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壁を蹴って
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草人族は、成人しても身長は光人族の腰辺りまでにしかならず、臆病な事で知られている。
同族以外とあまり接する事もなく、ましてや巨体の鉱人族や荒武者揃いの戦人族が参加している様な宴に混じる事など、前代未聞と言って良いだろう。
彼等の殆どはショテル平野、風の平原で暮らしている。
おそらく現在の王都に毎日の様に立てられる市場が目的なのだろうが、草人族としては変わり者なのかも知れない。
ピョコピョコと少し不自然に歩くのは酔っているからだろうか。
子供の様な顔は赤いし、その手にはきっちり酒瓶が握られている。
「あの……貴方は…?」
「オイラはショテル平野の西側、風転がりの部族、緑の髪のハーンと風詠みの部族、青の瞳のマグリの12番目の子……」
「え、ええと……」
「姫、あ、いえ、陛下。草人族は名乗りが独特で、自身の10代前の父方、母方の先祖から父母までの生まれと通り名と名前を全部連ねてから、自身の通り名を告げて『名前』とします。そして通り名の後に付ける名前は番と婚姻の際に贈り合うので、彼が独身なら、結局『通り名』だけしか判りませんぞ」
そして、一旦名乗り始めたら終わりまできっちり名乗るまでは止まらない。
突然ペラペラと話し始めた草人族に驚いた煌人の女王に、すっかり他種族に詳しくなったかつての差別主義者が解説する。
結局、配偶者を持っていなかった草人の男は『一つ星』という通り名だった。
右眉の際に大きな黒子があるから、らしい。
ハイランドの中央部に位置するショテル平原を駆け抜け、障気で汚したのは大髑髏魔犬ドルガル
鋼を貫く牙と、岩をも噛み砕く顎を持ち、暴風の如く走り回る巨犬だ。
その四肢には穢れた焔が纏われ、駆け抜けながら焼かれた草原の草は、触れる者に癒えない傷を与える刃となった。
それだけでは無い。
大髑髏魔犬の咆哮は、それまで草人族の最良の友であった草色狼を狂わせたのだ。
共に草原を駆け、もう一人の自分とも頼んだ狼に噛み殺され、或いは殺さざるを得ない悲劇が、慟哭がショテル平原に満ち、誰もそれを止められなかった。
危険が迫った時、草人族は一目散に逃走する。
それ故に言われる『臆病』
だが、他者の安全や命が掛かっている場合、草人族は決して逃げないというのは、知られていない事実だった。
「けどさ、やっぱり大髑髏魔犬は強くってさ」
多くの草人族が帰らぬ身となり、命を拾っても足を失った
それでも戦い続けた地獄の日々は、ある日何処からかやって来た剣光人によって終わりを告げる。
小柄な剣士が、草原を走る。
追い立てるのは障気に穢され狂牙犬へと変容した、かつての草色狼達
そして表情など無い筈の頭蓋骨に、しかし歪んだ愉悦をありありと浮かべるのは、大髑髏魔犬
だが、その余裕は次の瞬間、動揺に取って代わる事となった。
追われていた筈の剣士が反転し、追っ手の狂牙犬を蹴り飛ばし、踏みつけ、砲弾の様な速度で跳んで来たのだ。
迎え撃つか
避けるか
深緑の神殿に巣食った大怪甲虫であれば迷わず迎え撃っただろう
峻厳の神殿に隠る蛇紋屍鬼ならば、避けるのに躊躇しなかったに違いない
大怪甲虫より狡猾で
蛇紋屍鬼より頑強であるが故の逡巡
じゃらららららららららら!
それでも動こうとした魔犬の四肢を巻き付いた鎖が封じる。
それは僅かに動きを止めたに過ぎなかったが、しかし、剣士の振るう剛剣の前では余りに致命的だった。
「……ディーゴはさ……」
「大髑髏魔犬を倒して、薫風の神殿を解放した後に砦にやって来たんだ」
「そんでさ……泣いたんだよ……」
「オイラみたいに歩けなくなった怪我人みんなに頭を下げてさ」
「もっと早く来ればってさ」
「そしたらさ……」
ゴツンッ!
