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37.地仙、一蹴する
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己の洞天にて、新たな生命が発生している事など知らぬ地仙。
地下に巣食う妖の類いを根刮ぎにする勢いで平らげると、着々と南下していく。
同行するリュウグウの腕前が妖に通用すると判った蛇乱に、遠慮は無かった。
「……旦那、これで何ヵ所目です?」
「さてな、わざわざ数えてはいないからな……」
南下するにつれ、妖の巣が増えていく。潜む妖も狂った地の精や変異した動物から、明らかに死者…それも戦場で命を落とした兵士達だ。
昨日の夜に潰した巣は、最早戦場と見紛う位の軍隊然とした死人ばかりだった。
「多分、冥穴が空いているんだ」
「冥穴?」
「ここいらで人が多く死んだんじゃないか?それも、戦で。そういった地には恨みや嘆きの念が溜まりやすい。そして、そういった念が溜まると冥界に直接通じる穴が生じる場合があるんだ」
外から来た蛇乱は勿論、リュウグウも知らない事ではあるが、間もなくソーンに差し掛かろうというこの地は、かつてミゼット大陸東部列強の奴隷狩り部隊と、各国の戦力がぶつかった、いわば古戦場である。
ガド戦王国が建国されるまで、中小国家程度の国が寄せ集めの軍で列強の兵と戦っていたのだ。無念の死を迎えたのみならず、捕らえられ奴隷とされた者達の嘆きが地を侵食しているのだ。
地脈の気が滞りなく流れ、人の生活の気が活性化していればゆっくりと浄化されていくものであるが……
「ミゼット大陸もだいぶ衰えているな」
大陸の中央、バゼラムド山脈の地下にミゼット大陸の源があるのは感じられるが、その流れが明らかにおかしい。
経穴経路が詰まり、絡まり、ところによって淀んで陰気に染まっている状態だ。
例えとしては適切ではないかも知れないが、源流に何かの死骸が放り込まれた小川の様な印象を受ける。
「一度見に行く必要はあるか」
「旦那」
【主さま】
リュウグウと竺天が警戒を露にする。
「神気があるな」
四女神の纏っていた、くすんだ神気ではない。
それほど強くはないが、その神気は綺麗なものだ。
「女神共の差し金か」
然程人の往来がある所ではないとは言え、多くの獣が跋扈している地帯ではない。にも関わらず、多数の獣の息遣いが感じられる。
妖が獣の姿を取る事もあるが本来なら、それは夕暮れ以降、陽の気から陰の気が支配する夜に近付いてからだ。
であるならば、多数の獣を集め、使役するのは妖ではない。
「手前は名を蛇乱。『百万畳の大仙』に連なる若輩である。何処の神に御座いましょうか」
「…………」
「…………」
「疾く、応えられよ」
腰の刀を抜きもしない。
武の構えを取るでもない。
それどころか、己の拳をもう一方の掌で包み、頭を下げて見せる。
これに応えねば、それは礼を返さぬのと同じ事。
たとえ、この地を治める正当な神であっても許される事では無い。
果たして、僅かな逡巡の後、二つの気配が顕れた。
「ワガ名ハ、ゼラ」
右半身が鉄、左半身が狼の獣人の娘
「ワガ名ハ、ゼル」
左半身が銅、右半身が熊の獣人の男
「「母神ウウアノ敵ヲ滅スル」」
「なるほど。鉄と銅の女神の子供神か」
神の子は神……といかない。
神同士の子ならば生まれながらに神格を得て、天の庁により神として記載が行われる。
しかし、人や、獣や、他の存在との子であるなら半神/亜神として修行の道となるのが普通だ。
眼前の男女から感じ取れる力の程は、然程大きなものでは無い。
しかし、神気は綺麗に澄んでいる。
正直に言えば、母神であるウウワより遥かに純粋で神足るに相応しいものだった。
