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29.只人、蠢動。③
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シンハ王国を訪れた商人達が、その余りの変わり様に己が目を疑う。
ミゼット大陸最西端にして、ダロス大陸の玄関口。
痩せこけた人しか居ない、何の特産物も無い国。
見渡す限り、荒れ地の国。
ほんの少し前までは、そうだったはずだ。
今も、質素な暮らしぶりには変化は無い。だが商人という、変化に敏感でなければ勤まらない職を生業とする者の目から見れば、違いは明らかだ。
「あそこの畑は芋…向こうのは豆…あっちにあるのは麦の畑か?」
どれも今までなら、育たなかった代物だ。
行き交う人々の表情は明るく、血色が良い。まだ痩せている部類だが、不健康な痩せ方は成りを潜めているようにみえる。
なにより、あちこちで子供達が明るい笑い声を上げながら、走り回っているのだ。
家々は隙間風が入らないように補修され、玄関の扉の上やら扉そのものに、やたら恐ろしげな顔が…
「驚いたでしょう。鬼神様ですよ。」
「鬼神?」
馴染みの商家で、到着早々に話を聞く。
「邪悪なモノを打ち払って下さる神様なんです。」
むしろ追い払われる側の顔だが、どうもコレでも優しく作ったらしい。
「子供達が泣きますし、年寄りがポックリ逝くと大変なんで。」
「おいおい、笑い事じゃないよ。」
言いながら、違和感があった。
小さいが、祭壇?
「あれは…」
「竜の女神マリーカ様ですよ。」
聞いた事が無い名前だ。
祀られている像を見れば、優しい顔の女神像で、その腕には小さな竜が巻き付いている。
「こちらの方も知らないな。」
「そりゃそうです。けど、さっきの鬼神ジャラ様と、マリーカ様を祀った途端に良い事だらけなんですよ。」
女神と言えば、呪いをばら蒔く四柱の女神しか聞いたことが無かったが…
「実はね、うちの国の兵隊が凍えて死にかけた時に、助けて下さったそうです。いや、ホントに。なんせ助けられたのは斜向かいの金物屋の次男坊なんですよ。」
「ええ!?確か前に会った事があるよ。名前は…ブロス君だったかな?」
「そうです、ブロス坊。そのブロス坊がお国の命令で、どっかの森だかに行った時に、まだ雪の季節でも無いのに突然吹雪が起きて、部隊全員死ぬとこだったんだそうです。」
その時、助けに来てくれたのが、恐るべき鬼神ジャラと、優しい女神マリーカだったと。
女神は暖かな風で、凍死寸前だったブロス君や他の兵士達を助け、吹雪を起こした悪しきモノは、鬼神ジャラが打ち倒したのだという。
「ブロス坊は、あれで絵が達者でね。一緒に兵士になった石屋の倅のラズ坊と、女神様鬼神様のお姿をこうして広めてくれたんですよ。」
「ご利益はあったのかい?」
「それが、凄いんですよ旦那!」
鬼神の姿を飾った家ではこの冬一人も風邪すら引かず、女神を祀って畑を作った所、今まで育った事が無かった作物がすくすく育つ。
「お国の方からも、食べ物や布地なんかが山程渡されて…」
「それは凄い。あやかりたいもんだね。」
「じゃ、旦那。お帰りの時に持って帰れば良いじゃないですか。鬼神様を、こう、馬車に飾って…」
「はははは。それは良いね。」
ミゼット大陸東部においての、西方。
大陸の背骨と言われる峻厳たるバゼラムド山脈を挟み、西方小国家群の防壁たるガド戦王国と対峙しているのが、東方国家の一つ、バゼラムである。
東方の玄関でもあるこの国は、かつて西方に奴隷狩りに向かう東方列強の一大拠点でもあった。
西方小国家群が東からの盾として、ガド戦王国を立ち上げ、反抗する様になってからは列強の軍事拠点となり、駐留する各列強の軍を相手に強かに立ち回っている。
各列強も、しばらくは大戦をする必要も無く、奴隷狩りは必要が無い。それでもバゼラムに軍を駐留させているのは、いざという時の保険と、バゼラムの富を他国に奪われない為の牽制に過ぎない。
そのバゼラム王国の六歳になる末の姫が、突然倒れた。
「ダリアの容態は?」
「御体に障りは御座いません。しかし、どうしても目を醒まされないのです。」
長く王室に仕え、信用の置ける医師も原因が判らないまま、七日が過ぎた。
「陛下!」
「どうした!何事だ?!」
駆け込んで来た侍女頭に、バゼラム王マルクスは血相を変えた。
「まさか、姫が!?」
「ち、違います!祭祀場に、コレが!」
侍女頭が差し出したのは、手の平に乗る程度の錆びた鉄の板。
「祭祀場?」
王宮の一角にある祭祀場は、かつて先祖が西方ダロス大陸で信仰してきた四柱の女神を祀るものであり、年に一度だけ、国王が形ばかりの祷りを捧げる。
姫が倒れた事もあり、すっかり忘れ去られていたがその日は十日後であり、侍女頭と侍女達が掃除に立ち入っていた。
「な、まさか…神託なのか…?」
『命ずる。ダロスの地に神の敵あり。此を滅せよ。さもなくば神の怒りは、小さき花を滅するだろう。』
ミゼット大陸最西端にして、ダロス大陸の玄関口。
痩せこけた人しか居ない、何の特産物も無い国。
見渡す限り、荒れ地の国。
ほんの少し前までは、そうだったはずだ。
今も、質素な暮らしぶりには変化は無い。だが商人という、変化に敏感でなければ勤まらない職を生業とする者の目から見れば、違いは明らかだ。
「あそこの畑は芋…向こうのは豆…あっちにあるのは麦の畑か?」
どれも今までなら、育たなかった代物だ。
行き交う人々の表情は明るく、血色が良い。まだ痩せている部類だが、不健康な痩せ方は成りを潜めているようにみえる。
なにより、あちこちで子供達が明るい笑い声を上げながら、走り回っているのだ。
家々は隙間風が入らないように補修され、玄関の扉の上やら扉そのものに、やたら恐ろしげな顔が…
「驚いたでしょう。鬼神様ですよ。」
「鬼神?」
馴染みの商家で、到着早々に話を聞く。
「邪悪なモノを打ち払って下さる神様なんです。」
むしろ追い払われる側の顔だが、どうもコレでも優しく作ったらしい。
「子供達が泣きますし、年寄りがポックリ逝くと大変なんで。」
「おいおい、笑い事じゃないよ。」
言いながら、違和感があった。
小さいが、祭壇?
