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38.地仙、斎戒する
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「地仙『絶界の』蛇乱が命ずる。蝕夜、疾く来たれ」
襤褸雑巾共が目を覚ます前にと、子の方位に道を拓く。
名を呼ばれた月の子精は、道を走り、扉を抜けて勇躍主の前に馳せ参じる。
【千眼万里の蝕夜、お召しにより参上つかまつりました】
黒い首巻きに作務衣を纏った銀の髪に青い瞳の女童
蛇乱の前に畏まる子の月精に、対である子の陽精が、駆け寄る。
【蝕夜、久しぶり】
【竺天、主の前だぞ。すり寄るな】
嬉しげな竺天に迷惑げな蝕夜だが、目は優しい。
対の精は仲が良いのが普通だが、実はこの子精達は特に仲が良い。
「おいおい旦那、こいつら逃がしちまうのか?また来るんじゃないかい」
「別に来るなら、また叩けば済む話だからな」
リュウグウがゼルとゼラを指して呆れるが、実際この程度の襲撃ならどうということもない。
それよりも、蛇乱には気になる点があった。
四女神の末席である鉄と銅の女神ウウアが二柱の母神である事は、二柱が口にしている。
問題は二柱の父神だ。
二柱の父が、例えば神以外の存在である場合は半神となるのだが、それにしては二柱の神気は純粋で、格は高くないが紛れもない『神同士の婚姻で生まれた』事が窺えた。
天の庁の記録を検められない為に断言は出来ないが、稀華の記憶ではウウワを含む四女神は全柱独身であった筈。
加えて、二柱の気は那伽羅世界のものである。
つまり、この世界で生まれたという事だろう。
行方の判らない男神は二柱。
「蝕夜なら気取られずに『視て』こられるだろう。頼む」
【御意!】
「もう間もなくソーンに入るぜ」
ホルクとソーンの国境には、関所がない。
ソーンは小国家群の中でも大した戦力を持たない小国として知られている。
ソーン豆以外の特産も無く、ホルクとしては警戒する必要がないのだ。
特産物のソーン豆は、栄養価が高く腹が膨れる為に貧乏人の味方と言われる食物だが、それ程の大商いには成らない。
それ故にホルク側は関所を設けず、ソーンはこれ幸いと出入国共に監視をしない。
と、しかし程なく見えてきたのは簡易な、だが明らかな柵と兵の詰所……詰まるところ関所である。
「……変だな……」
蛇乱と竺天は姿を消せば済む事だし、リュウグウとて、見るからに練度の低い兵の目を掻い潜る程度、寝ながらでも出来る。
ただ、急に関所が設けられた理由は知っておきたいところだ。
「旦那はちょっと待っててくれ、聞いてくる」
「応。念の為だ、竺天」
【チチッ】
光を曲げて、リュウグウの姿を若干弄る。
「便利なもんだ。行ってくる」
さて、このリュウグウという男は武人であり、なかなかの丈夫ではあるが、気さくで人当たりが良い。
この辺りは先祖の血なのだという。
口先だけで竜宮城の主を手玉に取り、人喰いの鬼女を口説いたというペテン師だというのだが、果たして関所にプラプラ歩いていったリュウグウは、半刻もしない内に関所の兵達を酔い潰してしまった。
上機嫌で唄いながら転がっていたり、肩を組んで乾杯を繰り返す兵共は幸せそうだ。
「……凄いな、これは」
「術も使わずに……」
「大した事はしてないぜ?」
十人程度とはいえ、職務中の兵士を残らず無力化してケロリとしているリュウグウ。
「いや、まさか俺が原因とは思わなかった」
なんの事はない。蛇乱達を討つ為に出発した際、架空の商会をでっち上げ、街道を進んだが故の関所設置である。
「あん時は、帰りなんか考えてなかったからなぁ」
ソーンに入って数時間。
リュウグウの主である迷宮主の支配地域に差し掛かろうという時、蛇乱が突然に歩を止めた。
「…旦那、どうした?」
「……リュウグウ、お前の主の迷宮はこの先の山中だな?」
「あ、ああ。あそこに見えてる小さな山の……」
「よし。ちょっと離れていろ」
【ほら、主様の邪魔だよ!】
「おわぁ!?」
竺天に引き摺られていくリュウグウを見る事もなく、地仙はその凶眼で地面を凝視する。
否、地の仙人は大地の奥底に、奇怪な存在を見出だしていた。
「さあ、吐き出せ大地。地仙が助けに参った故」
スラリ抜き放つは腰の刃。
ギラリと光る半月の刀身に顕るるは鬼面。
「羅刹、今日は喰らって良いぞ」
主の言葉に鬼面が嗤う。
「地にあって俺から隠れられる筈があるまいよ」
ダンッ!