「……こっちとしては、世界の為にも邪魔はしないで欲しいんだがな」
「カアサマノ命令ハ絶対」
「始末スル」
膨らむ殺気
獣臭が強まり、そこかしこから狼と熊のうなり声が聞こえてくる。
【主さま】
「二柱は俺が叩く。獣は殺すなよ」
「あいよ。食わない獣は無闇に殺しゃしないさ」
恐らくは狂わされているのだろう獣を殺すのは偲びない。
人を襲う可能性はあっても、それも自然の営みの一環である。地仙の蛇乱、精の竺天、そして迷宮主に仕えるリュウグウに取って、獣の牙も爪も恐ろしいものではない。
故に殺す必要は無いのだ。
「さて、やるか」
スルスルと滑るように歩を進め、拳を握る地仙。
ゼルとゼラはやや下がる。
「グアァアァア!」
「ガアウ!」
「ははははは!遅い!甘い!ぬるい!」
【気の毒】
「まったくだ」
普段は感情の起伏に乏しく、礼儀を重んじる事も出来るが、戦う時の蛇乱には容赦が無い。
「ははは、ははははは!」
「あの嗤いを聞くと、相手が可哀想になるな」
【ああなった主さまは、神将でも止められないと思う】
狼の鼻面を叩いて退けるリュウグウのぼやきに、熊の目を眩ました竺天が返す。
ゼルとゼラは、頑張っている。
ただ、その力は土着妖怪と然程変わらない。
神格を持つが故に本当に殺すためには手順や条件が必要になるが、別に無敵になる訳でも不死身な訳でもない。
つまり
「ギャッ!」
「グエェ!」
いつぞやの稀華と同じ……いや、もっと酷い状態になっていた。
鉄と銅の半身がベコベコ、獣の半身はボロボロ。
爪も牙もとうにへし折られ、まさに満身創痍。
とっくに戦意を失い、逃走しようとしているが、それすら許されない地獄に突入していた。
「ははははは!どうした、そんなんじゃ俺の首は取れないぜ!!」
「ヒギャァ!」
「ユルシテ!」
蹴り飛ばされたゼルをぶつけられたゼラから泣きが入るが、蛇乱には通じない。
結局、ゼルとゼラが白目を剥いて泡を吹いて気を失うまで、蛇乱の嗤い声は荒野に響き渡ったのである。
地下に巣食う妖の類いを根刮ぎにする勢いで平らげると、着々と南下していく。
同行するリュウグウの腕前が妖に通用すると判った蛇乱に、遠慮は無かった。
「……旦那、これで何ヵ所目です?」
「さてな、わざわざ数えてはいないからな……」
南下するにつれ、妖の巣が増えていく。潜む妖も狂った地の精や変異した動物から、明らかに死者…それも戦場で命を落とした兵士達だ。
昨日の夜に潰した巣は、最早戦場と見紛う位の軍隊然とした死人ばかりだった。
「多分、冥穴が空いているんだ」
「冥穴?」
「ここいらで人が多く死んだんじゃないか?それも、戦で。そういった地には恨みや嘆きの念が溜まりやすい。そして、そういった念が溜まると冥界に直接通じる穴が生じる場合があるんだ」
外から来た蛇乱は勿論、リュウグウも知らない事ではあるが、間もなくソーンに差し掛かろうというこの地は、かつてミゼット大陸東部列強の奴隷狩り部隊と、各国の戦力がぶつかった、いわば古戦場である。
ガド戦王国が建国されるまで、中小国家程度の国が寄せ集めの軍で列強の兵と戦っていたのだ。無念の死を迎えたのみならず、捕らえられ奴隷とされた者達の嘆きが地を侵食しているのだ。
地脈の気が滞りなく流れ、人の生活の気が活性化していればゆっくりと浄化されていくものであるが……
「ミゼット大陸もだいぶ衰えているな」
大陸の中央、バゼラムド山脈の地下にミゼット大陸の源があるのは感じられるが、その流れが明らかにおかしい。
経穴経路が詰まり、絡まり、ところによって淀んで陰気に染まっている状態だ。
例えとしては適切ではないかも知れないが、源流に何かの死骸が放り込まれた小川の様な印象を受ける。
「一度見に行く必要はあるか」
「旦那」
【主さま】
リュウグウと竺天が警戒を露にする。