長身から繰り出された拳骨を頭に落とされ、ディーゴは頭を抱えて、声もなく地面にのたうち回った。
「バカ野郎」
「彼等をよく見ろ。彼等は戦士だ。彼等の傷は仲間を護り、生かす為に戦った証だ」
「哀れんだりするのは、戦士に対して礼を欠くと肝に銘じろ」
そして振り下ろした右腕を機械手甲で撫でて、顔をしかめた。
「この石頭め」
「それからしばらくは、姿を見せなかったんだけどさ」
ある日、大量の鉱石を満載の馬車で戻ってきたのだという。
「そんで、砦の鍛冶場に籠ったとおもったらさ」
そこまで話すと、草人族の『一つ星』はスルッとズボンの裾を巻くって見せた。
「それは……」
「義足さ♪」
薄紫色の足は、見た目から普通の義足ではなかった。
大抵の義足は木製で一本の棒を取り付けてあるか、足を模した重い木型の組み合わせだ。
だが『一つ星』の義足は金属製で、獣の後ろ脚にも似た形状の薄い板と、脛側は細い二本の棒状だった。
「すげぇだろ?こいつには、あの人の機械手甲とおんなじ技術が使われてるんだぜ♪」
見てなよ♪
楽しげに笑いながらとび跳ねると、身を低く保ち、素早く走り出した。
「すごい……」
目にも留まらぬ程の方向転換を繰り返し、壁を蹴って飛び上がり、やがて草人を見失ってキョロキョロしていた鉱人によじ登ると、頭の上からピョンと飛び降りる。
「あの人はさ!オイラ達を嗤わない。哀れまない!戦士だって言ってくれた!」
「そして、二度と歩けなかった筈のオイラ達に、足をくれた!」
満面の笑みで草人は言い切る。
「イイ人だろ!」
同族以外とあまり接する事もなく、ましてや巨体の鉱人族や荒武者揃いの戦人族が参加している様な宴に混じる事など、前代未聞と言って良いだろう。
彼等の殆どはショテル平野、風の平原で暮らしている。
おそらく現在の王都に毎日の様に立てられる市場が目的なのだろうが、草人族としては変わり者なのかも知れない。
ピョコピョコと少し不自然に歩くのは酔っているからだろうか。
子供の様な顔は赤いし、その手にはきっちり酒瓶が握られている。
「あの……貴方は…?」
「オイラはショテル平野の西側、風転がりの部族、緑の髪のハーンと風詠みの部族、青の瞳のマグリの12番目の子……」
「え、ええと……」
「姫、あ、いえ、陛下。草人族は名乗りが独特で、自身の10代前の父方、母方の先祖から父母までの生まれと通り名と名前を全部連ねてから、自身の通り名を告げて『名前』とします。そして通り名の後に付ける名前は番と婚姻の際に贈り合うので、彼が独身なら、結局『通り名』だけしか判りませんぞ」
そして、一旦名乗り始めたら終わりまできっちり名乗るまでは止まらない。
突然ペラペラと話し始めた草人族に驚いた煌人の女王に、すっかり他種族に詳しくなったかつての差別主義者が解説する。
結局、配偶者を持っていなかった草人の男は『一つ星』という通り名だった。
右眉の際に大きな黒子があるから、らしい。
ハイランドの中央部に位置するショテル平原を駆け抜け、障気で汚したのは大髑髏魔犬ドルガル
鋼を貫く牙と、岩をも噛み砕く顎を持ち、暴風の如く走り回る巨犬だ。
その四肢には穢れた焔が纏われ、駆け抜けながら焼かれた草原の草は、触れる者に癒えない傷を与える刃となった。
それだけでは無い。
大髑髏魔犬の咆哮は、それまで草人族の最良の友であった草色狼を狂わせたのだ。
