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9.地仙、改築する
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師匠の真意は判らないが、どうやら女仙…稀華は当分ここに住むらしい。
「離れでも創るか。」
作業部屋の方が効率は良い。移動しようとしたら、稀華が着いてきた。
「興味あるのよ。これだけの洞天を作る宝貝に。」
「良いけど、宝貝なんか使わないぞ?」
事も無げに蛇乱に言われ、思わず稀華の足が止まる。
「嘘でしょ?」
宝貝は仙の力を宿した道具で、空を飛ぶ飛来椅の様な便利グッズもどきから、稀華が使った武器などまで、その形状、能力は多岐に渡る。
繰り返しになるが、蛇乱は地仙。
地に産まれた某かが、力を得て仙の位に登ったものであり、基本的に天に産まれ、産まれながらに仙の位にいる天仙とは、力も格も比べ物にならない程、低い筈だ。
その地仙が師匠とは言え、神代の時代から生きる大仙を唸らせる洞天を自力で作ったなど、信じられる訳がない。
いや、稀華はその地仙に、宝貝抜きの片手間で叩きのめされたのではあるが…
「とりあえず、見てみるかい?」
「ひっ!………いきなり振り向かないでくれるかしら。人を殺す気!?」
ひどい言われ様があったものである。
稀華にとって、この目付きの悪すぎる地仙は、今までに出会った事の無い理不尽な存在だった。
たとえ地仙でも、実力者ならば天の庁で名を知られているものだ。まして、あの大仙『百万畳の』の直弟子。
しかも仙人にとっての免許皆伝にあたる、二つ名持ち。
かの大仙の弟子だった仙人は、それこそ仙人名鑑にずらりと名を連ねている。
『銀陵の』『無餓泉の』『輝星夜の』
かつて星威との戦いの折りに、千万の敵を討ち滅ぼした伝説の仙人も、大仙の弟子だった。
「…でも、かの仙人達の二つ名は、星威征伐の報償として、天から許されたものだったはず…」
しかし、この地仙は、蛇乱は違うのかも知れない。
『絶界の蛇乱』
確信は無いが、この二つ名はきっと『百万畳の』大仙が名付けしたものだと思った。
何者なのだろう。
何より、目付きが悪すぎる。
もしも不意に出くわしたら、たとえ明るい昼間でも心臓が止まるのでは無いだろうか。そんな失礼な考えが、ふと浮かんだ。
蛇乱の作業室は、角張った所が欠片もなく、端的に言えば床と天井が円形の部屋だった。柱らしき物もない。
床と天井の面積は同じくらいだが、ツルリとし た壁は、壁の高さの半分よりやや上側で大きく外側に膨らんでおり、天井と床に近くなるに従って緩やかに絞られて、狭くなっている。
「えっ!?」
入ってきた扉が消え失せて、稀華は思わず後ろの壁に駆け寄った。何の痕跡も無い。
「どうした?」
「…ここって、出られるのよね?」
「作業中は危ないから閉鎖してるが、出るなら出口を創るぞ。」
つまりは、ここは閉じられた空間という事か。
「終わってからで良いわ。」
「おう。」
では。と気合いを入れて蛇乱は洞天の改築に取り掛かる。なんだかんだ言って、師匠以外に見られながらの作業は初めてだ。
それなりに緊張する。
とはいえ集中し始めてしまえば、周りに誰が居ようと関係なくなるのが、この蛇乱という地仙の非凡な所だ。
洞天とは、仙人が住まう別世界である。
仙境とも言われ、深山幽谷や海底、洞窟の奥などに作られる。有名な崑崙山や、竜宮城なども洞天の一つだ。
洞天は閉じた世界なので、何かしらの建物を建てようとするなら、既にある土地に洞天の中の素材か、持ち込んだ外の素材を用いて建てる。仙人の得手不得手はあるが、大抵は術で素材を加工するか、外で組まれて出来上がっている館等を縮めて持ち込み、大きくして、設置する。
箱庭に館の模型を作り、大きくする仙人も多い。
蛇乱のやり方は、そのどれとも違っていた。
徐に手を柏手の様に打ち合わせれば、作業室の中央に、星が顕れる。
豊かな命が溢れる星だ。
軽く目を凝らして精密に視る為、稀華は神眼通を発動。
「何処の星?」
違和感を覚えたと同時に、戦慄した。
神眼通が見出だしたのは、蛇乱の住処。
この美しい星が、まるごと蛇乱がこの地に創り出した洞天なのだ。
蛇乱の手が、スルリと星の一部を引っ張りだした。
瞬く間に光の糸の様に解れるソレを、蛇乱の指が絡め取り、編み上げていく。
すっかり形が変わった様な、全く変化が無い様な。神眼通を用いても、稀華には違いが判らない。
そうこうする内に編み上がった星の欠片を、蛇乱が再び星に差し込んだ。瞬間。
出来上がっていた洞天が組み変わる。
洞天そのものの内包する許容量が、ただ増えて、無かった筈の空き地が存在したかと思うと、十分な広さと家具まで揃った蕭酒な館が、存在を始めていた。いや、初めからそこに建っていた事になったのだ。
「……違う…こんなの、洞天じゃない………」
稀華の言葉は、蛇乱には聞こえなかった。
この地仙は、一度集中してしまえば、周囲の声など聞こえないのだから。