「神気があるな」
四女神の纏っていた、くすんだ神気ではない。
それほど強くはないが、その神気は綺麗なものだ。
「女神共の差し金か」
然程人の往来がある所ではないとは言え、多くの獣が跋扈している地帯ではない。にも関わらず、多数の獣の息遣いが感じられる。
妖が獣の姿を取る事もあるが本来なら、それは夕暮れ以降、陽の気から陰の気が支配する夜に近付いてからだ。
であるならば、多数の獣を集め、使役するのは妖ではない。
「手前は名を蛇乱。『百万畳の大仙』に連なる若輩である。何処の神に御座いましょうか」
「…………」
「…………」
「疾く、応えられよ」
腰の刀を抜きもしない。
武の構えを取るでもない。
それどころか、己の拳をもう一方の掌で包み、頭を下げて見せる。
これに応えねば、それは礼を返さぬのと同じ事。
たとえ、この地を治める正当な神であっても許される事では無い。
果たして、僅かな逡巡の後、二つの気配が顕れた。
「ワガ名ハ、ゼラ」
右半身が鉄、左半身が狼の獣人の娘
「ワガ名ハ、ゼル」
左半身が銅、右半身が熊の獣人の男
「「母神ウウアノ敵ヲ滅スル」」
「なるほど。鉄と銅の女神の子供神か」
神の子は神……といかない。
神同士の子ならば生まれながらに神格を得て、天の庁により神として記載が行われる。
しかし、人や、獣や、他の存在との子であるなら半神/亜神として修行の道となるのが普通だ。
眼前の男女から感じ取れる力の程は、然程大きなものでは無い。
しかし、神気は綺麗に澄んでいる。
正直に言えば、母神であるウウワより遥かに純粋で神足るに相応しいものだった。
「……こっちとしては、世界の為にも邪魔はしないで欲しいんだがな」
「カアサマノ命令ハ絶対」
「始末スル」
膨らむ殺気
獣臭が強まり、そこかしこから狼と熊のうなり声が聞こえてくる。
【主さま】
「二柱は俺が叩く。獣は殺すなよ」
「あいよ。食わない獣は無闇に殺しゃしないさ」
恐らくは狂わされているのだろう獣を殺すのは偲びない。
人を襲う可能性はあっても、それも自然の営みの一環である。地仙の蛇乱、精の竺天、そして迷宮主に仕えるリュウグウに取って、獣の牙も爪も恐ろしいものではない。
故に殺す必要は無いのだ。
「さて、やるか」
スルスルと滑るように歩を進め、拳を握る地仙。
ゼルとゼラはやや下がる。
「グアァアァア!」
「ガアウ!」
「ははははは!遅い!甘い!ぬるい!」
【気の毒】
「まったくだ」
普段は感情の起伏に乏しく、礼儀を重んじる事も出来るが、戦う時の蛇乱には容赦が無い。
「ははは、ははははは!」
「あの嗤いを聞くと、相手が可哀想になるな」
【ああなった主さまは、神将でも止められないと思う】
狼の鼻面を叩いて退けるリュウグウのぼやきに、熊の目を眩ました竺天が返す。
ゼルとゼラは、頑張っている。
ただ、その力は土着妖怪と然程変わらない。
神格を持つが故に本当に殺すためには手順や条件が必要になるが、別に無敵になる訳でも不死身な訳でもない。
つまり
「ギャッ!」
「グエェ!」
いつぞやの稀華と同じ……いや、もっと酷い状態になっていた。
鉄と銅の半身がベコベコ、獣の半身はボロボロ。
爪も牙もとうにへし折られ、まさに満身創痍。
とっくに戦意を失い、逃走しようとしているが、それすら許されない地獄に突入していた。
「ははははは!どうした、そんなんじゃ俺の首は取れないぜ!!」
「ヒギャァ!」
「ユルシテ!」
蹴り飛ばされたゼルをぶつけられたゼラから泣きが入るが、蛇乱には通じない。
結局、ゼルとゼラが白目を剥いて泡を吹いて気を失うまで、蛇乱の嗤い声は荒野に響き渡ったのである。
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