐から、秘匿されるべき国同士の話し合いへ。
出席者達は一様に王族としての顔で、突然の会議に臨んだのだった。



    
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