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13.地仙、修復する
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いつもなら礎の間で作業しているか、洞天の住処で術の研鑽をしている若き地仙は、雲に乗りダロス大陸の荒野へ足を運んでいた。
「毒は蛇毒だから、簡単なんだがなあ…」
蛇乱の眼下では、撒き散らされた毒と病が大地を浸食し続けている。浄化しておかないと、後でどんな酷い事になるか予想もつかない。
蛇乱は毒にも病にも侵されないので平然としたものだが、例えば天仙の稀華が居たならば、もっと高度を取らないと危険な位に、強い穢れだ。
「とりあえず、隔離して浄化か。」
おもむろに背中の甕を下ろし、蓋を開く。
「さあ、此なるは蛇乱が甕ぞ。穿て吸い込め、閉じ込めよ。行き着く先は蛇乱が獄よ。嘘も、秘密も、病も、毒も。生きるもの、生きぬもの、魂すらも逃がしはせぬぞ。」
甕の中には何も見えない。ただただ、底も見えない闇があるだけ。
そして、蛇乱は甕を小脇に抱えると、ポンと叩いて、鋭く命じた。
「疾く閉じよ!」
およそ千五百里に渡る、汚された大地が、瞬く間に甕に呑み込まれる。
後に残るは切り取られ、くり貫かれた荒野のみ。しかし、それも問題にならない。
「さあて、後は埋めてお仕舞いか。」
甕に蓋をして、背負いなおした地仙は指で輪を作り、抉れた大地を覗き見る。
「埋まれ。」
言葉と共に輪を外せば、何事も無かったかの様な荒野が広がっていた。
「あら、お帰りなさい。」
「応。」
客間で止まり木に休むコルノを相手に、お茶していた稀華に手を上げて返事をした蛇乱は、そのまま作業室に消えて行く。
まあ、愛想が無いのはいつもの事なので、稀華は既に気にしない。稀華が住処の客間やらを我が物顔で占拠するのを、蛇乱が気にしないのと同じ事だ。
さて、新たな同居人でもある子蛇のコルノはと言うと、住処を仕切る陽と月の巳精にすっかり気に入られ、まるで子供の様な扱いに落ち着いた。無論、蛇乱と稀華も可愛がる為、その腕に絡み付き悠々自適といった様である。
今でこそ西側諸国の嫌われものであり、最大の懸念国家であるガド戦王国だが、その様な事になったのは、実はそれほど昔の事でもない。ほんの30年前まで、ガド戦王国と言えば質実剛健な西側諸国の武の象徴だったのだ。
ミゼット大陸東側の、肥沃な土地を抑えている各列強にとって、西側の土地には価値が無い。しかし、労働力として、奴隷として使う為に度々侵略行為が繰り返された時期がある。
その防壁として当時、西側最強の武将と、各国の支援でガド戦王国は西側諸国の守りとして、存在を始めた。
時が下り、いつしか東側の国々が西側諸国の存在すら忘れ果てたかの様に、ミゼットの東側だけで争う様になった後も、ガド戦王国の武人達は己を鍛え、武を磨き続けた。
西側諸国屈指の賢王ランバンの老ガルタは、若かりし頃ガドに留学し、武を磨いた経験がある。
その武人国が、野蛮な侵略国家になったのは愚かな王のしでかした愚行からである。
『愚王ラヒマン』
ラヒマンは精力的な王であった。そして、ある意味革新的でもあった。
かの愚王は己の子、王子14人王女18人に剣を持たせ、殺し合わせたのである。
「強き者こそが王太子に相応しい。」
上は22才の王女から、下は6才の王子までを闘技場で戦わせ、逃げる者、臆する者は射殺した。
そして、残ったのが第二王子ペドロスである。
勝ち残ったペドロスは立太子の儀式を終え王太子となると、その日の内に満面の笑みで父王ラヒマンの首を刎ねた。
それから10年。愚王討伐の大義と、武威を支持する熱狂的な配下を側近として使い、ペドロスは国を、軍を作り替え掌握した。
この時、多くの心ある武人達はペドロスに反発して粛清されている。運の良かった少数は国を捨て、脱出に成功して他国に保護を求めた。
現ランバン親衛隊長にして、国一番の槍の使い手バノウスの父もその一人である。
国内の反対勢力を一掃したペドロスは、本来守るべきであった西側諸国に牙を向いた。
少数民族七つと、小国四つを火の海に沈め、奪える物は全て奪い尽くしたのだ。
『狂人』『戦狂い』『蛮王』『虐殺王』
ペドロスは、西側最大の危険人物として、変貌したガド戦王国は危険な侵略国家と成り果てた。
「…狂人の国に、変化か。」
「…はっ。」
若かき日の感傷に浸っている場合では無い。ガド戦王国は、今年も食糧に事欠いている。侵略した地の畑を焼き払い、市民農民を奴隷として旧ヒメリアの銅山に送っていたからだ。
狂人は、足らなければ奪えば良いという事らしいが、最近はやや大人しく、丸々焼き払うのでは無く、食糧をある程度奪い去るだけで、拐うのも若い男だけとなっている。
「あの狂人が考える事では無いな。とするならば、王太子か。」
「残虐王子が、ですか?」
ペドロスの設けた唯一の王子は、父に輪を掛けた狂人、凶人で知られている。
側に控えるバノウスに、老賢王ガルタは諭す様に話しかけた。