共に草原を駆け、もう一人の自分とも頼んだ狼に噛み殺され、或いは殺さざるを得ない悲劇が、慟哭がショテル平原に満ち、誰もそれを止められなかった。
危険が迫った時、草人族は一目散に逃走する。
それ故に言われる『臆病』
だが、他者の安全や命が掛かっている場合、草人族は決して逃げないというのは、知られていない事実だった。
「けどさ、やっぱり大髑髏魔犬は強くってさ」
多くの草人族が帰らぬ身となり、命を拾っても足を失った
それでも戦い続けた地獄の日々は、ある日何処からかやって来た剣光人によって終わりを告げる。
小柄な剣士が、草原を走る。
追い立てるのは障気に穢され狂牙犬へと変容した、かつての草色狼達
そして表情など無い筈の頭蓋骨に、しかし歪んだ愉悦をありありと浮かべるのは、大髑髏魔犬
だが、その余裕は次の瞬間、動揺に取って代わる事となった。
追われていた筈の剣士が反転し、追っ手の狂牙犬を蹴り飛ばし、踏みつけ、砲弾の様な速度で跳んで来たのだ。
迎え撃つか
避けるか
深緑の神殿に巣食った大怪甲虫であれば迷わず迎え撃っただろう
峻厳の神殿に隠る蛇紋屍鬼ならば、避けるのに躊躇しなかったに違いない
大怪甲虫より狡猾で
蛇紋屍鬼より頑強であるが故の逡巡
じゃらららららららららら!
それでも動こうとした魔犬の四肢を巻き付いた鎖が封じる。
それは僅かに動きを止めたに過ぎなかったが、しかし、剣士の振るう剛剣の前では余りに致命的だった。
「……ディーゴはさ……」
「大髑髏魔犬を倒して、薫風の神殿を解放した後に砦にやって来たんだ」
「そんでさ……泣いたんだよ……」
「オイラみたいに歩けなくなった怪我人みんなに頭を下げてさ」
「もっと早く来ればってさ」
「そしたらさ……」
ゴツンッ!
長身から繰り出された拳骨を頭に落とされ、ディーゴは頭を抱えて、声もなく地面にのたうち回った。
「バカ野郎」
「彼等をよく見ろ。彼等は戦士だ。彼等の傷は仲間を護り、生かす為に戦った証だ」
「哀れんだりするのは、戦士に対して礼を欠くと肝に銘じろ」
そして振り下ろした右腕を機械手甲で撫でて、顔をしかめた。
「この石頭め」
「それからしばらくは、姿を見せなかったんだけどさ」
ある日、大量の鉱石を満載の馬車で戻ってきたのだという。
「そんで、砦の鍛冶場に籠ったとおもったらさ」
そこまで話すと、草人族の『一つ星』はスルッとズボンの裾を巻くって見せた。
「それは……」
「義足さ♪」
薄紫色の足は、見た目から普通の義足ではなかった。
大抵の義足は木製で一本の棒を取り付けてあるか、足を模した重い木型の組み合わせだ。
だが『一つ星』の義足は金属製で、獣の後ろ脚にも似た形状の薄い板と、脛側は細い二本の棒状だった。
「すげぇだろ?こいつには、あの人の機械手甲とおんなじ技術が使われてるんだぜ♪」
見てなよ♪
楽しげに笑いながらとび跳ねると、身を低く保ち、素早く走り出した。
「すごい……」
目にも留まらぬ程の方向転換を繰り返し、壁を蹴って飛び上がり、やがて草人を見失ってキョロキョロしていた鉱人によじ登ると、頭の上からピョンと飛び降りる。
「あの人はさ!オイラ達を嗤わない。哀れまない!戦士だって言ってくれた!」
「そして、二度と歩けなかった筈のオイラ達に、足をくれた!」
満面の笑みで草人は言い切る。
「イイ人だろ!」
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