蛇乱の木沓が地を打てば、それは覿面であった。
地が大口を開けて咳き込むと、赤黒い大岩が吐き出される。
「これだけ染まるか。人の業は凄まじいな」
本来ならば地脈を塞ぐのではなく、流れを整える筈の要石。
「祀るものが居ないと、こうなるか」
だが不自然さも感じる。
リュウグウの主が地脈の力を失った時期が近すぎる。
迷宮主の力を奪う程の『重さ』は無い。
「……後で考えるか。よし、喰らえ羅刹刀」
振るわれた半月が鬼岩にしがみつく全ての妄執を断ち切り、絶ち切る。
罪咎穢れ、全ては羅刹の腹の中へ。
傷一つ無い大岩が再び大地に飲み込まれると、蛇乱は刀を納めて満足げに頷いた。
「ひとまず、これで良いな」
……力が戻ってくる……
乾いた身体に染み入り……
光が見えた……諦めていたのに……
『…………!?』
驚く声、これはアタランテの声
いくつもの気配、これはまだ調整中だった子達の……
もう少しで、起き上がれそうだ
意識が、思考が回復していくのが自分で判る。
身体はもう少し掛かるけど、この分ならすぐ起きられるだろう。
皆の顔が見られる。
待ち遠しい……
襤褸雑巾共が目を覚ます前にと、子の方位に道を拓く。
名を呼ばれた月の子精は、道を走り、扉を抜けて勇躍主の前に馳せ参じる。
【千眼万里の蝕夜、お召しにより参上つかまつりました】
黒い首巻きに作務衣を纏った銀の髪に青い瞳の女童
蛇乱の前に畏まる子の月精に、対である子の陽精が、駆け寄る。
【蝕夜、久しぶり】
【竺天、主の前だぞ。すり寄るな】
嬉しげな竺天に迷惑げな蝕夜だが、目は優しい。
対の精は仲が良いのが普通だが、実はこの子精達は特に仲が良い。
「おいおい旦那、こいつら逃がしちまうのか?また来るんじゃないかい」
「別に来るなら、また叩けば済む話だからな」
リュウグウがゼルとゼラを指して呆れるが、実際この程度の襲撃ならどうということもない。
それよりも、蛇乱には気になる点があった。
四女神の末席である鉄と銅の女神ウウアが二柱の母神である事は、二柱が口にしている。
問題は二柱の父神だ。
二柱の父が、例えば神以外の存在である場合は半神となるのだが、それにしては二柱の神気は純粋で、格は高くないが紛れもない『神同士の婚姻で生まれた』事が窺えた。
天の庁の記録を検められない為に断言は出来ないが、稀華の記憶ではウウワを含む四女神は全柱独身であった筈。
加えて、二柱の気は那伽羅世界のものである。
つまり、この世界で生まれたという事だろう。
行方の判らない男神は二柱。
「蝕夜なら気取られずに『視て』こられるだろう。頼む」
【御意!】
「もう間もなくソーンに入るぜ」
ホルクとソーンの国境には、関所がない。
ソーンは小国家群の中でも大した戦力を持たない小国として知られている。
ソーン豆以外の特産も無く、ホルクとしては警戒する必要がないのだ。
特産物のソーン豆は、栄養価が高く腹が膨れる為に貧乏人の味方と言われる食物だが、それ程の大商いには成らない。
それ故にホルク側は関所を設けず、ソーンはこれ幸いと出入国共に監視をしない。
と、しかし程なく見えてきたのは簡易な、だが明らかな柵と兵の詰所……詰まるところ関所である。
「……変だな……」