「何事も、一面だけを見てはならん。噂も良く見極める事が肝心じゃ。特に狂人や凶人と呼ばれる様な連中はな。」
「毒は蛇毒だから、簡単なんだがなあ…」
蛇乱の眼下では、撒き散らされた毒と病が大地を浸食し続けている。浄化しておかないと、後でどんな酷い事になるか予想もつかない。
蛇乱は毒にも病にも侵されないので平然としたものだが、例えば天仙の稀華が居たならば、もっと高度を取らないと危険な位に、強い穢れだ。
「とりあえず、隔離して浄化か。」
おもむろに背中の甕を下ろし、蓋を開く。
「さあ、此なるは蛇乱が甕ぞ。穿て吸い込め、閉じ込めよ。行き着く先は蛇乱が獄よ。嘘も、秘密も、病も、毒も。生きるもの、生きぬもの、魂すらも逃がしはせぬぞ。」
甕の中には何も見えない。ただただ、底も見えない闇があるだけ。
そして、蛇乱は甕を小脇に抱えると、ポンと叩いて、鋭く命じた。
「疾く閉じよ!」
およそ千五百里に渡る、汚された大地が、瞬く間に甕に呑み込まれる。
後に残るは切り取られ、くり貫かれた荒野のみ。しかし、それも問題にならない。
「さあて、後は埋めてお仕舞いか。」
甕に蓋をして、背負いなおした地仙は指で輪を作り、抉れた大地を覗き見る。
「埋まれ。」
言葉と共に輪を外せば、何事も無かったかの様な荒野が広がっていた。
「あら、お帰りなさい。」
「応。」
客間で止まり木に休むコルノを相手に、お茶していた稀華に手を上げて返事をした蛇乱は、そのまま作業室に消えて行く。
まあ、愛想が無いのはいつもの事なので、稀華は既に気にしない。稀華が住処の客間やらを我が物顔で占拠するのを、蛇乱が気にしないのと同じ事だ。
さて、新たな同居人でもある子蛇のコルノはと言うと、住処を仕切る陽と月の巳精にすっかり気に入られ、まるで子供の様な扱いに落ち着いた。無論、蛇乱と稀華も可愛がる為、その腕に絡み付き悠々自適といった様である。
今でこそ西側諸国の嫌われものであり、最大の懸念国家であるガド戦王国だが、その様な事になったのは、実はそれほど昔の事でもない。ほんの30年前まで、ガド戦王国と言えば質実剛健な西側諸国の武の象徴だったのだ。
ミゼット大陸東側の、肥沃な土地を抑えている各列強にとって、西側の土地には価値が無い。しかし、労働力として、奴隷として使う為に度々侵略行為が繰り返された時期がある。
その防壁として当時、西側最強の武将と、各国の支援でガド戦王国は西側諸国の守りとして、存在を始めた。
時が下り、いつしか東側の国々が西側諸国の存在すら忘れ果てたかの様に、ミゼットの東側だけで争う様になった後も、ガド戦王国の武人達は己を鍛え、武を磨き続けた。
西側諸国屈指の賢王ランバンの老ガルタは、若かりし頃ガドに留学し、武を磨いた経験がある。
その武人国が、野蛮な侵略国家になったのは愚かな王のしでかした愚行からである。
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ラヒマンは精力的な王であった。そして、ある意味革新的でもあった。
かの愚王は己の子、王子14人王女18人に剣を持たせ、殺し合わせたのである。
「強き者こそが王太子に相応しい。」
上は22才の王女から、下は6才の王子までを闘技場で戦わせ、逃げる者、臆する者は射殺した。
そして、残ったのが第二王子ペドロスである。
勝ち残ったペドロスは立太子の儀式を終え王太子となると、その日の内に満面の笑みで父王ラヒマンの首を刎ねた。
それから10年。愚王討伐の大義と、武威を支持する熱狂的な配下を側近として使い、ペドロスは国を、軍を作り替え掌握した。
この時、多くの心ある武人達はペドロスに反発して粛清されている。運の良かった少数は国を捨て、脱出に成功して他国に保護を求めた。
現ランバン親衛隊長にして、国一番の槍の使い手バノウスの父もその一人である。
国内の反対勢力を一掃したペドロスは、本来守るべきであった西側諸国に牙を向いた。
少数民族七つと、小国四つを火の海に沈め、奪える物は全て奪い尽くしたのだ。
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ペドロスは、西側最大の危険人物として、変貌したガド戦王国は危険な侵略国家と成り果てた。
「…狂人の国に、変化か。」
「…はっ。」
若かき日の感傷に浸っている場合では無い。ガド戦王国は、今年も食糧に事欠いている。侵略した地の畑を焼き払い、市民農民を奴隷として旧ヒメリアの銅山に送っていたからだ。
狂人は、足らなければ奪えば良いという事らしいが、最近はやや大人しく、丸々焼き払うのでは無く、食糧をある程度奪い去るだけで、拐うのも若い男だけとなっている。
「あの狂人が考える事では無いな。とするならば、王太子か。」
「残虐王子が、ですか?」
ペドロスの設けた唯一の王子は、父に輪を掛けた狂人、凶人で知られている。
側に控えるバノウスに、老賢王ガルタは諭す様に話しかけた。
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