そんな稀華を余所に、蛇乱は暫くコチャコチャと星の表面を弄くって、徐に手を合わせ。
「はい、お粗末。」
「離れでも創るか。」
作業部屋の方が効率は良い。移動しようとしたら、稀華が着いてきた。
「興味あるのよ。これだけの洞天を作る宝貝に。」
「良いけど、宝貝なんか使わないぞ?」
事も無げに蛇乱に言われ、思わず稀華の足が止まる。
「嘘でしょ?」
宝貝は仙の力を宿した道具で、空を飛ぶ飛来椅の様な便利グッズもどきから、稀華が使った武器などまで、その形状、能力は多岐に渡る。
繰り返しになるが、蛇乱は地仙。
地に産まれた某かが、力を得て仙の位に登ったものであり、基本的に天に産まれ、産まれながらに仙の位にいる天仙とは、力も格も比べ物にならない程、低い筈だ。
その地仙が師匠とは言え、神代の時代から生きる大仙を唸らせる洞天を自力で作ったなど、信じられる訳がない。
いや、稀華はその地仙に、宝貝抜きの片手間で叩きのめされたのではあるが…
「とりあえず、見てみるかい?」
「ひっ!………いきなり振り向かないでくれるかしら。人を殺す気!?」
ひどい言われ様があったものである。
稀華にとって、この目付きの悪すぎる地仙は、今までに出会った事の無い理不尽な存在だった。
たとえ地仙でも、実力者ならば天の庁で名を知られているものだ。まして、あの大仙『百万畳の』の直弟子。
しかも仙人にとっての免許皆伝にあたる、二つ名持ち。
かの大仙の弟子だった仙人は、それこそ仙人名鑑にずらりと名を連ねている。
『銀陵の』『無餓泉の』『輝星夜の』
かつて星威との戦いの折りに、千万の敵を討ち滅ぼした伝説の仙人も、大仙の弟子だった。
「…でも、かの仙人達の二つ名は、星威征伐の報償として、天から許されたものだったはず…」
しかし、この地仙は、蛇乱は違うのかも知れない。
『絶界の蛇乱』
確信は無いが、この二つ名はきっと『百万畳の』大仙が名付けしたものだと思った。
何者なのだろう。
何より、目付きが悪すぎる。
もしも不意に出くわしたら、たとえ明るい昼間でも心臓が止まるのでは無いだろうか。そんな失礼な考えが、ふと浮かんだ。
蛇乱の作業室は、角張った所が欠片もなく、端的に言えば床と天井が円形の部屋だった。柱らしき物もない。
床と天井の面積は同じくらいだが、ツルリとし た壁は、壁の高さの半分よりやや上側で大きく外側に膨らんでおり、天井と床に近くなるに従って緩やかに絞られて、狭くなっている。
「えっ!?」
入ってきた扉が消え失せて、稀華は思わず後ろの壁に駆け寄った。何の痕跡も無い。
「どうした?」
「…ここって、出られるのよね?」
「作業中は危ないから閉鎖してるが、出るなら出口を創るぞ。」
つまりは、ここは閉じられた空間という事か。
「終わってからで良いわ。」
「おう。」
では。と気合いを入れて蛇乱は洞天の改築に取り掛かる。なんだかんだ言って、師匠以外に見られながらの作業は初めてだ。
それなりに緊張する。
とはいえ集中し始めてしまえば、周りに誰が居ようと関係なくなるのが、この蛇乱という地仙の非凡な所だ。
洞天とは、仙人が住まう別世界である。
仙境とも言われ、深山幽谷や海底、洞窟の奥などに作られる。有名な崑崙山や、竜宮城なども洞天の一つだ。
洞天は閉じた世界なので、何かしらの建物を建てようとするなら、既にある土地に洞天の中の素材か、持ち込んだ外の素材を用いて建てる。仙人の得手不得手はあるが、大抵は術で素材を加工するか、外で組まれて出来上がっている館等を縮めて持ち込み、大きくして、設置する。
箱庭に館の模型を作り、大きくする仙人も多い。
蛇乱のやり方は、そのどれとも違っていた。
徐に手を柏手の様に打ち合わせれば、作業室の中央に、星が顕れる。
豊かな命が溢れる星だ。
軽く目を凝らして精密に視る為、稀華は神眼通を発動。
「何処の星?」
違和感を覚えたと同時に、戦慄した。
神眼通が見出だしたのは、蛇乱の住処。
この美しい星が、まるごと蛇乱がこの地に創り出した洞天なのだ。
蛇乱の手が、スルリと星の一部を引っ張りだした。
瞬く間に光の糸の様に解れるソレを、蛇乱の指が絡め取り、編み上げていく。
すっかり形が変わった様な、全く変化が無い様な。神眼通を用いても、稀華には違いが判らない。
そうこうする内に編み上がった星の欠片を、蛇乱が再び星に差し込んだ。瞬間。
出来上がっていた洞天が組み変わる。
洞天そのものの内包する許容量が、ただ増えて、無かった筈の空き地が存在したかと思うと、十分な広さと家具まで揃った蕭酒な館が、存在を始めていた。いや、初めからそこに建っていた事になったのだ。
「……違う…こんなの、洞天じゃない………」
稀華の言葉は、蛇乱には聞こえなかった。
この地仙は、一度集中してしまえば、周囲の声など聞こえないのだから。
そんな稀華を余所に、蛇乱は暫くコチャコチャと星の表面を弄くって、徐に手を合わせ。
「はい、お粗末。」
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