「あれは…」
「竜の女神マリーカ様ですよ。」
聞いた事が無い名前だ。
祀られている像を見れば、優しい顔の女神像で、その腕には小さな竜が巻き付いている。
「こちらの方も知らないな。」
「そりゃそうです。けど、さっきの鬼神ジャラ様と、マリーカ様を祀った途端に良い事だらけなんですよ。」
女神と言えば、呪いをばら蒔く四柱の女神しか聞いたことが無かったが…
「実はね、うちの国の兵隊が凍えて死にかけた時に、助けて下さったそうです。いや、ホントに。なんせ助けられたのは斜向かいの金物屋の次男坊なんですよ。」
「ええ!?確か前に会った事があるよ。名前は…ブロス君だったかな?」
「そうです、ブロス坊。そのブロス坊がお国の命令で、どっかの森だかに行った時に、まだ雪の季節でも無いのに突然吹雪が起きて、部隊全員死ぬとこだったんだそうです。」
その時、助けに来てくれたのが、恐るべき鬼神ジャラと、優しい女神マリーカだったと。
女神は暖かな風で、凍死寸前だったブロス君や他の兵士達を助け、吹雪を起こした悪しきモノは、鬼神ジャラが打ち倒したのだという。
「ブロス坊は、あれで絵が達者でね。一緒に兵士になった石屋の倅のラズ坊と、女神様鬼神様のお姿をこうして広めてくれたんですよ。」
「ご利益はあったのかい?」
「それが、凄いんですよ旦那!」
鬼神の姿を飾った家ではこの冬一人も風邪すら引かず、女神を祀って畑を作った所、今まで育った事が無かった作物がすくすく育つ。
「お国の方からも、食べ物や布地なんかが山程渡されて…」
「それは凄い。あやかりたいもんだね。」
「じゃ、旦那。お帰りの時に持って帰れば良いじゃないですか。鬼神様を、こう、馬車に飾って…」
「はははは。それは良いね。」
ミゼット大陸東部においての、西方。
大陸の背骨と言われる峻厳たるバゼラムド山脈を挟み、西方小国家群の防壁たるガド戦王国と対峙しているのが、東方国家の一つ、バゼラムである。
東方の玄関でもあるこの国は、かつて西方に奴隷狩りに向かう東方列強の一大拠点でもあった。
西方小国家群が東からの盾として、ガド戦王国を立ち上げ、反抗する様になってからは列強の軍事拠点となり、駐留する各列強の軍を相手に強かに立ち回っている。
各列強も、しばらくは大戦をする必要も無く、奴隷狩りは必要が無い。それでもバゼラムに軍を駐留させているのは、いざという時の保険と、バゼラムの富を他国に奪われない為の牽制に過ぎない。
そのバゼラム王国の六歳になる末の姫が、突然倒れた。
「ダリアの容態は?」
「御体に障りは御座いません。しかし、どうしても目を醒まされないのです。」
長く王室に仕え、信用の置ける医師も原因が判らないまま、七日が過ぎた。
「陛下!」
「どうした!何事だ?!」
駆け込んで来た侍女頭に、バゼラム王マルクスは血相を変えた。
「まさか、姫が!?」
「ち、違います!祭祀場に、コレが!」
侍女頭が差し出したのは、手の平に乗る程度の錆びた鉄の板。
「祭祀場?」
王宮の一角にある祭祀場は、かつて先祖が西方ダロス大陸で信仰してきた四柱の女神を祀るものであり、年に一度だけ、国王が形ばかりの祷りを捧げる。
姫が倒れた事もあり、すっかり忘れ去られていたがその日は十日後であり、侍女頭と侍女達が掃除に立ち入っていた。
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