蛇乱と竺天は姿を消せば済む事だし、リュウグウとて、見るからに練度の低い兵の目を掻い潜る程度、寝ながらでも出来る。
ただ、急に関所が設けられた理由は知っておきたいところだ。
「旦那はちょっと待っててくれ、聞いてくる」
「応。念の為だ、竺天」
【チチッ】
光を曲げて、リュウグウの姿を若干弄る。
「便利なもんだ。行ってくる」
さて、このリュウグウという男は武人であり、なかなかの丈夫ではあるが、気さくで人当たりが良い。
この辺りは先祖の血なのだという。
口先だけで竜宮城の主を手玉に取り、人喰いの鬼女を口説いたというペテン師だというのだが、果たして関所にプラプラ歩いていったリュウグウは、半刻もしない内に関所の兵達を酔い潰してしまった。
上機嫌で唄いながら転がっていたり、肩を組んで乾杯を繰り返す兵共は幸せそうだ。
「……凄いな、これは」
「術も使わずに……」
「大した事はしてないぜ?」
十人程度とはいえ、職務中の兵士を残らず無力化してケロリとしているリュウグウ。
「いや、まさか俺が原因とは思わなかった」
なんの事はない。蛇乱達を討つ為に出発した際、架空の商会をでっち上げ、街道を進んだが故の関所設置である。
「あん時は、帰りなんか考えてなかったからなぁ」
ソーンに入って数時間。
リュウグウの主である迷宮主の支配地域に差し掛かろうという時、蛇乱が突然に歩を止めた。
「…旦那、どうした?」
「……リュウグウ、お前の主の迷宮はこの先の山中だな?」
「あ、ああ。あそこに見えてる小さな山の……」
「よし。ちょっと離れていろ」
【ほら、主様の邪魔だよ!】
「おわぁ!?」
竺天に引き摺られていくリュウグウを見る事もなく、地仙はその凶眼で地面を凝視する。
否、地の仙人は大地の奥底に、奇怪な存在を見出だしていた。
「さあ、吐き出せ大地。地仙が助けに参った故」
スラリ抜き放つは腰の刃。
ギラリと光る半月の刀身に顕るるは鬼面。
「羅刹、今日は喰らって良いぞ」
主の言葉に鬼面が嗤う。
「地にあって俺から隠れられる筈があるまいよ」
ダンッ!
蛇乱の木沓が地を打てば、それは覿面であった。
地が大口を開けて咳き込むと、赤黒い大岩が吐き出される。
「これだけ染まるか。人の業は凄まじいな」
本来ならば地脈を塞ぐのではなく、流れを整える筈の要石。
「祀るものが居ないと、こうなるか」
だが不自然さも感じる。
リュウグウの主が地脈の力を失った時期が近すぎる。
迷宮主の力を奪う程の『重さ』は無い。
「……後で考えるか。よし、喰らえ羅刹刀」
振るわれた半月が鬼岩にしがみつく全ての妄執を断ち切り、絶ち切る。
罪咎穢れ、全ては羅刹の腹の中へ。
傷一つ無い大岩が再び大地に飲み込まれると、蛇乱は刀を納めて満足げに頷いた。
「ひとまず、これで良いな」
……力が戻ってくる……
乾いた身体に染み入り……
光が見えた……諦めていたのに……
『…………!?』
驚く声、これはアタランテの声
いくつもの気配、これはまだ調整中だった子達の……
もう少しで、起き上がれそうだ
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皆の顔が見られる。
待ち遠しい……
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